オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川
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長くなった帝国編も話としてはこれで最後になります


第46話 終戦と開戦

 上空を飛び回りながら、狙いを付けた場所を確認する。

 デミウルゴスから頼まれた帝都内で破壊すべき場所と、破壊してはいけない場所の目星をつけ、魔将と確認を取りながら移動と破壊を繰り返す。

 ここまでアインズの力を見せつけて良いのか心配だったのだがデミウルゴスから、この辺りでアインズ自身の力を見せつけることで魔導王が名前負けではないことを見せつけた方が今後を考えると良いのではないか。と進言を受け──実際はもっと遠回りで分かりづらい言い方をしていたが──なるべく派手な魔法を繰り返すことにしたのだ。

 何しろ魔法が第何位階か見極めることの出来るアルシェはこちらの仲間に引き込み、フールーダは死亡しているため、アインズがどれほど高位の魔法を使ってもそれが何位階の魔法か気付かれる心配は少ないだろう。

 ただし帝都の破壊に関してはあくまでアインズが攻撃するのではなく、魔将の攻撃をアインズが避ける、あるいは逸らすことで攻撃を命中させる必要があり、なかなか気を使う。

 だが、それもこれで最後だ。

 デミウルゴスから頼まれた最後の建物。

 先ほど作戦会議をした建物に向かって魔将が魔法を放つ。

 アインズがそれを避け、建物が跡形もなく破壊されたことを確認した後、最後の準備へと入る。

 

「よし。ではこれで最後だ。場所は見えているな」

 

『はっ! お手数ですが、こちらに魔法をお願いします』

 ゴツい声で(へりくだ)った話し方をされるのも面白いが、今はそんな事を考えている場合ではない。

 事前に登録していた着替え用の装備──元の装備と同じ外見の物を戦いでボロボロになったように見せかけた品──に瞬時に換え、幻術で露出した手を再現する。顔を見せるのは怖いので仮面に傷や汚れだけ付けてそのままだ。

 

「よし。<魔法最強化(マキシマイズマジック)連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)>」

 手からのたうつ龍の如き白い雷撃が生じる魔法であり、暗い夜でもよく目立つ。

 派手さもあり、アインズの力を見せつける為には最適だろう。

 魔将の頭に向かって雷撃が走り、そのまま吹き飛んでいく。

 アインズは最後の芝居内容を頭の中で思い浮かべながら魔将を追いジルクニフの元に移動する。

 後はジルクニフがデミウルゴスの想定通りに動いてくれれば良いのだが。

 

 

 ・

 

 

 天空に巨大な白い龍型の雷撃が走り、その後こちらに向かって何かが飛んでくる。

 この時点でジルクニフは勝者を確信していた。

 何故ならあの白い雷撃は規模こそ違えどアインズと初めて出会った際にジルクニフを助け出した際に放ったものと同種の魔法だったからだ。

 

「陛下! こちらに来ます。退避を」

 

「何度も言わせるな。帝都にいる以上に安全な場所など無い。黙って見ていろ」

 ニンブルと代わるように城に向かわせていた者の中から戻って護衛に付いたフールーダの高弟は、ジルクニフよりも師であるフールーダの強さに対する信頼が強く、そのフールーダをあっさり殺したヤルダバオトに強い恐怖を覚え、先ほどから何度も逃げることを進言していた。

 

(完全に折れている。こいつは役に立たんな)

 場合によってはジルクニフを置いて逃げ出すこともあるだろう、その覚悟だけはしておくが、同時にジルクニフにはそうはならない確信もあった。

 何しろ、こちらに吹き飛ぶように向かってくる燃え盛る赤い翼を持った悪魔を追いかけて、やや離れた場所にもう一つの飛行体が確認出来ていたからだ。

 やがて、轟音を響かせてジルクニフがいる詰め所──もはや壁すらなくなったが──前の広場にヤルダバオトが衝突する。

 

「ぐ。お、おぉ」

 苦しげな唸り声を上げてヤルダバオトが起き上がる。

 その姿にジルクニフは息を飲んだ。

 思わず歓声を上げそうになる自分を押さえ、黙って事の成り行きを見守る。

 全身にくまなく電流が走った跡が残り、特に顔の半分は潰れたようにひしゃげ、そこから新鮮な血がだくだくと流れている。

 血は高熱を発しているのか地面に落ちるとじゅっという音を立て、同時に湯気が立ち上る。

 その状態のまま、ヤルダバオトはふらふらと体を揺らして周囲を見回し、やがてジルクニフに目を留めた。

 

「やってくれたな。皇帝ジルクニフ、貴様が呼び寄せたあの男、魔導王アインズ・ウール・ゴウンのおかげでこの様だ。加えてシモベ達ももはや壊滅寸前か」

 ふらついてはいるものの未だ足取りは強く、歩く度に地面が微かに揺れる。

 どうやらヤルダバオトは自分が現れた時にアインズが居たことをジルクニフの仕業だと思っているらしい。

 本当は単なる偶然なのだが、確かに状況を詳しく知らなければそう勘違いしてもおかしくはない。

 

「この場で貴様だけでも殺したいところだが……」

 スッと手を持ち上げるヤルダバオト。

 ジルクニフの直ぐ横からヒィと情けない悲鳴が聞こえ、その後地面に座り込む音が聞こえた。

 高弟が腰でも抜かしたのだろう。

 逃げられるよりも情けない、生きて帰ったら絶対に閑職に送ってやる。と心に決めながら、しかしジルクニフはこの場で死ぬことはないと確信もしている。

 本気ならば問答無用で攻撃してくれば良いのにそれをしないのは、単なる脅しなのだろう。

 予想以上のダメージを負っているのか、それともこの守りを突破出来る自信が無いのか。

 もしくは──

 

「無駄な事をするな。陛下を殺させはしない。そもそも今のお前ではこの魔法は破れんよ」

 

「ゴウン殿!」

 上空から声が響き、ゆっくりとローブを着た男が降りてくる。

 ジルクニフでも持っていないような豪華な仕立てのローブはボロボロに焼け焦げ、無骨ながらも見事な造りの鉄甲は片方は完全に砕けて無くなり、もう片方にはヒビが入り、握られた杖も半分ほどの所でへし折れている。

 それらが激戦を物語っているが、ヤルダバオトと異なり、装備はともかくアインズの体には大きな怪我は見えない。

 優位はアインズの方にあると見える。

 だが悪魔は人間以上の生命力があるため、あの怪我も致命傷では無いのだろう。

 時間を置けば回復する可能性もある以上、気は抜けない。

 

「全く計算外だ。貴公のような強者とこのようなところで出会うことになるとは。やはり準備が不十分な内に事を起こすべきではなかったな」

 

「それはこちらの台詞だ。私の切り札であるこの装備やマジックアイテムの数々を失ってようやくこちらの優位がある」

 アインズの言葉にジルクニフは驚愕する。何故自分の切り札が無くなった事を口にするのか。そんなことをしても意味はない。

 例え嘘でも自分の強さを隠しておくべきではないのか。

 そんなジルクニフの疑問にヤルダバオトが口を開く。

 

「……嘘だな。お前にはまだ手が残っている、私には分かる。だからこそ、だからこそ提案だ魔導王」

 

(油断させて奴を討つつもりだったのか、ゴウンにしては分かりやすい手だ、当然奴にも見透かされているか。いや、それも込みで言ったのか。しかし提案? 何のつもりだ)

 

「私はここで退こう。故にここは互いに手を引こうではないか」

 傲慢な言い方ながら、これは事実上ヤルダバオトが敗北を認めているということだ。

 だがそれはあまりにも虫のいい話だ。

 このまま戦ってもアインズの優位は動かず、あの枯れ木の悪魔を初めとして、他の悪魔達も既にめぼしい悪魔はデス・ナイトの活躍で討伐されていると高弟から報告を受けている。

 残っているのは雑魚ばかりの現状ではヤルダバオトを見逃す理由など無い。

 

「ふむ。なるほど」

 だがアインズは即答しない。

 こちらにチラリと目線を向け、指示を仰ごうとしているかのようだ。

 確かにアインズは現在ジルクニフが雇っている以上決定権を持つのはジルクニフだ。

 だからといってこの状況で見逃す意味などあるはずがない。

 

(いや、待てよ。こんな簡単なことをゴウンが気づかない筈がない。では何か理由がある? それに奴らは気づいていて共通の認識があるのか。だとしたら……)

 一瞬の間に幾つもの思考が巡り、同時に閃きが走る。

 この状況でヤルダバオトをこちらが見逃す理由など一つしか思いつかない。

 

「人質か」

 

「その通り。城を攻めさせている者共は狩り尽くされたが同時にお前達の戦力は城周辺に固まっているのだろう。こちらには帝都全域に襲えるように悪魔の群れを待機させている。死なばもろとも。これ以上戦うというのなら、全てを道連れにしてやろう」

 ヤルダバオトの頭から流れる血は止まる気配が無い。

 つまり人外の者に存在する治癒能力による回復までの時間稼ぎではない。

 とすると信憑性は高いと言える。

 そもそも奴は帝都に突然多数の悪魔を召還したのだ、それをもう一度出来ない保証は無い。

 さらに言えば今まで外に出ようとする者を襲っていたのはそれが理由かもしれない。

 帝都の周辺に悪魔を隠していたからそれを気づかれないように外に出ようとする者を襲っていた。

 そう考えれば辻褄が合う。

 アインズもそう考えたからこそ、ジルクニフに意見を求めたのだ。

 帝都の民を人質に取られている可能性がある以上自分では判断が出来ないと言いたいのだろう。

 そして、その可能性がある以上、ジルクニフに選択肢は無い。

 

「良いだろう。間違いなく全員を退かせるのだな?」

 

「賢明だな。私もここで魔導王とやり合うほど愚かではない、傷を癒す必要がある」

 確かにその通りだ。

 そもそもこの取引はヤルダバオト側が不利という状況によって生じたもの。向こうは見逃してくれと懇願する立場なのだ。

 向こうから裏切る可能性は低い。

 

「だがその前に一つ答えてもらおう。最初にした質問だ。何故我が国を襲った?」

 今にも飛び立たんとするヤルダバオトに、ジルクニフは慌てて問いかける。

 これだけは聞いておかなくては。原因が分からなければ、また同じ事が続くかもしれない。

 

「ふん。貴様等の国にあるアイテムが流れ込んだ為だ。数多くの我が同胞を召還し、暴れさせ、その場をこの世の地獄へと変える究極のアイテム。それが貴様等の国に入り込んだ。あれは我が手にあってこそ価値を持つ、それを回収出来なかったのは残念なことだ」

 

「なんだと!? そんなものがあるはずが──」

 城には宝物庫や武器庫など、マジックアイテムが納められている部屋も存在するが、そんな危険な物があるという話は聞いた覚えがない。

 

「ほう。城には無かったのか、てっきり城に隠されたものだと思っていたがな……まあいい。質問には答えた、私は退かせて貰うとしよう」

 こちらの反応から本当だと理解したのだろう、ヤルダバオトは燃え盛る翼を広げるとアインズに目を向けた。

 

「さらばだ魔導王。二度と出会うことが無いよう祈っておこう」

 

「それはこちらも同じだ、ヤルダバオト」

 天に向かって手を伸ばすと同時に炎の壁が消失し、同時にヤルダバオトの体がかき消える、転移魔法だろう。

 あの壁があると本人も転移を使えなかったというわけだ。

 やや間を置いて城の方向から歓声が響く。

 約束通り残っていた悪魔も消えたのだろう。

 静かに安堵の息を吐きながら、アインズと向き合い、目の前にある防御魔法をグルリと見回す。

 出ても大丈夫なのだろうか。

 そんなジルクニフの無言の疑問に答えるように、アインズが手をかざすと魔法は消え、改めてジルクニフはアインズと向き合う。

 

「ゴウン殿。先ずは礼を言おう、ヤルダバオトを退けることが出来たのは全て貴公のおかげだ、貴公こそ救国の英雄と呼ぶに相応しい」

 皇帝自らが帝国外の者を手放しに褒め称えるのは良くないのだが今は周りに人は殆どいない。いるのは何とか立ち上がりジルクニフの後ろに控えている高弟の魔法詠唱者(マジック・キャスター)だけだ。

 奴は後ほど口止めをし、閑職に回して飼い殺すこととしよう。

 

「いえいえ。全ては陛下のご采配によるもの。私は一戦力として言われるがままに戦ったに過ぎませんよ」

 

「謙遜するな。しかし、奴の起こした被害は甚大だ。これを穴埋めするのは容易ではない。復興には貴公、いや魔導王の宝石箱の力を借りることもあるだろう。これからも良い関係を築きたいものだ」

 

「私も同様です……しかし、奴の言っていたアイテムとやらが気になります」

 

「あれか。口先だけとは考えづらいな。多数の悪魔を召還するマジックアイテムか。爺、いやフールーダが生きていれば、何か分かったかも知れないがな」

 チラリと目を地面に落とす。そこには今や物言わぬ躯になり果てた、かつての大魔法詠唱者(マジック・キャスター)の遺体を包んだ布が転がっている。

 今頃血が流れ出したのか、白い布がじわじわと赤く染まっていく様子が見て取れた。

 帝国にとって、そしてジルクニフ個人としても最も大きな損害だ。

 いや損害などという言葉では言い表せない。他国に対する牽制、国内の安定、マジックアイテムや魔法の研究、ジルクニフの相談役。

 それら全てに大きな影響力を持っていた帝国の重鎮の死亡は、国力そのものが一気に低下したも同然だ。

 

「……帝国には復活魔法を使用出来る神官はいないのですか?」

 

「いない。復活魔法は信仰系魔法の極致とも言える魔法、フールーダさえ使えなかったものだ。おいそれと使える者などいるはずがないだろう。可能性があるとすれば……蒼の薔薇か、まあ奴が我々に手を貸すことなど無いだろうからな」

 周辺諸国で確実に復活魔法が使えると分かっているのは蒼の薔薇のリーダーぐらいだ。

 本来冒険者は国とは関係ない存在であるため依頼をすれば、帝国の仕事でも受けることは問題ないはずだが、王国の貴族であり、ラナーの友人であり唯一といっても良い彼女の手駒である蒼の薔薇が敵国である帝国の最大戦力を救おうとはしないだろう。

 残る可能性はスレイン法国。帝国より長い歴史を持ち、宗教国家という関係上、信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)が数多いとされているあの国なら復活魔法の使い手もいるだろう。

 ただしその場合、なにを要求されるか分かったものではない。

 それこそ王国から手を引けというような要求をしてくる可能性もある。

 それはフールーダの命一つと釣り合うのか。復活魔法では多くの生命力を失い、以前より弱くなるという記録もある。

 そうなると当然他国への影響力も弱くなる。個人の感情としては救いたいが、国のことを考えると悩んでしまう。

 なるほど。と納得した様子のアインズに、ジルクニフは一縷の望みを賭けて口を開いた。

 

「ゴウン殿。無理を承知で聞くのだが、貴公は復活魔法を使うことは出来ないのか?」

 <死者復活(レイズ・デッド)>は第五位階の魔法と聞いた覚えがある。

 もちろん第五位階が常人には到達しえない英雄の領域と呼ばれるごく一部の者のみが到達出来る魔法だとは分かっている。

 だが、アインズならば。

 逸脱者フールーダを殺したヤルダバオトと互角以上の戦いを行ったアインズならば例え専門外の信仰系魔法だろうと第五位階なら使えるのではないか。という思いがあった。

 アインズはその問いに、悩むような間を空けてからゆっくりと首を横に振る。

 本当に使えないのか、それとも使えるが使えないことにしたいのかは分からないが、そうだとしてもこちらから無理矢理聞き出すことは出来ない。

 

「そうか──」

 

「ですが」

 

「ん?」

 

「ですが、とある遺跡から発掘された復活魔法が込められた短杖(ワンド)ならば手持ちにあります」

 

「何だと!?」

 

「もちろん費用は頂きますし、杖そのものではなく、使用回数一度分のみということでしたら、陛下にだけ特別にお売りしても良いと考えています」

 それもどこまで本当のことか。

 だが、どんな方法であれ蘇らせる術があるのは確実だ。

 

「……報酬は?」

 こちらも法国と同じだ。

 先ずは何を要求してくるつもりなのかを見極めなくては。今までの要求から考えて度の過ぎたものを欲するということは無いと思いたいが、相手は商売人だ。

 

「こういうのはどうでしょう。ヤルダバオトが先ほど言っていたアイテム。それが本当にあったのなら、私にそれを譲ってくれるというのは」

 

「何? だがあれは嘘の可能性もある。場合によっては何もないかも知れないぞ」

 

「私は可能性が高いと思っています。あれほどの悪魔がこれだけの数を動員した以上、何らかの目的があったのは明白。アイテムを探して頂くことも含めて報酬としましょう。万が一何もなかった場合は……ただ働きということになりますが、そのアイテムが本物なら賭ける価値があると考えます」

 こちらにとっては悪くない。

 いやむしろこれ以上無い提案だとも言える。

 何しろそんな物騒なアイテムがあってはいつそのアイテムが発動し危機が訪れないとも限らないし、それを狙って再びヤルダバオトが現れるかも知れない。

 もともと国の財産ではない以上損失は無く、いわば危険物をアインズが無償で引き取り、更にフールーダを生き返らせてくれるというのなら、これ以上の条件はない。

 そしてそのアイテムはアインズにとって貴重な物であるなら、大きな借りにはならない。となれば受けない理由はないだろう。

 

「良いだろう。皇帝の名に掛けて帝都のみならず国内全土を捜索し、見つけた場合は必ずや貴公に差し出す事を約束しよう。ただ一つ、それを貴公が手にした場合、帝国外で管理してくれると有り難い。それが帝国内にあってはまたヤルダバオトが現れないとも限らないからな」

 これだけは釘を刺しておく必要がある。

 そんなジルクニフの提案にもアインズは当然とばかりに頷いた。

 

「畏まりました。その際には国外にある私の研究施設に保管しておきましょう。では取引成立ということで宜しいですね?」

 

「お前が証人だ。後で書面に起こせ、一言一句偽り無く作成しろ。良いな?」

 口約束では信用しないだろう。ジルクニフもそれは同様だ。

 後ろに控えた高弟の魔法詠唱者(マジック・キャスター)に強い口調で命じる。

 

「は、はっ! 勿論です、今の商談に偽りがないことを私が証人として保証し、正式な契約書を作成致します」

 強い意気込みの台詞は失点を取り返すつもりなのだろうが、もはやジルクニフはこの男を重用するつもりは無い、いざという時に使えない者は帝国には必要ない。

 

「ということだ。どうだ、必要ならそちらの証人も連れてきても良いが」

 

「いえ。構いません。私は陛下を信頼しておりますので」

 先ほどのジルクニフの言葉に合わせてきたアインズにジルクニフは苦笑する。

 

「では。早速蘇生を開始しましょう」

 

「ここでか?」

 いきなりこの場で蘇生するつもりのアインズに、ジルクニフは驚き目を見張る。

 

「損傷具合や、経過時間によって成功率が変動すると聞いた覚えがありますので」

 言っていることは正論なのだが、どこか違和感を覚える。何故そう急ぐのか。

 損傷は今更変わらないし、多少時間が前後したからといって腐敗が進む時期でもない。

 アインズは計算高い男だ。

 フールーダという帝国の重鎮を蘇生させるともなれば、それを見せることによって得られる宣伝効果を考えないわけがない。

 なんならジルクニフが民を集め、悪魔を撃退したことを宣言すると同時に、アインズを讃え、更に蘇生を行い評価を高める。それぐらいのことは要求してくると思っていたが。

 

「そう言うことならば。おい」

 釈然としない思いを抱きながらもジルクニフは言われたとおりに、高弟に準備を整えさせる。

 フールーダの遺体など何度も見たいものでもない。復活魔法の確認は高弟に任せて、ジルクニフは少し下がってアインズの様子を観察する。

 あの違和感の正体を突き止めたい。

 今後もアインズと繋がりを持つことになる以上、情報は得ておくべきだ。

 

「ふむ。欠損は少ない。これならば成功する確率は高いな」

 そう言いながらアインズは三十センチほどの一本の短杖(ワンド)を取り出す。

 白い牙製の先端部分に黄金を被せた美術品としても見事な出来のものだ。

 

(貴重な物と言っていたが、いつも持ち歩いているのか? まあ自分が死ぬ可能性もあるのだから当然と言えば当然か)

 貴重な物だからと出し惜しみをして自分が死んでは元も子もない。

 そんなことを考えていたジルクニフの脳裏にふわりと一つの疑問が浮かび上がる。

 

(待て。では何故奴はそのことをこちらに知らせていなかった?)

 もっと言うのならもしもの時、その短杖(ワンド)を誰に使わせるつもりだったというのか。

 こちらは何も聞いていない。

 もし、こちらにその話をしていれば話は別だ。例えアインズが殺されてもこちらで死体からあの杖を取り出し生き返らせることが出来る。

 だが知らなければどうしようもない。

 知っているとすればマーレという闇妖精(ダークエルフ)の少女かユリしかいないが、二人ともこの近くにはいない。

 奴自身死んでからの時間が復活の成功率に関係すると言っていた。

 ああも簡単に復活の術を持っていると告げた以上ギリギリまで隠しておきたかったとも思えない。

 であればアインズはそのことをジルクニフを初めとした者達に言っておくべきだ。

 

(では死なないと理解していた? いや、あれだけの激闘を繰り広げておいてそれは無いだろう。切り札と言っていたあれだけ見事な装備も破壊されたところを見るにどちらが勝っても不思議は無い)

 英雄譚どころか、あれはもはや神話の領域。どちらが勝ってもおかしくはなかったはずだ。

 

(いや、そもそも何故アインズはそれほどの切り札を多数持ってきていたのだ? 元々只の商談だったはず、あれほどの装備常に身につける必要もあるまい。もしやヤルダバオトが現れることを知っていた?)

 まさかヤルダバオトとアインズが組んでいたとは考えられない。

 あのどちらが死んでもおかしくない激闘を繰り広げ、その為に切り札をいくつも使用したのがその証拠だ。組んでいたのならば敢えて力を押さえ、切り札を失うようなことは避けるはず。

 むしろアインズの方が一方的に知っていたという可能性の方が高い。

 

(そうだ。奴はヤルダバオトが現れることもその強さも事前に知っていた。だからそれに対抗する強力なアイテムや武装を用意していたと見るべきだ。だから死ぬことはないと理解していた。では何故それを私に知らせなかった? それも、奴の商売に繋がるからだ。あのはした金も勲章も本命ではない。となれば本命はなんだ?)

 ここまで考えている間に、アインズは短杖(ワンド)をフールーダの胸に押し当てると、同時に杖が輝き、魔法が発動する。

 やがてその光が収まると、切断されていたフールーダの首が持ち上がり、同時にゆっくりと体を起こし始める。

 力が入らないのか、ふらふらと頭を揺らしながら起き上がるフールーダを高弟が背を支えて起こす。

 

「爺!」

 

「へ、へいか?」

 呂律の回らない声は、もう二度と聞くことは出来ないと思っていたものだ。

 

「無事か? 体は問題ないのか? 痛みはないか?」

 今まで考えていたことを停止させてジルクニフはフールーダに近づき声をかける。

 

「わ、わたしはいったい」

 

「ヤルダバオトに殺されていたのだ。覚えていないのか?」

 

「やるだ、ばおと?」

 

「燃える身体を持った強大な悪魔、いや魔皇だ。お前は奴に殺されたのだ」

 名乗ることもなく一方的に殺されたということか。ヤルダバオトの強大さを改めて理解する。

 

「なんと、そのようなことが」

 

「少し宜しいか。パラダイン殿、どこまで記憶がありますか?」

 

「ごうんさま? わたしはほのおのはしらをみて、そこにむかって……そのあとは」

 頭を押さえながら項垂れ首を振る。

 

「どうやら記憶の混濁が起きているようです。私も詳しくは知りませんが、死者が復活するとそうなるのかも知れませんね、後はやはり時間経過のせいか」

 

「そうか。だが今は良い。思い出したら聞かせてくれ、爺今はゆっくりと休むと良い。おい、休める場所に連れていけ。私はゴウン殿と話をする」

 何か言いたげなフールーダを無視して、ジルクニフは高弟に移動を命じる。

 ここから先の話を前にフールーダがいるのは好ましくない。

 ヤルダバオトのことを思い出し、それにアインズが勝ったと知ればフールーダがどんな行動を取るか想像に難しくない。

 <浮遊板(フローティング・ボード)>の魔法で発生させた半透明の板にフールーダを乗せた高弟が離れていった後、ジルクニフはアインズと再び向かい合う。

 

「ゴウン殿、貴公に感謝を。我が国の重鎮たるフールーダを蘇らせてくれたこと、礼を言う」

 

「何を仰るのですか。これは正当な取引。アイテムのこと、よろしくお願いします」

 

「ああ。勿論だ……」

 妙に念押しをするな、そんなことを考えながら頷いたその瞬間。

 全てのピースが揃ったようなそんな気がした。同時に頭の中で閃きが走り、全てのピースが組み上がり、一つの絵となってジルクニフの中に浮かび上がる。

 

(そうか! これが狙いか)

 あるかどうかも不明なアイテム。それに何度も念を押す理由はただ一つ。知っていたからだ、それが帝国に持ち込まれたことを事前に知っていた。

 それがアインズの真の狙いだ。そう考えると全てがしっくりと来る。

 ヤルダバオトが現れるまで放置していたのは、それがどこにあるか分からず、なおかつ帝国内に持ち込まれた物を勝手に持っていくことが出来ないと考えたから。

 それをヤルダバオトに探させようとした可能性すらある。自分は死なないと理解していた以上本来あの短杖(ワンド)は、ヤルダバオトに使用するつもりだったのではないか。

 殺した後、奴がそのアイテムを持っていなかった場合蘇らせて聞き出す手筈だった。

 しかし恐らく戦いの中でヤルダバオトが未だアイテムを見つけられていないことに気づき作戦を変えたのだ。

 

 帝国に恩を売り、代わりにアイテムを探させ、堂々と自分の物にすることにした。

 先ほど慌ててフールーダを蘇生させたのも、ジルクニフがこの結論に辿り着く前に蘇生させ、対価であるアイテムの確保の契約を成立させるために違いない。

 更には勲章の授与にデス・ナイトの売り込み、救国の英雄という立場も得て、アインズの帝国での地位は揺るぎ無いものとなり、商売も上手く進み、帝都の復旧も併せて奴は莫大な利益を得ることになるだろう。

 どれかではなく、それら全てが奴の狙い。

 アインズは自分の利益のためなら帝国そのものすらどうでも良いと考える本物の商売人だ。

 信頼など望むべくもない。

 だがそれでいい。

 

「本当に感謝するよゴウン殿。アイテムは必ず見つけ出し貴公に渡そう。今後ともよろしく頼む」

 アインズだけに分かる程度に今後ともにだけ力を入れ、アインズ向かって左手を差し出す。

 怪我の負っている右手ではなく、鉄甲が嵌められたままの左手を使わせるようにした。と周りからは見えるだろうが、これにはもう一つ意味がある。

 いつ、誰が広めたとも不明ながら、左手の握手は相手への挑戦と敵意を示すものとされている。

 口に出すことなく相手に意志を伝えるその手法は主に上流階級の者達に貴族的だと好まれて使われている。

 アインズならばその意味も理解するだろう。

 

「ええ。今後ともよろしくお願いします。陛下」

 案の定躊躇いもなく左手を差し出され鉄甲越しに手が結ばれる。

 

「貴公はもはや我が国の英雄にして私の友だ。気軽にジルクニフと呼んでくれて構わない。私もアインズと呼ばせてもらおう」

 当然、これも友愛の証などではない、対等な好敵手だと認めたことを知らせる為に他ならない。

 ジルクニフ個人としてではなく帝国の皇帝が、ただ一人の人間に対して対等な存在だと認める。そう言う意味の宣言であり、当然アインズも理解してくれているはずだ。

 確かにアインズは強さは言うまでもなく、叡智も希少なアイテム、装備も揃えているが、個人であることが弱点にもなり得る。

 ジルクニフも同じであり、現在も改善を試みているが、力が一点に集中しすぎている状態は正常ではなく必ず歪みが生じる。

 例えば多方向から同時に問題が発生した時、対処出来るのが一人では手が足りなくなる。

 他にもアインズの手駒に近付き裏切らせる手もある。

 気の弱そうなマーレは如何にもそうした切り崩しに向いていそうだ。

 今まで良いようにやられていたのは、全てこちらがアインズのことを知らず、向こうはこちらの情報を得ていたことが理由だ。

 けれどここからは違う。

 国と国との戦争、そう考えながらこれからアインズとの関係を構築していく。

 油断は無い。

 必ずアインズを出し抜き、出来るなら自分の下に着かせてやる。

 

「……では遠慮なく。よろしく頼む、ジルクニフ」

 あっさりとアインズはジルクニフを敬称をつけずに呼び捨てにする。

 そう来ると思っていた。

 奴もまた、ジルクニフがアインズの策略に辿り着いたことを察し、ただ毟り取られる哀れな羊ではないと気づいてくれたに違いなのだから。

 

「よろしく頼むよ。アインズ……」

 いくら力を込めようと鉄甲越しでは意味など無いだろうが、強く握っていることぐらいは伝わるだろう。

 そうこうしているうちに、多数の足音が聞こえてくる。

 団体でここに訪れる者達となれば確認するまでもない。

 悪魔が去り、解放された帝城に残された多数の兵士達、そして突入部隊として先に向かっていたバジウッド達だ。

 

「陛下ァ! ご無事ですか?!」

 やはり一番に聞こえてくるのはバジウッドの声だ。

 バシウッドにレイナース、合流したらしいニンブル、離れたところには頭一つ以上抜けた巨大なデス・ナイトの姿も見える。近くには特徴的なメイド服、ユリの姿もあった。

 誰一人欠けることなく戦い抜いたようだ。

 そのことに安堵しながらアインズの横に並び笑い掛ける。

 

「ではアインズ。私と共に兵達に勝利を宣言して貰おうか」

 これは当然のことだ。皇帝と最も武功を挙げた者が揃って勝ち鬨を挙げることで初めて戦いが終了する。

 しかし、アインズは動かない。

 

「どうかしたか?」

 

「いや、この手のことは馴れていないので……恥ずかしいな」

 ポツリとまるで一般人のような反応を見せるアインズに、ジルクニフは思わず吹き出してしまう。

 

「はっはっはっ! なんだそれは、どういう策略だ? 良いから杖を挙げろ、それで十分だ」

 何かの策略なのか、それとも本当に──いやそれは無いだろう。

 だが初めてアインズが見せた人間らしさが妙におかしかった。

 

「そうだな。するべきだな」

 覚悟を決めるかのような呟きの後、アインズが杖を持ち上げる。

 ジルクニフもそれに併せて腰に下げた王笏を掲げた。

 突き上げられた二つの勝利の証を前に、兵達が一瞬波を打ったように静まり返り、次の瞬間。

 

「うぉおおおぉぉおおお!!」

 雄叫びと共に拳が一斉に掲げられる。

 勝利を祝い、口々に称える。

 ジルクニフと救国の英雄であるアインズの名を。




ということでジルクニフは負けを認めることなく、アインズ様のライバルとしてこれからも戦っていくことになります
次は帝国編の後始末やらを挟んでからまた別の話になる予定です






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