知財だけではない、中国・“標準化強国”の怖さ

守りから攻めに転じ、世界を「中国標準」に染める

2018年6月27日(水)

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中国が技術の「標準化戦略」で、国内産業育成という「守り」から、世界標準獲得という「攻め」の姿勢に転じている。特許戦略と並び経済覇権を得るための「車の両輪」で、日本企業にとってのリスクが高まっている。
標準化戦略でファーウェイの存在感が世界的に高まっている(写真=ロイター/アフロ)

標準化による“国境の壁”戦略

 本コラムの前稿「対中報復では解消されない、中国・知財強国の怖さ」で、中国の知財戦略の怖さを指摘したが、これと同様に、中国が経済覇権獲得のために戦略的に活用しているものがある。標準化(規格化)戦略だ。これらが相まって「中国製造2025」を下支えしている。そしてこれらをナイーブに、中国を「知財大国」「標準化大国」と単純に評価していては見誤る。

 かつて中国には苦い経験がある。中国企業が海外進出した際、欧米市場では国際標準に準拠しないと市場に参入できなかった。準拠するためには知財権のライセンス取得が必要となり高額のライセンス料を要求された。これらの経験から、中国政府は、特許と標準を「車の両輪」として戦略的に取り組むようになったのだ。

 既に、ハイテク、デジタルの分野では顕著だ。中国国内で独自の中国標準を採用することによって、海外技術による中国市場への進出を阻止している事例が目立っている。

 例えば、無線LANがそうだ。2003年にWAPIという独自の暗号化規格を作って、中国国内でのWAPI採用を義務付けて欧米企業の参入障壁にしようとした。これはその後、米国の強い反発を受けて、米中合意で無期延期になったものの、中国の標準化による“国境の壁”戦略は明確である。

 このように中国が国際標準と異なる独自の中国標準を採用すると、外国企業は中国標準に対応するためのコストがかかったり、標準の認証のために技術情報を開示させられたり、多大なリスクを抱えることになる。

 さらにこの標準化による“国境の壁”は広がろうとしている。中国では約30年ぶりに標準化法が改正され、今年から施行されている。狙いの一つは標準化の対象をこれまでの工業品だけでなくサービス産業にまで拡大するものだ。中国の経済発展とともに経済のサービス化が進展したこともあるだろうが、この結果、標準化による“国境の壁”によって守られる範囲が広がるのだ。

「一帯一路との一体化戦略」でアジア標準に

 こうして巨大な国内市場を独自の標準化によって守りながら、さらにそれをアジアに広げるために、中国標準をアジア標準にしようとしている。その強力な手段が「一帯一路」との一体化だ。

 中国は数十の一帯一路の対象国と次々と“標準化協力”の覚書を締結している。そして相手国で標準化のワークショップを開催して中国の標準を紹介し、それを採用してプロジェクトを進めていくよう誘導している。その結果、中国の製品をそのまま相手国に輸出できることになり、中国企業が外国企業に比べて圧倒的に優位になるという仕掛けだ。

 中でもデジタル分野では昨年12月に習近平主席は「デジタル・シルクロード構想」を提唱して、「一帯一路」の一環として沿線国でネットインフラを建設することも推進している。これと標準化協力を組み合わせて、デジタル技術の中国標準を広げていく戦略を着々と進めている。その結果、電子商取引市場や電子決済市場では中国標準がアジア標準になろうとしている。

 さらに注目すべきは、今年4月に北京で開催された「全国サイバーセキュリティ情報化工作会議」である。米朝核問題、米中貿易摩擦に目を奪われていた中、中国政府首脳が集まって「ネット大国化」への方針が決定された。サイバー分野での軍民融合と並んで、この「デジタル・シルクロード構想」による海外展開が柱になっていたことは特筆すべきだろう。

 このような中国の動きに対して、日本も決して手をこまぬいているわけではない。

 日本政府もアジア諸国、とりわけASEAN(東南アジア諸国連合)の標準化当局とは以前から、協力の枠組みを作ってきた。そしてエアコン、建材など省エネ性能で差別化できる分野に焦点を当てて、技術協力も絡めて戦略的に取り組んでいる。

 しかし、中国の巨額のインフラ整備支援を絡めた“実弾作戦”の前に、苦戦を強いられているのが現状だ。今後、アジアのマーケットを確保するためにも、ODA(政府開発援助)との連携、欧米との連携など、多角的に一層強化することが急務だ。

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「知財だけではない、中国・“標準化強国”の怖さ」の著者

細川 昌彦

細川 昌彦(ほそかわ・まさひこ)

中部大学特任教授(元・経済産業省米州課長)

1955年1月生まれ。77年東京大学法学部卒業、通商産業省入省。「東京国際映画祭」の企画立案、山形県警出向、貿易局安全保障貿易管理課長などを経て98年通商政策局米州課長。日米の通商交渉を最前線で担当した。2002年ハーバード・ビジネス・スクールAMP修了。2003年中部経済産業局長として「グレーター・ナゴヤ」構想を提唱。2004年日本貿易振興機構ニューヨーク・センター所長。2006年経済産業省退職。現在は中部大学で教鞭をとる傍ら、自治体や企業のアドバイザーを務める。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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