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謙虚、堅実をモットーに生きております! 作者:ひよこのケーキ
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 週明けの月曜日。中間テストはもう目前だ。受験生にとっては一分一秒も無駄にはできない。それなのに私は今日も“放課後、小会議室”という味も素っ気もないメールひとつで、鏑木に呼び出されていた。なにこの都合のいい女扱い。ワタクシはそんな簡単な女ではなくってよ!

 いつもの小会議室に入ると、先に来ていた鏑木は難しい顔でテーブルに何冊も雑誌を広げ、それを熱心に読んでいた。この部屋は完全に鏑木の私室と化しているな。


「…鏑木様には私も忙しい身だと、何度言えばご理解していただけるのでしょうか」


「まぁ座れ」と顎をしゃくって偉そうに言う鏑木に、一言嫌味を言ってやらねば気が収まらない。


「テスト明けに高道と出かけることになった。ついてはそのプランを立てる」


 私の嫌味は無視かい。


「…それテストが終わったら考えましょうって言いましたよね?」

「それでは遅いだろう。何事も早めに計画して準備をしておくことが肝要だ」


 週末に若葉ちゃんの家に行ってデートの約束を取り付けることができたので、テスト明けまで我慢できなかったようだ。…試験勉強しろよ。今年度の成績が内部進学に直結しているってのに、まったく…。その点、私なんてローマで買ったカラフルで可愛いステーショナリーで、英単語帳を作成中だもんね。答えに付け足すちょっとした注釈は、色ペンで見やすく色分けしたりしてるから、なかなか枚数を作れなくて大変なんだけど、かなりおしゃれな出来になっていると思う。あぁ、早く帰って続きを作らなくちゃ。こんなところにいる場合じゃないのよ、私は。


「たまには私以外の人間にも恋愛相談なさってはいかがですか?例えばお友達とか…」


 ハッと私は口元に手をやった。


「もしかして鏑木様、実はお友達が誰もいな」

「潰すぞ、お前」


 ひいいいいっ!凄んだ鏑木の目の奥に怒の文字がっ!!没落させられるーー!少し調子に乗りました。すみません、すみません。

 人は図星を指されると怒るものだよね。


「座れ」

「…はい」


 鏑木が読んでいた雑誌を見ると、どれもおよそ普段皇帝が手にすることもないであろう、お出かけスポットや流行りモノを特集した庶民系情報誌だった。一応庶民の若葉ちゃんに合わせた雑誌選びと、自分で調べようとする姿勢に多少の成長が見られるな。しかし買ってきた雑誌がラーメン特集、B級グルメ特集ってのはどうだろう…。本屋さんにあった雑誌を中身を確認せずに手当たり次第に買ってきたな。バックナンバーでもいいから、遊園地特集や最新デートスポット特集を買ってこなくてどうする。あら?その表紙に写っているのはお好み焼きかしら。ちょっと見せて。

 しばらく私達は無言で雑誌を読み耽った。


「…吉祥院はラーメンを食べたことはあるか」

「愚問ですわね」


 誰に向かって言っているんだ。

 豚玉のお好み焼き食べたいなぁ。あ、この海鮮お好みっておいしそうっ。ふ~ん、海老にイカにホタテ貝も入っているのかぁ。


「俺はこういった店のラーメンは食べたことがないが、ずいぶん人気のようだな」

「ですよ~」


 トッピングにシャキシャキのじゃがいももおいしそうだなぁ。


「待ち時間60分。俺には行列に並んでまでラーメンを食べたいという気持ちがわからない」

「ですね~」


 締めはやっぱりもんじゃだよね。あ~、チーズもんじゃ食べたい。


「そこまでして食べる価値があるものなのかは、気になるところではあるが」

「ですか~」

「……」

「……」

「お前、俺の話をちゃんと聞いてるか?!」

「もちろんです。聞いていますです」


 ですです。

 鏑木はチッと舌打ちをした。


「…それで?お前はさっきから俺の話も聞かずに、なにを読んでいるんだ」


 鏑木が私の隣に席を移動してきて、私の読んでいる雑誌を横から覗きこんできた。なんだよ~、見るなよ~。


「なんだこれは。お好み焼き?貸せ。俺に見せてみろ」

「あっ!ちょっと!」


 私が先に読んでるのに!

 今度はお好み焼きに興味を持った鏑木は、私から雑誌を取り上げて自分が読み始めた。この自己中め!


「鏑木様はお好み焼きを食べたことはあるんですか?」

「確か日本の店が支店を出している海外の鉄板焼き店で、食べた覚えがあるな」


 なぜにわざわざ海外。

 まぁラーメンもだけど、庶民の食べ物の代表格を鏑木家の御曹司が食べる機会なんて、あまりないだろうねぇ。私だってお好み焼きを吉祥院家の家族で食べたことは記憶にない。もっぱら屋台などで自力調達だ。

 そうして私が鏑木にラーメンあっさり派とこってり派の争いや、お好み焼きのトッピングについてのレクチャーをしていると、小会議室の扉が開いた。

 現れたのは円城だった。


「ここにいたのか。ふたりしてなにしてんの?」

「高道とのデートプランを立てている」


 鏑木の言葉にそういえば最初の目的はそれだったなと思い出した。お好み焼きに心を持っていかれて、すっかり忘れていたよ。


「ふぅん、そうなんだ」


 円城は私達がテーブルに広げている雑誌に目をやり、


「“並んでも絶対食べたいラーメン特集”“B級グルメ完全網羅!”“住みたい街ランキング”…」

「……」

「……」

「デートプラン?」


 みなまで言うてやるな、円城よ。鏑木が買ってきた雑誌がとんちんかんなのは、本人だって薄々気がついている。ほら、鏑木が痛いところを突かれたって顔をしているじゃないか。


「え、えっと、あらっ!ここに何組かの読者カップルのある日のデートコースが載っていますよ」

「どこだ」


 心優しい私はなんとか挽回させてやろうと、読者ページから恰好の記事を見つけ出した。鏑木も興味深げに読み込んだ。


「ここにも載っているように、まずは待ち合わせをして、映画を観て、その後でランチかカフェに行くのがいいんじゃありませんか?」

「映画か」

「デートの定番といえば映画ですからね。ほら、こっちの学生カップルの談話に『映画を観た後はカフェでお互いの感想を言い合って盛り上がる!』って書いてありますし」

「なるほど。それはいいかもしれないな」


 乗り気になった鏑木は公開中の映画をチェックし始めた。ご親切にもデートにお薦めの映画も紹介されている。


「鏑木様は映画はよくご覧になるんですか?」

「あぁ。映画は好きだ」


 それなら丁度いいんじゃないか?


「好きなジャンルはあるんですか?」

「俺は生き物の生態を追うドキュメンタリーが好きだな。厳しい自然の中で生きる動物達の壮大な世界に圧倒される。家でも気分転換をしたい時によく観ている」


 ほお~。鏑木の好きな映画はネイチャードキュメント物か。らしいと言えばらしいセレクトかな。


「でも残念ながら、今はその手の映画は公開されていませんねぇ」

「そうだな。今一番人気なのは、この恋愛映画のようだ」


 恋愛映画か。

 鏑木が指差した映画のあらすじを読みながら、私が「鏑木様は恋愛映画なんてご覧になったりしますか?」と聞くと、鏑木より先に円城が「こう見えて雅哉はラブストーリーも好きなんだよ」と答えた。


「あら、そうなんですか?」

「そう。ロマンチストなんだよ。しかもラブコメディよりも苦難を乗り越えて結ばれるような王道のラブストーリーが好きなんだ」

「うるせぇよ」


 恋愛映画好きをばらされて恥ずかしかったのか、鏑木は不機嫌そうな顔をした。


「でしたらこの映画はぴったりなんじゃありません?閉鎖的な村にやってきたよそ者と村娘の道ならぬ恋ですって。“ショコラ”みたいな話かしら」

「俺も“ショコラ”は好きだ。あの映画は恋愛というよりヒューマンドラマだけどな」


 チョコレートをショコラと言う人間は、映画もショコラが好きか。私はショコラをチョコレートと言うから、映画はチャリチョコが好きよ。

 でも男子でも恋愛映画が好きだったりするのね~。


「もしかして円城様も、実は恋愛映画がお好きなんですか?」


 私は先程から薄笑いで私達を見ている円城に質問をした。


「僕?僕はほとんど観ないなぁ。正直言って恋愛映画って何が面白いのかわからない。恋愛は観るものじゃなく、するものでしょ」


 私と鏑木は石化した。


「ほ、ほほほ。そうですか。では円城様はどういった映画がお好きなんですか?」

「僕は昔の映画が好きかな。“カリガリ博士”、“ブリキの太鼓”、“コックと泥棒、その妻と愛人”…」


 …好きな映画でその人の性質が垣間見えることってあるよね。

 私は円城から心の距離を置いた。


 私と鏑木が雑誌を見ながら当日のスケジュールを細かく練っていると、暇だったのか円城は近くの雑誌を手に取り、気のない様子でパラパラとめくった。

 そして「まぁこうして色々調べるのもいいけどさぁ」と呟くように言った。


「なんだ、秀介」

「うん?雑誌に載っているような型通りのデートコースをなぞって、果たして相手は本当に楽しんでくれるのかなぁって思ってさ」


 私と鏑木は目を見合わせた。


「どういう意味だ」

「だって誘うからには自分よりもまずは、相手が楽しいと思ってくれることが一番大切でしょ。だったら見ず知らずのカップルのデートコースをそのまま真似するよりも、自分がデートする相手の趣味嗜好に沿ったプランを立ててあげるほうが喜んでもらえるんじゃないの?」


 円城は「雑誌を隅々まで読んだって、結局高道さんの意見は書いていないんだしね」と続けた。

 …なるほど。デートをし慣れた恋愛謳歌村の村民はこう言っているけど、どうする鏑木?

 鏑木は雑誌をテーブルに置いた。


「マニュアルに頼るなよ、吉祥院」


 清々しいほどの裏切りーー!!

 なんてヤツだ。マニュアル頼みの汚名をすべて私だけに被せて、自分だけしれっと恋愛謳歌村の村民側ですって顔をするなんて!この雑誌はすべて鏑木が用意してきたくせに!最初にマニュアルに頼ったのは自分のくせに!これではまるでここにいる三人の中で、私だけがデートもしたことのないモテない女子みたいじゃないか!デートくらい年上から年下まで何回もしてるしぃ!

 頭にきたので、雑誌は慰謝料代わりに私がもらって帰ることにする。これみよがしにカバンにしまいこんでやると、一瞬鏑木があっという顔をしたけれど、知るもんか。

 そしてそこまで言うなら、自力でデートプランを想像できない恋愛ぼっち村の村長が、恋愛謳歌村の村民に尋ねようではないか。


「では参考までに、円城様がこれまでご自分で立てたデートプランを教えていただきたいですわねぇ」


 つまらないプランなら、鼻で笑ってやるわ!

 円城はにっこり微笑んだ。


「僕の話は参考にならないんじゃないかな?自分から誘ったことはほとんどないから」


 おお神よ!どうか恋愛謳歌村に局地的氷河期を!常春の地を永久凍土に!


「まぁ、ほほほ。そんなことではお相手から、つまらない人とすぐに振られてしまうのではありません?」

「ごめんね、吉祥院さん」


 円城は笑みを深めた。


「僕は生まれてこのかた、振られたことがないんだ」


 呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪…………。


 傍らでは皇帝陛下が、見えない敵に向かってシャドーボクシングをしていた──。






 その夜届いた“テストが終わったらラーメンとお好み焼きに連れて行け”という迷惑メールは当然削除した。

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