挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
謙虚、堅実をモットーに生きております! 作者:ひよこのケーキ
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました
235/299

235

 放課後、ピヴォワーヌのサロンに行くと、円城に声を掛けられた。


「吉祥院さん、昨日は雅哉とずいぶん楽しそうなところに行ったんだって?」

「…お聞きになったんですか」


 口が軽いな、鏑木。私と庶民生活ツアーをしていることは、誰にも言わないように再度口止めをしておかないと。


「朝から実演販売についてレクチャーされたよ」


 それは得意気な顔で語る鏑木の顔が目に浮かぶな。


「鏑木様は好奇心旺盛なので、大変でしたわ…」

「あはは、それはご苦労様」


 面倒事を私に押し付けておきながら、他人事のように私の苦労を笑う円城が憎い。おかげで私は昨日の夜、トイレの住人と化したのだ。寄せては返す腹痛の波と戦う羽目になったのだ。


「ご親友なのですから、円城様が連れて行って差し上げればよろしいのに」


 腹が立ったので嫌味っぽく言ってみるが、「さすがに僕もスーパーなんて行ったことないしねぇ」とサラッと返された。それはそうだろうともさ。


「でも吉祥院さんもコンビニならともかく、スーパーに出入りしているって珍しいよね。想像以上に場慣れしていたって、雅哉が驚いていたよ」


 ぐっ、痛いところを突かれた。スーパーにはファミリーパックのお菓子や、こっそり夜食に食べるお惣菜が豊富なんだよ。コンビニには無い、タイムセールがあるんだよ。とは口が裂けても言えない。


「私はお料理が趣味ですので、自分の目で食材を選びに行きたいのです」


 嘘は言っていない。料理は現在修行中。


「ふぅん、そうなんだ。へえ~」

「…なんですか」

「うん?別に~」


 円城は含んだような笑みで面白そうに私を見た。うっ、なにその目。この円城の何もかも見透かしたような笑顔が苦手なんだよ。この心眼使いめ!

 マンガの円城の笑顔はこんなに黒くなかった、なにが違う。髪か。髪の色か。蜂蜜色だったはずの髪色が黒髪だから、心根も黒く染まったか。


「円城様は髪をもっと明るい色にカラーリングしようと思ったことはないんですか?」

「それ普通に校則違反だよね」

「…ですね」


 円城秀介氏は常識人だった──。

 気まずくなったので必死に目玉だけを動かし救いを探すと、サロンの隅にひとり座る芙由子様の姿を見つけた。


「あっ!私、芙由子様にお話があったので失礼しますね」

「うん、またね」


 指をひらひらと振ってにこやかに私を見送る円城に背を向け、私は芙由子様の元へ近づく。

 その芙由子様は自分の手のひらをじっと見つめていた。一握の砂…?


「あの~、芙由子様…?」

「まぁ、麗華様!」


 真剣な表情で己が手を凝視する芙由子様に遠慮がちに声を掛けると、顔を上げた芙由子様は私を見て、パッと笑顔になった。


「ごきげんよう芙由子様。こちらに座らせていただいてもよろしいかしら?」

「もちろんですわ、麗華様!さぁ、どうぞ」


 嬉しそうに席を勧めてくれる芙由子様に、もしかしたら私と仲良くなりたいと思ってくれているのかなという、昨日の私の想像は間違っていなかったのかもと思う。


「芙由子様、昨日のことなのですけど」

「昨日…?あぁ!もしかしてウィジャボードをなさりたいのですね!やっぱり麗華様も興味があったのね。よろしいですとも。お待ちになって。すぐに出しますから!」


 げっ!いきなりのスピリチュアル攻撃。


「い、いえ、そうではなくて。昨日はお話の途中で退出してしまって申し訳なかったですわ。それを謝りたくて」


 芙由子様がカバンから怪しい呪物を取り出そうとするのを阻止するように、私が慌てて謝罪の言葉を被せると、芙由子様はきょとんとした顔をした。


「まぁ、そのようなこと、お気になさらなくてもよろしいのに。ご丁寧にありがとうございます」


 そうおっとりと言って、芙由子様は深々と頭を下げた。それに私もつられて頭を下げる。


「ところで芙由子様。先程なにやら手のひらをじっと見つめていらっしゃったけれど、何をなさっていたのですか?」

「まぁ、見ていらしたのですか?」


 芙由子様は恥ずかしそうに頬を押さえた。何をしていたのかはだいたい予想がついているので、ズバリ当ててみる。


「手相占いかしら?」

「いいえ。これはオーラを見る訓練ですわ」


 え。


「…オーラ?」

「ええ。こうしてじっと指先を見ていますとね、段々オーラが見えるようになってくるそうなんです。本来は暗い部屋で実践するのが一番見えやすいのですけれどね」

「へぇ…」

「私はまだシャーマン見習いですので、オーラをはっきりと見るまでには至っていませんので、こうして時間がある時には訓練しているんですのよ。ぜひ麗華様もご一緒になさってみて?」

「え~っとぉ…」

「集中すると、指先を覆うようにオーラが見えてくるんですよ。ほら、こんな感じで」


 …やっぱりこの人、首までどっぷりスピリチュアルに浸かっている。どうしよう。手相くらいだったら、まだ歩み寄ってみようかなと思っていたんだけど、オーラ談義はハードルが高すぎる。そしてシャーマン見習いってなんだ…。でもめげちゃいけない。


「いえ、私は遠慮しておきますわ。あまりそういった方面の才能はない気がいたしますので」


 芙由子様が熱心にオーラの色の種類と意味について説明するのを遮って、なるべく当たり障りのないようにお断りすると、芙由子様は「まぁ、そうですか?」と残念そうな顔をした。これは早く違う話題を振らねば。


「そうだわ、芙由子様。昨日は鏑木様に私の居場所を教えてくださったそうですね?ありがとうございます」


 内心では余計なことをしてくれてと思わないでもないんだけど、芙由子様は善意で教えたんだからしょうがない。


「いいえ。私はただ麗華様をお探しになる鏑木様に行方を尋ねられて、手芸部に行かれたようですとお伝えしただけですから」

「そうでしたか」

「うふふ。おふたりは仲がよろしいのですね」


 やっぱり鏑木様は麗華様のことがお好きなのかしら、と芙由子様がうっとりと呟いた。うげっ。


「それは誤解ですわ、芙由子様。昨日はただ鏑木様が私に用事があったから探していただけです。そこに恋愛感情などあるわけがありません」

「まぁ。でも修学旅行で鏑木様との仲が進展したと、すっかり噂でしてよ。昨日おふたりが連れだってお帰りになったと、今朝も話題になっていましたでしょう?」


 思わず顔が歪む。

 迷惑な話だ。鏑木なんかと噂になったら、また縁遠くなってしまうこと必至なのに。天下の皇帝相手に挑もうとする気概のある男子など、瑞鸞にはそういない。縁起の悪い詩集をやっと手放せたのに、私の恋愛運は上がる兆しがみえない。


「ではやはり、麗華様の想い人は円城様?!」

「違いますって」


 あれ?浮世離れしていると思っていた芙由子様は、意外とミーハー?


「恋に効く石はローズクォーツですわよ、麗華様」


 …パワーストーンにも手を出しているのか。そして一瞬、買ってみようかなって思ってしまった自分が怖い。スピリチュアルは弱った心に忍び寄る。


 その後、恋の噂話をなんとか躱すと、今度は芙由子様は瑞鸞七不思議を滔々と語ってきた。いつもおとなしくてあまりしゃべらない芙由子様なのに、得意分野では饒舌になる人だったらしい。

 えっ、旧講堂の壁の中には昔生き埋めにされた人の死体があって、その霊が「ここから出せ~」と壁を叩く音が聞こえる?!何人もその音を聞いている?!なにそれ怖いっ!


「実は私もその音を聞きましたの…」

「ええっ?!」

「あれは朝からシトシトと、雨の降る薄暗い日のことでした」

「わぁ…」

「私が旧講堂に行きますと、壁の中からドーン、ドーン…、ゴトン、ゴトン…という重い音が、響いてきましたのよ」

「やだぁっ」

「そして壁には人型のシミがうっすらと浮き上がっていて…」

「いやああっ」


 歴史ある瑞鸞の建物だからね。そんなこともあるかもね?!清めの塩!清めの塩はどこ!なんだか背中がゾワゾワするの!

 そんな私の気も知らず、芙由子様は楽しそうに笑った。


「今日は麗華様とこんなにたくさんお話をすることができて、私とっても嬉しいですわ」

「え、そうですか?」

「はい。ずっとこうしてお話したかったんです。今とっても楽しいですわ」


 そう言ってもらえると、私も嬉しい。

 ニコニコと微笑む芙由子様を見て、あまりディープなスピリチュアル世界への誘いは困るけど、これからもう少しずつ芙由子様とも仲良くできたらいいなと思った。


「それと瑞鸞の森には秘密の防空壕があって、そこには…」

「いやぁっ」


 怖い話もできれば無しでお願いします。

 芙由子様とそんな話をしていたら、鏑木がこちらにやってきた。


「吉祥院、話がある」


 またか。


「申し訳ありませんが、今は芙由子様とお話し中ですので」

「まぁ麗華様、私のことはお気になさらないで。私もこのお茶を飲み終わったら、そろそろ帰ろうと思っておりましたの」


 意外と恋バナ好きのミーハーだった芙由子様は、目を輝かせて身を引く言葉を言った。なんといういらぬ気遣い。


「円城様は…」

「秀介なら先に帰った」


 あいつ!また私に面倒事を押し付けて、自分だけ逃げやがった!

 くーっ、この自分勝手な瑞鸞ツートップへのやり場のない怒りをどうしてくれよう。あ、そうだ。せめてもの嫌がらせ。私の受けた恐怖を鏑木にもお裾分けしよう。


「ご存知ですか、鏑木様。旧講堂の壁の奥から、ドン、ドンと誰かが壁を叩く様な音が聞こえるそうなんです。こちらの芙由子様もお聞きになられたとか。それが実は旧講堂には昔生き埋めにされた…」

「壁の奥から音?それは壁の中に通る水道管から聞こえるウォーターハンマー現象だな。誰かがトイレや洗面所で勢いよく水を使って止めたことで、逃げ場を失った圧が音を立てているんだろう。配管が劣化しているのかもしれない。学院にメンテナンスを依頼しろ」

「でも壁に人型のシミが…」

「すでに漏水も起きているのか。早急にメンテナンスが必要だな」

「……」

「……」


 ──後日、鏑木の指示により旧講堂の配管のメンテナンスが行われ、瑞鸞七不思議のひとつが消えることとなる。

 芙由子様のオカルト熱量は1下がった。






 そして私は今、結局いつもの小会議室に鏑木とふたりで向かい合っている。もうこの部屋にお菓子とティーセットを常備しようかな。


「昨日のスーパーは実に有意義だったな」

「左様ですか」


 皇帝陛下は私から分捕った下々の者が食す駄菓子の味にも、満足されたとのこと。そして胃腸を揺るがすサードアイの呪いは効かなかったらしい。


「しかし、だ。スーパーを知り尽くしても、デートの場所には成り得ない。今週末にでもあいつを誘おうと思っているんだが、どこがいいと思う?」

「えっ、今週末?!」


 今度の日曜日には寛太君達へのお土産も渡しがてら、私が先に若葉ちゃんと遊ぶ約束をしている。


「もうすぐ中間テストですよ。高道さんも試験勉強でお忙しいのでは?」


 鏑木は眉間にしわを寄せた。

 どうやら修学旅行の雑務で、生徒会役員の若葉ちゃんは帰国してから生徒会長である同志当て馬とよく一緒に行動していることに、鏑木は焦りを感じているらしい。うん、今日も仲良く連れ立ってふたりで廊下を歩いているのを、私も見かけたよ。


「高道さんは特待生ですから、テスト前に誘われるのは困るのではありませんか?とりあえずテスト明けにどこかに出かける約束を先に取り付けて、それまでにデートプランをじっくり練ってはいかがでしょうか」

「……」


 納得いってなさそうだなぁ。

 そこで私は塾で森山さん達からリサーチした、高校生の人気デートスポット情報を披露した。どうよ、この私のリサーチ力。鏑木はもたらした情報に興味を示した。


「遊園地に映画、カラオケ、ゲームセンター、ボーリング…。遊園地や映画はまだしも、それ以外はデートにしては地味すぎないか?」

「でもこれらが極一般的な高校生の定番デートコースですから」

「う~ん…」


 まぁ、鏑木がカラオケボックスでノリノリで歌っている姿なんて想像できないけど。


「ちなみに鏑木様はカラオケはしたことはあるんですか?」

「カラオケは嫌いだ。俺は生演奏でしか歌わない」


 どこの大物歌手だよ。


「ではカラオケは却下と。私の調べによりますと、遊園地が一番盛り上がるようですね。ジェットコースターやお化け屋敷などが人気です」

「遊園地ならうちの会社がいくつが出資しているから、融通が利くぞ」

「…貸切とかはやめてくださいね」


 ひと気のない遊園地なんて、ちょっとしたホラーだと思う。シンと静まり返った遊園地で、ふたりだけで乗るジェットコースターなんて、別の意味で怖い。


「これらを参考に、テスト明けまでに下準備をしておいたらどうですか?」

「…わかった。考えておく」

「それとアドバイスは私にではなく、親友の円城様に聞いてくださいね。きっと親身になって相談に乗ってくれますとも」

「ああ」

「あ、それからくれぐれも約束もないのに、高道さんのお家に突然訪問するようなことはしないでくださいね。迷惑になりますから」

「…ああ」


 さて、これで今日のミッションは終了。私も早く家に帰って試験勉強をしないと。

 腕を組んでデート先を考え込む鏑木に、あんたも色ボケしてないで試験勉強しなよと言ってやりたくなったが、あえてここはライバルをひとりでも減らすために黙っておく。

 お先に失礼、ごきげんよう鏑木様。




 夜、電気を消してベッドに入った私はふと思い立ち、布団から左手を出して暗がりの中で指先をじっと見つめた。開け、サードアイ。

 オーラは見えなかった。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。