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謙虚、堅実をモットーに生きております! 作者:ひよこのケーキ
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 塾に着くと、私は早速修学旅行のお土産をみんなに配った。ローマで買った、色鮮やかで奇抜なデザインのペンやノート、ブックマーカーは軒並み好評だった。よしっ!


「この箱はチョコ?パッケージがおしゃれ~」

「それは今パリで評判のショコラトリーの物なの。確かまだ日本には入ってきていないのではないかしら。ワインに合うショコラをコンセプトに作られているから、少し大人向きの味なんだけど、最近の私のお気に入りなので、よかったらぜひ食べてみてね」

「へえっ、凄~い。せっかくだから今開けて、一粒だけ食べちゃおうかな」

「ねっ。うわっ、おいしい!ほんとだ、ちょっとビターだね。でもほんのり甘い」

「さすが吉祥院さん。お土産も違うよねぇ」

「うふふ、気に入ってもらえて嬉しいわ」


 上々な反応に、私の自尊心くすぐられまくり。そして森山さん、今「おしゃれ」って言ったよね?ぬほほ、その単語、連呼してくれてもいいのよ?あっ、北澤君が「このチョコ、マジでうまい」ってまるで10円チョコを食べるかのように、パクパク口に放り込んじゃってる!そのチョコはパリで評判のショコラトリーで、日本未発売で、選び抜かれたおしゃれなお土産で…って、まぁ、いいか。たんと召し上がれ。


「でも修学旅行でヨーロッパって、さすが瑞鸞って感じだよね~」

「うちの高校なんて萩、津和野だったよ。ま、いい所だったけどさぁ。修学旅行で渋すぎでしょ、萩、津和野。海外なんて贅沢は言わないから、せめて本州は抜けたかった」

「うちは北海道か九州の選択制で俺は北海道。楽しかったよ。食べ物おいしかったし」

「俺は九州選んじゃったんだよなぁ」

「あぁ、お前の土産かるかんだったよな」


 私が持ってきたお土産のお菓子を食べながら、それぞれが修学旅行の思い出を語った。


「修学旅行って、絶対に羽目外す奴が出てくるよね。特に男子」

「俺達も門限破ったり、夜宿舎抜け出そうとしたのを見つかって、追いかけられたりしたな~」

「私達も集合時間には毎回遅れて、クラス委員の子に文句言われたけど、そのくらいは大目に見て欲しいよねぇ」


 他校のことながら、なんだか大変そう…。同じクラス委員として同情してしまう。私のクラスは真面目で協力的な子達ばかりだったから、集合時間に遅れる子なんてほとんどいなかったもんね。佐富君には吉祥院さんのおかげって、妙に感謝されたけど。

 お菓子を食べ終わった梅若君達が、次の講義の内容について話始めたので、私は森山さん達女子ふたりにリサーチをかけてみることにした。やはり現役高校生の生の声というのは貴重な情報源だ。


「みなさん、デートするとしたらどこに行きますか?」

「えっ、吉祥院さんデートするの?なになに、彼氏できた?」

「いえ、私のことではないのだけど、今日ちょっとそんな話になって…。ほら、森山さん彼氏ができたって言っていたでしょう?どんなところにデートに行くのかなぁって」


 森山さんと榊さんは「そうだなぁ」と少し考えこんだ。


「やっぱお薦めは遊園地かな。高いからそんなに行けないけど、楽しいし絶対に盛り上がる!」

「遊園地はハズレがないよね。ジェットコースター乗ってお化け屋敷入って、で、最後は観覧車でしょ」

「そりゃあ、もちろん絶対乗るよ。夜景がキラキラしてて、きれいなんだよねぇ」

「私も観覧車好き。フラッと観覧車だけ乗りに行くこともあるくらい」

「わかる~」

「観覧車……」


 …観覧車って、あれでしょ?天辺でカップルはキ、キスをするっていう、噂のあれでしょ?

 …………。

 キャーッ!恥ずかしいっ。無理っ!私には絶対に無理っ!観覧車に誘うのも、誘われるのも無理よぉっ!だってだって、観覧車に乗るってことは、そういうことなんでしょ?なんという不埒っ!私達はまだ高校生よ?!でもいつか、私も恋人に観覧車に誘われたら…。うひゃああっ、どうしよ~っ!こ~ま~る~ぅ。

 キス…キス……。


「吉祥院さん、なんか目が怖いよ。どうしたの?」

「えっ!あら、ごめんなさい。最近少しドライアイ気味で、瞳孔が開いちゃったわ」


 いけない、いけない、興奮して瞬き忘れちゃったよ。

 私が目薬を差している間にも、森山さん達のデート話は続く。


「映画もたまに行くかな。それから彼氏がスポーツ好きだから、一緒に公園でバスケしたり、バドミントンしたりしてよく遊んでる」

「公園いいよねぇ、安上がりで。私も前に庭園行ったことあるよ。鯉に餌やってさぁ」

「なにその老いらくデート。でも大体は放課後、一緒に帰りながらだらだらおしゃべりしてるのが多いかなぁ。これも一応デート?」


 なに言ってんの、森山さん!立派なデートだよ!私の憧れ、放課後の制服デート!

 や、やっぱり手は繋ぐよね。制服の高校生がちょっと照れながら手を繋ぐ…。キャーッ!いいなぁ、いいなぁ、憧れるなぁ。ううん、私だっていつかは手繋ぎデートをしてみせる!あぁっ、でも私ってば緊張すると手に汗かいちゃうんだった!彼女の手を握ったら湿り手だったって、引いちゃうよね?!どうしよう、あらかじめ手をパタパタ振って乾かしておく?緊張をしないツボを押しまくる?手を繋ぐのって、なんてハードルが高いの!

 でもそれを乗り越えれば、制服で好きな人と手を繋ぎながら、観覧車…。観覧車?!放課後に制服で観覧車?!


「吉祥院さん、またドライアイになってるみたいだけど…」

「えっ!あら、ごめんなさい。私に気にせず、どうぞ続けて?」

「眼科行ったほうがいいよ…」


 いけない、いけない、興奮して目がギラギラしちゃったみたい。私は目薬をボトボト差した。


「あとはカラオケ行ったり、ゲーセン行ったり、ファミレスで一緒に勉強したりとか。でもこれは友達でも行くけど」

「えっ、男子の友達と遊びに行くの?」

「もちろん彼氏がいる時はふたりでは行かないよ。ほら、テスト明けなんかにクラス全員で打ち上げしたりするじゃん」

「あ~、あるある。放課後に有志募ってボウリング行ったり、カラオケ大会したりね。この前ボウリングで組んだ男子がめちゃくちゃ上手くて、私達のペアが優勝したんだよ。面白かった~」

「ボーリングはよく行くよね。私のクラスでも4月に親睦会だ~っとか言ってみんなでボウリング行ったよ」

「スコアの悪かったペアがみんなにジュース奢ったりね」

「そうそう!ペア決めの時、必ず張り切ってくじを作る奴がいたり」

「クラスに好きな人がいる子は、ペア決めで小細工するんだよね。そこからいい感じになったりする子達もいるし」


 なんと!よその共学ではそんな楽しいイベントが?!

 当たり前のように話す森山さん達に私は目を見張らずにはいられない。テスト明けの打ち上げ?!初耳だ。なぜうちの学校にはないのか。瑞鸞という校風のせいか?なんということだ。私、今現在まで共学に通うメリットを全く活かせていない…。私の通うのは瑞鸞学院“女子”高等科だ。


「吉祥院さんは瑞鸞の男子とはどんな所で遊ぶの?」

「えっ!」


 一番聞かれたくない話を振られたーー!それを私に聞くか!塾には同じ瑞鸞生の多垣君もいるから、迂闊に嘘は言えない。でも恋愛ぼっち村の村民、しかも村長だなんてことだけは、絶対に知られたくないっ!彼氏どころか男友達もほとんどいない、女子校状態だなんて絶対に、絶対に知られたくないっ!


「…そうねぇ、それぞれ習い事や予定があるので、特にみんなでどこかへ遊びに出かけるということはあまりないかしら。個別に仲の良い人の家に集まってゲームをしたり(小学生のお誕生日会)、たまに食事に行ったり(麻央ちゃん、悠理君)、休日にちょっと遠出して水族館やショッピングに行ったり(麻央ちゃん、悠理君、お兄様に伊万里様)。あぁそういえば、今日も同級生の男子に帰りにショッピングに付き合って欲しいって頼まれたけど(スーパー)、塾があるから別の日にしてもらったの」

「へえ、瑞鸞の子達ってそんな感じなんだ~」


 嘘は言っていない。全員瑞鸞生だ。ただ相手が小学生だったり、瑞鸞OBだったりするだけだ。少し話を脚色しているだけだ。嘘は言っていない。

 私は森山さん達の視線から逃れるように、講義のテキストをパラパラと捲った。


「やっぱり瑞鸞の男子は、放課後にゲーセンやカラオケなんて行かないんだろうねぇ」

「う~ん、どうかしらね。他の人達は知らないけど、私の仲の良い子達は行かないかな。でもさっきも言ったように、テレビゲームが好きな男子(雪野君)がいるから、ゲームはその子の家でやることはあるわよ(お誕生日会)。私はあまり得意ではないから、いつもみんながやっているのを近くで見ているだけなんだけどね」


 ひとつの出来事を膨らませるだけ膨らまし、広げるだけ広げて、うす~く伸ばして使い回す。嘘は言っていない。


「じゃあ、修学旅行はその男子達と回ったの?」

「ううん。修学旅行は、ほとんど女の子の友達と一緒だったわ。自由時間に誘われて、パリでショッピングをしたり、ローマでティラミスを食べに行ったりしたことくらいはあったけど」


 瑞鸞に流れる私の噂を丸ごと投入。


「え~、なんだ吉祥院さんってあんまり男子の話しないけど、実は男友達いっぱいいるんじゃ~ん!」

「そんなことないわ。普通よ?」


 今の話に出てきた男子の内、ふたりが小学生だけどね…。

 嘘、大げさ、紛らわしいの団体が頭の隅をかすめる──。いやいや、嘘は言っていない。嘘は言っていないけど…、自分で言ってて切なくて涙がでそうだ。鼻の奥がツーンとするよ。

 制服デートができるタイムリミットはすでに1年切っているっていうのに、なにやってんだ私…。





 帰りがけにこっそり梅若君にだけ、ベアトリーチェ用のブラシとヘアアクセサリーのお土産を渡したら、夜“ありがとう麗華たん!ベアたんもこれでパリジェンヌね!”とお礼のメールが、当然可愛いベアたん写メ付きで届いた。

 そして律儀に別メールで届いた梅若君本人からのメールには、“最近、散歩中に俺のベアトリーチェに付き纏うオス犬がいて怒髪天!しかもベアトリーチェもまんざらでもなさそうなのが腹立たしい!”という、ライバル犬との三角関係の相談が綴られていた。

 犬バカ君の入村の日も近いかもしれない──。日当たりの良い土地を用意して待ってます。

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