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謙虚、堅実をモットーに生きております! 作者:ひよこのケーキ
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 クルルルルゥ…という、獅子身中の鳩の鳴き声で目が覚めた──。

 どうやら薔薇の結界によってバルコニーへの侵入を阻止された宿敵鳩は、我が身の内に巣食ったらしい。成敗するためにさっさと着替えて食堂へ向かう。

 今日も元気だ。朝ごはんがおいしい。やっぱり朝は白米ね!






 瑞鸞では、今日も朝から浮かれた恋愛謳歌村の村民達が、そこかしこで幅を利かせているのが目につく。体験村民、にわか村民達のはしゃぎようときたら!

 修学旅行帰国後からの、我が恋愛ぼっち村の急激な過疎化に危機感を覚える。恋愛ぼっち村でも五人組制度を採用すべきであろうか…。村長として、脱走者をこれ以上出すわけにはいかない。厳しく戒めていかなくては。

 あっ!あの子達、見つめ合って手を繋いでいる!なんというふしだらな…。瑞鸞の校則で男女交際は認められていたかしら?!確かめなくっちゃ。生徒手帳、生徒手帳!


「あ、吉祥院さん、おはよう。ちょうど良かった」


 私が、ボコボコと呪いのガスが湧き出す心の中の黒い沼を覗きこんでいると、委員長に声を掛けられた。


「おはようございます、委員長。私に何か?」

「うん。ちょっとだけ今いいかな」

「ええ」


 私は委員長に袖を引っ張られ、廊下の端に寄った。委員長は声を潜めて話し始めた。


「実はね、修学旅行で本田さん達と、自由時間に一緒に出掛けることができたんだけど」

「…ええ。大英博物館でお会いしましたわよね。確かセーヌ川クルーズをなさるとか」

「覚えててくれた?そうなんだよ。一緒にね、クルージングをしたんだ。楽しかったなぁ。乗船する時に少し揺れてね、その、僕が本田さんに手を貸してあげて…」


 嬉しそうに照れながら私に報告する委員長。ここにも謳歌村の村民が…。我が村の過疎化待ったなし。


「で、手を握れて嬉しかったと。下心の報告ですか?」

「ええっ!し下心なんてそんなっ。僕そんなこと考えてないよ、吉祥院さん!」

「ふ~ん」


 どうだかね~。あわよくばって魂胆があったんじゃないのぉ?だって遊覧船には手摺りがあったじゃない。私は手摺りに掴まってひとりで乗りましたけど?


「それで?」

「えっと吉祥院さん、なんだか機嫌悪い…?悪くないならいいけど…。あぁそれで、岩室君もね、寒そうにしてた野々瀬さんに自分の着ていたジャケットを貸してあげたりして、僕から見てるといい雰囲気だったんだよね」

「へ~」


 私はあやめちゃん達とハムスターのように身を寄せ合って暖を取っていましたけどね。あぁ、女の友情って素晴らしい!


「本当はポンデザールの南京錠を一緒に付けたかったんだけど、それは恥ずかしくて誘えなかったんだ。一応、こっそり買っちゃったんだけどね。いつか、一緒に付けに行けたらな~って…。あっ、これ秘密だよ!」


 いつか一緒にパリ旅行したいと。大胆発言だな、委員長。恋愛橋では南京錠を付けられなかった委員長だけど、トレビの泉では愛する人と一生いられるようにコインを2枚投げたそうだ。あぁそうですか。ちなみに私も2枚投げてきたけどね。相手は未定ですが!

 今度日本でも4人で遊びに行く約束をしたらしい。まぁ楽しそう。ここはぜひ、水辺繋がりでダブルデートには井の頭公園のボートに乗ることをお薦めしよう。ええ、もちろん他意はありませんとも。

 委員長よ、沼気を放つ黒き沼を鎮める生贄となれ──。

 生贄の乙女はそんな私の心も知らず、にこにこと笑っている。哀れなり。


「それで僕と岩室君から吉祥院さんにお礼を…。あっ、岩室君だ。お~い、岩室君!」


 お礼?なんのことだ。

 廊下の向こうから、岩室君が手を振る委員長に気が付いて大股で歩いてきた。おはよう。


「岩室君、今吉祥院さんに修学旅行の話をしていたんだよ。それでほら、ふたりで買ったプレゼントを渡そうと思って」

「そうだな」


 委員長はカバンを開けると中から可愛くラッピングされた包みを出してきた。


「これ僕と岩室君からの吉祥院さんへのお礼。いつも相談に乗ってくれてありがとう」

「ありがとう師匠」

「……」


 ……なんてことだ。私は自分が恥ずかしい。こんなに善良な人達に対して、嫉妬のあまり私は酷いことを願ってしまった。恋愛成就の神様失格だ。ううっ、井の頭公園を薦める前で良かった。


「ありがとう。とっても嬉しいわ」


 私はプレゼントを大切に抱えた。


「中身はフランスで買ったトリートメントとヘアオイルなんだ。吉祥院さんのその幸運の巻き髪が、いつもきれいでいられるようにって、岩室君が選んだんだよ」

「師匠の髪は俺の憧れだから。気に入ってもらえるといいんですけど…」


 さすが美容系乙女。選ぶプレゼントも乙女らしい細やかな発想。そんな岩室君の髪も短髪なのに艶々だね。毎日のお手入れは欠かしていないようで、美容の師匠としても嬉しいよ。

 ふたりのおかげで、私はそこらに蔓延る恋愛謳歌村の連中を、広い心で少しだけ許す余裕ができた。





 放課後、私は麻央ちゃん達にお土産を渡すために、両手に紙袋を持ってプティのサロンに向かった。途中、鏑木から呼び出しメールが何度もあったけど、無視無視。十中八九、若葉ちゃんとのローマデートの話を惚気たいなんて、どうでもいい用事に違いない。けっ、プティの天使達との癒しの逢瀬の前では、皇帝の惚気話など塵芥に等しくってよ!

 プティの扉を開けると、麻央ちゃんが溢れんばかりの笑顔でお出迎えしてくれた。


「麗華お姉様、ごきげんよう!」

「ごきげんよう、麻央ちゃん」


 室内に入ると、サロンにいたほかの子供達も口々に笑顔で挨拶をしてくれた。なんて可愛いんでしょう。和むわ~。

 私がお土産のチョコレートやフルーツパテといったお菓子を子供達に配ると、わぁっと歓声があがる。麗華お姉様、麗華様と私を囲んで慕ってくるプティの子供達。あらあら、私は逃げないから、私を取り合ってケンカなんてしないでぇ~。

 あぁ、タイムスリップしてこの子達の同級生になりたい…。私はちょっと早く生まれすぎた。今の私がこの子達の同級生だったら、どれだけ充実した学院生活を送れたことだろう。ここは疑似モテの楽園…。


「こんにちは、麗華お姉さん」

「雪野君!」


 私が小学生だったら確実に大本命の王子様が登場!あぁ、私は早く生まれすぎた。

 お土産のお菓子を配り終えた私は、麻央ちゃん達に促され子供達の輪から離れたソファに座った。私の隣には雪野君。前には麻央ちゃんと悠理君。


「では3人にも約束のお土産ね」


 3人にはお菓子のほかに絵本の原書に色鉛筆も買ってきた。この色鉛筆は世界的にも有名な絵本にも使われたという、とっても柔らかい色味が出る色鉛筆なのだ。ぜひ図工の時間に使ってもらいたい。

 可愛い私の小さなお友達はそれぞれ満開の笑顔で喜んでくれた。


「それと麻央ちゃん、これを市之倉様に渡しておいてもらえるかしら?」


 何度もお食事をご馳走していただいた麻央ちゃんの叔父さんには、チーズや紅茶のほかに飼い猫アリスにちなんで、ガラスでできたチェシャ猫のペーパーウェイト。ちょっと帰りの荷物が多くなるけど、車だから平気だよね?


「わかりました。晴斗兄様に渡しておきますね。そうだわ。麗華お姉様、聞いてください。実は、麗華お姉様が修学旅行に行っている間に、耀美さんにお料理を習っているお礼がしたくて、晴斗兄様にお願いして3人でお食事に行ったんです!」

「えっ、そうなの?」

「はい。麗華お姉様に先にお話していなくてごめんなさい。でもちょうどふたりとも時間が合う日があったので…」

「それは別によろしいのだけど…。それで、お食事会は楽しかった?」

「うふふ。晴斗兄様に素敵なお店を予約してねってお願いしたんですけど、お料理もとってもおいしくて、耀美さんのお口にも合ったみたいです。ほら、ふたりとも食べることが大好きでしょ?話が合うみたいです。だから今度は、ふたりでお食事に行ったらどうかな~って」

「まぁ…」


 なんてことだ。可愛い可愛い麻央ちゃんが、私の与り知らぬところで、やり手の仲人おばさんと化していた!

 これは完全に、気に食わない恋人のエリカさんを排除し、市之倉さんに耀美さんを推す気だな~。

 麻央ちゃんの笑顔の裏に隠れた企みに気づかない悠理君は、隣で「良かったね、麻央」と笑っている。男の子って…。いや、そうだね、気づかないほうが幸せなこともあるよね…。

 雪野君は私の隣で、熱心にマザーグースを読んでいた。どれどれ、なにを読んでいるのかな~、…My mother has killed me。うん、雪野君、もっとほのぼのした詩を読もうか。夜、眠れなくなっちゃうよ?

 4人で楽しくお土産の本の読み比べや修学旅行の話をしていると、サロンのドアが開く気配と同時に女の子達の黄色い声がした。私達はその声に何事かと思い振り返った。げっ!


「あれ?兄様だ」


 振り返った先にいたのは、雪野君の兄である円城と、皇帝鏑木。プティのサロンに何しに来た。


「兄様達、どうしたの?」


 私達の元にやってきたふたりに、雪野君がきょとんとした顔で尋ねると、苦笑した円城が「雅哉がね、吉祥院さんになにか用があるんだって」と答えた。え、私に用?物凄くイヤな予感がするんだけど…。

 円城の言葉に鏑木は腕を組み眉間にシワを寄せて頷くと、私に向かって


「お前、何度もメールを送ったのに気付かなかったのか?しょうがないから俺から出向いてやったぞ」

「……」


 ……やっぱりか。

 メールの返信がなければ直接追ってくる。なんという生まれながらのストーカー気質…。ナチュラルボーンストーカー鏑木。うん、リングネームのようで語呂がいい。

 私はナチュラルボーンストーカーに、「それは申し訳ありませんでした。携帯をカバンに入れたまま確認していませんでしたわ」と殊勝な態度で謝罪した。顔を上げると、ニヤリと笑う円城と目が合った。ちっ。

 鏑木と円城はそのままの流れで、私達と同じテーブルを囲んだ。


「雪野、その本は?」

「麗華お姉さんからもらったんだ。修学旅行のお土産にって」

「吉祥院さんから?そうなんだ。吉祥院さん、弟にわざわざお土産をどうもありがとう」

「いえ、大した物ではありませんから、お気になさらないでください」


 鏑木は横から雪野君の手元を「なんの本だ?」と覗きこんだ。


「マザーグースの本だよ」

「マザーグース?あぁ、俺の家の書庫にもあるな。そういえば、マザーグースと言えば、そこに出てくる10人のインディアンをモチーフにした人形が家にあったんだけど、いつの間にか1体が壊れていたんだよなぁ」


 あれは確か1年の終わりだったかと思い出すように呟く鏑木。1年の終わりって、鏑木が優理絵様に失恋した頃じゃないか…?

 鏑木が失恋するごとに壊れる呪いのインディアン人形。そして誰もいなくなった…。怖~い!

 私が不吉な妄想をしている間に、麻央ちゃん達が鏑木達にも修学旅行の思い出を聞き、ふたりがイギリスでサッカー観戦をしたと言うと、悠理君がそれに食いついたりしていた。

 おしゃべりはそれなりに盛り上がり、皆が目の前のお茶を飲み終わる頃、円城の携帯が鳴った。円城は立ち上がり少し離れたところで通話をし終えると、こちらに戻ってきて雪野君に帰宅を促した。


「迎えが来たみたいだ。帰ろうか、雪野」

「え~っ…。僕まだお話していたい…」

「また今度。ほら、下で待っているみたいだから」


 不満そうな顔をした雪野君は円城に頭を撫でられながら諭され、渋々立ち上がった。しかしどうやら鏑木はこのまま残るらしい。一緒に帰ればいいのに…。


「雪野君がお話したいみたいですし、せっかくですから鏑木様もご一緒したら…」

「生憎だけど、今日は僕がほかに約束があるんだ」


 ちぇっ、そうですか。


「じゃあ、お先に。また明日ね、吉祥院さん」

「ごきげんよう、円城様。またお話しましょうね、雪野君」

「さよなら、麗華お姉さん。本と色鉛筆ありがとう。それとお菓子も!」

「ふふっ、どういたしまして」


 去りゆく癒しの天使に名残を惜しむ私の肩を、後ろからベシッと音がするくらい叩く不穏な影。


「さて、じゃあ場所を移そうか。話したいことが山ほどあるんだ」


 …レポート用紙に要点を纏めて提出してくれませんか。暇な時に読んでおきますから。

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