225
んふふ~ん。今、私の小指には、ピンクゴールドの華奢で可愛いピンキーリングが嵌まっている。これは昨日のパリの自由時間にみんなとお揃いで買ったものだ。私が円城のアドバイスで伊万里様へのゴルフマーカーを買っている間に、芹香ちゃん達が今回の修学旅行の記念にお揃いで付けようと見つけてきてくれた。
小さいお花が横に並んだ女の子っぽいデザインで、と~っても可愛い。中等科での修学旅行ではお揃いのネックレスを買った。今回は指輪。仲良しの証。嬉しいなぁ~。
ローマの空港から中心部までのバスの中、自分の手を見てニマニマしていたら、同じくピンキーリングをきらきら光らせた隣の席の菊乃ちゃんが、「麗華様、聞きました?」と話し掛けてきた。
「さっき噂を耳にしたんですけど、鏑木様がパリで宝飾店に行かれたって」
「宝飾店?!」
鏑木がジュエリー購入?なんのために。
「鏑木様、今朝もとっても機嫌がよろしいでしょう?もしかしたら、どなたか意中のかたへのプレゼントを買ったんじゃないかって…」
「意中?!」
げっ!まさか、若葉ちゃんとのパリデート成功に、暴走して婚約指輪でも買いに行っちゃったとか?!いやいや、さすがそこまでバカじゃないでしょう、とはっきり否定できないのがつらい…。
「どう思います?麗華様」
「どう思うって言われましても…」
「円城様もね、ご一緒だったそうなんです」
「円城様が…。でしたら鏑木様ではなく、円城様がどなたかに贈るお買い物だったのかもしれませんわよ?」
それこそ唯衣子さんに贈る婚約指輪を買いに行ったんだったりして。
「円城様のお買い物!それはそれで凄くイヤなんですけど!」
「イヤと言われましても」
「気にならないんですか?麗華様」
「そうですわねぇ」
「え~っ!私達はとっても気になってます!ねっ、芹香さん!」
「ええ」
「うわっ!」
前の座席に座る芹香ちゃんが、窓と座席の細い隙間からこっちを見ていた。怖いよ芹香ちゃん。シャイニングみたいだよ!
「鏑木様に聞いてきてくださいな、麗華様」
「えっ、私が?!」
なんで、私が?!やだよ、自分で聞きに行きなよ。
「こんなこと、麗華様しか聞けませんわ。麗華様、お願~い」
「いや、でも…」
「麗華様~っ!でないと私達、ローマを楽しめませんわ」
「そうよねぇ、菊乃さん」
「ねぇ、芹香さん」
えーーっ!
というわけで、断りきれなかった私は、ホテルに着くと芹香ちゃん達に追い立てられ、ロビーで男子の仲間達といる鏑木に渋々近づいていった。男子の集団にひとりで声を掛けるって、結構勇気いるんだけどなぁ。
鏑木はすぐに私に気が付いた。
「どうした、吉祥院」
「あの、鏑木様。ちょっとお話が…」
「話?」
男子の輪から出てきた鏑木は私の言葉に一瞬眉間にしわを寄せて考えたあと、すぐに「あぁ…」と合点のいった顔をした。
「話してやりたいが、これから部屋移動だから時間がない。30分後にラウンジに来い。そこで話そう」
「えっ、わざわざ?!」
「立ち話で終わる話じゃないからな」
その辺の柱の陰で、昨日の買い物の内容をちょろっと教えてくれるだけでいいんだよ?立ち話で充分だ。
なのに鏑木は私が引き止める間もなく、さっさと男子の輪に戻り、エレベーターに乗って行ってしまった。え~っ!こんなどうでもいいことを聞くために、わざわざラウンジまで出向かないといけないのぉ?!面倒くさいよ~。
待っていた芹香ちゃん達に、今は時間がないからあとでラウンジに聞きに行くことになったと言うと、「まぁ、鏑木様からお茶のお誘いが…!」と目を輝かせた。違うでしょ。
部屋で荷解きを済ませ、一方的な約束通りホテルのカフェラウンジに行くと、先に来ていた鏑木が、こっちだと片手を挙げて合図した。そしてその隣には優雅にカップを持ち上げて私に微笑む円城の姿も。ん?なんで円城も?
「雅哉が吉祥院さんと密会するって聞いて、面白そうだから僕も来ちゃった」
「はあ」
来ちゃったって…、腹黒がニコッと笑って言っても全然可愛くないぞ。
「吉祥院。お前の聞きたいことはわかっている」
私が席に座ると、鏑木がしたり顔で頷いた。たぶん、絶対にわかっていないと思う。そんな鏑木は私に向かって身を乗り出すと、自信たっぷりに言い切った。
「聞きたいことと言うのは、俺達のパリデートのことだな!」
「全然違いますけど」
「えっ」
ほら、やっぱりわかってなかった。なに、その鳩が豆鉄砲くらったような顔は。鳩…。天敵繋がりだな。
「鏑木様は昨日、パリで宝飾店に行かれたとか」
「え、あぁ、確かに行ったが」
「なにをお買い求めになられたのですか?」
「は?なんでそんなことをお前に言わなきゃいけないんだよ」
ですよね~。私だって好き好んでこんなことを聞きたいわけじゃないんだよ。でもさぁ、芹香ちゃん達が聞いてこいって言うんだよぉ…。
「あの~、まさかとは思いますけど、あの子へのプレゼントではありませんよね?」
「あの子?あぁ、違うぞ」
「そうですか」
ホッ、良かった。常識知らずのバカ弟子といえど、そのくらいの分別はついてきたようだ。しかしそれなら何を買ったのでしょうか?なんの戦果もなく芹香ちゃん達のところに帰れないんです。ジーッと無言で訴えると、鏑木が鬱陶しそうに顔を顰めた。
「だいたい、なんでそんなことを知りたいんだよ」
「鏑木様が宝飾店で買い物をしたと噂になっているそうで、私に聞いてきて欲しいと頼まれたのですわ」
「なんだそれ。ゴシップ記者かよ」
失敬な。円城とのペアウォッチを買ったとガセネタ流すぞ。
「別に教えてあげてもいいんじゃない?たいした話じゃないんだし」
おぉっ、円城ナイスアシスト!…あ、でもこれも借りになるのだろうか。円城は悪徳高利貸しだ。利息が怖い。
鏑木は大きなため息をつくと「わかったよ…」と言った。
「母親が先月パリの本店に修理に出した時計を取りに行っただけ」
「えっ、それだけ?」
「それだけ。アンティークで扱える職人が本店にしかいなかったんだ」
な~んだ。ただのママンのお使いだったか。
「そうでしたか。それで他にはなにも購入なさらなかったのですね?」
「あぁ」
「ちなみに円城様は?」
「僕?僕も買ってないよ」
本当ですかぁ~?唯衣子さんへのプレゼントを買ったんじゃないんですかぁ~?うわっ、円城の微笑の圧力がっ…!わかりましたよ、信じますとも。でもちょっと話を面白く…「記者さん、話を作らないでね?」なぜ私の心が読める?!
「教えていただきありがとうございました。では私はこれで」
聞きたいことはそれだけだ。さて帰りましょうと席を立とうとすると、鏑木が「待て待て!」と引き止めてきた。なにさ。
「違うだろ。これからが本題だろ!聞きたいんじゃないのか?俺達のパリデートを!」
「いいえ別に」
きっぱり否定すると、鏑木は目を見開き、円城は小さく吹き出した。
「…聞きたいだろう。聞きたいはずだ」
「いいえ別に」
「遠慮しなくていいぞ」
「いいえ別に」
なんだその不満気な顔は。そんなに聞いて欲しいのか。楽しかった若葉ちゃんとのデートを。
「…お前は俺の参謀だ。聞く義務がある!」
「ですから参謀なんて引き受けた覚えはありませんてば」
「…お前は恋愛成就の髪様なんだろう?聞く義務がある!」
「その神様にお供え物もしたことがありませんよね」
なによ。なに口を尖らせてんの。拗ねちゃったのか?ご機嫌ななめでちゅね~とか言ったら殴られるかな。
「まぁまぁ。こっちも情報提供したんだから、吉祥院さんも少しは雅哉の話に付き合ってあげてよ。お供え物はここのドルチェでいいかな?ティラミスにする?それともパンナコッタ?両方にしようか」
うっ、甘物で釣るとは卑怯なり。でもせっかくだから両方食べたい…。でも我慢。もうすぐ夕食だし、人目もある。ティラミスだけで結構です。「参謀にゴシップ記者に髪様って、吉祥院さん肩書きいっぱいだね」うるさいよ。全部あんたの親友が勝手に付けたんだよ。来た~ん、ティラミス!いただきま~す。
「よし。供物はこれでいいな?じゃあパリでのデートのことなんだけどな」
「さっそくですわね」
「昨夜からその話ばっかなんだよ。もうエンドレス」
「うるせぇな。秀介は黙ってろよ」
「はいはい。ごめんねぇ、吉祥院さん。聞いてやって」
円城に適当にあしらわれた鏑木は、ちっと舌打ちすると話を続けた。
「お前に言われた通りタクシーを乗り継いで、後をつけてくる連中を撒いたあと、俺は高道との待ち合わせ場所に行った」
「ここで名前は出さないほうがよろしいですわよ」
「…わかった。で、あいつと会って、行きたがっていたパティスリーに案内したら、凄く喜んでさ。ずっと楽しみにしてたんだ、って」
鋭い鏑木の目尻が下がった。嬉しそうだな~。そしてここのティラミスもなかなかのお味ですな~。
「日本で食べたいケーキをリストアップしてきたって、俺に見せてくれてさぁ。こことここのお店にも行けるかなぁ、なんて一生懸命話してきて」
「へぇ~」
口元を拳で隠しているけれど、鏑木のニヤニヤは止まらない。
「ふたりでマカロンの食べ比べをして、どれが一番おいしいか話したり、あいつが食べたいケーキが何個もあったから、別々の物を注文してふたりで分け合ったり…」
ここで鏑木の顔が、完全に笑み崩れた。ひとつのケーキをふたりで食べる。ラブラブカップルの王道シチュエーションだね。
「明後日の自由時間も、ふたりで抜け出してドルチェを食べに行くんだけどさぁ。鏑木君が教えてくれたお店はどれもおいしかったから楽しみにしてる!って言われちゃってさぁ。参ったよ」
「へぇ~」
パリでのスイーツデートは思った以上に大成功だったようだ。クールな瑞鸞の皇帝サマは、今にも「
「ショコラも喜んでたなぁ。日本にも店舗があるから今度誘ってみようか…」「ローマでジェラートのおいしい店といえば…」「ピザが食べたいって言ってたから、そっちも…」ティラミスも食べ終わったし、もう、部屋に戻っていいかな。
浮かれ皇帝の隣で、我関せずの円城は淡々とカプチーノを飲んでいた。円城はこれを一晩中聞かされていたのか…。親友ってのも大変だな。
やっと鏑木の話が一段落着いたので、これ幸いとお開きにする。あら、まだ話足りないですか?知りません。お供え分は聞きました。
席を立つと、円城が私の耳元でこっそり「でもパティスリー巡ってケーキやマカロンを食べるって、異性というより女友達ポジションだよね?」と毒を囁いた。この腹黒め。
部屋に戻り、ママンのお使いだったことをみんなに報告し、生徒全員での夕食の席に行くと、なぜか帰りに鏑木にマカロン詰め合わせをもらった。
「お前が供物と言うからな。幸せのお裾分けだ。これはあいつが特においしいと喜んだマカロンで一緒に買ったものなんだけど、ほかにも…」
マカロンをダシに、またノロケを再開する気らしい。ホテルに戻るまでずっと甘ったるい戯言を聞かされ続けた。まさにエンドレス。円城はどうした。離れたところでにっこり手を振っている。逃げたな。
これのせいで、後日生徒達の間に、鏑木が私にプレゼントを渡して楽しげに話し掛けていたというデマが流れた。なんという迷惑!
ちなみにディナーのデザートはティラミスだった。お供え物はパンナコッタにしておけば良かった!
マカロンは芹香ちゃん達と分けて食べた。
今日はローマの市内観光。ローマはコロッセオ、パンテオン、真実の口、フォロ・ロマーノ等々、見どころ満載だ。真実の口は人が大勢並んでいたので、私は今回は手を入れるのはパス。別に手を入れたからって何かが起こるわけでもないので、あれは1度やったら満足かな。初ローマの若葉ちゃんが、カメラ片手にしっかり並んでいるのを見かけた。
トレビの泉ではコインを当然しっかり2枚投げた。好きな人と結婚!恋愛成就!私も恋人と食べ物を分け合うようなデートがしたい!あ、キリスト教圏なのに柏手打っちゃった。昨日、円城は鏑木のパリデートを女友達ポジションなどと毒づいていたけど、恋愛ぼっち村村長の私には羨ましい、妬ましい話であったよ…。
しかしローマはなんとなく、街が茶色っぽいイメージ。古代遺跡が街中に溢れているせいかなぁ。パリが京都なら、ローマは奈良って感じ。ローマはローマ帝国の歴史が好きな人にはたまらないんだろうなぁ。でも古代ローマ文明ってちょっと暑苦しくない?古代ローマ人って美食をとことん楽しむために、満腹になると孔雀の羽根を喉に突っ込んで吐いて、また食べるなんていうとんでもないことをしてたんでしょ。なんだ、その発想。貪欲すぎて引いちゃうよ…。
でもヴァチカンは好きだ。サンピエトロ大聖堂やシスティーナ礼拝堂は荘厳で、大きなピエタ像や、天井の宗教画に圧倒される。でも人が多くてじっくり観られないのが難点。1日かけて観たいね。
ヴァチカンには切手好きにはたまらない、ここでしか手に入らない美しい切手があるから、それを使って日本のみんなにエアメール。エアメールが届くよりも先に、私が帰国しちゃうんだけど、ヴァチカンといったら切手だもんね~。送りたいじゃない。
あらかじめ昨日ホテルの近くで買った、美しい宗教画絵葉書に住所とメッセージを記入してきたから、ここでは切手を貼るだけで大丈夫。本当はヴァチカンで売ってる絵葉書を使いたかったんだけど、その場で書く時間がないんだよ~。ヴァチカン絵葉書はお土産に買って行こう。あぁきれいな切手がいっぱいだ。記念にたくさん買っちゃうぞ。切手好きの血が騒ぐわ~。もう、目移りしちゃうっ!これは前に来た時に買ったな。こっちは持っていなかったはず…、新作かな。雪野君達には天使の切手が似合うよね!お兄様と璃々奈には聖母子像切手。この切手はきれいだから大好き。お父様とお母様にはサンピエトロ大聖堂。桜ちゃんや葵ちゃん達にはどれにしよっかな。やっぱり絵画切手かな。そしてみんなに隠れてこっそり自分宛てにも送る。“麗華ちゃんお元気ですか?”
「吉祥院さ~ん、集合時間だって」
「は~い」
佐富君が呼びに来た。ごめんね、私もクラス委員なのに。
「吉祥院さんはさぁ、明日の自由時間にカタコンベは観に行かないの?」
行くか、バカ!なにが楽しくて、山盛りの骸骨を観なきゃいけないんだ。佐富君、絶対にわざとだよね?!残りわずかの清めの塩は、部屋にではなく佐富君にかけるべきか…。
「あれ?吉祥院さん。背中の巻き髪が獣の数字になってるよ?ヴァチカンで獣の数字を数えちゃやばくない?」
……決めた。残りすべての塩を佐富君にぶちまける!
次の日の自由時間、私達はもちろんカタコンベなどという恐ろしげな場所には赴かず、ショッピングとおいしいイタリア料理を堪能することにした。
「ローマに来たらピザは外せませんよね~」
「私が前にローマに来た時に行ったお店はおいしかったですわよ」
「じゃあそこにする?」
きゃいきゃいと女の子達だけではしゃぎながら歩いていると、あちこちからピーッという口笛や「ヘーイ!ジャパニーズ!」「ピザ?ピザ?」とふざけた声がかかる。不愉快。キリスト教総本山のお膝元で昼間っからなにをチャラチャラと…。シエスタシエスタ言ってないで働け!
私達はピザが評判のトラットリアでマルゲリータやアマトリチャーナを食べ、スペイン広場近くのお店でジェラートを食べた。次はティラミスよ!
おなかが満たされたらショッピング。耀美さんにはオリーブオイルをお土産にしよう。チーズはありったけ買い込んじゃう!ペコリーノロマーノにチーズの王様パルミジャーノ・レッジャーノ!イタリアの銀行ではパルミジャーノ・レッジャーノを担保にお金を貸してくれるって本当かな?お菓子はパリで買ってあるからローマではほどほどに。でもジャンドゥーヤは忘れずに。あぁっ!おしゃれなイタリア文具!封蝋欲しいっ!薔薇の印璽おしゃれすぎる!“R”の飾り文字印璽は絶対に買いだわ!手紙に封蝋って、お貴族様みたいだよね~!香り付きのボトルインクも可愛い。ガラスペンと対でお土産に配ろうかな。羽ペンも買っちゃう?
「買いすぎましたわね?麗華様」
「ええ…」
腕がもげそうだ。
修学旅行最後の夜は、いつもの仲良しメンバーで部屋に集まり、ヨーロッパの乾燥した空気で潤いの足りなくなった肌にパックをしながらごろごろ。さすがに疲れたよ。
「スケジュールがぎっしりでしたけど、楽しかったですねぇ」
「本当。どの国ももう少しゆっくり滞在したかったですけどね」
「今度またみんなで来ましょうよ。卒業旅行とかで」
卒業旅行!行きたいっ!私はガバッと起き上がった。
「いいですわね!卒業旅行!絶対に行きましょう?」
「そうですね!麗華様はどこに行きたいですか?」
「う~ん。今回と同じくロンドンやパリでもいいですけど、スペインや北欧もいいですわよね?イタリアならミラノやフィレンツェとか」
「ヴェネツィアも行きたいわ」
ヴェネツィアかぁ。未来の恋人とゴンドラに乗るのが密かな夢なんだよね。デコラティブされた日傘を差す私の傍らで、優しく微笑みながら愛を囁く未来の恋人。あぁ、うっとり。
「ヴェネツィアといえばゴンドラですけど、セーヌ川の遊覧船も楽しかったですよね?」
「そうね!乗って良かったわ」
うん。ちょっと寒かったけど楽しかった。
「結構、セーヌ川下りをした子達って多かったみたいですわね」
そうだ。しかもそこで何組か修学旅行カップルが生まれたという噂も聞いた。許せん…っ。結局私に修学旅行ロマンスはなにひとつ生まれなかった。男子から自由時間に一緒に回ろうとのお誘いすらなかった。普段鏑木に熱を上げている蔓花さん達も男子達とパリのオープンカフェでお茶を飲んでいた。前を通った時にふふんと笑われた気がするのは私の僻みであろうか…。蹴鞠大納言がスペイン階段で女子に話し掛けようとした時には、その真ん中を通って邪魔してやった。けけけ。
でもまぁ、修学旅行でくっ付いたカップルは短期間で別れるって言うしね。一過性のものでしょ、きっと。みんなすぐに我が村に戻ってくるに違いないわ。ホーッホッホッホッ。
「麗華様、なんだか目が据わっていますけど…」
あらいけない。妬み嫉みが目に出ちゃった。
パックが浸透したようなのでペロンと剥がす。どれどれ、お肌の調子はどうかな?ぷるぷるだねと鏡を見て仰天した。
「ないっ!白毫がないっ!」
そんなバカな!おでこの生え際を鏡で何度も確認してみる。嘘っ!本当になくなってる!幸運の印、白毫。抜けた眉毛の代わりに生えてきた私に福をもたらすはずの白毫が、なくなってる!
「どうしたんですか?麗華様!」
「なにがないんですか?」
「白毫がなくなってるの!私のおでこにあった白毫が!」
私はみんなに必死に訴えた。いつからなかった?!パックと一緒に取れた?!でもシートパックだから剥がす時に抜けるってことはないはず?!
「白毫ってなに…?」
「さぁ…」
「白くて長い毛のことみたいよ」
「あぁ、おじいさんの眉毛みたいな?」
違う!仙人眉毛のことじゃない!白毫はお釈迦様のぐるぐるだ!そして私のおでこの生え際の透明な毛は正確には白毫ではなく宝毛だ!人を呪わば穴二つ。私のあまりの恋愛謳歌村を妬む心に幸運が逃げちゃった?!帰国後の私の恋愛運に暗雲の予感?!
「まぁまぁ、麗華様、落ち着いて」
「疲れているんですわ。さぁ、もう寝ましょう」
「でも、白毫が…!宝毛が…!」
「大丈夫ですよ~」
白いパックを顔に貼り付けた芹香ちゃん達は私をぐいぐいとベッドに押し込めると、その周りをぐるりと取り囲み「眠れ~、良い子だ眠れ~」と手をゆらゆらさせながら歌いだした。えっ、黒ミサ?!
「あ、あの…」
「大丈夫ですよ~、麗華様。さぁ、眠りましょう」
「疲れているんですよ、麗華様は。眠れ~眠れ~」
「眠れよ眠れ~、麗華様眠れ~」
照明の落とされた薄暗い部屋で私を取り囲んで歌い続けるスケキヨ達。どうしよう。芹香ちゃん達はなにか悪魔的なものを信仰していたのだろうか。私の獣の数字が目当てだろうか。清めの塩はもう使い切ってしまった。私を守る白毫もない。万事休す!