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修学旅行の2ヶ国目はフランスはパリだ。グッバイ!ロンドン!また来ます。そしてボンジュール!パリ!
パリはロココの女王の第二の故郷。あぁ、どこを見てもおしゃれ!歩いている人もごく普通の格好しているはずなのに、なぜかおしゃれに見える。フランスマジックだ。でも実は私、パリは第二の故郷のはずなのに、何度来てもちょっぴり気後れしちゃうんだよね。
ロンドンはその街のコンパクトさと人々の時間の流れ方が、なんだか東京に似ている気がするので、私には過ごしやすくて好きな外国都市なんだけど、パリは、というかフランス人は、その気位の高さと、自国のファッション、食、芸術が一番だと思っている感じがなんだか京都っぽい。もちろん京都は大好きなんだけどね。
パリもロンドンと同じく、1日は全員でエッフェル塔、凱旋門、ノートルダム大聖堂、サクレクール寺院などを市内観光する。エッフェル塔を観るとパリに来た!って感じがするよね。さすがおフランス。東京タワーとはおしゃれ度が全然違う。
おぉっ、オペラ座じゃないか!ファントム、貴方はここにいたのね!ら~らら~っ。ロンドンでオペラ座の怪人を観た生徒達は、私と同じようにテンションが上がっていた。そうだよね~。つい何日か前に観たミュージカルの舞台が目の前にあるんだもん。あの時の興奮した気持ちが蘇っちゃうよ。
ガルニエ宮の館内見学では豪華絢爛な内装にうっとり。このシャンデリアが落ちたのね~。オペラ座は舞台を観る予定がなくても、ガルニエ宮のこの美しい内装だけでも見に行ったほうがいいと思う。でもオペラ座の怪人を観たあとだと、やっぱり舞台も観たくなっちゃった。ロンドンでミュージカルを観るから、パリでは観劇はいいかと予定に入れなかったことを後悔。
コンコルド広場はロココの女王が処刑された場所だ。ひぃ~っ。思わず首を守る。ギロチン怖い。でもギロチンで公開処刑って凄いよね…。人の首が飛ばされるところを見世物にしちゃうんだよ。フランス人、恐るべし。私なら絶対に直視できない。うほ~っ、考えただけで背筋がゾクゾク。
あっ、佐富君が近くに寄ってきた。また余計なことを言おうとしてるでしょ!
「吉祥院さん知ってる?ギロチンって、結構最近まで処刑に使われていたんだよねぇ」
さーーとーーみーー!
どうしよう。夜中に首なし死体が枕元に立ったら!佐富君のせいで、またホテルに帰ったら部屋に清めの塩を撒かなくちゃならなくなった!
セーヌ川にかかるポンデザールは、別名恋人達の橋。南京錠にふたりの名前を書いてフェンスに取り付けて愛を誓うんだってさ。恋愛ぼっち村に真っ向からケンカを売ってくる橋だ。けっ。早くルーブルに行きましょうよ!って、動かない連中がいる!こいつら全員恋愛謳歌村の村民達か?!ちょっと、なに南京錠を買いに行こうとしてんの?!市内観光で勝手な行動はしないで欲しいんだけど!むかむか。
「なんだか鏑木様の機嫌がよろしいらしいの」
観光の合間にこんな噂話を耳にした。
「なにか楽しいことでもあったのかしら?」
「ロンドンでサッカー観戦をしたそうだから、応援していたサッカーチームが勝ったんじゃないかしら?」
「あぁ、そうかもしれないわね。鏑木様はスポーツがお好きだから」
鏑木の機嫌がいいのはたぶん、いやほぼ確実に、若葉ちゃんとパリで自由時間を過ごせるからだ。パリデートだと浮かれているんだろう。あのバカ、わかりやすすぎ。鏑木め、恋人達の橋で南京錠を買ったんじゃあるまいな。そして乙女な委員長はこっそり買ったけど、結局本人には言いだせなくて終わるに違いない。
パリでの自由時間は、これはもうメインはショッピングだ。日本未発売の商品を手に入れるために、朝から動く。バッグ、靴、アクセサリー、雑貨、お菓子…。シャンゼリゼ通りは戦場だ!
あっ!佐富君のグループが女の子達と一緒に買い物してる!こっちは佐富君のせいで昨夜、ちょっとビクビクしながら寝たってのに!なのに当人はパリを、シャンゼリゼ通りを女の子達と楽しそうに歩いている。許せん。七つの大罪“嫉妬”発動。その背中に恋愛ぼっちの呪いをかける。
日本で人気の化粧品雑貨も安いなぁ。ここのハンドクリーム大好き。桜ちゃんや葵ちゃん、塾の女子メンバーへのお土産用に買い込んでおこう。梅若君達にはなにがいいかな。女の子へのプレゼントはすぐに頭に思い浮かぶんだけど、男の子のは全然思いつかない。だって村長だもの。
そして男の子へのプレゼントといえば、日頃からたくさんのプレゼントをくれる、伊万里様へのお土産も探さないといけない。カサノヴァ村の伊万里様は、立ち居振る舞いはまるでイタリア男のようだけど、ファッションはエレガントなフランスのメゾンのものをわりと好んで身に着けているというのは知っている。だからパリで選ぼうと思っていたけど、おしゃれな伊万里様のお眼鏡に適う品なんてハードルが高すぎだ~。
長年傍にいるおかげで、お兄様の趣味に合うものはなんとなくわかるんだけど、それ以外の男性の好みや似合うものなんてまるでわからん。だって村長だもの。旅行前にお兄様に伊万里様へのお土産はなにがいいか相談したら、返ってきたのは一言、「消え物」だった。なんて素っ気ない!お兄様、もう少し親身になってよ~。妹が親友にセンスのない子って思われてもいいの?!
でも消え物か…。伊万里様にお菓子をあげてもしょうがないから、だったらワイン?でも伊万里様の嗜好は知らないし、たぶん高ければいいってもんじゃないんだろうなぁ。将来飲むために、ワインラベルは集めているけど、どれがおいしいかなんて正直わからない。有名なワインでも当たり年とか外れ年とかあるみたいだし。それに私の貧相な発想ではワインはフランス産って思ってたけど、お兄様は結構カリフォルニアワインを飲んでいたりするんだよね~。最初はお兄様がカジュアルなカリフォルニアワイン?!って驚いちゃったけど、最近はフランスよりカリフォルニアのワインのほうがおいしい物もあるんだってさ。ソムリエのかたが“パリスの審判”という、フランス対カリフォルニアのワイン対決の話を教えてくれた。奥が深すぎてますますワイン様に腰が引ける~。うん、ワインは無しだ。
ショッピングが一段落して、ランチを兼ねてカフェに入った時、みんなにこのことを相談してみた。
「男性へのお土産ですか~」
「ええ、そうなの。迷ってしまって」
フランスはパンがおいしい!さすがフランスパンの国!ロンドンと違ってパリはどこに行っても食べ物がおいしい。食べ物のおいしい国っていいわ~。もちろん、アメリにちなんでクレームブリュレも注文する。映画のお店とは違うけどね。カラメルをコンコンと叩いてアメリ気分。えへへ。
「やはりネクタイとかでしょうか」
「私も家族にネクタイをプレゼントしたことがありますわ」
「ネクタイね」
私もそれは考えていたんだ。だからパリを選んだんだし。
「では食事が終わったら、麗華様のお土産選びにメンズブランドにも行ってみましょうよ」
流寧ちゃんがそう言ってくれた。わぁい、ありがとう!
……う~ん。そうして来てはみたものの、悩み続行中。ネクタイってこだわりありそうだよねぇ。趣味に合わないものをもらっても困るだろうし…。ラペルピンも難しいなぁ。カフスならスーツの袖に隠れるからまだいいかなぁ。でもなぁ…。身に着けるものはやめておこうかなぁ。う~ん…。
「選ぶのに時間がかかりそうですから、みなさんほかのお店を見に行ってくださってかまいませんわよ?」
私は一緒にお店まで来てくれた芹香ちゃん達に提案した。せっかくのショッピングタイムなのに私のお土産選びにずっと付き合わせるのも申し訳ない。たぶん私はまだまだ選べない。
「でも麗華様をおひとりにするなんて」
「ひとりでお買い物なんて、心細くありません?」
心配してくれて嬉しいけど、みんなももっと見たいお店がたくさんあるだろうし、メンズ物を見ててもつまらないでしょ?
「平気ですわ。時間を決めて待ち合わせをしましょうよ」
「でも…」
「あれ、吉祥院さん?」
「えっ」
私の名前を呼ぶのは誰かと思えば、数人の男子達と入店してきた円城であった。
「円城様!」
突然の円城の登場に、芹香ちゃん達が小さくきゃあと声を上げた。円城はにこやかに私達に近づいてきた。
「なにしてるの、吉祥院さん。こんなところで」
「見ての通り買い物ですわ」
「あぁ、お兄さんへのプレゼント」
あっ、こいつ!私がメンズブティックでプレゼントを買う相手はお兄様しかいない思っているな!くそーっ、侮られた!モテないと確信されてる!悔しいっ!
「いえ。兄へのお土産はすでにロンドンで購入済みですわ!」
「あ、そうなの?」
「ええ。今選んでいるのは、別のかたへのプレゼントですの」
おほほほほ。瑞鸞での私がすべてだと思うな。
「ふぅん」
円城が面白そうに笑って私を見た。くっ、目を合わせるな、私。見栄を張っているのを見抜かれる!
「円城様こそ、こんなところでなにをしていらっしゃるの?」
「見ての通り買い物」
ちっ。円城もこのブランドが好きだったのか。今もおしゃれにストールなんぞ巻いている円城には、ここのエレガントなデザインの服はお似合いでしょうけども!
「あの、円城様。鏑木様はご一緒ではないんですか?」
菊乃ちゃんが円城に話し掛けた。店内に一緒に入ってきた友人達の中に、鏑木の姿はなかった。
「うん?雅哉はちょっと用事があってね。あとで合流するよ」
そう言って円城がちらっとこちらを見た。あぁ、鏑木は若葉ちゃんとスイーツデートか。
若葉ちゃんは朝からパリ郊外にあるヴェルサイユ宮殿を観に行って、お昼過ぎにこちらに戻ってくると聞いたから、そろそろ帰ってきている時間だものね。ヴェルサイユは遠いからねぇ。ロココの女王としては行かなくちゃいけない場所ではあるけれど、自由時間をショッピングメインにした私達は、遠いことを理由に今回は外した。どうせみんな1度は観に行ったことがあったからね。でも時間があったら行きたかったなぁ。
「そうだわ!麗華様、円城様に相談に乗っていただいたらどうでしょう!」
「は?」
いきなりなにを言いだすんだ、あやめちゃん!
「相談?」
円城が柔らかく微笑んだまま、小首をかしげた。
「はい!麗華様はお世話になっているかたへのお土産を何にしたらいいか、ずっと悩んでいるのですわ。円城様、麗華様のお力になっていただけませんか?」
ちょっと、やめてくれ。
「まぁ、ダメよあやめさん。円城様のご迷惑になりますから…」
「僕でよければ相談に乗りましょうか?お嬢様」
私の言葉を遮って、円城がにっこり笑った。げーーっ!!
あやめちゃん達はきゃあきゃあと大喜び。なにこれ!私を置いて話が進んじゃってる!
「でも、円城様もお友達とご一緒ですし…」
「彼らなら向こうで買い物をしているから大丈夫だよ。僕ひとりが外れたってなにも問題ない」
うおぅ、そうですか。
「良かったですわねぇ、麗華様!」
「円城様に選んでいただけば間違いありませんわ!」
いや~、まぁ、そうかもしれないけどさぁ…。でも円城だもんなぁ。
「吉祥院さんは、相談相手が僕じゃ不満かな」
げっ!そんな言い方されたら、私が他人の厚意を無下にするイヤな人間みたいに見えるじゃないか!計算だ!
「……では、よろしくお願いいたしますわ」
くっ、負けた…。
まぁ、あやめちゃん達が憧れの円城と一緒にいたいと望んでいるならしょうがないか…。
と思ったのに、あやめちゃん達は「私達は別のお店を見に行ってきますね~」「円城様、麗華様をよろしく~」と妙にニコニコしながらお店を出て行ってしまった。なにそれ?!
「お友達、行っちゃったね」
「…そうですね」
酷い…。
「じゃあ、吉祥院さんのお土産選びをしますか」
「…そうですね」
うん、そうだ!こうなったら、円城のセンスを利用しまくってやる!
「なにを買うか、具体的には決まっているの?」
「いえ、それがなかなか思い浮かばなくて…。ネクタイはそのかたの趣味があるでしょう?」
「そうだねぇ」
「カフスやラペルピンも選ぶのが難しくて…」
「相手はいくつくらい?」
「お兄様と同い年です」
「ふぅん。服飾系で選ぶのが難しければ、名刺入れやカードケースとか」
「なるほど!」
それはいいアイデアだ!
「でもラインで揃えている場合があるからねぇ」
「なるほどぉ~…」
伊万里様ならすでに厳選されたものを使っていそうだもんね。
「貴輝さんには相談しなかったの?」
「お兄様からは消え物一択でしたわ」
「あはは。さすがだなぁ」
さすがってなにが?まぁ、いいか。
「あと気楽に贈れるものとしたら、ゴルフマーカーかな」
「ゴルフマーカー?」
「ゴルフのグリーン上などで、自分の打ったボールの目印に使うアイテム。グリーンに他人のボールがいくつも転がっていると、打つ時邪魔になるでしょ。だから普通はマーカーを代わりに置いてボールをどかすんだよ」
ほほぉーっ、そんなグッズがあるのですか!私はゴルフもやらないし、興味もなかったので全く知らなかったよ!
「でも気に入って使っているものが、すでにありそうですよね?」
これから始める人ならともかく、すでにやっている人は一通りの道具を揃えているはずだもん。
「まぁ、それはあると思うけど。でも何個あっても困らないものだし」
「そうなんですか?」
「うん。その日の気分に合わせて使い分けたりする人もいるよ。それこそカフスみたいなもんだよ」
「なるほど~!」
たくさんあっても困らないものなら、贈られても負担にならないかもしれない。
「でしたら、少しセンスに問題があっても平気かしら?」
「あはは。吉祥院さん、自分のセンスに自信がないの?でも大丈夫じゃない?おしゃれな人ほど個性的なデザインのマーカーで遊んでたりするし」
「遊び心ってヤツですわね!」
これはハードルが低い!決めた!伊万里様へのお土産はゴルフマーカーだ!
あぁっ!でもそれならイギリスで探せばよかったんじゃない?!ゴルフはイギリス!失敗した!戻りたいっ!今すぐイギリスに戻りたいっ!
「どうしたの?がっかりした顔しちゃって」
「…その情報を、ロンドンにいた時に知りたかったと思いまして」
「あぁ、そういうこと。でも別に関係ないんじゃない?パリにもゴルフウェアで有名なブランドがあるけど、畑違いのブランドで自分の知らない面白いマーカーを見つけてきたほうが喜ばれるかもよ」
「なるほど!」
円城がいいこと言った!よし、こうなったらパリとローマで、気に入ったゴルフマーカーをいろいろ買って、その中から一番いいと思うものを伊万里様にプレゼントしよう。そして残りはお父様へのお土産にすればいい。お兄様のぶんのマーカーはちゃんと選んで買います。
このお店にも装飾品扱いでマーカーが置いてあった。ほほぅ、可愛い。ほかのお店もチェックしてみよっと。
でも良かった。伊万里様へのお土産が一番悩んでいたものだから。今回ばかりは円城に感謝だな。
「円城様、素晴らしいアドバイスをありがとうございました」
「どういたしまして。お役に立てて光栄です」
円城って、案外いい人かもね!ふたりでにっこり。
笑顔のまま円城が私の肩に手を置いた。ん?
「恩に着なくていいからね?吉祥院さん」
恩に着せられたーーー!!
円城は鏑木との待ち合わせに行き、私達はロンドンで約束した通りセーヌ川の遊覧船に乗りに行った。しかもおしゃれなサンセットクルーズだ!素敵っ!
しかし周りはカップルばっか。あっ、あの子達瑞鸞生だ!手を繋いでる!男女七歳にして席を同じゅうせず!あっ、こっちの外国人カップル、今キスした!公序良俗をなんと心得るか!…羨ましい。
……前にどこかで聞いた、恋人のいない女友達同士で固まっていると、ずっと恋人ができないという話が頭をよぎる。今の私はまさにそれではなかろうか。私がモテないのはもしかしてモテない子達と一緒にいるから…。
「楽しいですねぇ、麗華様!クルージング大正解でした!」
隣のあやめちゃんがニコニコと私に言った。うっ!私ってば、なんてことを!モテない友達だっていいじゃないか。遊覧船に乗りたいと言ったらこうして一緒に乗ってくれ、フィッシュアンドチップスが食べてみたいと言えば一緒に食べてくれた。芹香ちゃんはファントムにも変身してくれた。
そうだ!愛情より友情。私達は女友達との友情をなによりも大事にしているだけなのよ。モテないわけじゃなく、あえて遠ざけているだけなのだ。そうなのだ。
しかし、5月のセーヌ川クルージングは、楽しいけど寒かった…。