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謙虚、堅実をモットーに生きております! 作者:ひよこのケーキ
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 週明けの月曜日、私が登校すると昇降口でばったり会った鏑木に「放課後の約束を忘れるなよ」といつもより少し弾んだ声で念押しされた。

 あー、はいはい。昨日、若葉ちゃんと図書館デートをしてきたんだよね。

 昨夜鏑木から、“今日図書館に行ってきた。その詳細を伝えるので、明日の放課後いつもの小会議室に集合”というメールが送られてきた。どうやらこの様子だと前回と違って上手くいったようだ。わかりやすい…。




「遅いぞ、吉祥院!」


 放課後小会議室に行くと、嬉しさを隠しきれない表情で鏑木が私を出迎えた。早く話したくってしょうがなかったな、こいつ。

 私が椅子に座ると同時に、さっそく鏑木が前傾姿勢で話し始めた。


「今回は前回の経験を踏まえ、水崎に偶然会わないように、高道の地元にある図書館に行ってきたんだ」

「へぇ~」

「それで誰にも邪魔されずにふたりで勉強したんだが、この前行った図書館と違って、そこにはカフェがなかったので、しばらくして休憩するのに外に出ることにしたんだ」

「ほぉ~」

「だが手近にいい店がなくてな。あったのはファーストフード店だけだった」

「へぇ~」

「俺は言った。ここにするかと。高道は驚いていたな。でも俺はすでにファーストフードをクリアしている男だ。ためらうことなく入って行ったよ。注文したのはもちろんセットメニューだ。今回は限定メニューなるものを注文した。知っているか吉祥院、ファーストフードには期間限定メニューがあることを」


 知ってるよ。この前もあったじゃないか。


「もちろんケチャップももらった。しかも、だ。高道はポテトにケチャップをもらい忘れたのだ。俺は自分のぶんのケチャップを一緒に使おうと申し出た」


 ここで鏑木の口角が我慢しきれず上がった。


「俺はお前と違って心が広いからな。独り占めなんてしないんだ。高道が、ありがとう、1個しかないから大事に使おうねって言って、俺もそうだなって言ってふたりでちょっとずつ付けて食べて…」


 ニヤニヤが止まらないな、鏑木。


「オプションのケチャップをもらったことで、高道は俺がファーストフードに慣れていると思ったらしい。鏑木君みたいな人もこういうお店に行くんだね~と言われたから、たまになと言っておいた。実際は2回目だったがな。上手く立ち回ったと自負している。それからはいつもより話が弾んでな。図書館でしゃべれなかったぶん、勉強でわからないところを話したり、瑞鸞の授業の話をしたりして凄く楽しかった。気が付いたら店に1時間以上もいてさ。図書館に戻る時に、しゃべり過ぎたからって高道が笑いながら飴をくれたんだ。ミント味のはずなのに、甘かった…」

「ほぉ~」


 それは好きな子からもらった飴だから、味も甘く感じたと言うことかね?乙女結社に片足突っ込んでるなぁ。


「おい、吉祥院!ちゃんと聞いてるか?さっきから適当な返事ばかりじゃないか!」

「聞いておりますとも」


 若葉ちゃんとの図書館デートは大成功って話でしょ。よろしゅうございましたね~。


「ファーストフードに行ったことは、かなりポイントが高かった気がする。高道もよく笑っていたし」

「普段の自分の行動範囲だから、リラックスしていたんじゃありませんか?それと、鏑木様も自分が行くようなお店に出入りしているんだという親近感」

「そうだな。俺もそう思う」


 鏑木は大きく頷いた。


「よかったじゃありませんか。これからもその調子で頑張ってください。では話はこれで終わりですね?」


 サロンに少し顔を出したあと、手芸部に行こう。部長として新入部員との交流を図りたい。


「なにを言っている。本題はここからだ」

「え」

「今回、俺が高道の生活スタイルに合わせたことで、ふたりの距離が縮まった。だからこれからも庶民的なものをどんどん学んでいこうと思う。次はファミレスだ」


 げっ、物凄く嫌な予感…。鏑木は勢いよく立ち上がり言い放った。


「さぁ、吉祥院!今からファミレスに行くぞ!」


 やっぱりかーー!





 用事があるとの抵抗むなしく、私は張り切る鏑木に引き摺られ、瑞鸞から離れたファミレスに連れて行かれた。


「ファミレスなんて普通のお店と変わらないのですから、実地体験など必要ないのに…」

「まぁ、そう言うな。お前は俺の参謀だろう」

「私はそのような怪しげなものに就任した覚えはありませんが」


 私とあんたは師匠と弟子の関係だ!鏑木恋愛軍の参謀なんて冗談じゃない。

 ひとの話を聞かない鏑木は、馬耳東風でメニュー表を熱心に見ている。聞けよ。

 私はドリア、鏑木はステーキのセットメニューを注文した。鏑木は覚えたばかりのセットメニューという言葉を使いたくてしょうがないとみた。ドリンクバーでは飲み物を自ら取りに行かなくてはいけないことに驚き、ドリンクのディスペンサーに興味津々だった。ドリンクは1度にひとつ!子供か、あんたは!

 席に戻ってしばらくすると、料理が運ばれてきた。ドリア大好き。熱いからやけどしないように最初は少量ずつね。


「…ファーストフードのハンバーガーの時も思ったが、俺の知っている肉と違う」


 ステーキを一口食べた鏑木が呟いた。そりゃそうでしょうよ。鏑木がいつも食べているお肉は、品評会で賞を獲るような、氏素性のはっきりした最高級和牛だもん。


「お肉にもいろいろあるんです」

「そうか…」


 鏑木はそれ以上はなにも言わず、黙って食べた。


「そういえば高道なんだが、毎日行き帰りの電車の中で参考書を開いて勉強しているそうなんだ。でも電車というのは混んでいるものだろう?そんな窮屈な状態で勉強をするのは大変だから、俺が毎日車で送り迎えしてやったらどうかと思うんだが」

「絶対にやめてください」


 またこのバカはろくでもないことを…。


「なんでだ?俺は高道のためを思って」


 なにが若葉ちゃんのためだ。本音はただ若葉ちゃんと登下校を一緒にしたいだけだろう。


「彼女には彼女の生活のリズムがあるのです。高道さんにとっては、電車の中で勉強するほうがはかどるのかもしれませんわ。世の中には乗り物に乗っている時のほうが、集中して勉強ができるという人もいるのですから。鏑木様のやろうとしていることは、むしろ迷惑になるかもしれませんわよ」

「…車でも、はかどるんじゃないか?」

「わざわざ家まで迎えに来てもらって、隣に鏑木様が乗っているのに、なにも話さずに一人の世界で参考書に没頭などできるでしょうか。鏑木様は何度か高道さんを車に乗せて登校なさっていますわよね。その時に彼女は教科書なり参考書なりを広げましたか?」

「いや…」

「でしょう。普通はそんな失礼な真似はできません。本人が電車通学がつらいと言うならともかく、そうでないなら余計なことはしないことです。よろしいですね?」

「わかった…」


 鏑木は渋々頷いた。そんなあからさまにがっかりしなくても…。こいつは本当にろくなこと思いつかないな。


「じゃあ次の議題。高道と図書館以外の場所にも行きたい。どこがいいと思う?」

「そうですわねぇ。それは相手の趣味にもよりますよね?彼女の興味のない場所に連れて行っても退屈なだけですし」

「そうだな」

「修学旅行の話などをして、さりげなく彼女の好きなものや、行きたい場所などをリサーチしてみてはいかがです?勉強以外の話題もできますわよ」

「それはいいな!さっそく聞いてみよう」

「メールにしろ電話にしろ、連絡する時はくれぐれも相手の都合を考えてくださいね」

「お前そればっかな。わかってるって何度も言ってるだろう」


 ついさっき私の都合を無視してここに連れてきた人間が、なにを言うか!

 皇帝はファミレスダンジョンを無事クリアしたので、今日はもう帰ります。


「ファミレスは大衆的なだけで、普通の店とあまり変わらなかったな」


 だから言ったじゃん!でもせっかく来たんだし、最後に鏑木が絶対に使ったことのない技を見せてやるか。

 私達はレシートを持ってレジに立った。


「お会計は別々で」


 世の中には割り勘システムというものがあることを、覚えておくように。





 4月23日はサン・ジョルディの日。男性は女性に薔薇を、女性は男性に本を贈り合うという、花屋さんと本屋さんの陰謀的な記念日でございます。

 私はこの日を見逃さなかった。


「鏑木様、これをどうぞ」

「なんだ、これは」

「今日はサン・ジョルディの日です。恋人や家族、親しいかたやお世話になっているかたなどに本を贈る日なのですわ」


 私はここぞとばかりに適当な本と一緒に、蔵に封印していた失恋臭のする詩集を返した。やった!


「お前!そんな日を知っていたなら、なぜ先に言わない!あぁ!すっかり忘れてた。せっかくのイベントなのに!」


 鏑木はサロンを飛び出し、花屋さんに走って行った。薔薇の量は考えろよ~。

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