皆さんは、市販薬をどのような「認識」で、どうやって購入し、利用されているでしょうか?
医療用医薬品については、お医者さんが処方していますし、薬剤師からも注意点などの説明や副作用チェックを受けながら使いますので、「切れ味の良い、使い方によっては危険な薬」「専門家の関与が必要な薬」といったイメージを持っておられる方が多いように見受けます。
一方で、市販薬(一般用医薬品)については、「病院に行かず自由に購入できる、安全な薬」といったシンプルなイメージを持つ方も少なくないようです。
本当にそうなのでしょうか?
夏の頭痛は要注意! 頭痛薬に安易に頼ってはいけません
まずはみなさん、こちらの漫画をご覧になってください。
「夏の頭痛は要注意!」というタイトルで、暑い日に生じた頭痛から展開するストーリーです。
web漫画『薬剤師さんの備忘録』を描かれている油沼さん(@minddive_9)から、「マンガの題材にするので、薬剤師の仕事に関する良いエピソードはないか」と依頼があり、原案作成に協力させて頂いたものです。




頭痛薬を飲もうとしていた人に、薬剤師が熱中症の疑いを伝え、市販薬ではなく、病院受診を勧めたエピソードです。街の薬局で薬剤師をしている私は、こうした経験をよくしているのです。
副作用などのリスクもある市販薬
みなさんは市販薬は4種類に分類されていることをご存じですか?
【要指導医薬品】
リスクが明らかでない、医療用医薬品から転用され使用実績に乏しい、劇薬や毒薬などから転用された品目(薬剤師が販売)
【一般用医薬品】
〈第1類医薬品〉
副作用などにより、日常生活に支障をきたす程度の健康被害を生じるおそれがあり、特に注意が必要な品目(薬剤師が販売)
〈第2類医薬品〉
副作用などにより、日常生活に支障をきたす程度の健康被害が生じるおそれがある品目(薬剤師または登録販売者が販売)
〈第3類医薬品〉
第1類、第2類以外の品目(薬剤師または登録販売者が販売)
今回のエピソードに登場した頭痛薬(解熱鎮痛薬)は、市販薬の中では主に第2類に分類され、薬剤師のいないドラッグストアやスーパーでも購入することができます(一部の成分は第1類に分類されています)。
それなら安全かというと、私の理解からは、このエピソードのように、とてもそうだとは言えません。私以外の薬剤師や医師に質問したとしても、「一般的な血圧やコレステロールの薬より、副作用やリスク管理に気を使う」と答える人は多いのではないかと思います。
依存性が指摘される成分が配合された品目も、第2類医薬品には多数存在します。
一般に「自然で安全だ」と理解されがちな生薬・漢方薬も、医師・薬剤師には「薬剤性を疑う肝機能障害の発生時には、一番に疑う薬として考える医薬品」として理解されています。
咳が治まるからと、長期にわたって市販薬を使用されている患者さんを見ることもあります。喘息による咳を抑えることのできる市販薬はありますが、医療でいえば数十年前の水準であり、寿命短縮の恐れもある「不適切な選択」といえます。
これらの医薬品はいずれも、薬剤師による販売を要する品目ではありません。
上で挙げた「市販薬の分類」を読まれた際、勘のよい方は気付かれたかもしれません。薬剤師による販売を要する第1類医薬品と、薬剤師がいないドラッグストアやスーパーでも購入できる第2類医薬品に、副作用リスクの面で差はありません。
このようなリスク分類の定義としたことは、消費者に対し市販薬の安全性をアピールすると同時に、薬剤師の介入を最小化し、自由な市場で扱うために都合がよかったかもしれません。
しかし、「薬剤師から購入しないといけない薬は危険、それ以外の薬は比較的安全と考えてよい」といった認識自体が、大きな誤解といえます。
登録販売者(市販薬を販売する資格)制度についても、諸外国とは異なる側面があります。
医薬品の販売アシスタントは、海外においても広く存在する資格です。
大きく違うのは、諸外国でのアシスタントが薬剤師と共に同じ薬局に勤務し、薬剤師だけでは不足しがちな、購入者への助言や介入をカバーする役割を担うのに対し、日本の登録販売者は「人件費の高い薬剤師を雇用することなく、単独で市販薬を販売するための資格である」という点です。
薬剤師は必要ない? 豆知識では対処できない市販薬の落とし穴
日本は医師を尊重し、重視する国です。そして規制緩和と自由な消費活動(裏返せば企業の自由な経済活動ということですが)を志向する国でもあります。こうした国民的な理解はそのまま、医薬品の販売制度やカテゴリー分類、消費者の購買行動にも反映されています。
「既得権益である日本薬剤師会を退け、市販薬の99%以上を規制緩和した(薬剤師なしで販売できるように)」とのニュースを記憶している方は、今となってはもう少ないかもしれません。
ただ経緯はともあれ、日本は皆が合意したうえで、世界トップクラスの「市販薬を安全と考える国」になっていることについては、知っておいて頂きたいと思います。
もちろん、「医薬品成分による人体への影響」がそういった事情を汲んでくれ、安全になってくれるわけではありません。
こうしたエピソードをご紹介するとき、私がもっとも皆さんにお伝えしたいのは、「熱中症時に解熱鎮痛薬は危険」といった『豆知識』ではありません。
こうした医薬品利用の落とし穴は、いくらでも挙げることができますし、薬を利用しようとする様々な局面で、常に適切に危険を回避し続けるには、残念ながら「豆知識の蓄積」では難しいものがあります。
だから医薬品について専門的な知識を持つ薬剤師が関わることが必要となるのです。
薬剤師ができること 身近な医療者として気軽に相談を
市販薬は、もちろん成分にもよりますが、決して安全なものではなく、医療の第一歩として適切な選択・判断が求められる場面も少なくありません。これは、日本を除いた多くの国で共有されている価値観です。
薬剤師は、6年間の専門教育と病院・薬局での実地研修を終え、国家試験に合格したうえで薬剤師免許を交付され、病院や薬局に配属されます。また、免許の取得後も研修や学会に参加するなど、自己研鑽を続けています。
あらゆる場面・シチュエーションにおいて医薬品を適正に使用するための知識や判断は、説明書の添付によって単純に解決できるものではなく、今回ご紹介したエピソードのように「医薬品の危険性」それ自体、一様ではありません。
利用者のニーズや状況を聞き取ったうえ、適切な医薬品利用や理解・行動につなげるといった行為は、市場関係者の要求(市販薬は安全であり、情報の添付で事足りる)とは異なり、医療コミュニケーションそのものです。
だからこそ、日本では薬剤師がいずれAI(人工知能)によって代替されるだろうと話題になる一方、その話題のルーツとなったオックスフォード大学の調査レポートでは、薬剤師はAIの影響を受けにくい職業(702職種中の54番目)として紹介されているのですね。
レポートでは、用意されたマニュアルではなく、何が適切であるか判断する能力、理解を促したり説得するといった高度なコミュニケーション、見解の異なる他者と協調する能力などは、AIによって代替しづらいとされています。
薬剤師は、皆さんの身近な医療者でありたいと願っています。
皆さんが当たり前のように市販薬を購入しようとするとき、このエピソードを思い出して、気軽に相談して下さることを祈っています。
【高橋 秀和(たかはし ひでかず)】薬剤師
1997年、神戸学院大学卒。病院、薬局、厚生労働省勤務を経て2006年より現職。医療・薬事・医薬品利用についてメディア等で記事の監修や執筆をしている。ツイッターはこちら(@chihayaflu)