躍進を続けるアーキテクチャ宇宙飛行士たち
From The Joel on Software Translation Project
Joel Spolsky / Fujimoto訳
2008年3月1日 木曜
誰もがMicrosoftのHailstormに関する誇張たっぷりの発表に興奮していたのは七年前の今日のことだった。そこでMicrosoftは「Hailstormは日々の生活のテクノロジーを、ユーザーに代わって、そのユーザーの管理の下で互いに連携して動くようにいたします」と約束していた。
それで、Hailstormって一体何だったの? これは、未来のOSはネット上に(つまりMicrosoftのクラウド上に)あるとして、Windows Passportを使えばどんなものにもログオンできるようにし、そこにユーザーのあらゆるデータを置いておけるようにするというものだった。しかし、ふたを開けてみれば、こんなあらゆるデータを置いておける場所なんて誰も必要としていなかったし、自分のデータを全部預けるほどMicrosoftを信頼している人もいなかった。それで結局、Hailstormは消え去ってしまった。
私はこのHailstormを発明したような人たちを表す用語を考え出したことがある: アーキテクチャ宇宙飛行士だ。「次のようなものがあったら、アーキテクチャ宇宙飛行士が手を突っ込んできているのだと思っていい: 途方もない誇張、英雄的で夢想的なホラ話、うぬぼれ、現実感の完全な欠如。人々は皆そいつを信じるだろうさ! そしてビジネス雑誌は狂喜するのだ!」
アーキテクチャ宇宙飛行士に見られる顕著な特徴は、彼らが実際の問題を解かないということだ... 代わりに、彼らは多くの問題のテンプレートに見えるものを解決する。少なくとも、解決しようとはする。そして、1988年以来、幾多の名だたるアーキテクチャ宇宙飛行士たちが同期の問題こそ解決すべき最大の問題だと思い込んできたのだ。
次の記事を追ってみてほしい。私はとりわけ宇宙飛行士の臭いがしたGrooveという会社に目をつけ始めた。この会社はLotus Notes(巨大な同期システム)をpeer-to-peerの装いのもとに再構築しようとしていた。
Grooveはその初期にセキュアなネットワークを軍産複合体に売ることで一定の成功を収めていたのだが、そのニッチの外にはあまり影響を及ぼしていなかった。彼らの真の成功は、Microsoftによって買収されたことにあった。これによって、Grooveの設計者であり主任アーキテクチャ宇宙飛行士であったRay OzzieはMicrosoftの「ソフトウェア開発主任」の地位に就くことになったのだ。おそらくこの肩書きは、ビル・ゲイツ去りし後のMicrosoftにおいて、スティーブ・バルマーが次の不法独占企業を築くための新たな領土を手にできるように、日夜イノベーションをなし続ける技術者のことを指すのだろう。
さて、このRay Ozzieの大いなる成果がようやく姿を表したのだ。それは一体何かって? (ドラムロール...) Microsoft Live Meshだ。あらゆるものの未来となるもの。Microsoftは「クラウドの道に踏み出した」のだ。
Microsoft Live Meshって何なの?
ふむ、ちょっと見てみよう。
「想像してみてください。あなたの持っている全てのデバイス—パソコン、そしてまもなくMacや携帯電話—が連携し、どこででも必要な情報にアクセスできるようになるのです」
ちょっと待ってくれ。何だか怪しいぞ。これってまさしくHailstormがなるはずだったものじゃないの? どうもアーキテクチャ宇宙飛行士の臭いがする。
それで、このWindows Live Meshって何なの?
これはファイルを同期化する技術だ。
うげぇ、いつまでも同じことの繰り返しだ。最初の同期ウェブサイトが出てきたのはいつのことだったろう? 1999年? これまで無数のバージョンが登場してきた。xdrive、mydrive、idrive、youdrive、wealldrive for ice cream。今も昔もこんなものに関心を払う人など一人もいやしない。要するに、ファイルの同期はキラーアプリケーションなんかではないのだ。残念だけどね。そうなるべく見えるかもしれないが、現実にはそうはならない。
しかし、Windows Live Meshは単なるファイルを同期させるシステムではない。それ自体はただのサンプルアプリにすぎないのだ。Windows Live Meshとはまるまる一つのアーキテクチャで、APIやデベロッパーツールも備えていて、アクロニムの名前がついた素晴らしきレイヤーの数々を示す気違いじみた図の中におさまるものなのだ。どうやらMicrosoftの主任宇宙飛行士たちはこれがとてつもない巨大プラットフォームになり、Windowsがデスクトップにおいて無意味なものとなった暁には、その後を引き継ぐべきものになると本気で期待しているらしい。そしてファイルの同期は、たとえるならWindows 1.0におけるMicrosoft Writeに相当するものになると考えているようだ。
こいつはゼロからもう一度書き直されたGrooveだ。Ray Ozzieはこのマヌケなアプリケーションを何回も何回も何回も、毎度5~7年もの歳月をかけて書き直さずにはいられないらしい。
そして、顧客がこの機能を求めてきたことなど一度もなかったということも、これ以前のバージョンのどれ一つとして巨大プラットフォームとして飛び立ちはしなかったという事実も、彼を止めやしないようだ。
いったいどうして、Microsoftは膨大なリソースを注ぎ、同じ馬鹿げた同期プラットフォームを何度も何度も作り出し続けるのだろう? ああまったく。現に、MicrosoftはWindows Live FolderShareと呼ばれるものを仕上げたばかりなのだ。しかし、大勢の人がこのサービスに殺到しているなんて様子は少しも伺えないし、きっとあなたはこの名前を聞いたことすらないだろう。インターネット上のある場所にファイルをアップロードし、そこからダウンロードできるようにしてくれる3398番目のウェブサイト。もう死にそうなぐらいにエキサイティングだね。
私はこれを気にかけるべきではないかもしれない。Microsoftの株主が二三の法外な独占企業からすてきな配当金を受け取る代わりに、その金をドブに捨てて何を作ろうが私の知ったことではない。私は株主ではないからだ。しかし、知的に、これはちょっと私の気にさわるのだ。つまり、次に来るべき偉大なものを作っているかのように駆け回っている連中がいる。それでいて、こいつらはまったく同じコンビニ弁当を夕食に出し続けてくる。私はそんなものを日曜の夜に食べたいとは思わないし、月曜の夜にまた同じものを出されても、やはり私は食べたいとは思わない。連中がこの弁当をぐちゃぐちゃにしてチーズ少々を混ぜたものを火曜の夜に出してきても、私はそれを食べないだろう。そして水曜になると、奴等は今度はくそったれなコンビニ弁当産業をゼロから再び立ち上げて、その上で何十年も前からあるハンバーグ弁当を出してくるのだ。だから私はそんなもの食べたくないんだって。アーキテクチャ宇宙飛行士が単に作りたいだけのものなんて顧客は欲しがらないということをどうやったら連中に理解させられるのだろう? 人々だって? 彼らはtwitterを好んでいるよ。それとflickrやdelicious、picasa、tripit、ebayその他の無数にある楽しげなことを。人々が本当に欲しがっているのはそういうものであって、この「同期の問題」というのは本当の問題ではないのだ。これはプログラミングのエキササイズとしては楽しいだろうね。しかし、それは単にこの問題が興味を引くほど難しいけど、解くことができないほどには難しくないというだけのことだ。
私が本当にこのことを気にかけている理由は、Microsoftがあまりにもたくさんのプログラマを吸い上げつつあるということにある。Microsoft—そのいかがわしいリクルーターは疑うことを知らない大学生に対して倫理的に問題のある承諾期限付き内定を突きつけている—とGoogle(あんたも同類だよ)—理不尽な額の給料を青二才どもに払って、Pythonよりもアルティメット・フリスビーを体験させている。しかも雇われた彼らの仕事と言えば、googleplexでテーブルサッカーに興じるか、そこら中を歩き回って誰かを...誰でもいいから...つかまえて、自分の「就業時間の20%」を使って書き上げたばかりのデモコードを見せようとすることぐらいだ...たぶんクラウドベースの同期システムのコードか何かを。それで、MicrosoftとGoogleの間で賢いCS学部卒の初任給はじりじりと危険なまでに高まってゆき、今や6桁に近づきつつある。そして、この我らが大学の上澄みたる賢い連中は、役立たずで見込み無しのアーキテクチャ天文学に取り組むことになるのだ。こういう会社はガンみたいなもので、どんなコストを支払ってでも成長しなければならないから、役立つものをたった一つも思いつけないないのに、来週には3000~4000人ものCSの学部生が必要になるのだという。そして、いまいましいことにテーブルサッカーは自動にはできないのだ。
(オリジナル: Architecture astronauts take over)