漆黒の英雄モモン様は王国の英雄なんです! 【アニメ・小説版オーバーロード二次】   作:疑似ほにょぺにょこ
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4章 王都 罪人の武器編ー5

「うーむ」

 

 一人部屋で唸る。悩みがあるとはいえ、大した話では無い。出そうで出ない。取れそうで取れない喉に引っかかった魚の骨のような感じである。

 その悩みとは、今夜リ・エスティーゼ王国の王宮でささやかに開催される晩餐会に出席することではない。そういえば晩餐会に出席する王族はラナー姫様だけであり、後はクライムという従者。それにセバスが世話になったらしいブレインとかいう護衛。それとカルネ村であったガゼフ・ストロノーフ。後数人居るようだが俺が見たことあるのはそれ位のようだ。

 で、悩みなのだが──

 

「誰だったか──」

 

 アンデッドとなったからなのか、魔法詠唱者<マジックキャスター>だからなのかは分からないがここ最近非常に魔力の波動に敏感になっている気がする。だからなのか、誰か分からないのだが町中で知った魔力の波動を感じるのだ。言うなれば、遠目で見て知人である気がするのだが誰だか思い出せないといったところか。

 この波動。確かに最近会った筈なのだ。だが思いだせない。

 アルベド──ではない。

 デミウルゴス──も、違う。

 アウラやマーレ──でもない。

 パン──なわけないか。創造者である俺が間違えるはずがない

 さて思いだせない。では逆に行こう。最近会ったのは誰だ。そう考えると、ふと『殿ぉぉ~』と気の抜けた声で走ってくるハムスケが頭に過った。だがハムスケではない。ないのだが──

 

「あぁっ!!」

 

 そうだ、と手を叩く。確かにハムスケではないが、ハムスケと会った時に感じた魔力の波動だったのだ。

 そう、それは──

 

 

 

 

 

 王国のはずれにある、ヤルダバオトなる悪魔が付けた深い傷跡の残る地。深い闇の波動を色濃く感じるここはチンピラすら寄っては来ない。

 

「──首尾はどうだ」

 

 だがそこには二人の男女が居る。目深に被った黒いフードからは表情は伺えないが、その下にちらりと見える服はその辺りの平民が買えるほど安いものではない。見る人が見れば貴族──いや、上級貴族だと分かるだろう。低く特徴的な声もあり、この男が誰なのかは自ずと推測できるだろう。だがここに居る事自体が『ありえない』ために、その推測を邪魔してしまっている。それを知っているのか、男はフードを被ってはいるもののそう隠れるような素振りはない。

 

「予定通り今夜晩餐会が始まりますわ。あれの顔も今夜で見納めと思うと、少しですが寂しく思いますね」

 

 女の方は明らかに『普通』ではない。歩く足音はなく、衣擦れの音すら立てずに男に近づいている。普通の人であれば、注意してみなければ彼女がここに居る事すら気付くことはできないだろう。

 声は若々しく、悠々と歩く姿はどことなく色気を感じさせるもの。だがその纏う雰囲気は、例え深く酔った男ですら近づこうとしないであろう程に深く陰鬱なものである。それは暗殺者とも違う。どちらかといえば不死者に近いといえる雰囲気であった。

 

「しかし、貴方の目的はあの英雄などと担がれているモモンとかいう冒険者ではなかったのですか?」

「勿論そうだとも。あんな訳の分からぬ、どこの馬の骨とも知らぬ輩が英雄だ何だと囃し立てられておる。しかも王城での晩餐会に参加するだと?冗談も甚だしいわ」

 

 男は相当怒っているのだろう。時折ちらりと見える頬は赤く熱く上気しており、もし今が冬であれば湯気でも出ているのではないかと思う程である。一頻り英雄に対しての悪口雑言で少しは紛れたのか、ふぅと一つため息を吐く。決して若くはない歳が、怒りを長続きさせてくれない事に対する憤りよりも諦めに近いため息である。

 ゆっくりと女に視線を合わせて行く。老いてもなお鋭いその眼光は、怪しい雰囲気を纏う若い女であっても、決して軽く見返せる程に弱くはない。

 

「英雄に剣を向けるのは愚か者のすることだ」

「剣を使わず、どうやって倒すと言うのですか?」

 

 女にとって英雄を倒すのは悲願であると言って過言ではなかった。彼女にとって父であり、師匠であり、愛する人であった男を殺されたのだから。決して許すことなど出来はしない。その為ならば、この命を差し出したとしても何ら惜しくはないほどである。

 だが彼女には──倒したい相手に刃を向けず、己が主人である化物<アレ>に向ける意味が理解できなかった。

 

「若い。若いな。そんなことではどうやってもあ奴には勝てはせんぞ」

「元より勝とうなどとは思っていませんよ。あの規格外の悪魔を撃退するような──まるであの神人の様な存在なのですから。ですがこの命賭せば、一矢報いる事位は出来ましょう」

 

 女の覚悟ある強い言葉に、男はゆっくりと頭を振った。『それでは駄目なのだ』と。

 男にとってもあの英雄を倒すのは必須課題と言って良かった。奴が居るからこそ、やっと上向きになってきた自分の運気が一気に落とされたのだ。その報いは必ず受けてもらわねばならない。

 

「なぁ、ぽんぽこたぬきさん。英雄が英雄たるには何が必要だと思うかね」

 

 『ぽんぽこたぬきさん』それは女の呼び名である。決して本名ではない。あの、英雄に倒された男は部下に名を晒されてしまっていた。そのせいで今はズーラーノーンとして動き辛くなってきている。

 決して本名は明かしてはならぬ。それはズーラーノーンとしての総意である。だからこそ、由緒ある仮名をつけて動いているのだ。極限の否定という意味を成すその名は、高弟のみに与えられるものである。その女の強さは推して知るべしだろう。

 

「当然、誰にも負けぬ力でしょう」

「いいや、違うな。そうではないのだよ、ぽんぽこたぬきさん」

 

 女の言葉はまさしく模範解答と言うべきものである。力無き英雄などただの飾りでしかない。力が無ければ何も出来ないのだから。だが、女は忘れている。いや、理解から外していると言って良いだろう。例え飾りであっても『英雄であることには変わりがない』という事に。

 

「どんなに力があろうとも。どんなに卓越した技術があろうとも。どんなに凄まじい魔法が扱えようとも。英雄でない者は英雄ではない。では、英雄が英雄たる所以はなんだ。分からぬかね?」

 

 確かにそうである。かつて女の父であり師匠であった男──カジットは卓越した魔法使いであった。それは死者の宝珠という非常に危険なマジックアイテムを巧みに扱い、絶対に服従させられないとされていたスケリトルドラゴンすら意のままに操って見せたのだ。そんな男ですら英雄とは言われなかった。では何が必要なのか。

 

「それはとても簡単なものだ。手に入れるのもそう難しいものではない。だが──」

 

 男はすっと顔を近づけていく。吐息がかかるほどの距離。鼻先はもう触れる寸前という所まで。だが決して触れることは無い。互いに触れることを由としていないのもあるが、何より男はこの女を道具としか見て居ないのである。ズーラーノーンの高弟という高い位に居るものの、それは貴族──男にとって何ら価値の見いだせるものではない。触れてやる価値すらないと言っているのだ。

 女にとっても男は──いや、今もなお愛し続けるあの男──カジット以外の男は須らく無価値である。己が肌に触れてよいのは彼だけ。そう思うが故のこの距離だ。

 どんなに近づこうとも触れることは無い。それは身体だけではなく、心や思考も同じことが言えるだろう。

 

「──失うのは一瞬だ。分かるかね、ぽんぽこたぬきさん」

「それが、あれを──化物を狙う理由ですか」

 

 『そうだとも!』と男は顔を離しながら大仰に頷いた。女が正解を射貫いた事に気分を良くしたのか、黒いコートをはためかせながら女に背を見せる。男曰く、数多の女を惚れさせた背中である。だが、女にとってはただの太ったじじいの背中以外の何者でもない。そんな二人の温度差など関係ないと、男は感極まったかのように声の音量が上がっていくのだ。

 

「英雄が英雄たらしめんとするは、名声だ。分かりやすく言えば民の声だ。その声無くして英雄は英雄とはならんのだ。さぁ、英雄モモンよ。この苦難をどう乗り越える!力でねじ伏せられるのは悪魔だけだぞ。さぁ、英雄よ!乗り越えねば、待つ先は破滅ぞ!」

「──はぁ」

 

 確かにこのテンションだだ上がりの男のお蔭で女はリ・エスティーゼ王国の王宮で筆頭と呼ぶべき地位に付くことが出来た。それは化物<アレ>に最も近づける位置に居ると言って良い。しかし、それは女にとって最悪の出来事であった。理解の範疇を超えた化物の世話をしなければならないのは苦痛でしかなかった。だが、それも今日で終わる。英雄は堕ち、化物は死ぬ。あぁ、今日は良い日だ。

 

(この力を使えば、私は死ぬ。でも良い。あの人の恨みを晴らせられる。あの化物の死に様を見られる。これ以上の幸福があるだろうか!)

 

 胸に埋め込まれた死の宝珠のレプリカにそっと指を這わせる。その宝珠に込められた魔法は凶悪の一言である。何人も抵抗すること能わず、ただ死するのみ。まさしく死の宝珠たりえる魔法が込められている。だがその凶悪無比な魔法を扱える人間など存在しようもない。女はその身体に埋め込まれたが故に発動はできる。だが、その反動をどうにかできる程強くはない。それほど強大な魔法なのだ。

 

「さぁ行くが良い、ぽんぽこたぬきさんよ。後始末は任せるが良いわ。ふふ──ふははは!」

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、クライム」

 

 窓からゆるりと外を眺めながら、後ろに行儀良く立っているだろう忠犬──私の愛するクライムに話掛ける。だが決して振り向かない。振りむいてはいけない。クライムにも確りと言い聞かせている。『私が窓際で外を眺めている時は必ず私の後ろに居る事』と。だから言いつけを守って律儀に立っている筈だ。

 

「はい、なんでしょう、ラナー様」

 

 決してリラックスしていない少し硬めの、いつもの彼の声が背中越しに聞こえる。私の愛しい声。私の大好きな声。私だけの声。そんな声に私は笑みを浮かべる。だがそれはいつもの笑顔ではない。決してクライムには見せられない『作られていない』笑顔。きっとクライムはこの顔を怖がってしまう。だから絶対に見せられない。だから私は見せない。

 

「モモン様は、素晴らしい方でしたね」

「はっ!本来であれば私がお守りしなければならないラナー様を守って頂き、自分の弱兵ぶりを歯がゆく思うと同時にとても感謝しております」

 

 結果。結果から言えば晩餐会は失敗であった。いや、あれは失敗なのだろうか。失敗以前の話だ。そもそも晩餐会は開かれなかった。

 時間通りにモモン様はいらっしゃった。そして晩餐会のある会場へとお連れしているときに事件が起こったのだ。

 

「まさか、メイドの中に闇組織に組するものが居たとは──」

「そうですね。ですが、既に彼女を紹介した伯爵さま──いえ、元伯爵さまも捕縛済みです。真相が闇に葬られることもないでしょう」

 

 自らの身体に呪いのアイテムを埋め込んだメイド──よく私の悪口を言っていた奴だ──が私に向かって魔法を使ってきたのだ。それはモモン様によれば第八位階魔法《デス/死》であったらしい。本人もそう言っていたから恐らくは間違いないのだろうけれど、第八位階魔法が扱えるなど普通には考えられるものではない。呪いのアイテムをその身に埋め込むことによって無理矢理使ったらしく、恐らくもう長くはないとのことだった。

 何よりも、モモン様がそれにいち早く気付かれて私を庇って下さったのだ。罪人の武器なるもので魔法を切り裂くその姿。それはまさしく本に出てくる英雄のそれと言って良いだろう。だけれど、私がこうして消えぬ笑みを刻み続けるのはそんなどうでも良い事が理由なのではない。

 

「英雄モモン様──あなた様は──」

 

 そう、触れたが故に理解してしまった。あの方は人間ではない。人間ではないのに、人間の心を持っているのだ。人間でありながら人間の心を理解できない私とは間逆の存在と言える。

 至近距離から見たフルフェイスの中の素顔。まるで彫刻の如く美しかった。それは人知を超えた存在と言って良かった。やはりそうだったのだ。あの悪魔を退けるものが人間のはずがなかったのだ。どう何度計算しても絶対に解まで致らなかった理由がそこにあったのだ。

 

「ラナー様──?」

 

 突然黙ってしまった私を心配したのだろう、クライムが私に近づいてくる気配がする。とはいえクライムから私に触れてくることは無い。触れてほしいと思う程に彼は私に近づいてくれない。どれだけ想いを募らせても。だから私はあの悪魔を利用しようとしたのだ。私はクライムに死ねと言ったのだ。けれどあの英雄はそれすらも覆してしまった。

 それは凄い事なのだ。スレイン法国に居るらしい神人ですら勝てないであろうあの悪魔に打ち勝つ存在。英雄。だが歴史上に居る英雄がそんな大それた存在では決してない事を私は理解していた。

 いつも強者に対して英雄という弱者が無い頭を絞って、沢山の犠牲を払いながらギリギリの勝利を掴んで行っただけ。それがこの世界の英雄譚だ。だが彼は違う。まさしく本当の英雄だ。吟遊詩人たちが求めて已まない存在。それが彼だった。

 だからこそ理解できなかった。人間であるはずがないと思えて仕方なかったのだ。ではなぜ人間ではない者が人間の味方をするのか。絶対強者である彼が、なぜ支配者としてではなく人としての心をもって人を救っているのか。

 それら全てが彼に触れることで解けたのだ。まるで答えを知らぬ数字合わせ式の錠前を適当にやったら開いてしまった感じだろうか。

 彼を知りたい。何故が止まらない。私の理解を超えた存在。そんな存在に会えた幸運を喜ぼう。

 

「ら、ラナー様!?」

 

 先ほどから私に触れようかどうしようかと悩みながら右手を伸ばすクライムの腕を掴み、そのまま彼の胸に飛び込む。相変わらず私が適当に選んだフルプレートを着続けているから彼の柔らかさを感じる事はできないが、彼の温もりは確かに感じることが出来る。

 

「クライム、もう少し──このままで居させてください」

 

 彼の胸に顔を埋める。彼に顔を見られぬように。笑みの消えぬこの顔を。

 次に顔を見せるときには、ちゃんと作っておかなければならない。

 

 彼が好む笑顔を。








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