鈴木淳也のモバイル決済業界地図:交通系ICカードとモバイルの“悩ましい関係” (1/3)

» 2018年06月26日 06時00分 公開

日本のような交通系ICカードシステムは世界的にレア?

 東日本旅客鉄道(JR東日本)の営業エリアで交通系ICカード「Suica」の利用が2001年に開始してから16年以上が経過した。当初スタートとなった東京首都圏近郊からさらにエリアを拡大し、関東エリアのPASMOを含む全国の交通各社も提供し、多くの人にとって身近なものとなった。

 2013年から全国10種類の交通系ICカードで相互運用が始まり、エリア外に交通系ICカードを持ち出して現地で専用のICカードを購入することなく利用可能となった。これは特にモバイルSuicaのサービスを利用する旅行者にとって、エリアを問わずにオンラインでチャージする仕組みが利用できる点で利便性がある。

 Suicaの電子マネーとしての利用が2004年に一般開放された直後は微々たる水準だったものの、2007年にPASMOとの共用がスタートしてからは交通での利用急増と合わさる形で電子マネー利用も順調に伸び、対応店舗数と利用数ともに年々右肩上がりで増加を続けている。JR東日本にとってSuicaを活用したエキナカより外への商圏拡大は事業戦略における3つの柱の1つになっている。

 一方で、このような交通系サービスと電子マネーサービスを組み合わせたビジネスを展開している企業は筆者の把握する限り世界でも少数派で、香港、韓国、台湾、中国、シンガポールなど、主にアジア圏に偏っている

Suica 2004年の一般開放以降、Suicaの電子マネー利用は順調に伸びている(出典:JR東日本2018年3月期決算説明会資料)

 また交通系ICカードでは、日本のように全国レベルで相互運用が行われるケースも非常に珍しい。例えば韓国では「T-money」がソウルと釜山近郊鉄道や全国の多くの交通事業体で利用されているが、こうした仕組みは香港やシンガポールなどの都市国家を除けば少数派だ。台湾では台北を中心とした「悠遊カード(EasyCard)」と高雄を中心とした「iPass」の相互運用が進んでおり、日本の交通系ICカード事情に近いものとなっている。

 だが世界の多くの地域において、交通系ICカードは都市圏単位での管理体制となっており、相互運用は考慮されていない。そのため、複数都市を頻繁に移動する旅行者は、それに合わせて複数のICカードを持っていなければならない。とはいえ、毎回カードを忘れて現地で再購入するという“うっかり者”も少なくないだろう。

 ICカードの発行管理コストを吸収するためによく「デポジット」が徴収されるが、増大するシステムの維持コスト増大は鉄道システムの運営事業体にとってばかにならない。そのため、海外からの訪問者の多い英ロンドンでは、既存の交通系ICカード「Oyster」に加え、旅行者が手持ちの非接触クレジットカードやデビットカードでそのまま乗車が可能な「オープンループ」の仕組みを採用し、発行維持コストの大幅な削減に成功している。

 利用者の利便性を改善するうえで、「モバイル活用」も挙げられる。前述のオープンループの仕組みであれば、iPhoneやAndroid端末にクレジットカードまたはデビットカードを登録することで、非接触のICカードとしてそのままロンドン近郊鉄道に乗車できる

 実際、Android Pay(現在はGoogle Pay)が開始された直後の2016年後半のロンドン市内セントパンクラス駅では、同サービスをアピールする広告がそこら中に掲示されていた。先日、iOS 11.3のリリースで中国の北京と上海地域で利用されるICカードをiPhoneに登録してApple Payで非接触による乗車サービスのβ版が開始されて話題となったが、今後さらにこうした仕組みが広がっていくとみられる。

ロンドン ロンドンのセントパンクラス駅で見かけたAndroid Pay(Google Pay)の宣伝広告。駅での広告だけに、物販もさることながら、交通利用も想定したアピールも行っていると思われる

 今回は、こうした世界の交通系ICとモバイルの最新事情について整理していく。

交通系ICカードがApple Payにやってくる

 現在Apple Payで利用可能な交通系サービスは、Appleのサポートページに一覧としてまとめられている。日本のSuicaとロンドンのTransport for London(TfL)の他、北京と上海の交通系ICカードサービス、そして中国を含む世界各都市の対応地域が記載されている。

 このうち、Suicaと中国2都市(北京)のサービスはいわゆる「バリューストア」型と呼ばれる。ICカード内に残高が記載されており、これを適時乗車区間に応じて差し引いていくプリペイド型電子マネーの仕組みとなっている。SuicaのViewカード連動のようにオートチャージ機構が用意されているものもあるが、基本的には減った残高に対して都度チャージが必要だ。

 そのため、本稿執筆時点で(中国現地発行の)銀聯カード(China UnionPay)以外でのチャージ手段を持たない北京と上海の交通サービスについては、基本的に外国人は残高を増やすことができない。Apple PayではSuica同様、これら交通系ICカードの“吸い出し”による登録に対応しているが、一度移した残高は使い切ったらそれで終わりということになる。

Suica Apple Payが対応をうたう世界の交通サービス

 なおApple Payにおける同様の仕組みは、比較的近いタイミングで他都市へも展開されるとみられる。ウワサでは、iOS 11.4のタイミングで江蘇交通カード(Jiangsu T-Union)、深セン、武漢、重慶もサポートされるといわれているが、中国の交通系ICカードはもともとXiaomi端末に格納してNFCによる乗車利用が可能だった他、最近ではHuaweiがNFC対応機種でHuawei Payの機能の一環として取り込みつつあり、中国の全国規模で利用可能都市が広がっている。

 恐らく各都市の交通局もモバイル対応への抵抗なく、比較的少ない準備期間やコストでApple Pay対応が可能だとみられる。中国以外の国、例えば米国ではいくつかの都市で交通系ICカードをモバイル対応させるべく、Appleと地方交通局が交渉や検証を続けているという話が過去に何度も聞こえてきており、そう遠くないタイミングで対応都市が日本や中国外にも広がっていくはずだ。

 例えば、Toronto Starの4月の報道によれば、カナダ最大の都市圏であるトロントを含むオンタリオ州域内の交通系ICカード「Presto」は、Appleとの協議で今後数年内にもApple Payでの利用が可能になるという。当初はAndroidがターゲットになるというが、こうした試みはさまざまな地域で同時進行していると予想される。

Suica カナダのオンタリオ州周辺で利用される共通交通系ICカードのPresto

Google Payの場合は?

 Googleの決済サービスである「Google Pay」の場合、こうした交通系ICカードの登録と利用には“基本的”には「HCE(Host Card Emulation)」という技術が用いられる。一般に、Apple PayにおけるICカードの格納には専用のセキュリティ保護が行われたチップ(「セキュアエレメント」と呼ばれる)が用いられるが、HCEではそうした専用ハードウェアは用いられず、スマートフォン本体が動作するメモリ上にソフトウェア的に保護領域を確保して決済や乗車に必要なアプリケーションを動作させる

 そのメリットとしては、Android 4.4以上が導入されたNFC対応の端末であれば基本的にどれでも利用可能なこと、そしてAppleのようにOS側の設定が必要ないため、実装が比較的容易であることが挙げられる。現在、同サービスで対応している公共交通は米ネバダ州ラスベガスのモノレールと米オレゴン州ポートランド近郊の「Hop」の仕組みを用いる交通サービスだけだが、これらはHCEを用いてAndroidスマートフォンに実装されている。

 ただしHCEを公共交通サービスに用いる際、改札等にタッチするタイミングでスマートフォン本体の画面ロックを解除し、Google Payのアプリ上で当該のカードが選択されている必要がある。おサイフケータイやApple Payと比べて幾分か使いにくいのが難点だ。

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