人は簡単にファシズムに転ぶ。拡散装置による世論誘導の果てにある「illiberalism(似非民主主義)」社会

iAmMrRob via pixabay(CC0 Public Domain)

◆日本のネットを埋め尽くす拡散装置

 前回、ドイツの研究者ファビアン・シェーファー博士による論文などを引いて、2014年の衆議院選期間中の政治に関するツイートの83.2%がコピー(そのままのコピーではない類似ツイート含む)であり、「ナショナリズム」という隠れたキーワードがあったという分析結果を紹介し、日本のネットに拡散している「拡散装置」について、その存在と仕組みについて解説した。
(前回参照:「日本のネットを埋め尽くす「拡散装置」が誘導する日本の右傾化の構図」

 今回は、ネットの拡散装置(ボットとトロール)を駆使した「ハイブリッド戦争」の先駆者ともいえるロシアの事例に触れつつ、解説していきたい。

拡散装置(amplifier)はハイブリッド戦の一環である

 ネット世論操作を世界に対して仕掛けているのはロシアである。おそらく中国も仕掛けてきていると思われるが、ロシアに比べると実態が明らかになっていない。

 ロシアにおいてネット世論操作は単独で存在するものではなく、ハイブリッド戦という2014年の新軍事ドクトリンに沿った軍事活動の一環として位置づけられている。ハイブリッド戦はいわゆる軍事兵器だけでなく、経済、文化、宗教、あらゆるものを兵器化して相手国を意のままに操ろうとする戦いである。21世紀に入ってから世界はハイブリッド戦に突入した。(参照:「『ハイブリッド戦争』の巧者、ロシアの脅威増大で北欧三国で高まる警戒感」

 クリミア併合、ドネツク独立、ルガンスク独立軍事活動、サイバー攻撃、ネット世論操作、政党への支援、経済活動を通じてサプライチェーンを汚染するなどの作戦が複合的、統合的に行われた(図1)。

 もちろんロシアはヨーロッパにだけ手を伸ばしているのではない。

 アメリカ大統領選への干渉は有名だが、アメリカで銃乱射事件が起こるたびに必ず出てくる全米ライフル協会は、ロシアからの資金提供を受けたという疑惑を持たれている。アメリカ上院委員会に提出された報告書にそのことは記載され、FBIが捜査中であるという報道も出た。

 下表にアメリカ上院議会への報告書と大西洋評議会の報告書で取り上げられたロシアのハイブリッド戦の内容を整理したものを示した。いずれの名称も報告書中の名称を使用している。特に注目すべきは政党である。ヨーロッパで最近台頭してきた右派、左派の過激な政党が入っており、フランスの「国民戦線」、ドイツの「ドイツのための選択(Afd)」は大きな影響力を持つにいたり、イタリアの「北部同盟(現在の同盟)」は連立政権を樹立した。

「PUTIN’S ASYMMETRIC ASSAULT ON DEMOCRACY IN RUSSIA AND EUROPE: IMPLICATIONS FOR U.S. NATIONAL SECURITY」(COMITTEE ON FOREIGN RELATIONS UNITED STATES SENATE, January 2018)、「THE KREMLIN’S TROJAN HORSES」(Atlantic Council,November 2016)、「THE KREMLIN’S TROJAN HORSES 2」(Atlantic Council,November 2017)より作成

 もちろん、そこにいたるまでにはネット世論操作だけでなく資金提供などを含む多面的な支援があったわけだが、こうした活動の一環としてネット世論操作も用いられているのだ。

 東南アジアにもロシアの手は伸びており、以前から関係の深いベトナムはもとより、カンボジアなどが強い影響下にある。この地域は中国との経済、軍事、外交のバランスを取るのが難しい。中国一辺倒になるのは危険だが、かといって西側との関係を強めるのにも懸念がある。

 西側との関係強化を懸念する理由は、民主主義的(自由、人権、選挙の尊重)であることを求められるからだ。もし国内で人権侵害があれば西側から非難され、経済制裁を課されることもある。独裁政権にとっては好ましくない。この点、ロシアは民主主義的であることを求めないから、中国とのバランスを取る上では都合のよいパートナーとなる。安倍政権はロシアにも近づいているが、同じような計算が働いていないとよいのだが。

 ロシアが常に主張していることのひとつは、自分たちを守るためということだ。「ソビエト連邦は核兵器競争では崩壊しなかったが、西側の世論操作で崩壊した」と彼らは考えている。カラー革命も西側の仕業ということになっている。

 かといって西側もDG7という世界の主要な国際放送7メディアによるプロパガンダ組織を動かしているので、あながちロシアの主張が的外れというわけでもないかもしれない。ちなみに日本のNHKはDG7の一員である。

 ロシアは戦争の一環としてネット世論操作を仕掛けてきており、対するヨーロッパやアメリカも軍事活動として対抗措置を講じようとしている。昨年、NATO(北大西洋条約機構)とEUが設置したHybrid CoE(ハイブリッド脅威センター)がいい例である。

次ページ人は意識しなければ公平中立でいられない


この記者の記事一覧

※本コメント機能はFacebook Ireland Limitedによって提供されており、この機能によって生じた損害に対して株式会社扶桑社は一切の責任を負いません

欧米の貿易摩擦は加速するか

先週金曜日(22日)のサマリ 東京市場  ドル円は小動きな展開でした。仲値に向けた買いから小幅に上昇したものの、仲値後には失速し110.00円前後を静かに推移しました。また、日経平均が後場に入ると、260円超安となったものの影響は限定的でした。 ロンドン市場 欧州勢参入後には調整的な円売り… [続きを読む]
連載枠
連載一覧
菅野完

菅野完

草の根保守の蠢動

稲田防衛大臣と国有地払い下げ事件の塚本幼稚園を結ぶ「生長の家原理主義ネットワーク」【特別編】

東條才子

東條才子

現役愛人が説く経済学

「紀州のドン・ファン」がハマった、愛人バンクの麻薬的な快楽とは

北条かや

北条かや

炎上したくないのは、やまやまですが

「過労死は自己責任」で炎上の田端信太郎氏にみるグローバルマッチョイズムと、その支持者の“病理”

山口博

山口博

分解スキル・反復演習が人生を変える

「流暢なプレゼン」に隠された落とし穴。聞き手を飽きさせないために本当に必要なこととは?

清水建二

清水建二

微表情学

表情分析技術が確立される前から、卓越していた仏像の表現力

都市商業研究所

都市商業研究所

大阪の熾烈な百貨店競争に「庶民派百貨店」はどう挑む?――全面リニューアルした「阪神梅田本店」を徹底解剖(2)

MC-icon

MC正社員

ダメリーマン成り上がり道

人気イベントから一転、過渡期に訪れた「どん底」

mitsuhashi

三橋規宏

石橋叩きのネット投資術

なぜ日本の経済学者は富豪や優れた投資家ではないのか?

shiba

志葉玲

ニュース・レジスタンス

病原菌だらけの海、漁船が攻撃され壊滅状態の漁業――パレスチナ自治区ガザ“海の封鎖”が引き起こす現実

kousaka

髙坂勝

たまTSUKI物語

退職者を量産したバー店主が語る。“いまの世の中「サラリーマンから足を洗いたい」と考えるほうがマトモ!?”

安達 夕

安達 夕

韓国の女性団体が上半身を露わに男尊女卑に抗議、しかし思わぬ反応に絶望……。根深い男女差別

闇株新聞

闇株新聞

東芝を海外勢に叩き売ってはいけないたった一つの理由

blank
blank