(うわー……似合わないにも程があるよ!!!!!)
叫び出したくなるのを必死で堪え、悟は身支度を整える。服装に乱れがないかを大きな姿見で確認したはいいが、悟は真っ先にそう思い頭を抱えた。そのあまりの恥ずかしさに、自然と熱を持つ頬。
悟は装備出来る中で一番見栄えがし、かつ防御力のある装備を身につけ、デミウルゴスが戻るのを待っていたのだが……あまりにも、『アインズ』の装備は悟には似合わなさすぎたのだ。いかにも魔王然とした姿のアインズと、一般人でこちらでは五枚目と称されるレベルの日本人顔の悟では外見偏差値が違いすぎた。(種族的な方向でも)
(一応、あっちでは十人並みな見た目だった筈なんだけどなー……こっちはイケメン多過ぎだろ!)
室内に一人きりであることをいいことに、悟はジタバタとのたうち回る。アインズの時もよくやっていたが、今は表情も付いているのでその動きだけでもいつも以上に悟の内心を表現していた。
先程からずっとメイドと八肢刀の暗殺蟲はそのまま部屋の外で待機しているが、デミウルゴスが戻り次第先に玉座の間に行くことになっている。今の姿を皆への説明前に見せる訳にはいかないからだ。
「あー……久々に顔赤くなったの見たよ……ダメだなー、ポーカーフェイスなんて出来ないって!」
ベッドの上を転がり回りたくなるのを堪えつつ待機する。すると、悟の着替えが終わるのを見計らったかのようなタイミングで再び扉がノックされた。
「アインズ様、よろしいでしょうか」
「あぁ、入れ」
普段ならメイドの取り次ぎがあるのだが、今は非常事態だ。デミウルゴスもそれを理解しているから、悟の言葉に素直に入室する。
「跪かないで良いぞ。非常事態なのだからな」
「畏まりました。お召し替えも終わられたようですし、玉座の間へお連れ致します」
「うむ。頼んだぞ、デミウルゴス」
もうすっかりと自然に出てしまう支配者ロールだが、チラリ、と姿見に映る自分を確認すると余りにも似合わなくて。悟は苦笑する。
(子供が無理して大人の服を着ているような違和感があるなー……やっぱり『鈴木悟』だと迫力が全然足りないなぁ。まぁ、魔王と一般人だし仕方ないか)
優雅に扉を開けるデミウルゴスに鷹揚に頷くと、悟は玉座の間へ向かった。
玉座の間の扉の前に立つと、いつものようにアインズの入場を告げる声。普段はメイドの役目だが、今日はデミウルゴスがその役だ。そして、開かれた扉。
(ああああああ……!やっぱりガン見されてる!視線が痛い!!)
悟はその場で叫び出したくなる。が、必死に抑えて足を進める。その顔には、嫉妬マスク。いつものアインズよりは若干低い身長に、細い体。あまりにも違う見た目に、戸惑っているような雰囲気をヒシヒシと肌で感じる。
(マスク外したく無いけど……無理だろうしなぁ……ああ……何か、胃が痛い。いつもの錯覚じゃなくて、リアルに!!誰か俺にポーション持って来て!!大至急!!)
デミウルゴスが事前に通達していたおかげで、今の悟にダメージを与えるようなスキルを発している者は居ない。その事にホッとしつつ、悟は玉座の前に立つ。
「アインズ様、いかがなさいました?デミウルゴスから至急集まるようにと言われたのですが」
戸惑ったような表情のアルベドが、そう悟に問い掛ける。すると、悟の後から付き従っていたデミウルゴスが二人の間に割り込むように体を滑り込ませる。
「すまない、アルベド。アインズ様の命だ。階段を降り、そこでアインズ様のお言葉を待つようにね」
「!な、何ですって!?守護者統括であるこの私に、アインズ様から離れろと言うの、デミウルゴス!」
今にもデミウルゴスを押しのけてしまいそうなアルベドに内心恐怖を感じつつ、悟はアルベドに声を掛ける。
「アルベド。デミウルゴスの独断ではないのだ。降りよ。……それとも、お前は私の命に従えないと言うのか?」
「そんな!私がアインズ様のご命令に逆らうなんて……!」
悟の言葉に、アルベドは納得はしていないような様子ではあったが大人しく階段から降りる。
(良かったー!アルベドがいつもみたいに隣に居たら、デミウルゴスが居ても絶対俺大怪我してる!)
我を忘れたアルベドの怪力を知っている悟は、ぶるりと体を震わせた。
(あー……今から起こる騒動を考えると……頭が痛いなぁ)
一応デミウルゴスが傍に控えて居るし、影の悪魔も八肢刀の暗殺蟲も警護してくれているが、それでもレベル1の悟は、アルベドと警護の者たちの争いの余波ですら負傷しそうな脆弱さだ。いくら警戒しても警戒しすぎる、という事は無いのだ。
(仕方ない。とりあえず、嫌なことはサックリと終わらせて肩の荷を下ろして楽になろう、うん)
悟は軽く頷くと、再び支配者ロールを再開する。
「皆、良く集まってくれた。急な事で申し訳ないが、急ぎお前たちに知らせたいことがある」
悟は、未だ頭を下げたままの僕たちに声を掛ける。
「頭を上げよ。これから、重要な事を話す。聞き漏らしの無いよう、心して聞くように」
悟のその言葉に、玉座の間の全員が一斉に頭を上げ、悟を見つめる。悟はそれを確認すると、徐にマスクを外すと素顔を晒す。
「……このように、今の私は呪いを受け脆弱な人間となっている。力の大部分も封じられているため、暫くナザリックで過ごすこととする。無効化の能力も封じられているので、他者に害をなすスキルなどを持っている者は、ナザリックに居る間はスキルを切るように」
その言葉に、ざわつく玉座の間。
「静かにしたまえ。アインズ様の御前だ」
デミウルゴスがそう言うと、途端に静まる室内。
(呪言を使った訳でも無いのにスゴイよなぁ)
などと思いつつ、悟は再び口を開く。
「……以上が伝達事項だ。階層守護者以外は速やかに退出せよ」
そう言って手を振ると、扉に近い者から玉座の間から出て行く。五分もしないうちに、玉座の間には階層守護者だけが残される。
「アインズ様!呪いとは一体……!」
今にも悟に飛びかかりそうなアルベドを警戒するデミウルゴスと警護の者たち。その様子に舌打ちでもしそうなアルベドの表情を見て、悟は思わず一歩後ずさる。
「あ、あぁ。大したことはないのだがな、完全なる狂騒のようなアイテムを誤作動させてしまったのだ。聖王国の件が片付いた後だったのが幸いなのだが……」
そう口を開き、先程デミウルゴスに説明したようにアイテムの効果を皆に告げる。すると、途端に全員が凍り付いた。だが、次の瞬間。
「ア、アインズ様が、レベル1に……!?」
「種族まで変わられたんですか!?」
「オ、オ体ハ大丈夫ナノデスカ!」
「あ、あの……痛かったりとか、しませんか?」
「魔法も使えないって本当でありんすか!?」
一斉に、アインズを心配して喋り出す。そのあまりの勢いに、思わずデミウルゴスが悟をガードする。
「待ちたまえ!今のアインズ様はレベル1なのだから、君たちがそのように迫ったらお怪我をしてしまうかもしれない。きちんと距離を取るようにね。……特にアルベド。君は前科があるのだから、十分に気をつけないと」
「……わかったわ。貴方がアインズ様のお側に居るのは納得がいかないけれど」
「えっ、デミウルゴス!アインズ様、今そんなにダメージ受けるの!?」
デミウルゴスの言葉に、アウラが驚いたように声を上げる。すると、デミウルゴスは重々しく頷いた。
「人間は我々の予想以上に脆い肉体をしているのだよ。今のアインズ様は人間専用の装備もお持ちで無いし、装備も万全ではない。我々が触れたら、お怪我どころか……」
「!!」
デミウルゴスのその言葉に、階層守護者は全員青褪める。デミウルゴスが濁したその先が、容易に想像出来たからだ。
(あ。理解してくれたみたいだな。大袈裟じゃなく、本当に死んじゃいそうだしなー、今の俺……)
「そういう訳だ。こんな情けない状態では外には出られんのでな、暫くはここで過ごす。今は情勢がある程度落ち着いているし、問題は無いと思うのだが……どうだ、アルベド?」
急に悟にそう振られて。アルベドはまるで花が咲いたような笑顔で応える。
「はい、勿論何の問題もございません!先日までアインズ様は出張なさっていたのですし、ゆっくりとお休みになられるのがよろしいかと!!」
「あ、あぁ。そうさせて貰おう」
一気に距離を詰め、悟に近付くアルベドに恐怖を感じ、顔を引き攣らせながらそう答える。アルベドの両腕は、いつかのように八肢刀の暗殺蟲がガッチリと掴んでいる。慣れた物である。
「アルベド様!これ以上は!」
「アインズ様に何かあったら……!」
(あー……また八肢刀の暗殺蟲が焦ってる。自重してこれなのか、アルベド。やっぱり護衛に守護者を置くならデミウルゴスかな。色々相談も出来るしな)
「心配させて申し訳ないが、そういった理由もあってな。もう少し装備が整うまではあまりお前たちの傍には居られない」
悟がそう言うと、皆が悲しそうな表情になる。だが、脆弱な肉体になったアインズを自分が傷付けてしまうかもしれない。そう思うと、迂闊な行動は取れない。そんな表情をした皆を優しい瞳で見つめると
「アルベド、恐らくナザリックには人間が装備出来る上質の装備はない。このままでは呪いが解けるまでの期間まともに動けんからな、ナザリックで現在動かせる者たちを動員して、人間用の装備を探せ。私はデミウルゴスと文献を漁ってみる」
図書館と、ギルドメンバーの私室に残された書籍を調べてみれば、何かが分かるかもしれない。そう思い、悟はそう告げる。
(皆の部屋に勝手に入るのは気が進まないけど……流石に今の状況じゃ、そんなこと言ってられないしなぁ。今の俺、紙装甲以下だし。紙よりも脆い……エア装甲とか言ったらいいんだろうか?そういえば未プレイなのにプレイしたかのように話す人をエアプとか言ってたようなー……)
そんなことを考えている悟に気付かず、守護者たちは真剣な顔で頷く。
「かしこまりました。現在、急ぎの案件はありませんし、人間たちの国は八本指らを使って探させます。亜人たちの国は、魔道国の住人たちを使って探索させます」
「うむ、それが良いだろうな。吉報を待っているぞアルベドよ」
支配者としてのロールで重々しく頷くと、悟は言葉を続ける。
「他の皆は、アルベドの指示に従い探索やナザリックの防衛などそれぞれの仕事に就くが良い。私はこれから宝物殿へ向かう。デミウルゴス、供をせよ」
「はっ、かしこまりました」
バサッと、何度も練習した支配者らしいマントの翻し方をすると、悟は守護者たちに背を向ける。……シャルティアやアルベドの怪しいオーラに気付かないふりをして。