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ひとまず哀しいプレゼントのことは忘れ、リビングに戻ったあとは、寛太君の作ってくれたおいしいミルクプリンを食べながら、若葉ちゃんと修学旅行で行く場所についておしゃべりをした。若葉ちゃんは修学旅行がかなり楽しみらしく、ガイドブックまで買っていた。
「私、海外旅行初めてだからドキドキするよぉ。ねぇ、吉祥院さんはこの衛兵交代って見たことある?」
「あるわよ。こ~んな長い帽子を被った兵隊さん達が目の前を行進するの」
「いいなぁ、見たいなぁ!」
そこに若葉ちゃんの弟妹達も話に加わり、ガイドブックを見ながらわいわいと観光スポットの話で盛り上がった。
そろそろ夕食の準備に取り掛かる時間になって、お母さんが戻ってきた。
「いらっしゃい、コロちゃん!」
「こんにちは、お邪魔しております」
「お母さん、吉祥院さんからお土産もらった」
「まぁ、ありがとう!あらっ、いいお肉ねぇ!」
若葉ちゃんはお母さんの手伝いでキッチンに立ったので、私は寛太君達と一緒にテーブルを拭いたりホットプレートを出したりした。若葉ちゃんの家は人数が多いから、ホットプレートも2台使う。
しかしこうやって一緒に手伝いをさせてもらうと、なんだか単なるお客様じゃない感じがして嬉しい。私も高道家の一員になっちゃった、みたいな?えへへ。
「なぁ、コロネ。瑞鸞って、“ごきげんよう”って挨拶するんだろ?なんでコロネはいつも“ごきげんよう”って言わないんだよ」
「TPO」
寛太君の疑問に、私は簡潔に答えた。
一般家庭の家に行って“ごきげんよう”は浮くし、これみよがしに聞こえるからね。臨機応変。でもそれを聞いた双子ちゃん達に「コロちゃん、“ごきげんよう”って言ってみて~」「“おほほ”って笑って」とリクエストされてしまった。私のイメージ、やっぱり“おほほ”なんだ…。“おほほのコロネ”…。若葉ちゃんの家にいる時は、笑いかたに気をつけよう。
仕事を終えた若葉ちゃんのお父さんも戻ってきて、いよいよ鉄板焼きの始まりだ。私は若葉ちゃんと寛太君と3人でホットプレートを使った。
「すげぇ!今日、肉の量多くない?」
「コロちゃんがお土産に持ってきてくれたのよ。こっちのお皿のお肉はいいお肉なんだから、味わって食べるのよ」
「でかした、コロネ!」
私の持参したお肉は高道家のみなさんに好評だったので、おかげで私も遠慮なく人様の家で夕食をごちそうになることができた。こうやって大人数で食卓を囲むと、食事がさらにおいしくなるね。あ~、ポン酢ダレがおいしい!
前世でもこうやって家族でホットプレートで焼き肉をしたりしたなぁと、懐かしくも庶民的な光景に思わず気が抜けて、時々「若葉ちゃん」と呼んじゃったりして焦った。言葉使いも素が出てる時があったな。若葉ちゃんは気にする様子もなかったけど。だったら学校以外では若葉ちゃんって呼んでもいいかな…?
満腹になり、飾らない高道家の居心地の良さにいつまでもこのまま寛いでいたかったけど、門限もあるから急いで帰らないと。
帰り際に「余り物で悪いけど」と、ケーキをお土産にいただき、駅までは若葉ちゃんのお父さんが車で送ってくれた。至れり尽くせりだ。ありがたい。車から降りると、若葉ちゃんが「また明日ね!」とお父さんと手を振って見送ってくれた。それに応え、私も手を振り返す。あぁ、楽しかった。また来たいなぁ。
私は電車の中で若葉ちゃんにお礼のメールを送った。
今夜はお父様とお母様はパーティーに出かけているから、帰った時にどこに行っていたのか聞かれずに済むので良かった。
門限ギリギリに帰宅すると、お兄様がいた。
「おかえり、麗華」
「ただいま、お兄様」
お兄様は鼻をクンと鳴らすと、「なんだか香ばしい匂いがするね」と言った。やばい!お風呂直行だ!
香りのいいシャンプーで髪もしっかり洗い、ルームウェアに着替えた私は、お土産にもらったケーキを持ってリビングに戻った。
「お兄様、ケーキがあるの。一緒に食べません?」
「ありがとう。もらうよ」
私はお茶を淹れてお兄様の隣に座り、苺のショートケーキを食べた。
「ねぇ、お兄様。お兄様のお友達は、どんなかたが多いのですか?」
「友達?そうだなぁ、学生時代にできた友人が大半かな。社会人になってから知り合う相手はどうしても仕事に関係がある人が多いから、純粋な友人とは言い難いし」
「そうなんですか。学生時代ということは、瑞鸞の同級生?」
「まぁ、そうだね。それ以外にも他校の学生や旅行先で意気投合したヤツとか、いろいろいるけど」
「そうですか…。お兄様のお友達には、普通の家のかたはいらっしゃるのですか?」
「普通の家って、一般的なサラリーマン家庭のような家ってこと?」
「ええ、まぁ…」
その問いに、お兄様は隣に座る私を窺うように見てきたあと、「…いるよ」と答えた。
「高等科から入ってきた外部生の友人もそうだし、大学時代の友人にも大勢いる」
「そうなんだ…」
食べ終わったお皿にフォークを置き、私は小さく独り言のように呟いた。
そんな私の頭を、なにかを察したお兄様がポンポンと撫でた。
「麗華。お父さん達の考えかたなど気にせず、どんな家柄だろうと、麗華が素晴らしいと思う人達と付き合えばいいんだよ」
「うん…」
いつか、若葉ちゃんをお兄様に紹介できたらいいな。
週明けの月曜日は、芙由子様と顔を合わせるのが少し気まずかったけど、特になにかを言われることはなかった。ほっ、良かった…。土、日の暴食で確実に狸の呪いが私の身に降りかかっているのがバレませんように。
しかし芙由子様以上に顔を合わせるのが気まずかったのは鏑木だ。
話だけを聞いていたぶんには完全に他人事として考えていられたけど、昨日あの鏑木渾身の手作りネックレスの実物と、その行方を目の当たりにしてしまってから、どうにも鏑木への同情心が渦巻いて、これまでのように勝手にすればと心の中で突き放すことができなくなってしまった。
あれは切なかった。
鏑木という男は、放っておいたら次々に頓珍漢な涙の恋エピソードを増産していくに違いない。そして私はこのままではそれを逐一目にする羽目になるのだ。それはいけない。私が泣いてしまう。号泣だ。
だってあのネックレス、作るのに時間かかったと思うよ?私はアクセサリーを手作りしたことはないから、どれくらい大変なのか知らないけど、女の子が好きな人を想って編んだ手編みのマフラーと種類は一緒だもんね。その重さはともかく…。
私の心の平安のためにも、今後はもう少し親身になって鏑木の相談に乗ることを決意した。