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謙虚、堅実をモットーに生きております! 作者:ひよこのケーキ
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 クラス委員として修学旅行の準備で慌ただしいけれど、手芸部もおろそかにしてはいけない。

 そろそろ、新入生達が部活見学を始める時期だ。去年は正式部員になれた嬉しさに張り切り過ぎてしまったが、今年は部長として節度ある対応でがっつり部員を確保せねば。南君のような男子の部員も増やしたいね!

 そんなことを手芸部のみんなと話しながらのんびり手芸をしていると、穏やかな気持ちになれて癒されるわ~。このままずっと、難しいことを考えずに編み物をしながらおしゃべりしていたいわ~。


 世俗はなにかとわずらわしいことが多い。

 若葉ちゃんと鏑木はクラスは別れてしまったけれど、瑞鸞は3年になると選択授業が増えるので、その授業によってはいくつかふたりが同じ授業を受けることもある。若葉ちゃんと同じクラスになれなかったことを「極めて遺憾…!」と言っていた鏑木は、この少ないチャンスをモノにしようと、勉強に関する話を、授業の前後に話しかけたりしているらしい。

 若葉ちゃんも勉強の話なら乗ってくるので、傍から見ると話が弾んでいるように見える。

 春休みを挟んで若葉ちゃんへの風当たりとふたりの噂が沈静化するのを期待していたけれど、鏑木の態度がこれじゃあ女子の嫉妬は収まりそうにない。

 いいかげん鏑木も若葉ちゃんの立場を考えて、話しかけたりするなよと思うけど、鏑木としてもクラスは違うし、放課後は若葉ちゃんは生徒会の仕事で忙しいし、休みの日もなかなか会えない。そうなると休み時間くらいしか交流できる時がない。恋する男子はこれでも最大の譲歩をしているそうだ。まぁ、気持ちはわかるけど…。本来なら周りなど気にせず、若葉ちゃんに好きなだけ話しかけて一緒にいたいところをグッと我慢しているのだろう。鏑木は生徒達の人気がありすぎるから、好きな女の子を諦めろというのはさすがに酷だもんね。バカだけど一途だからね。

 そして円城の噂もある。

 鏑木家の観桜会で、円城が唯衣子さんと腕を組んで親密にしていたという話が新学期に広まっていた。たぶん招待されていた数人の瑞鸞生から流れたんだと思うけど。

 円城は関係を聞かれると、「親戚だよ」と躱していたけれど、あれはどこからどう見ても仲睦まじい恋人同士だろう。親戚の距離感じゃなくない?

 おかげで私も、円城ファンの女の子達から「円城様がきれいな女性と寄り添っていたというのは本当ですか?」「相手はあの学園祭に来ていたかただというのは本当ですか?」といろいろ聞かれた。「円城様が女の子と一緒にいたのは見かけましたけど、それ以上はわかりませんわ?」と無難に答えておいたけど…。

 どっちにしろ円城の恋愛話をこっちに持ってこられてもね~。「麗華様から円城様にお相手の女性のことをどう思っているのか、聞いていただけません?」って、絶対にムリ!

 そんなこんなで、瑞鸞は相変わらず鏑木、円城の話題を中心に回っている。

 ただでさえまだ慣れない新年度と、修学旅行などの雑務で忙しいのに、他人の恋愛にまで振り回され、ささくれだつ私の心を癒してくれるのが手芸部。ちまちま手芸をしていると、俗世間を忘れられるのだ。ずっとここで和んでいたいわ~。

 なのに元凶からの呼び出しメールが今日も届く。ちっ。今日はサロンに行かず手芸部にずっといるつもりだったのに。無視すると5分間隔で催促メールが来るからなぁ…。迷惑この上ないよ。やはり携帯を水没させてしまおうか…。





「遅かったな」


 開口一番がそれかよ。手芸部という楽園からわざわざ出てきてやった私に向かって、なんたる我田引水。


「鏑木様。こんなことを申し上げるのは心苦しいのですが、私にも予定というものがあります。鏑木様の都合にすべて合わせるわけには参りません。高道さんに対しての嫌がらせに関しては、酷いものは私も目を配っておきましょう。しかし恋愛問題に関しては、まずはご自分で努力なさいませ。そしてアドバイスが必要な時にだけ連絡をしてきてください。よろしいですね?」


 カチンときたので少し反論してやったら、鏑木はまた目を丸くしていた。


「わかった…」


 鏑木の唯一の長所、素直。鏑木は渋々頷いた。


「わかっていただけたのでしたら、よろしいですわ。それで今回のお話は?」

「……高道の気持ちがわからない」


 サロンに来ているメンバーに聞かれないように、今日も私達は小会議室でこそこそ話している。


「それを私に聞かれましても…」

「どうすれば、その、気を引けると思う…?」


 クールで怜悧な瑞鸞の皇帝が、恋する乙女のようなことを言いだした。


「ですから告白してしまえばよろしいじゃありませんか」

「だから、早いって!」


 心なしか顔が赤くなった鏑木が、私の提案を否定した。


「でも、相手の気持ちもわかり、さらに恋愛対象として意識してもらうには、告白が手っ取り早いのではありませんか?」

「それは…。でも俺は告白する時は万全のシチュエーションで臨みたい。まだその準備が出来ていない!」


 告白のシチュエーション?放課後の教室とか、夕暮れの公園とか、そういうこと?


「シチュエーションとは、たとえば?」

「…たとえばだな、花火を何十発も打ち上げるとか、スカイライティングで空にメッセージを描くとか」

「ええっ?!それってプロポーズでやるシチュエーションでしょ?!たかが告白でそれ?!」


 またもや衝撃で素が出てしまった。でもだって、スカイライディングってさぁ、飛行機雲で空に“好きだ”とか描くんでしょ?!ありえな~い!


「大切な告白シーンだ。思い出に残るものにしたい」


 鏑木は自信たっぷりだ。


「いやいや、それは絶対にやめておいたほうがいいと思いますわよ。そういった演出に感動する女の子もいますけど、高道さんはそうじゃないと思いますから。むしろ自分のためにそこまでお金を使ったことに引くと思います」

「そうか?」

「そうです!」


 高い制服を簡単にあげた私の金銭感覚に驚いた若葉ちゃんだ。自分への告白に何百万もかけるようなことをしたら確実に鏑木の金銭感覚に引いて、仮に好意があったとしても冷めると思う。


「じゃあ家中を埋め尽くす薔薇の花を贈って、俺の想いの大きさを訴えるか。ロマンチックだと思わないか?」

「足の踏み場もない上に、枯れた時のゴミ処分が大変です。ゴミ袋何十個分ですか」

「貧乏くさい指摘だなぁ」

「これが現実です」

「ならホールを貸し切りオーケストラを呼んで、彼女のためだけに演奏を」

「ですからお金にモノを言わせる発想から離れてください。高道さんは普通の家庭に育った普通の金銭感覚の持ち主なんですから。今まで言ったどれでも、実践したらドン引きされますわ」

「普通の金銭感覚ってなんだよ。お前がロマンを解さないだけなんじゃないのか?」

「絶対に違います。瑞鸞のほかの女子なら、その演出に感動するでしょう。でも高道さんは違うでしょう。彼女はお金を稼ぐということの大変さをよくわかっているのです。それを親のお金で派手な演出をしたりしたら、喜ぶどころか負担になるでしょう。そもそも今挙げた演出のどれもが陳腐なんですよね」

「言いすぎじゃないか…?」

「心を鬼にして苦言を呈しております」

「…じゃあどうするんだよ」

「ただ好きですとだけ言えばよいのでは?」

「普通すぎる。せめて彼女の誕生石の指輪を一緒に渡すとか」

「重っ!付き合ってもいないのに指輪って重すぎるっ!それで断られたらその指輪はどうするんですか!」

「断られるとか不吉なことを言うな!指輪は…処分だ。海にでも投げる」

「うわっ!物を大切にしない人は、高道さん一番は嫌いますよ。そして海に投げるって…ぷふっ」

「てめぇ…」

「失礼。まぁいつか指輪を渡すことがあるとして、もし受け取ってもらえなかった場合は換金してどこかに寄付いたしましょう。とても有意義なお金の使い方です」

「相談する相手を間違えたかなぁ…」


 いやぁ、いきなり指輪はないわ。ヘタしたらホラーだわ。鏑木は話すたびにその恋愛スキルの低さを見せつけてくれる。


「女はアクセサリーが好きなものだろう。でもそうだな…、高道にはアクセサリーをプレゼントしたけど、付けているのを見たことがない」

「えっ!アクセサリーのプレゼント?!いつの間に!」


 それは若葉ちゃんからも聞いていないぞ!


「いつ渡したのですか?」

「クリスマスだ」

「クリスマス?」


 鏑木のクリスマスプレゼントは、ドイツ製のクリスマス限定テディベアだったはず。数万円と普通の高校生だったら高い贈り物だけど、鏑木にしては常識の範囲内のプレゼントを選んだなって思ったのに。


「テディベアを贈ったんだ…」

「ええ」


 それは知っています。


「その首にダイヤモンドのハートのネックレスを架けたんだが」

「はぁっ?!」


 あの時見せてもらったテディベアに、そんなの付いてたか?!可愛いクリスマスの衣装を着ていたから全然わからなかった!


「ハートに俺の気持ちを込めてみた」

「告白すらしていない相手になにをやっているんですか!」

「わかりやすいハイブランドの商品では遠慮するかと思って、オリジナルで作った」

「誰が」

「俺が」

「俺が…といいますと」

「俺のハンドメイド作品だ。工房に通ってロストワックスから仕上げまでやった、渾身のハートのネックレスだ」

「重っ!手編みのマフラーより数倍重いっ!」


 それにさぁ…。


「そのネックレスの意味に、気づかれていないんじゃないんですか…」

「えっ?!」


 ぬいぐるみの服に隠れて見えなくなっている状態なのか、もしかしたら外して若葉ちゃんが別に保管しているのかはわからないけど、少なくとも私が見た時にはネックレスなんてしていなかった。


「いや、気づくだろう、普通」

「どうでしょうねぇ」


 テディベアの値段にびっくりしていた高道姉弟だ。ネックレスのプレゼントもあったら絶対に私に教えてくれたと思うけど。


「…まさか高道は、本当に気づいていないのか?」

「さぁ。だいたいなんで別々に渡さなかったんですか?」

「演出だ」


 紛らわしいんだよ!そういった演出は、相手の適性を見極めないと!


「でもハンドメイドのアクセサリーなんて、鏑木様がよく思いつきましたわねぇ」

「どういう意味だ」

「いえ、別に」

「優理絵が好きな映画に、手作りの指輪でプロポーズするって話があったんだ。それで優理絵のクリスマスプレゼントに、毎年アクセサリーを作ることを思いついた。中学の時だけどな。最初は百合のモチーフのネックレス。次の年は同じ百合のモチーフのイヤリング。そして高校にあがった年には、百合の指輪を贈ろうとした…けど…」


 あぁ、その前に振られたんでしたね。つらい過去を思い出したのか、鏑木の顔が暗くなった。


「ネックレスとイヤリングには中心に優理絵の誕生石を入れて、指輪にはダイヤモンドと、俺と優理絵の誕生石を入れた物を贈る予定だった…」


 ダイヤの指輪って、それエンゲージリングでしょう?!優理絵様は今年は確実に指輪がくるって思ったから、慌ててきっぱり振ったんじゃないの?そりゃ怖いわ。そりゃ逃げるわ。

 困った…。予想以上だ…。このバカは私の手には負えないかもしれない…。

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