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3年に進級してまだ間もないというのに、修学旅行のためにさっそく生徒会主催のクラス委員会議が入った。瑞鸞学院高等科の修学旅行は、5月にロンドン、パリ、ローマのヨーロッパ3都市の旅だ。
どの都市もだいたい1日目に市内観光、2日目に自由行動、3日目に移動といった、なかなかのハードスケジュール。
なんでこんな時期に修学旅行をぶつけてくるかね~、まったく。新入部員の部活見学もあるから手芸部部長としてはそっちも忙しいってのにさ。会議室へ行く道すがら、私は佐富君と愚痴り合った。
「でもクラス委員を一緒にやるのが吉祥院さんで良かったよ。修学旅行は羽目を外すヤツが出るけど、吉祥院さんの注意ならみんな素直に聞くからね。頼りにしてるよ、吉祥院さん」
と、佐富君に言われたけど、そんなことを言いながら1年の時も佐富君は上手いことクラスをまとめてたんだよね。真面目一辺倒ではないから融通もきくしね。こちらこそ頼りにしていますよ、佐富君。
会議室に行くと、生徒会役員とほかのクラスのクラス委員達が集まっていた。あ、委員長だ。私が目が合った委員長にちょこっと手を振ったら、委員長とその隣に座る美波留ちゃんが笑顔で手を振り返してくれた。
クラス替えで別のクラスになってしまった委員長は、なんと美波留ちゃんと同じクラスになってふたりでクラス委員をやっている。
しかもホワイトデーには私のアドバイス通り遊園地のペアチケットをプレゼントして、見事春休みに岩室君、野々瀬さんと4人で遊びに行ったらしく、新学期早々喜びの報告をされた。
「ありがとう、吉祥院さん!さすが師匠だよ!4人でね、いろんなアトラクションに乗ったんだけど、僕ったらジェットコースターがちょっと苦手だから怖がってたら、本田さんに大丈夫って励まされちゃったりして。もう男なのに恥ずかしいよね~。でも乗ってみたら思ったより怖くなくてさぁ、本田さんの前で醜態を晒すことにならなくて良かったよぉ。1日じゃアトラクションを全部回ることができなかったから、4人でまた来ようねって約束して…」
4人で遊園地とは、世にいうダブルデートというヤツだね。羨ましいっ!グループ交際、まさに青春!私も遊園地でダブルデートをしてみたいっ!
私にさんざん惚気た委員長と岩室君は「お礼を兼ねたお土産」と可愛いお菓子をくれた。ありがとう、おいしかったです。
そんな委員長と美波留ちゃんは今、配られた修学旅行のプリントを見ながら、なにやら楽しそうに話をしている。もしかして修学旅行の自由時間に一緒に回ったりする気かしら。
うぬ、それは少し恋愛を謳歌しすぎではなかろうか。ご利益を与えすぎたか。師匠は恋愛ぼっち村の村長だというのに。一番弟子ならば師匠にもう少し気を使うべきでは…?いやいや、師匠として弟子の幸せを素直に祝福しようではないか。彼らは恋愛謳歌村の村民。我が村との間には深く大きな川が横たわっているのだから…。
今回の会議は各クラスの委員の顔合わせがメインで、修学旅行の班分けや部屋割りなどの説明や、自由時間の注意事項などが話された。班分けや部屋割りは基本クラスごとだけど、自由時間は別のクラスの友達と行動したりする子が多いので、トラブルが起きないように気を付けないといけない。
鏑木や円城のクラスのクラス委員からはすでにうっすら疲労感が漂っている。あのふたりには自由時間に女子が殺到しそうだもんなぁ。頑張れ…。
なので今3年生の生徒達の間での話題といえば、修学旅行の話ばかりだ。
「自由時間はどこを回ります?」
「もちろんパリではお買い物よね。私、日本未発売のバッグが欲しいの」
「私は靴。でもバッグも欲しいわ。どこのお店に行くの?」
「ピカデリーサーカスでミュージカルを見ましょうよ!」
「素敵ね!でしたらオペラ座の怪人がいいわ。昔家族でロンドンに行った時に観たけれど、とっても良かったわ」
「私はレ・ミゼラブルがいいかな」
「重くない…?」
「だったらバレエもいいんじゃない?」
「ローマでオペラも観たいわ!」
う~ん、ミュージカルにバレエにオペラかぁ。私はバレエなら海賊が観たいなぁ。そして切手集めが密かな趣味の私としては、各地できれいな切手を買いたいところだ。ヴァチカンで切手を買って家族や桜ちゃんや葵ちゃん達にエアメールを送ってみようかな。でも手紙より先に私が帰国しちゃうかな?
塾の友達の森山さんは、修学旅行で恋が芽生えて彼氏が出来たらしい。修学旅行でカップル誕生ってよく聞く話だものね。私にも素敵な出会いがあるかも…。
若葉ちゃんは修学旅行はどこを回るのかなぁと思い、電話をしてみた。
「私は断然、大英博物館!猫のミイラが見たい!ロゼッタストーンが見たい!しかも入館料無料!イギリス、なんて太っ腹!あとねぇ、スペイン広場でジェラートが食べたい!」
若葉ちゃんは初の海外旅行に興奮していた。
「残念だけど、スペイン広場での飲食は禁止のはずではないかしら…」
「ええっ?!」
若葉ちゃんはがっかりしていたけれど、近くのお店でスペイン広場を見ながら食べればいいんじゃないかな。
「そうだ!吉祥院さんが先にパスポートを作っておくように教えてくれたから、手続きもスムーズだったよ。ありがとう!」
「どういたしまして」
私が今まで何度か訪れた時の3都市の感想などを話して、若葉ちゃんがそれを熱心に聞いたあと、私は「ところで…」と春休みの図書館通いで勉強ははかどったかと話を向けてみた。
「うん。静かだしね~。集中できて良かったよ」
「そうなの。それは良かったわね。図書館へは毎回ひとりで?」
「だいたいはね。水崎君と一緒に行った時もあったけど。あ、それと鏑木君とも行ったんだ」
「まぁ、鏑木様と?」
「うん。鏑木君からね、図書館に行って一緒に勉強しないかって誘われて。でも鏑木君って普段はあまり図書館で勉強をしないらしいんだ。だから私が前に水崎君に教えてもらって気に入った図書館に一緒に行ったんだよ。そしたらそこに偶然水崎君もいてね、席も空いてたし3人で勉強したんだ」
「ほぉ~」
それは鏑木から聞いた通りの話だね。鏑木が天国から地獄に突き落とされた瞬間だ。
「3人で勉強は楽しかった?」
「楽しかったというか、参考になったかな。水崎君が通っていた春期講習のテキストを見せてもらったり、鏑木君の使っている参考書を教えてもらったり」
これは本当にデートじゃなくて勉強会だったらしい。哀れ、鏑木。
「それより今度、家でホットプレート使って鉄板焼きをやるんだ。吉祥院さんも来ない?」
「えっ?!行く、行く!」
私は高道家の訪問スケジュールを話し合った。鉄板焼き~!