日本電産の永守重信会長が改革の旗を振る京都学園大学(京都市)。2019年度から名前を「京都先端科学大学」に変えるとともに、工学部の新設構想や留学生の全寮制導入など、急ピッチで変身をめざしている。成功のカギを握るのが日本電産グループの全面的なバックアップだ。これまでにない産学連携の形に注目が集まる。(前回の記事は「大学改革も永守流 『京都学園大は10年で私学トップ』」)
■インターンシップ、日本電産の海外拠点で
「まず英語教育に力を入れる」。永守氏がモーターエンジニアの育成と並んで重視するのが、英語を話せる人材の育成だ。中学、高校、大学で学んでいるにもかかわらず、それだけでは世界と渡り合う英語力は身に付かないのが実情で、ビジネス上も大きなハンディとなっている。それを一番肌で感じているのが、グローバル企業である日本電産グループのトップである永守氏自身だ。
英語力不足の原因は「読み書き偏重の英語教育」と見る永守氏は、聞く・話すを授業の中心に据える方針だ。卒業までに英語能力テストの「TOEIC」で一定の点数をとることを義務付け、それに達しない学生は「卒業させない」とまで言い切る。
また、留学生の比率をできるだけ早い時期に50%に引き上げることも検討している。目標を早期に実現するため、米ハーバード大学や米マサチューセッツ工科大学(MIT)、英ケンブリッジ大学など欧米のトップレベルの大学で留学生の募集を担当してきた日本人スタッフを新たに採用し、質の高い留学生を確保していく。留学生比率の引き上げは、ブランドイメージを上げるために掲げた目標である「世界大学ランキング199位入り」にも直接かかわってくるだけに力が入る。
近い将来、留学生の全寮制も導入する。経済的に余裕のない留学生を支援すると同時に、寮での共同生活を通じて日本人学生が英語に触れる機会を増やすのが目的だ。
日本電産グループの資源もフルに動員する考えだ。その一つが、導入を検討している海外でのインターンシップだ。世界43カ国に散らばる日本電産グループの拠点の中から、学生に好きな場所を選ばせ、そこで実務を経験させる。インターンの実績は卒業に必要な単位にも組み入れる方針だ。
■教授陣、実務経験を重視 即戦力育てる
教員として日本電産の役員やエンジニアを送り込むことも決めている。すでに財務担当役員の経験者が、経済経営学部の教授に就任することなどが内定しており、「日本電産グループの総力を挙げて取り組む」(永守氏)構えだ。
このほかの教授陣についても現在、急ピッチで人選を進めている。日本電産の出身者を含め、半分程度を民間企業経験者にする方針だ。工学部の学部長も、現在は国立大学で教授をしているが、もともとは自動車メーカーに在籍していた人物に白羽の矢を立てているという。「ビジネスの実務経験者をできるだけ多く教授に据え、徹底的に即戦力となる教育をする」(永守氏)
就職もグループで手厚くサポートする。すでに17年度の卒業生から数人が日本電産に入社。20年度に新設構想中の工学部電気機械システム工学科でモーター技術を学んだ学生からも、相当数を日本電産で採用する見通しだ。
ただ、日本電産が引き受けただけでは、本当の就職実績にはつながらない。これまではほとんど実績のなかった企業にも学生を送りこむため、「必要なら自らトップセールスに乗り出す」と永守氏は力を込める。
実践重視の教育方針について「職業大学をつくるつもりですか、とよく聞かれる」という永守氏は、反論の意味も込めてこう主張する。
「大学は出たけれど、実務は何もできません、英語も話せません、専門知識もありませんでは、大学でいったい何を学んできたのかということになる。大学進学者が今よりはるかに少なかった数十年前なら、教養中心のカリキュラムにも意義はあったかもしれません。しかし、高校卒業生の半分が大学に進学する現在、大学の役割も大きく変わって当然です。社会に出て即戦力となるような人材を育てることこそ、大学に求められているのではないでしょうか」
■「人生訓、語りたい」 永守氏自ら教壇に
資金を出し、口も出し、自分も出る。これが永守流の大学改革だ。18年の入学式で新理事長として訓話した永守氏だが、「年に何回かは理事長訓話の機会を設け、学生に人生訓を語りたい」と話し、学生との対話に意欲をみせる。こうした姿勢は、自身の学生時代の経験から来ているという。
永守氏は、労働省(現厚生労働省)管轄の職業訓練大学校(現職業能力開発総合大学校)電気科の出身。高校の成績が優秀だったため、国が学費を全額負担する特待生として入学し、首席で卒業した。その職業訓練大学校に当時、初代校長として勤務していたのが、東北大学出身で「歯車の大家」と言われた成瀬政男氏だった。成瀬校長は毎月、学生に訓話を聞かせていた。永守氏は「訓話なんて普通は全然面白くないものですが、成瀬校長の話は非常に面白く、一番ためになる授業でした」と振り返る。
日本電産では6月20日付で、吉本浩之副社長が社長兼最高執行責任者(COO)に就任した。永守氏は代表権のある会長兼最高経営責任者(CEO)として引き続き経営にかかわるが、権限は徐々に吉本氏に委譲していく考えだ。「そうなれば、午前中は会社、午後は大学という生活になり、理事長訓話をカリキュラムに組み込むこともできる。理事長訓話を毎月したら学生は絶対に変わる」と目を輝かせる。
大学改革が軌道に乗ったら、次は社会人を対象とした経営大学院(ビジネススクール)へ――。永守氏は、こんな計画を描く。ビジネススクールでは、永守氏も毎週、授業を受け持つ考えだ。日本電産が研修で使っているテキストなども最大限活用する。「モーターエンジニアだけでなく、優秀な企業家も育てていきたい」と夢は膨らむ一方だ。
■優秀な「変人」育てたい
京都学園大の19年度の入学案内の表紙には「トンガリ人材が世界を変える。」の文字が躍る。新生「京都先端科学大学」の公式キャッチフレーズだ。
トンガリ人材とは何か。永守氏に問うと、即座にこんな答えが返ってきた。「ひと言でいうと変人。僕みたいな人間。世の中にいないやつ」。
日本電産の知名度が今ほど高くなかったころ、就職活動で訪れる学生には変わった人も多かったという。「セーター姿で面接に来る学生もいました。得意なことは何かと聞くとパチンコと答える学生も。興味を持っていろいろ質問すると、成績はよくなかったが、確かにパチンコの知識はすごかった。彼は今、非常に優秀な社員になっています。企業の経営者としてはそういう人物を採用したいし、大学の理事長としてはそういう人材をこれから育てていかなければいけないと思っています」と永守氏。
京都先端科学大学から第2の永守氏が生まれる日も、そう遠くはないかもしれない。
(ライター 猪瀬聖)
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