自衛隊は23万人もの人員を擁する巨大な組織です。最近では、災害派遣や海外PKOでの活躍、安全保障情勢の悪化などを受けて自衛官の存在感は高まりつつあります。防衛予算も毎年増額しており、最新の装備も調達されていますが、もっと本質的な問題があります。それは日本経済全般でも言われている「人手不足」です。
自衛隊は人手不足?
自衛隊は現在約22.7万人の現役自衛官がいます。この他にも予備自衛官や防衛省職員が7万人ほどいますが、今回は現役の自衛官のみにフォーカスします。
まず、自衛隊には「定員」があります。これはどれだけの自衛官を採用できるかの上限であり、逆に言えば「これだけの人数は必要」という目安です。現在、自衛隊全体での定員はおよそ24.7万人です。ここでお気づきでしょう。この時点で現役自衛官の数は定員よりも2万人ほど少ない状況です。実際に入隊している数が定員をどれだけ満たしているかを「充足率」と呼びます。
例えば、100人の定員に対して90人の隊員がいれば、充足率は90%です。上記の数字で照らし合わせると現在の自衛隊全体の充足率は92%ほどです。これだけの数字を見ればそんなに深刻じゃないという印象を抱くと思います。しかし、この充足率の構成が大問題なのです。下に各自衛隊ごとの充足率を記しています。
○各自衛隊の充足率(2017年3月末時点)
例)区分:現役/定員→充足率
・全体:227,339人/247,154人→ 92%
・陸自:138,610人/150,863人 → 91.9%
・海自:42,052人/45,364人→ 92.7%
・航自:43,027人/46,940人 → 91.7%
これだけ見ても「なんだ、全部90%超えてるじゃん」と思うかもしれません。では、今度は各階級ごとの充足率を見ましょう。民間企業で例えるなら、管理職、平社員、アルバイトごとの人手がどれだけ足りているかです。
○階級ごとの充足率
例)区分:現役/定員→充足率
・幹部(士官):42,478人/45,427人 → 93.5%
・准尉(準士官):4,491人/4,954人 → 90.7%
・曹(下士官):137,898人/140,136人 → 98.4%
・士(兵):42,472人/56,637人 → 75%
これを見れば、一番下の「士」の区分が著しく不足しているのが分かります。士は一番現場を担うはずの要員であり、それを層や幹部が統率・指揮します。分かりやすく言うと、士は現場のマンパワーであり、曹は現場監督です。そして、幹部はそれらを管理・統率する管理職です。
なぜ「士」が少ない?
士に関しては、まず充足率がズバ抜けて低い。他の区分が全て9割を超えている中で「士」のみが7割台というのは異常です。これは100人必要な現場を75人で回さないといけない状況です。では、この原因は何なのか?最初に思いつくのは志願者が少ないことでしょう。しかし、防衛白書に基づくデータでは、昨年の自衛隊候補生(士)への入隊希望者数は7,838人の募集に対して28,137人の応募がありました。つまり、全体で3.59倍の倍率です。ちなみに各自衛隊ごとの詳細は以下のようになります。
○各自衛隊の志願者数と倍率(士のみ)
例)区分:応募/募集 → 倍率
全体:28,137人/7,883人 → 3.59倍
陸自:18,018人/5,215人 → 3.46倍
海自:4,389人/987人 → 4.45倍
空自:5,730人/1,636人 → 3.50倍
上記からも分かるように、志願者数は十分足りています。もちろん、自衛隊は公務員なので他の公務員や民間企業との併願なども多数あるでしょうが、それでも3倍以上の倍率を保っています。なお、幹部や曹の倍率はもっと高く、こちらも志願者数は十分確保できています。意外なのは、若者に一番不人気と囁かれている海上自衛隊の倍率が高いことでしょう。
このように、志願者不足が充足率の低さの原因ではないことが分かりました。では、原因は一体何なのか?それは予算不足と言われています。つまり、定員を十分確保するだけの予算が自衛隊には足りていないのです。防衛予算はここ数年増えていますが、新規装備の調達や現役自衛官の人件費で精一杯です。まずは、定員を満たせるだけの予算を与えるべきです。そもそもの定員の数を増やして、採用数も比例して増やす手もありますが、どちらにせよまずは優先的に「士」の充足率を上げなければいけません。
既に自衛隊では「士」の不足によって組織の高齢化が進んでいます。ただでさえ、任務の多様化によって負担が増えているのに、このままでは現場の人手不足が致命的な水準に達します。例えば、海上自衛隊の艦艇では本来200人いるはずのところを170人でのやりくりを強いられているところもあります。必要性の低い部隊を配置転換したり、装備品のコストを削減したりなど対策は色々ありますが、やはりきちんと充足率を満たせるだけの予算を確保するのがベストでしょう。
組織の構成にも問題あり?
「士」の充足率が低いのは志願者数の不足よりも予算不足が主な原因であることが判明しました。しかし、構造的な問題もあるようです。改めて各階級の人数区分を見てください。
○自衛隊の構成(定員)
・全体:247,154人
・幹部(士官):45,427人
・准尉(準士官):4,954人
・曹(下士官):140,136人
・士(兵):56,637人
お気づきでしょうか?元々、「士」の割合が低いのです。準幹部准尉を幹部に含めた比率に換算すると「幹部:曹:士=2:5.7:2.3」となります。本来、軍隊というのは下に行くごとに人数が多くなるピラミッド型になります。しかし、自衛隊の場合は明らかに一番多いはずの「士」の割合が少なく、曹が大多数を占めています。この構成は今に始まったことではなく、昔からそうです。
では、なぜこのような構造なのでしょうか?一つの説として「クリュンパーシステム」を前提にしていることが考えられます。これは有事の際に、大量に一般国民を動員して軍の規模を一気に拡大させるものです。戦時徴兵を前提としており、平時から兵卒を現場で指揮する下士官を多く育成することでいざという時は多数の国民をその下士官の指揮下に入れることができます。
つまり、普段から管理職を多く採用したり、平社員に管理職並みの育成を施すことでいざという時に大量のアルバイトを雇い入れることができます。第一次世界大戦で敗れたドイツ軍がこの制度を取り入れていたことが有名です。ヴェルサイユ条約で陸軍を10万人に抑えられたドイツ軍は下士官に将校並みの、兵卒に下士官並みの教育を行うことで戦時には一気に軍の規模を拡大して、短期間で強力な戦力を作り上げました。
自衛隊が発足したのは1954年ですが、その前身組織は1950年に創設されています。敗戦からまだ5年、すぐ隣で朝鮮戦争が行われており、共産主義勢力の脅威が現実味を帯びていた時期です。そして、アメリカは自衛隊発足の時に当初は定員35万人を要求していました。しかし、志願制だけで35万人を維持するのは難しいと考えた日本は25万人にします。
敗戦から5年という時期はまだまだ国民が「徴兵」という概念に慣れていた頃です。共産主義勢力の脅威が身近であった時期だけに有事の際は国民を徴兵して防衛戦を行うことを念頭に置いていても不思議ではありません。そのため、平時から「曹」を多く採って教育を行うことで、戦争になった時に大量動員をする構想があったと思われます。しかし、その後の時代の変化で「徴兵」という概念が薄れ、軍事的にも非合理的になる中で、当初の構造のみが残ったことは考えられないでしょうか?自衛隊が今もクリュンパーシステムを念頭に置いていることは考えづらいです。発足当初の名残が組織の構造に残ってしまったと考える方が自然ですね。
画像引用元:www.mod.go.jp/gsdf/ (陸上自衛隊HP)
財務省が伝統的に92%前後の予算しか出さないんだよねえ
増税・緊縮が財務省のモットーだから
安倍政権はGDP比2%への道付けを断行すべきであり、
それはある意味9条改正よりも重要事だと思う
次期中期防は勝負所であり、これができるか、
これまでの0.8%増方針から脱せないかが、
安倍政権全体の評価の一番の大きいポイントになるとさえ思う
海自の充足率が上がれば地方も人が増えますね。