漆黒の英雄モモン様は王国の英雄なんです! 【アニメ・小説版オーバーロード二次】 作:疑似ほにょぺにょこ
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「ぐ──か──」
奴──ヤルダバオトの手が私の首をゆっくりと締めあげていく。殺すのは簡単だ、だがそれでは楽しくないだろう。そう言わんばかりにゆっくりと、ゆっくりと力が強くなっていく。悪魔は見た目が強さに比例しないと言われるが、こいつの力は常識を疑う程だ。今まさに握り潰さんとする奴の手と私の首の隙間に指を潜り込ませ、せめて指一本でも外れればと全力で抗うも空しくその指ごと握り潰されていくのだ。
「まったく…弱い。愚鈍。無知。かつ蒙昧。己が力量を理解せず、相手の力量を理解しようともしない。本当に度し難い愚物です。あの英雄たる存在が、こんなモノを傍に置くなど…全く理解できませんね」
「───!───!!」
反論しようにももう気道など針の隙間程もあいてはいない。ヴァンパイアなので呼吸する必要はないが、もうわずかで骨が砕け首が千切れ飛ぶのではないかという激痛が続くせいで意識が朦朧としてくる。
目もかすみ始めている。だがこの耳にはやけにはっきりと奴の声と剣戟の音が聞こえる。まだ諦めるわけにはいかない。すぐ近くでナーベが戦っているのだから。
でも無理だ。力が違いすぎる。なんでコイツはこんなにも強いんだ。私が成す術なく蹂躙されるしかないなんて。
「も──さ──」
「おや?まだ喋る元気がありますか。手加減をしているとはいえ、中々にしぶといですね。流石はヴァンパイアと言うところですか。大方奇跡でも信じているのでしょう?えぇ、わかりますとも──」
奴は私を吊り上げながら大仰に──歌うように喋り始める。
「絶体絶命の危機! それを颯爽と助ける英雄! なんという喜劇か!」
奴が大仰に動くたびに私の身体はまるで子供に振り回される人形の様に大きく揺れる。人形と違うのは、私には骨があるということ。振り回されるたびに首から、背中からミシミシと嫌な音が聞こえてくる。
「ですが、無理です。不可能です! いくら待ったところで奇跡なんて起きるはずがないのです!」
私の顔に近づけたのか、私を近づけたのか──奴の顔は今や視界一杯に広がっている。忌々しい顔だ。なにがそんなに楽しいのか。いや、楽しいのか。悪魔達は生きとし生けるもの達の絶望の怨嗟を最も好むと言われている。なら今まさに奴は心底楽しいのだろう。
「奇跡なんてものは幻<マヤカシ>です。あなた達が希望などと言う存在しないものに縋りつくために作り出した…そう、ただの幻想なんです」
興奮してきたのか、私の首を握り、私を振り回す奴の手の力はさらに強くなっていく。もうすぐ折れるか──いや砕けるか。ラキュースの《レイズデッド/復活》ってヴァンパイアにも効くのかな、などとどうしようもない事が頭に浮かんでくる。
『死にたくない』なんて頭に浮かばない。私は十分に生きた。ここで死に、生き返らずとも悔いはない。
「そう、十重二十重にも弄した策を乗り越え、ここに辿り着くなど不可能!そう、まさしく!あなた達が欲する奇跡でも起きねば!」
──だというのに。なぜ悲しくなるのだろう。なぜ彼の後ろ姿が頭から離れないのだろう。私はヴァンパイアだ。どうあっても交わることなどあり得ないというのに。
「しかし──しかし! 奇跡は起きません。そう、起きないから奇跡と言うのですよ。起こることを夢想し、そして起こらない事に絶望するのです!」
「デミ…ヤルダバオト様、絶好調」
「トテモタノシソウダナ」
「ああいう悪魔的な部分は理解できませんね。あんな大虫<ガガンボ>などさっさと握り潰せばいいでしょう」
シズとエントマを連れて物陰に隠れ、音と衝撃波だけを幻術であちこちに飛ばす。『あれ』はデミウルゴス様に首を絞められているから幻術とは気づいていないはずだ。デミウルゴス様も上手い具合に視線を遮りながら楽しまれている。
「アインズサマニハ、レンラクツイタノカ?」
「えぇ、もう少しで来られるはずよ。至高の御方なのだもの。まさしく絶好のタイミングで来てくれるはずだわ」
「なら問題ない。少し怪我してもらう。痛いけど良い?」
シズが無表情のままにこちらに聞いてくる。無表情だけどこちらを心配してくれているのをはっきりと感じた。
「えぇ、仕事だもの」
だから私は笑みを浮かべる。問題ないと。
「──キタ」
「ガァァ!!」
あぁ──これは死に際が見せた幻想か。
モモン様が間に合い、奴の腕を斬り飛ばし、私を救い出す。そんな陳腐でありふれた喜劇を。
「飲むんだ。少しはましになるだろう」
そう言いながらモモン様は綺麗なビンに入った薬らしきものを私の口に含ませる。喉などとうに潰れて嚥下出来ないのに、その薬はまるで導かれる様に咽る事無く喉を通って行く。
「──りえない。こんなことあり得えない!!」
「あり得ぬことなど何もない。人には奇跡があるのだからな」
どれ程の薬だったのだろうか。ものの数秒と経たぬうちに喉は『コクリ』と唾を嚥下した。喉が治っているのだ。
モモン様は私をそっと降ろし、ヤルダバオトへと視線を向ける。『ギチギチ』と嫌な音を立てながら斬り飛ばしたはずの腕がもう再生を始めていた。なんという非常識な存在なのだろうか。
「奇跡など存在しない!奇跡などというもの──起きるはずがないのですよ!!」
「確かに奇跡は起きない。だがなヤルダバオト」
もう奴に余裕など存在しない。腕は完全に治ったように見えるが、庇うように立つ姿から察するにそう簡単なものではないのだろう。
「数多の努力の上にある必然。その隙間に生まれる小さな偶然。人はそれを──」
だがモモン様はそれを許しはしない。ゆっくりと近づいていた足は駆け足になり、まるで放たれた一本の矢の様に奴に向かっていく。必殺の一撃を以て。
「──奇跡と呼ぶのだよ!」
乾坤一擲。やったか、そう思った。だが奴は尚抵抗する。彼の──モモン様の一撃を手で受け止めたのだ。しかもただの手ではない。黒い炎に包まれた手で。
「我が剣を溶かすか!!」
「まさか奥の手を使わされるとは思いもよりませんでしたよ。これは地獄の炎。結界に使っているものとは別物です」
受け止めた手で彼の剣を握った途端、ドロリと剣が溶け始める。どれ程の熱量なのだろうか。
「炎に完全なる耐性があったとしても防ぐことなど出来はしません」
「ちぃ!!」
中ほどまで溶かされた瞬間、彼はその剣を捨て大きく後ろに飛んだ。彼が捨てた剣は黒い炎──地獄の炎によってドロドロに溶け続けている。剣にすら燃え移る黒き炎。対処の仕様がない。
私には、と付くが。
「防げぬのならば消せば良し。凍牙の苦痛<フロスト・ペイン>・改!──氷結爆散<アイシーバースト>!!」
確かに燃える炎を防ぐより消す方が簡単だろう。だからといって地獄の炎を消せるのか。そんな疑問はどこへやら。モモン様が取りだしたのは、まるで氷で出来たような三又状のナイフ。それを使ったのだ。するとまるで猛吹雪のような──実際はもっと凄まじいものなのだろう──ものがそのナイフから呼び出され、瞬く間にヤルダバオトを包み込んだのだ。
するとどうだろうか。一瞬でかき消されたために奴にダメージが入った感じはないが、奴の纏っていた地獄の炎が消えてしまったのだ。
「全く痛恨の極みですね。今回の切り札をあっさりと防がれ、しかも目的であるマジックアイテムまで手に入れることが出来ないとは!」
まるでその言葉が皮切りとばかりに周囲の気配が一気に増す。それは悪魔ではなどでは無く──
「ラキュース!?」
そう、皆が駆け付けたのだ。皆大小の傷はあるものの、まだ戦えるとばかりにヤルダバオトに向けて武器を構えている。だが圧倒的な個の力の前ではあまりにも無勢というもの。それを理解しているのだろう。ラキュース達はヤルダバオト等を囲むものの突撃するような愚は犯さないでくれている。
「いやはや──随分と観客が増えてきましたね」
それが正解だと言わんばかりに奴の視線はモモン様にしか向けていない。私も雑魚とすら思われていないのだ。
あと少し、あと一歩。いや、もう勝負はついたのか。奴の言葉から察するに、他の冒険者がマジックアイテムを見つけ出し確保したのだろう。
「仕方ありませんね、そろそろお暇させて頂きましょうか」
「逃がすと思うか!」
虚勢だ。頭に『モモン様がお前を──』と付く。ここで奴を倒さねば、また力をつけてやってくるに違いないのだから。
だがそんな思いは浅はかなのだろうか。モモン様は私を手で押し止めた。
「本当に度し難いですね。これだけ『人質』が来てくれたのですよ? 無償<タダ>で解放してさしあげると言っているのです」
「ぐっ──」
周囲に居る冒険者等は私よりも弱いと看破したのだろう。脳裏にガガーラン達の倒れる姿が浮かんでくる。
そう、ここに居る者達を殺さないから見逃せ、そうモモン様に言っていたのだ。私達など所詮彼の足かせでしかなかったのか。いや違う。皆が力を合わせたからこそこの結界の外に悪魔を出すことなく、そしてマジックアイテムを奪われることも無く終わることが出来るのだ。
「ヤルダバオト、貴様に伝言だ」
「ふむ、私にですか?」
え、伝言? モモン様は何時の間に、誰に言付けられたのだろうか。
「ナザリック地下大墳墓が主。アインズ・ウール・ゴウンよりの伝言だ、貴様へのな」
「おやおや、貴方を差し置いてナザリックの主を名乗っているのですか『アレ』は」
周囲からどよめきが走る。
アインズ・ウール・ゴウン。実しやかに囁かれる名だ。
曰く。帝国兵に扮した兵士を強力なアンデッドを用いて撃退した。
曰く。かのガゼフ・ストロノーフですら勝てなかった法国の扱う天使を瞬く間に倒した。
強力な魔法を扱うマジックキャスター。かのバハルス帝国の主席宮廷魔術師であるフールーダ・パラダインに勝るとも劣らない強力な存在。
「私の所有物を好き勝手に使い、楽しいことをしているようだな。随分と隠れるのが上手かった貴様が表舞台に立ったのだ。死ぬ覚悟が出来た、そうとっても良いという事だろう。なれば、次に会う時には我が所有物を奪った罪、我が所有物を好き勝手に使った罪。その身に刻んでやろう」
その正体知れぬ化け物が、モモン様の言葉によってさらに不気味なものに作り上げられていく。
不遜にして傲慢。まさしく独尊。己が全ての支配者であると言って憚らぬ凄まじいもの。
それはただの強いマジックキャスターなどではない。
「怯え哀願するか。震え逃げ惑うか。そのようなつまらん事をしないで貰いたい。全力で策を弄するがいい。全力で立ち向かってくるがいい」
「ククッ──」
悪魔を倒すのは英雄か、勇者か。だが『それ』は違う。皆の頭に浮かぶのは光の元に立つ存在ではない。
「それらを須らく叩き潰し、蹂躙してやろう。覚悟せよ。絶望せよ。貴様が唾を吐いた相手がどんな存在であるか。貴様の死を以て教えてやろう」
「クハハッ──」
そう、それはまさしく──
「この、アインズ・ウール・ゴウンの名の下に──」
「クハッ!クハハハハハハッ!!!」
魔王、そう呼ぶに相応しかった。
それを聞いていた奴はまるで新しい玩具を手に入れた子供のような喜びようだった。全身を震わせながら笑う声は、まるで拡声器であるかのように周囲の空気を突き破らんほどに強く震わせる。
「あぁ素晴らしい! 今日は良い日だ! 漆黒の英雄モモンよ、伝言感謝しますよ!」
嬉々とした表情で、まるで叫ぶように──まるで雄叫びを上げるように。恐らく今の姿こそが奴の本性なのだろう。悪魔の悪魔たる姿。まさしく聖書に載る悪魔そのものなのだ。
「それでは急いで準備しないといけませんね。不備が無いよう、このヤルダバオト。全力でやらせて頂きますよ。クハハ──クハハハハハ!!」
強大な翼をはためかせ、空へと昇っていく。まるで朝日に熔けていくように、奴の姿は見えなくなっていた。
あぁそう朝日だ。そうか、と合点がいった。朝日が昇った瞬間にあの炎の結界が消え去ったのだ。恐らく夜の間にしか使えないのだろう。だから奴は早々に切り上げたわけだ。
「モモン様ぁー!やったー!勝ったー!流石はモモン様だぁー!!」
私は弾かれたように彼に飛びついた。彼の首に腕を回すが身長差がありすぎるためにぶら下がっているようにしか見えないだろう。だがそれでも良い。倒す事は出来なかったが撃退出来たのだ。奴の目的も潰す事が出来たのだ。
「いや、離れてくれませんか?」
「もー、そんなに照れなくても良いじゃないですかぁ」
生きていた。生き残れたことがこんなにも嬉しいと感じたのは初めてかもしれない。それは彼に助けられたからなのだろうか。
モモン様は『仕方ないな』と小さく呟きながら私を抱きしめ、そっと地面へと降ろしてくれた。周囲の目もある。これ以上はやめた方が良いということか。
「さぁモモン様、皆へ勝利を」
「いや、私は──」
あれだけの大立ち回りをしたのにここで照れるなんて…乙女心を掴むのが上手いですねモモン様っ
「これは最も武功を挙げた者がするべきことなんですよ。さ、早く」
「あ、あぁ…」
相当テンパッているのか、ヘルメットの上からポリポリと頭をかきながら一歩二歩と皆の前へ歩み出る。可愛い、モモン様。
しかしそこは一流──否、超一流。グダグダした雰囲気は払拭され、いつものキリッとした雰囲気を纏われる。格好いい、モモン様。
「皆の者、我らの勝利だ。勝鬨を上げよ!!」
「うぉおおおおおおお!!!!!」
剣を上げ叫ぶモモン様に釣られ、皆が雄叫び──勝鬨をを上げる。そして口々に称える。モモンと言う、このリ・エスティーゼ王国の救国の英雄を。漆黒の英雄を。
こうして、長い──本当に長いリ・エスティーゼ王国の騒動は幕を閉じたのだった。
「いや素晴らしい! 実に素晴らしい!! あの御方はどれほど私の予想を上回れば気が済むというのでしょうか!!」
できればこの想いを歌にしてアインズ様に聞かせてさしあげたい。しかし今は出来ない。アインズ様より次なる指令を頂いたのだ。今度は直接アインズ様が来られる。それを全力を以て歓待せよとおっしゃったのだ。ならば、至高の方々に作られた存在が行うべきことはただ一つ。己が全力を以て事に当たり、僅かでも御方の思いに報わねばならない。
「これから忙しくなりますよ。あぁ、アインズ様!至高の御君!きっと貴方様の望みに沿うものを用意させて頂きましょう!!」
そう言いながら足早に森を歩いていく。大きな声を出していたのはただ歓喜していたからではない。周囲に感じる気配に思わず口角が上がってしまう。
「さぁ準備するとしましょう。最高の第二ステージを!」