漆黒の英雄モモン様は王国の英雄なんです! 【アニメ・小説版オーバーロード二次】 作:疑似ほにょぺにょこ
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「モモン様は一体どこに──ここじゃない──こっちにも──あれはっ!?」
《フライ/飛行》で高速移動しながら周囲を探索するも、見つけるのは悪魔たちだけでモモン様を見つけることは出来ない。大広場の方かと向かうも戦闘したであろう跡しかなかった。
見逃したのかもしれない、と後ろを振り向いた時だった。何者かが吹き飛ばされるのが見えたのだ。姿は一瞬だったが、鎧を着ている風では無かった。そしてあの束ねた黒く長い髪。モモン様の相方──ナーベだったか──彼女のようだ。
しかし驚きは隠しようもない。彼女は強い。それは十分に理解している。その彼女が成す術なく吹き飛ばされる?ありえない。そう、ありえないと思うが先ほど戦ったあの蟲のメイドの強さ、そしてモモン様が探しているヤルダバオト。そのどちらかとすれば十分あり得る話なのだ。だが、あれは違う。
「おい、大丈夫か!」
「ちっ──」
なぜ助けに来たのに舌打ちされなければならないのだろうか。まず間違いなく、期待した相手──モモン様──ではなかったからなのだろうが、それでもそこまであからさまにされる謂れはないと思うのに。置き上がりながらもしっかりとこちらを睨み──流石に一瞬だが──つけてくる。異形──ヴァンパイアとして嫌悪されることはあるものの、彼女のそれは違うような気がする。
悠々とこちらに近づいてくるのはやはりメイド姿。顔に付けている仮面はヤルダバオトのものと同じとすれば、仲間──メイドらしく従者か──なのだろう。とすれば人間である可能性は高い。身長は私と同じくらいか少し小さいか。しかし小柄な身体には似つかわしくない金属の防具らしきものを手足に身に着けている。手に持っているのは何だ。先端が細いが尖っているわけでもなく、鈍器にしては形が歪だ。恐らくは私の知らない武器──特殊武器なのだろう。
「私はヤルダバオト様のメイド、シーゼット。初めまして、さようなら」
「そう簡単にやられるつもりはない!」
やられた。流石にヤルダバオトの味方は一人ではないと思っていたが、まさかあの蟲メイドと同等以上であるだろうモノが居るとは思わなかった。まず間違いなくあの蟲メイドも近くに居るはずだ。
周囲を警戒しながら相手を睨みつけると、手に持った武器の先端をこちらに向けてくる。とすれば、何かを射出する──例えばボウガンのような武器なのだろうか。油断なくこちらを見ている風でもない。明らかにこちらを舐めきっている。それが一番の印象だった。ならばこちらに分がある。
「では、行くぞ!」
「あ、あれは魂喰の悪魔<オーバーイーティング>2体に朱眼の悪魔<ゲイザーデビル>3体!? む、無理だぁ!!」
「臆すな!決して一人で戦わず、陣形を整えて複数人で押し続けなさい!」
中位、上位の悪魔たちが現れてミスリル級以下の冒険者たちが浮足立っていく。地獄の猟犬<ヘル・ハウンド>だけなら良かったものの、今では上級地獄の猟犬<グレーター・ヘル・ハウンド>や極小悪魔の群集体<デーモンスオーム>の数が増えて行っており、シルバー級冒険者達では持たなくなってきている。プラチナ級ですら魂喰の悪魔<オーバーイーティング>の出現の所為で絶望の色が濃くなってきていた。
「はぁっ! 暗黒刃超弩級衝撃波<ダークブレードメガインパクト>!!」
まるでパーティを組んでいるかのような動きで攻撃してくる悪魔たちに必殺の一撃を放つ。やはりヤルダバオトのような強大な悪魔が居るだけでそれだけ違うのだろうか。必殺の一撃ではあるものの必中とはいかなかったようだ。地獄の猟犬<ヘル・ハウンド>や上級地獄の猟犬<グレーター・ヘル・ハウンド>の大半は巻き込めたものの、魂喰の悪魔<オーバーイーティング>らの上位悪魔達には傷一つついていない。上手く地獄の猟犬<ヘル・ハウンド>達を壁にしたのだろう。
そして下位・中位の悪魔は簡単に補充できるとばかりにどこからともなく地獄の猟犬<ヘル・ハウンド>たちが現れ、上位悪魔達の前に守る様に立ち塞がった。
「数が…多すぎる…それに悪魔たちの強さも上がっている!?」
「ラ、ラキュース様!後ろにも上位悪魔が!!」
弾かれるように後ろを振り向く。魂喰の悪魔<オーバーイーティング>が冒険者達を喰らおうとしているのが見えた。武技を撃ったばかりで身体が重い。助けられない。そう思ったときだった。
「この程度か。つまらん相手だな」
正に救世主の登場と言うべき姿だった。冒険者を喰らおうとした瞬間、悪魔は黒い塵になって散っていく。食べられようとした冒険者も悪魔の体液塗れになってはいたものの身体に異常はないようだ。魂喰の悪魔<オーバーイーティング>の周囲に居た上位地獄の猟犬<グレーター・ヘル・ハウンド>達も同じく塵となって消えていく。なんという強さだ。圧倒的と言うべきだろう。正面に居た悪魔達も彼の強さに驚いたのだろうか。無尽蔵に突っ込んで来ていた動きが止まり、こちらにも分かる程に動揺している。
「モモン殿!助勢助かります。しかしあなたはヤルダバオトと戦っているのでは…?」
「奴はこのエリアのどこかにあるアイテムを探すため、逃げ回っているようで。悪魔の数の多い場所に居ると思ったのですが、居ないようですね」
アイテム──そういえばイビルアイが『ヤルダバオトはマジックアイテムを探している』と言っていた。確かにそういうものを探しているのであれば悠長に戦闘を続けることはなく、アイテムを探して回っているという事なのだろう。
つまりは、そのアイテムの奪取こそが今回の作戦で最も大事な事、というわけだ。しかしあれだけ強大な悪魔が探すアイテムがこのエ・ランテル王国に持ち込まれたということになる。そこまでの事が…まさか…っ!?
「まさか、そのマジックアイテムをこの国に持ち込んだのは…八本指…?」
「えぇ、第十位階魔法《アーマゲドン・イビル/最終戦争・悪》が3つ同時に発動するマジックアイテムです。私がこの王都に来た理由は、それをいち早く見つけ出すためだったですが…」
「だ──第十位階魔法!? 神話にすら滅多に出ないものじゃないの!それが3つ同時になんて…」
まさかそれほどのアイテムを探しているとは──あれだけの大悪魔が必死になるのであればそれなりのものだとは思っていたけど…
「モモン殿、それはどのような効果なのでしょうか…?」
「《アーマゲドン・イビル/最終戦争・悪》ですか?悪魔の軍勢を大量に召喚する魔法ですよ」
「あ、悪魔を大量に召喚!?」
「まぁ…大量とはいえさほど強いものを召喚できるわけではないですが。大体はさらなる強大なスキルや魔法を発動するための生贄に使われるものですね」
「あ、悪魔を生贄…」
頭がくらりと揺れる。眩暈が止まらない。世界を亡ぼしし得る魔法を3つ発動するだけに留まらず、まさかそれを生贄にしてさらに強大なスキルや魔法を使おうとするなんて…ヤルダバオトは正しく世界を亡ぼすために動いているというの…?だから彼は悠長に会議に出席する暇などないと、連れとたった二人でヤルダバオトに挑んだということ。
なんと凄まじい。先を見据え、この国だけではなく世界を救おうというのか、モモン殿は。同じアダマンタイト級冒険者だということが恥ずかしくなってくる。彼の瞳にはどれだけの広い世界が見えているのか。
「ラキュースさんは信仰系マジックキャスターでしたね。これを」
「…これは、マジックスクロールですか?」
渡されたのは一つのマジックスクロール。でも持った感じが普通のモノとは違う。感じからするとかなり高位の魔法が込められている気がするけれど。
「これは信仰系第六位階魔法《マキシマイズ・ワイデンマジック・ヒール/魔法強大化・魔法範囲拡大化・大治癒》が込められています。これならば周囲の──」
「だ、だだだ第六位階魔法!!しかも魔法強化が2種も!?こんな貴重なものを使わせて貰うわけにはいきません!」
一体どこでこんな凄まじいものを手に入れたというのか。《ヒール/大治癒》といえば肉体の欠損すらも治すだけに留まらず、ありとあらゆる状態異常すらも回復すると言われる伝説の魔法のはず。そもそも第六位階魔法を扱える信仰系マジックキャスターなど聞いたことがない。どれほど昔のものなのだろうか。
「貴重なのは確かですが、私も早くデミ…デーモンを見つけに行きたいので、戦線を維持するためにも使う方が良いでしょう。それに…」
私に押し付けるようにスクロールを渡してくる。有無を言わさぬ強い意志が感じられる。
「それに、どんな貴重なアイテムでも──人の命には代えられないでしょう?」
「モモンさま…」
フルフェイスヘルメットのために顔は見えないはずなのに、彼の優しい笑みが見えた気がした。そして渡されたスクロールから彼の温もりが私に伝わってくる気がした。気がするだけなのに、それが本当だと思えるのは彼の高貴といえる行動のためなのだろう。
上に立つものたりえるその行動。あくまで冒険者内の噂程度だったが──彼は実は貴族の庶子である。どこかの国の王子である──そういった根も葉もないただの噂。だというのに、彼と実際相対したら、それが本当にただの噂なのか、実は本当なのではないのかと思えてしまう。
(イビルアイが惚れるのも無理ない気がするわ)
彼女が惚れて居なければ──私が先に彼と会っていたら、一体どうなっていたのだろう。この胸にある熱さはどうなったのだろう。でも私は貴族、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ。ただの冒険者を──いや、そんなのは言い訳か。
彼に惚れたとして、イビルアイの様に想いを伝えられる気がしない。そんな勇気、あるわけがない。
「では、使わせて頂きます。《マキシマイズ・ワイデンマジック・ヒール/魔法強大化・魔法範囲拡大化・大治癒》!」
スクロールから眩しいほどの光が周囲を照らしていく。周囲からは驚きの声が上がっていた。まるで時が巻き戻っているかのように皆の傷がみるみる治っていく。手と足を失った者達もまるで夢でも見ているのかと思う程に物凄い勢いで『生えて』来ていた。凄まじいの一言である。これが第六位位階魔法。しかも魔法の強化を行うスキルが込められていたなんて。
まるでもう勝利したかのような歓声が周囲から上がっている。絶望一色に染められていた戦線が目に見えて分かるほど一気に回復していた。
「す、すごい…これが第六位階魔法…なのね…」
「これでこの戦線は大丈夫…む…」
何かあったのだろうか。彼は右手を耳の辺りに当てて小声で話して──恐らく《メッセージ/伝言》だろう──いる。
「──了解した。ラキュースさん、ナーベ──仲間がヤルダバオトを見つけたようです。急いでそちらへ向かおうと思います」
「は、はい。頑張ってください」
ばさりと赤いマントをはためかせ、私に背中を見せる。
なんと大きな背中か。なんと圧倒的な安心感。彼の背中にいれるならば、どんな難敵と相対したとしても勝てる気がする。イビルアイはこの背中を見たのわけだ。これは女なら惚れる。惚れてしまう。
「では…民を頼みます」
「っ!──はい!!」
あぁ、なんという高貴さか。なんという気高さか。まず何よりも民の事を考えているなんて…
彼が走って行ったのが見えたのだろう。明らかに周囲の意気が下がっていくのが分かる。
「皆、何をしているの!彼は私達に民を守るように言ったのよ!ヤルダバオトを倒す事に、世界を亡ぼすであろうマジックアイテムを探す事に集中するために!」
『そうだ』『やるぞ』という声が上がってくる。何とか鼓舞は成功したようだ。そうだ、まだやれる。あんな貴重なアイテムを使わせてもらったのに『出来ませんでした』なんて言うわけにはいかない。
何が何でもやりとげなければならない。でなければ罪もない民を見殺しにすることになる。
「その通り!」
「あ、貴方は…ガゼフ──ガゼフ・ストロノーフ様!それに──陛下まで!?」
突然後ろから聞こえてきた声。そこに居たのは王城を守っていたはずのガゼフ様率いる王国戦士団だった。しかも中央には馬に乗り、鎧に身を包んだ陛下──ランポッサ三世までも。
「陛下はおっしゃった──お前たちが守っているのは城なのかと。我々は否と答えた。我らが守るのは城ではない。陛下であると!」
だからといって陛下をこんな戦地に連れだすなんて…例え陛下自身がおっしゃったとしてもそれを止めるのが近衛騎士ではないのか。
「なれば陛下が向かう地が──こここそが我らの戦う地である! 皆の者、吶喊!」
でも王国戦士団が来てくれたお蔭で一気に戦線を押し返せるようになったのは確かだった。
「武技:六光連斬!!」
現れた巨大な悪魔をガゼフ様は武技で一気に屠る。皆の意気も十分だ。まだだ。まだいける。
(頑張ってください、モモン様…!)
一秒でも長く戦線を維持させる。民を守るために。彼が後顧の憂いなくヤルダバオトと戦い、倒して貰うために。
そう、祈らずには居られなかった。