漆黒の英雄モモン様は王国の英雄なんです! 【アニメ・小説版オーバーロード二次】 作:疑似ほにょぺにょこ
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町の間を縫うように走っていく。モモンとかいう冒険者が齎した通り、ゲヘナとかいう炎の壁の中には悪魔たちが犇めき合っていた。走りながら後ろをちらりと見ると、プレートメイルに包まれた男──というにはまだ早いか──クライム君が追従している。ロックマイアーは見えないが、周囲を警戒しながら追従していくれているはずだ。
目指すは倉庫区中央付近にある住民が捕らえられているであろう倉庫。王女付きの騎士であるクライム君が選ばれるには少々酷な位置にあると言いたいが、その王女であるラナー殿下が直に決められた事なので誰も口を挟まなかった。かなり大切にされているという話だったが…何か裏があるのかもしれない。
(とはいえ、好きあってる風の二人の話だ。突くだけ野暮だろう)
脳裏に、先ほど見つめ合って微笑み合う二人の光景が浮かんだ。信じ切っている男女のそれ。とすれば…
(わざと危険な場所に行かせて功績を積ませる腹積もりか、大方その辺りだろうな)
危険と言うならこの炎の壁の内部は全て危険だ。どこに敵がいるか分かったモノではない。今のところ上手く避けられては居るものの、一度敵と会えば──この人数だ。さほど時間がかかることなく数で牽き殺されてしまうだろう。
(たしか地図ではこの先の…あれは!?)
目的地までの最後の曲がり角を曲がった時だった。目標としていた倉庫の屋根の上に奴を見つけた。見つけてしまったのだ。
「止まれ!」
小さな声で静止を促す。二人は奴にまだ気づいていないのだろう、不思議そうな顔でこちらを見ていた。
「奴が──シャルティア・ブラッドフォールンが居る。お前たちは先に行け。俺は後から…なっ!?」
足止めしている間にクライム君たちを先に行かせようとした時だった。
気合一閃。
まるですぐ近くでやっているかのような強烈な剣戟音と共に来る衝撃波。一流の一流たるその気迫。あれが、イビルアイという冒険者が言っていた、ヤルダバオトを追っているモモンという男か。
己が全力を乗せた一撃では小指の爪を折ることすら出来なかったというのに…
「あれが…真の実力者ってヤツか…」
ただの一撃で、あの化け物を吹き飛ばしてしまったのだ。
「い、一体何が起きたんですか!? あの黒い鎧の人は、いったい…」
「恐らく彼が話に出たモモンという冒険者だろう。凄まじい一撃だ…セバス様とどちらが強いかな…」
しかし彼はなぜここに居るのだろうか。ヤルダバオトは一体どこへ行ったというのか。その疑問の答えを持つ当の本人はこちらに気付きつつもこちらに向くことなく、奴が吹き飛んでいった瓦礫の方を見つめている。
「すまない、俺の名はブレイン・アングラウス。君は漆黒の英雄と言われるモモン殿で良いのかな」
「あぁ、私はアダマンタイト級冒険者のモモンだ。こちらで…そうか、そこの倉庫に囚われている市民を助けに来たのだ…な!」
俺が彼に話しかけるのを待っていたのだろうか。瓦礫の中から赤い何か──早すぎて『何か』としか言いようがない──が飛び出て、彼に突撃していた。しかし油断なくそれを彼は打ち返す。構える事無く、まるでハエでも追い払うように無造作に。
打ち払われ、空中に待った瞬間にそれがシャルティア・ブラッドフォールンであることをやっと頭が認識してくれる。しかも俺が恐怖に取り付かれてしまった奴の本性の方の姿だった。
「圧倒的じゃないか…」
奴が突っ込み、彼に吹き飛ばされる。まるで滑稽な喜劇でも見ているようだ。正しく、あの時の俺と奴の真逆の姿と言える。こうやって第三者の視点で見たあの時の俺は、きっと今の様にとても滑稽に映ったのだろうな、と思わず笑みを浮かべてしまう。
そして、これほどの強さを持つ者が、このリ・エスティーゼ王国に居た事に少なからず驚きを隠せなかった。
しかし解せない。なぜ彼はここまでの力を持ちながら奴を倒さないのか。今彼がやっているのは『倒す』というよりまるで『遊んでいる』というのが当てはまるほどに。
「冒険者モモン!なぜそいつを倒さない!」
「倒されては困るからだよ」
突然後ろからの声に弾かれる様に振り返る。そこに居たのは奇妙な赤い仮面と、まるで何かの骨で作ったような、しかし決して安くないであろうローブに身を包んだ大男だった。
何時からいたのだろうか。何者だろうか。なにより、なぜ奴は今領域の中に居るはずなのに気配が読めなかった。
「何者だ…アンタ…」
「私の名はアインズ・ウール・ゴウン! 君はブレイン・アングラウス。そして、クライム…だったかな」
まるで確認するように奴──アインズ・ウール・ゴウンは俺達を指さしながら名前を呼んだ。
アインズ・ウール・ゴウン。どこかで聞いた気がするが…
「もしや、貴方様は──先日カルネ村でガゼフ様──ガゼフ・ストロノーフ様を助けてくださった方ではありませんか?」
「…そういえば、ガゼフが言っていたな。強力な力を持つマジックキャスターに会ったと」
なるほどとと合点が行った。この奇妙極まりない出で立ちもマジックキャスターならば、マジックアイテムか何かの意味がある服なのだろう。確かに奴も奇妙な恰好だったと言っていたはずだ。
だがそれよりも、なぜ俺達を知っている?そう疑問に思うが、すぐに融解してしまう。
「私の執事のセバスが世話になったようだな」
「アンタが──いや、貴方様があのセバス様の主人だったのですか」
俺が突然口調を変えたことに違和感を感じたのだろうか、『ふむ』と言いながら手を顎にやる。簡単な仕草だというのにどこか気品を感じるのは、やはり彼は貴族かそれに類するものということなのだろう。
「それで──アインズ・ウール・ゴウン様は、どうしてこちらに…?」
「用事だ──もう終わった」
余程凄い人だとガゼフから言い聞かせられたのだろう、クライム君は一切警戒すること無く彼に近づいていく。まぁ敵かどうかという話であれば、間違いなく敵ではないだろう。だがそれはイコール味方なのかと言えば、そうではない場合もある。ゆえに無思慮に近づくのはあまりいい選択とは言えないのだ。特に貴族は親しくない者に近づかれるのを嫌う者も居るからな。
そんな俺の心配などどこ吹く風か。彼は大仰にマントをはためかせ俺達から離れ──恐らく彼が来た道を帰って行く。だが、見えたのだ。彼の腕の中に奴が──
「アインズ・ウール・ゴウン殿! それをどうするつもりですか!」
「『それ』とは乱暴だな、ブレイン・アングラウス。彼女は私の妻だ。ヤルダバオト等と言う小童に、呪わしくも奪われた薄幸なる私の姫を迎えに来たのだよ。理解したかね?」
一瞬だけ彼の歩みは止まり、そう言った。妻だと。ヴァンパイアの妻?どういうことだ。その疑問に答えてくれるものは居ない。言葉通りに受け止めるなら、セバス様の主人であるアインズ・ウール・ゴウンの妻は、あの狂った化け物──シャルティア・ブラッドフォールンだということになる。しかも彼は言っていた。『ヤルダバオトに連れ去られた』と。だとすれば、俺と戦っていた時は洗脳されていたのか…?
謎が謎を呼び、頭が疑問に埋め尽くされる間も無く、彼は『また会おう』と一言残し消えて──恐らく転移系の魔法だろう──行った。
屋根の方を見るも既にモモンの姿はない。ヤルダバオトを探しに行ったのか。しかしそれよりも…
「アインズ・ウール・ゴウンと冒険者モモンは知り合い…なのか…?」
俺の疑問は尽きない。クライム君に促されるまで俺はその場を動けず、疑問と言う名の思考の海に飲まれるしかなかった。
「何とか善戦しているようだな」
蒼の薔薇のリーダー──ラキュースが中心となって、下位から中位にかけての冒険者達に采配を送っている。そのため大した混乱もなく進められているようだ。これならばモモン様を追いかけても大丈夫だろう。
「なんだい、恋する乙女ちゃんはまだこんなところに居たのかい」
「ガガーラン! それに、ティナも!!」
呼ばれ振り返った先に居たのは、ほんの数時間前まで死んでいたあの二人だった。まだ生き返ったばかりでまともに力も出ないだろうに。
「超一流の戦士になる予定の良いオンナが来てやったぜ」
「超一流の忍者になる予定のも居る」
「ありがとう…ふたりとも…」
今は彼女たちの軽口が頼もしい。今は一人でも人手が欲しいのだ。
『ドン』と背中を叩かれる。今までとは比べるべくもなく弱々しいものだが、それは何よりも私に力を与えてくれる。
「行ってきな。後悔しないために」
「あぁ!!」
ラキュースを横目で見れば、こちらを見ながら微笑んでいた。声は聞こえない。だけれど彼女の声が聞こえた。『行ってきなさい』という声が。
「皆、頼む!」
「あぁ、任せとけ!」
全身のバネを使って一気に飛び上がり《フライ/飛行》を使って飛んで行く。真っ直ぐに。愛する者の元へと。
「ったく、良い顔するようになったな」
「今までの仏頂面が嘘のよう」
嬉しそうに飛んで行ったイビルアイの方を見ながら軽くため息をつく。出会ってから一度も見たことのない顔だった。ヴァンパイアでも恋をするということなのか。
「彼女が私たちの未来だとしたら、どう思う?」
「あ?そりゃどういう意味だ?」
采配が終わったのだろう。ラキュースがアタシの隣に来ていた。あれが?アタシの未来?
「アタシがあんな風になるってのかい?」
「プッ…そうじゃないわよ」
余程面白かったのか、声は出さないものの身体を震わせている。ラキュースもこんな風に笑う子じゃなかったはずだ。
「──変わる──って、言いたいのかい?」
「そうよ。変わるの。私も、あなたも。もちろん皆も。その時、人は人とだけ恋をするのかしら。他の種族と恋をしたりするかもしれない」
「だからヴァンパイアが恋してもおかしくないってのかい」
余程急いだのだろう、イビルアイの姿はもう見えない。
ラキュースの言っていることはよく分からない。ただ好きになるやつは好きになる。それだけじゃないのか。
あいつに惚れた男が出来た。それだけだ。あぁ、そうか。
「あいつが──イビルアイが仮面を付けなくても良い日が来るかもしれねえって、そういうことか」
「えぇ。いつか──」
そんな日が来るのかは分からない。ただ分かっていることは一つだけだ。
「ま、とりあえずだ。イビルアイを泣かせたら、あのモモンとかいう奴をしこたま殴る」
「ぷっ…くすくす…うん、それで良いと思うわ」
笑うラキュースにつられてアタシも笑みを浮かべる。あぁ、そうだ。アイツが仮面を被らずそのままで笑える日が来るなら、それはとても良いかもしれないな。と思いながら。