仕事が入っていない限り、毎日面会時間一杯病室にいる。これが結構疲れる。車で通っているので生き返りの車の運転が危なくなってきた。「生き返り」が誤変換だと気づくまでしばらくかかるくらい疲れている。
夫が横たわるベッドの横で「わたしもそこに寝たい」と思い続けている。ときどきベッドの端っこに無理やり入り込んで数分横になることがあるが、もちろんそう長くはいられない。恥も外聞もなく床にヨガマットか何か敷いて、寝たい。しかしベッド周りは機器がいっぱいで椅子を一つ置くのがやっとというスペースしかない。
道々「整体」「マッサージ」「鍼灸」という看板が目につく。スマホを眺めれば行き帰りに開いている店はないかとつい検索する。しかし家事をして、仕事をして、食事も後回しにして病室へいき、20時過ぎにふらふらしながら病院を出て、まっすぐ家に向かっても帰宅するのは21時過ぎ。頭が上手く働かないので、駐車場に車を入れるのに何度も何度も切り替えす。この状態で知らない店にふらりと立ち寄る時間が厳しい。そして整体、マッサージ、鍼灸院はけしてお安くはないのに当たりはずれが大きい。
一昨日、いよいよふらふらするので通院途中に飛び込みで整体に入り、その日は病院へ行かずに家に帰った。*1うら若い男性整体師は勉強熱心で誠実さが感じられた。しかし技術はまだまだで、整体に入る前と出てきた後の身体の調子はほとんど変わらなかった。加えて整体院は冷房で冷え切っており、寒いと申し出て温度を上げてもらったが、店の外の太陽がありがたいくらいだった。一時間が過ぎ、身体は凍え、財布だけが軽くなった。
昨日は一週間の疲れが溜まって「誰か家に来て身体を揉んでくれたらいいのになあ!」という気持ちがピークに達した。コンビニで支払いを済ませながらコンビニには話し相手は置いていないのだとふと思った。人と話がしたい、とも思った。帰ったら持ち帰った汚れ物を洗濯して、取り込んだ洗濯物を畳んで仕舞って、部屋を片付けなければいけない。仕事の事務処理もある。でもとても頭がまわらない。
誰か女の人に家に来てほしい。家事を手伝って、肩を揉んで、おしゃべりにつきあってほしい。
するとこんなリプライがあった。
男性用アロママッサージ、いわゆる回春エステというおさわり厳禁のサービスがあるのは知っていた。あれをデリバリーできるのか。調べてみると交通費を上乗せ居住区をカバーしている店があった。店のHPにはプレイ内容のほかに可能なマッサージとして「バリニーズマッサージ」を掲げているお姉さんがいた。タイ古式マッサージファンとしてこの一文にはとても惹かれる。わたしはぐったりしたまま「お店に電話予約」ボタンを押した。時刻は23:30前後だった。
デリヘルに電話する
黒服のような男性が電話に出ると想像していたが、電話に出たのはデパート店員のような中年女性だった。
「女性なんですが、純粋にマッサージだけをお願いすることはできますか」
「はい?」
「あの、とても疲れていてですね、この時間に空いているマッサージ店を探してそこまで安全にいく自信もないのでお電話しました。女性対応のお店もあるとうかがったのですが、こちらはいかがでしょうか」
「はい、ええと、少々お待ちください」
女性客はまだまだ少ないようで、受付の女性はあきらかに動転していた。しばらく優雅な保留音が流れてから再び受付にかわる。
「お待たせしました。こちらは回春マッサージの店ですので、風俗の扱いになるんですね?でも女性のお客様には回春のサービスはございませんが、そちらでよろしいでしょうか?」
それそれ、それを頼みたい。いいですか、どうですか。
回春マッサージの特徴
いわゆるデリヘルやJKリフレのように最早ヘルスマッサージともリフレクソロジーとまったく関係のない色恋系サービスと違って、男性用アロママッサージや回春エステは健康法的な意味でのリラクゼーションを中心に性的な満足を提供する。施術者は女性だけれど、利用者が施術者の身体に触るのはNG。
以前ファッションヘルスから回春エステへ移った方が「こっちはお触りなしで身体が楽。それでヘルスと同じくらい稼げるし。その分マッサージの勉強は必要だけど」と話していたのを聞いたことがあった。
しかし表向きはマッサージメインでも、メインは性的サービスでそれ以外のマッサージは形程度できればいいという店もあるかもしれない。一般的なチェーン店のマッサージ店にも時給850円で働く未経験の新人は多い。念のため予約のときに「みなさんマッサージができる方だと思ってよろしいでしょうか」聞いてみたが「はい、マッサージがメインですからそこは大丈夫です。Aさんのマッサージは評判がいいですよ」ということだった。賽は投げられた。
料金はマッサージ料、出張代金、店舗により初回登録料金が必要で、このほか指名するなら指名料。わたしは50代のバリニーズマッサージができるというAさんをお願いしたので、すべてあわせて13,000円だった。自宅住所と電話番号、名前を伝える。Aさんは0時過ぎに到着するという。
お迎え準備
必要なものがあるか尋ねたところ「軽くシャワーを浴び、あればバスタオルを数枚用意しておいてください」とのことだった。寝室に人を入れるのは夫が嫌がるだろうと思い、仕事部屋に布団を敷き、バスタオルを広げる。
小一時間で人が来ると思うと身体が動く。わたしは仕事部屋の隅に積んであった洗濯物を畳みながら風呂に湯を張り、畳んだ洗濯物をしまいながら部屋を片付け、水回りを掃除した。頭が朦朧として、洗濯物の山をカテゴリごとに分類するといった普段無意識にしていることがなかなか上手くいかない。とはいえ「1時間だけ、人が来るまでやろう。このあとは身体を揉んでもらってお風呂に入って寝るだけだ」と思うとまだ少しがんばれる。片づけておけば明日の暮らしの悩みがひとつ減る。
わたしは昔から呼びたがりの招きたがりなのだけれど、もちおは家に人を呼ぶのが大嫌い。友人、知人、親戚でも家に招くのは渋る。さらに風俗業に対する嫌悪感が人一倍強い。自分が利用するのはありえないし、妻がその業界に近づくのも嫌。わたしは数年前から熱烈なストリップファンの女性に一緒に観劇にいこうと誘われているが「そこに集まる男たちがどういう状態かを想像したら妻がそんな場にいるのは耐えられない」と大反対し続けている。というわけで、二人の家ではあるけれど、深夜デリヘルを頼んでいいかと聞くのはやめた。とにかく身体のしんどさを何とかしてくれるサービスがいまのわたしには必要だ。
しかし「こんな時間にどこの誰とも知れない人をたった一人で家に上げて大丈夫だろうか」という常識的な警戒心はある。先方が一人じゃなかったら?待機する男性がいて、迎えるこちらが女性ひとりだとわかったら?金目の物は目につかないところへ仕舞って鍵をかけるべきだろうか?
「わたし風俗業に対する偏見、結構あるな…」と少し暗くなったが、よく考えてみたら銀のさらだろうがピザハットだろうがヤマト便だろうが深夜に家にあげて布団に横たわった状態でサービスを受けるとなったら警戒するのは当たり前だ。そうよねえ、男の人はまたちょっと違うだろうけれども。はー、どんな人なんだろう。
回春抜き、抜きなしの回春マッサージ
0時過ぎにチャイムが鳴った。ドアを開けると綺麗にお化粧をすませ、やや明るく染めた巻き髪に胸の谷間が際立つ黒いトップスを着たAさんが立っていた。野際陽子に少し似ている。キャリーケースと大きめのバッグが深夜に到着した旅行者のようだ。
「こんばんは」
「遅くにありがとうございます。どうぞおあがりください」
仕事部屋へ招くと、Aさんはカーペットの上ではなく固いフローリングの床に正座された。
「こちらへお座りになってください」
「いえ、ここで大丈夫です」
「そんな固いところへ正座されるとわたしが嫁いびりしてるみたいじゃないですか」
「え~!嫁だなんて」
「深夜に兄嫁呼び出して説教するみたいな」
Aさんは笑っていたが、施術時以外は最後までフローリングの固い床に正座をされていた。座布団を用意するべきであった。
最初にどのような症状があるかなど一般的な質問をされる。オイルを使うかどうか。指圧が中心だが、とくによくほぐしてほしい部位はあるか。「バリニーズマッサージがお出来になると読んでお願いしたので、ストレッチがあるコースがいい」と伝えると、指圧にもストレッチは取り入れているという。もう考えるために頭を働かせるのも億劫で、Aさんのご判断におまかせしたいとお伝えした。
Aさんのマッサージはキャリアを感じさせる本格的なものだった。漠然となでさするようなものではなく、手足を特定の角度に固定して、意図した場所をぐいぐい押したりごりごりほぐしたり、迷いがない。こちらのお店に入る前はエステサロンやマッサージ店で働いてこられたそうだ。風俗店で50代女性というのは苦戦を強いられる年齢のようだけれど、これだけの技術があればファンは多いと思う。
痛むところ、痺れるところを伝えると「じゃ、ここからこっちへこんな風に痺れるでしょ?」と打てば響くような答えが返ってくる。「ここに疲労回復のツボがあるんです」「ドラッグストアにこういうものが売っているから、それを使うと効きますよ」「100均にあるので、それをこんな風に使うとほぐれます」とちょっとしたアドバイスもくださる。
「オイルでリラックス」という予想に反して思ったよりかなり痛かったけれど、「痛い、やめろ」と言いたくなるような外しがない。これを1時間やってもらえるのか。なんだかもう「ありがたい」としか言いようのない時間だった。こんなことをこんな時間に自宅でやってもらえるのか。男性向けのサービス、充実度すごいな。
結構強めに揉まれたので揉み返しがくるのではと少し心配したが、今朝は寝覚めもよく、久々に腎臓の調子もよかった。
デリヘルの働き方
デリヘル系のお姉さんは待機所に集まっているのかと思っていたが、Aさんは朝5時まで自宅待機で、連絡がきたら自家用車で現場へ向かうのだという。入退室時はメール連絡のみ。店にもよるのだろうけれど、送迎の男性が階下で待機しているわけではないらしい。深夜ひとりで知らない男性の待つ部屋へ向かう。かなりリスクのある仕事だ。何割くらい手元に残るのだろうか。
「身体が細いですね。ふだんこーんなに大きな男の人ばかり揉んでいるから、いつもとぜんぜん違う」
「男性マッサージ師からセクハラを受けて以来、男性マッサージ師と1対1になるのが怖いのだ」と話すと「そんな人がいるんですか!セクハラしてくる客は大勢いるけど」と驚いていた。「触らせてくれそうで触らせないAで通ってますから」と仰っていたが、深夜の密室で大の男を相手に自分の身を自分で守るのはかなり緊張感がある。
デリバリーヘルスの可能性
「マッサージの技術がこれだけ確かな方においでいただいてありがたい」というと、お店に長く在籍しているお姉さん方はやはり腕が確かな方が多いのだという。この技術の恩恵を受けたい女性や性的サービス抜きで訪問してほしい高齢者は大勢いると思う。
深夜に帰宅する女性、子育てや介護、看護で外出が難しい女性は大勢いる。話し相手にもなってくれる懐深い女性マッサージ師が自宅まで出張してくれたら、どんなにありがたいことか。眠れない夜に背中をさすってくれる女性が訪ねてくれたら高齢者はどれだけ慰められるか。
1時間1万円は福岡の収入の相場からすればけしてお安くはないけれど、お金さえ出せばそうしたサービスが受けられるとわかっていれば、いざというときはお願いしようと励みにすることもできるし、親しい方へのプレゼントとしてもとてもいい。施術する側も時給850円の各種保険なし、組合なしでこれだけの仕事をしていれば精魂尽き果てる。
この時代に文字通りの意味でのデリバリーヘルスマッサージの需要は大きいと思う。
家事代行サービスの多くは単発契約その場で呼び出すということができない。「お金は出すからちょっと手伝ってほしい」に答える女性がいてくれたらと思う場面は多い。働く側も依頼者が女性のみなら働きやすい。若く美しく着飾っていなければならないという縛りもない。
頼めるのはもちおの留守中限定だけど、*2あったらいいなあ。