犯行動機のよく分からない事件。それが起きるたびに、しばしば取りざたされるのは発達障害だ。発達障害児(者)が急増しているともいわれている。ただし、事件と安易に結びつけることについては批判も多い。
発達障害は、高機能自閉症とアスペルガー症候群を合わせた広汎性発達障害、それに注意欠陥多動性障害や学習障害、精神遅滞を加えた総称だ。教師を対象にした過去の文部科学省の調査では、発達障害(精神遅滞を除く)だと感じられる児童生徒は6.5%に上った。35人のクラスに2人ほどいることになる。では現代社会は、そんなにも発達障害者であふれているのだろうか。本書『発達障害の子どもを理解する』(集英社新書)によれば、答えはノーだ。
著者の小西さんは、小児科医で「赤ちゃん学」の草分けと言っていい。京都大学を卒業後、病院勤務を経て日本赤ちゃん学会を創設した。子どもの行動を観察し、発達との関係を読み解き理解するのが目的だ。現在、その理事長を務め、同志社大学赤ちゃん学研究センター教授でもある。
急増しているとされる発達障害。小西さんには30年以上携わってきた現場での実感があった。「この間、多少の増加は感じるものの、今日のような社会問題化するほどの増加は(通常緩やかに変化する生物学的要因としては)あまりにも不自然」ではないか...。発達障害白書や児童精神科病院の統計を調べると、際立った特徴があった。発達障害が急激に増加したとされる1990年代後半以降、増加のほとんどは広汎性発達障害だったのだ。それ以外は増えていなかった。
この広汎性発達障害というのは診断が難しい。そこへ「保育士や教師に対する早期発見・早期支援へのプレッシャー」「簡便な診断チェックリストなどのはん濫」「育てにくい子どもに対する気づきの増加」などが加わる。いずれも統計上の発達障害児を増やす要因だ。少子化に伴って、「子どもは自ら『育つ』ものという感覚ではなく、大人が『育てる』もの、それも『個別に見て指導する』ものという感覚が背景にある」という。
結局、急激に増加したと教師たちに感じるようになったのは、「発達障害を持つ子どもが増えたのではなく、取り巻く社会が変わったからだ」と見るのが順当だった。
「(息子は)小さいころから発達障害があり、大変育てにくい子でした」。先日の新幹線殺傷事件で、容疑者の母親がコメントしたことで、発達障害が改めてクローズアップされている。だが、本当の意味で容疑者は発達障害者だったのか。そうだとすれば、事件の原因は発達障害だったのだろうか、それとも別の何かだったのか。慎重な分析が必要だ。
本書はこの事件が起きるかなり前に書かれている。犯罪と発達障害の関連をテーマにした本でもない。それでも、答えのヒントになるかもしれない個所もある。発達障害を含む全精神障害者の犯罪率は約0.1%(犯罪白書などから推計)。一般人の半分程度だ。発達障害と犯罪を結びつけるのはナンセンスに近いことがわかる。
このほか、発達障害児の多くが受精後8週間ごろに始まる初期の運動(GM運動と呼ばれる)のパターンが少ない、という新しい研究結果も紹介されている。人間の自己と他者をめぐる認識の発達に重要な役割を果たすと考えられているのがGM運動だ。人間の認識について哲学的、心理学的に関心のある人には参考になるだろう。
小西さんには『早期教育と脳』(光文社新書)、『赤ちゃんと脳科学』(集英社新書)、『赤ちゃんのからだBOOK』(海竜社)、『赤ちゃんのしぐさで気持ちがわかる本』(PHP研究所)など多数の著書もある。