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謙虚、堅実をモットーに生きております! 作者:ひよこのケーキ
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 円城と唯衣子さんらしき人を見送った次の日の朝に、円城に改めてお礼を言われた。


「雪野、喜んでたよ。吉祥院さんに返事を書く!って言ってたから、明日持ってくるね」

「まぁ!雪野君に少しでも喜んでいただけたら、私も嬉しいですわ!あまり実のある内容を書けなかったのは申し訳なかったですけど」

「そんなことないよ。最近お菓子作りに凝っているとか、楽しそうなことがいっぱい書いてあったって言ってたよ」

「本当にくだらないことを書いてしまって…」

「お菓子作りに凝ってるって、もしかしてバレンタイン用?」

「ええ、まぁ…」


 男子にそれを聞かれるのって、バレンタインに気合を入れているヤツだと思われる感じがして恥ずかしいんですけど…。


「そっかぁ。チョコをあげる相手はリストアップした?」

「えっ?」


 なんで円城がそんなこと聞くの?


「う~ん。たぶん雪野のヤツ、期待してると思うんだよね、吉祥院さんからのチョコ」

「えっ、そうなんですか?!」

「はっきりとは言わないけどたぶんねー。昨日、手紙を読んでいる時も、お菓子作りだって~、なにを作っているのかな~?なんて言ってたし。この時期にお菓子作ってるって、バレンタインを普通連想するでしょ」

「バレンタインに関係なく、お菓子作りが趣味なかたもいらっしゃると思いますけど。でも私も雪野君にはチョコを渡したいと思っていましたから、期待してくれているのなら嬉しいですわ。ただ私の手作りは家族にしか食べさせられないようなレベルですので、雪野君には雪野君のイメージにぴったりの、ホワイトチョコの可愛い品を選んできますわ」

「ありがとう。これで雪野にぬか喜びさせずにすむよ。絶対にもらえるはずって期待して待ってて、結局もらえないでバレンタインデーが終わるのって、期待値が大きかったぶん、ショックも大きいからね。男側のダメージは相当なものだよ」

「ふふふ。いつもたくさんのチョコをもらっている円城様達は、そんな目に合ったことはないのでしょうね?」

「さぁ、どうかな?」


 お~お~、モテ男は余裕の笑みですねぇ。ちっ。

 でもバレンタインがくるたびに毎年思うけど、この時ばかりは男の子に生まれなくてよかったよ。今の私の状況から考えて、たぶん1個ももらえない…。

 いやーっ!恋愛ぼっち村の村民を増やさなきゃ。村おこし、村おこし。


 そしてさらに次の日、雪野君からの手紙の返事と、円城のお母様からお礼のお菓子をいただいてしまった。また返事書かなくちゃ!




 バレンタインが近づくにつれ、鏑木と同志当て馬のファンらしき女の子達からの若葉ちゃんへの嫌がらせも増えていった。最大のライバルだもんねぇ。

 若葉ちゃんに大丈夫なのか思い切って電話をしてみたら、若葉ちゃんは、ロッカーにも鍵をかけてあるし、靴箱にもあれ以来鍵を付けている。机の中にも何も残して帰らない。だから朝登校すると机や椅子が汚れていたり、ロッカーや靴箱に泥のようなものが付いていたりするくらいで、実害はないよと言った。


「ただ、消しゴムを椅子の下に落として拾った時、椅子の裏にお札が貼ってあるのを発見した時は、さすがに驚いたけど」


 ええーーっ!それって呪いですか?!怖いよ!お祓いに行ったほうがいいよ!


「それで、どうしたのですか?」

「えっ、剥がして、ゴミ箱に捨てたよ」


 強すぎる…。




 バレンタインの当日の瑞鸞は、朝から大騒ぎだった。

 鏑木と円城と同志当て馬のクラスには、女子達が行列を作った。チョコを持ってくる女子は中等科の子達も大勢いて、もらう総数はいくつくらいなんだろうなぁと、他人事ながら面白く見ていた。強者だと鏑木と円城、両方に渡していたりするからなぁ。

 芹香ちゃん達も当然チョコを鏑木達に渡していた。いいなぁ、楽しそう。

 私が持ってきているのは、女子の友達と交換するぶんと、雪野君のチョコくらいだ。プティには放課後持って行こう。

 そう思っていたのに、放課後円城に呼び止められた。


「ごめん、吉祥院さん。雪野のヤツ、今日病院に行くからもう帰っちゃったんだ」

「ええっ!」


 なんだ、早く渡せばよかった!


「では、どうしましょう、これ…」


 私は手に持っていた雪野君用のチョコを見せた。


「明日本人に渡すか、今日僕が受け取って雪野に渡すか…」

「今日中に渡したほうがよろしいですよね。でしたら円城様、これを雪野君に渡していただけます?」

「うん、わかった。気を使わせてごめんね」

「いいえ」


 円城に雪野君へのチョコを手渡した瞬間、ハッと気がついた。

 これって私が円城にバレンタインのチョコを渡したように見えないか?!まずい!


「円城様!このチョコレート、必ず弟様に渡してくださいね!私から弟様へのプレゼントですから!」


 私は周りに聞こえるように、大きな声で円城の弟の存在をアピールした。円城は私の思惑を知ってか、楽しげに笑っていた。ムカッ!


 さっさと帰ろうと踵を返したら、鏑木が誰かを探すように廊下をウロウロしていた。





 若葉ちゃんと寛太君の教え通り、私はレシピに忠実にフォンダンショコラを作った。

 1個試食してみたら、若葉ちゃんの家で作ったものと同じ味がした!凄くおいしい!手作りは一期一会じゃないのね!

 さっそく出来上がったフォンダンショコラをお父様の元に持っていく。さぁ、お父様、出来たてを召し上がれ!

 お父様は「ありがとう麗華、嬉しいよ」と言いながら、なんだかゆっくりとフォークを刺した。女の子みたいにちまちませず、もっとガッと取ればいいのに。

 私の作ったフォンダンショコラを一口食べたお父様は、目を見開いた。


「どうしたんだ、麗華!おいしいじゃないか!」


 …口が滑ったな、狸。


「どういう意味でしょうか、お父様」

「いや…。しかし麗華のお菓子作りの腕は、ずいぶん上がったんだねぇ。これも成冨家の耀美さんに教えてもらったのかい?」


 さっきまでのためらいがちな顔から一変、上機嫌になったお父様はパクパクとフォンダンショコラを口に運んだ。


「…いえ、これはお友達に教わりましたの」

「ほぉ、瑞鸞の友達かい?」

「ええ、まぁ…」

「前に何度か家に遊びに来てくれた子達かしら?初等科から仲の良い、確かお名前は芹香さんとか…」


 お父様の隣に座っていたお母様が、話に入ってきた。お母様は美容のために甘い物をあまり食べないようにしているので、毎年私が作るバレンタインチョコにも手をつけない。

 でもお母様、数回しか来たことのない私の友達の名前まで覚えているのか…。


「芹香さん達ではありませんわ。部活関連のお友達です」


 なんとなく若葉ちゃんの名前は出さないほうがいいかなと思ったので、ごまかした。手芸部の友達とは言ってないもん。生徒会役員も大きな意味で部活関連だもん。


「そう。きちんとした家のかたなのでしょうね?変なかたとはお付き合いなさらないようにね」

「はい…」

「瑞鸞も高等科ともなると玉石混淆だからなぁ。付き合う相手は選びなさい」

「大丈夫ですわ。それよりお父様、もう1個いかが?まだたくさんありますのよ」

「そうかい?麗華がお父様のために作ってくれたんだから、もう1個食べるかな」

「貴方。寝る前にそれ以上食べると、コレステロール値がまた上がりますわよ」

「…そうだったな」


 やだ、お父様。コレステロール値が高いの?美食ばっかりしているせいね。試験が終わったら、耀美さんに健康食を習わないと。

 お兄様のぶんはきちんとラップをして冷蔵庫に。食べる時にはレンジでチンするとトロ~リチョコが復活するそうなので、帰ってきたら食べてもらおうっと!


 あ~あ、結局今年も本命チョコは誰にも渡せなかったなぁ。学校帰りに図書館に寄ってみたけど、ナル君はいなかった。直接渡す勇気はなくても、ナル君が気づかないうちに、こっそりナル君のカバンにチョコの箱を落とそうと思ったんだけど、考えてみれば自分の知らないうちにカバンの中に食べ物が入っていたら怖いよね…。やらなくて良かった…。

 お兄様が帰ってくるのを自分の部屋で待っているうちに眠くなってしまったので、ちょっとベッドに入ったらそのまま朝まで熟睡してしまった。

 お兄様ったら、何時に帰ってきたの?



 伊万里様にはいつ会えるかわからないので、手作りのフォンダンショコラと、チョコレートショップの出しているコーヒーをお家に送らせてもらった。だってカサノヴァ村の村長が、バレンタインに体が空いているわけがないじゃないですかぁ。

 きっとたくさんもらっているだろうけど、食べてくれるといいなぁ。きっと伊万里様のことだから、絶対に一口は食べてくれると思うけど。

 後日、伊万里様から私宛にフィレンツェに本店のある世界最古の薬局の、とても可愛いサシェとハーブティーのセットが届けられた。伊万里様、まさかチョコをくれた人全員に、こんなお返しをしているの?!さすがだ…。



 そしてバレンタインの次の日、鏑木は元気がなかった……。

 もしかして、期待値が大きいとショックも大きいってやつですか?

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