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土曜の夜から降り始めた雪は、日曜には本降りとなり、月曜の朝には止んでいたものの、車窓から外を見ると雪かきをしていない道路はところどころ凍結していた。あ、サラリーマンがツルッと滑った。危ないなぁ。
これだけ降ったから、今年も円城と鏑木は雪野君のために大きな雪だるまを作るのかなぁ。
道路状況を考えて早めに登校すると、すでに委員長が来ていた。
「おはよう、吉祥院さん」
「ごきげんよう、委員長。早いんですのね」
「うん。雪が降ったからね。テストも近いし学校で試験勉強しようと思って」
「まぁ、朝から偉いですわね。私も見習って今から勉強しようかしら」
私も今回の学年末試験で、30位以内に返り咲かないとね。そろそろ本気でやっておかないと。
「そうだ。前に吉祥院さんに、バレンタインに僕から本田さんにチョコをあげたらって言われたでしょ」
「そんなことを言いました?」
「言ったよ。それでね、本田さん達が手作りのチョコをプレゼントしてくれるって言うから、僕もお返しに手作りのチョコをあげようかと思って」
「え?手作り?!」
驚く私に委員長は「せっかくだし、挑戦してみようかと…」と照れながら言った。
「で、なにを作ろうかと悩んだんだけど、ザッハトルテにしようかと思うんだ」
「ザッハトルテ?!」
初心者がいきなり難しそうなのをチョイスしたな!
「それは少し難しいのでは…?」と言おうとした私に、委員長は携帯の写メを見せてくれた。光輝く見事なザッハトルテが写っていた。
「ケーキなんて初めて作ったんだけどね、なかなか上手く出来たと思うんだ」
「へー」
どうやら乙女にはお菓子作りのスキルも標準装備されているらしい。私なんて何年も作り続けて、ようやく光明が見えてきたばかりなのに。羨ま悔しい。
でも美波留ちゃんのお菓子作りの腕前がどれほどのものかは知らないけど、自分よりも上手に出来ている手作りチョコケーキを男の子からプレゼントされたら、微妙な気持ちにならないかな。少なくとも私なら劣等感を持っちゃうな。
「瑞鸞のバレンタインは市販品推奨ですから、今回は手作りはやめておいたほうがよろしいのでは?それに手作りを交換し合うって、一歩間違えたら女友達枠に入れられてしまう可能性大ですわよ」
「えっ、女友達?!それは困るな…」
委員長は慌てた。
「それとも手作りチョコで本田さんに告白をするつもりですの?それでしたら止めませんけど」
「ええっ!違うよ、告白なんてまだ考えていないって!」
委員長は顔を赤くして否定した。「あくまでもお礼の気持ちだし!」って、お礼ねぇ…。
「でしたら期間限定の高級チョコを数粒と、ハンカチや手袋といった小物をプレゼントしてあげたほうが、効果的だと思いますわよ。まぁ、一説にはハンカチのプレゼントは別れを意味するなんて話もあるので、気になさるなら別の物がよろしいかもしれませんが」
「なるほどね。さすが恋愛のお師匠様だよ。岩室君にも教えてあげなくちゃ!」
「私がいただいたちょっとした贈り物では、小さなブーケも嬉しかったですけれど、学校に持ってきた場合、きちんと保管しておかないと放課後には萎れている可能性もありますからねぇ。今回は避けておいたほうが無難かもしれませんわね」
「そうだね。でも吉祥院さんはどうやってその恋愛の機微を学んだの?」
プレゼント関係は伊万里様、それ以外は前世で読んだ少女マンガと妄想です。
「いつも岩室君と話しているんだけどね。吉祥院さんの逆巻き髪に触ってから、恋愛運が上がった気がするんだ。いつもご利益をありがとう!」
なんだか委員長の中では、私はすっかり撫で牛扱いになっているようだ。ま、鰯の頭も信心からって言うしね。でもあの逆巻き髪は美容院でパーマをかける時に直してもらっちゃったから、今はもうないんだけどな。その代り、おでこに宝毛があるよ!
「ねぇ委員長、もし話したこともない見ず知らずの女の子から、突然バレンタインにチョコをもらったらどう思います?」
「えっ、見ず知らず?!う~ん、嬉しいけど知らない子だから困惑はするかも…」
「ですよねぇ」
私もバレンタインの楽しい波に乗りたくて、図書館のナル君に勇気を出してチョコを渡してみようかと一瞬考えたんだけど、実際そんなことをしても警戒されるだけかもしれないと思い直したのだ。
やっぱり今年も村長は面白くもないバレンタインかぁ。誰か村民候補はいないか。体験入村もありだぞ?
流寧ちゃん達が登校してきたので、私は委員長に勉強の邪魔をしたことを謝って席を離れた。
「麗華様、ごきげんよう。寒いですわねぇ」
「ごきげんよう。本当に寒いわね。私は朝起きるのがつらかったですわ」
「私も~」
それでもみんな車通学なので、駐車場から校舎までの距離くらいしか寒い思いはしていないんだけどね。
「徒歩で登校している子達は大変ですわね」
「そうですね。車から見ていたんですけど、凍った地面に足を取られてずいぶんと歩きにくそうでしたわ」
「まぁ、危ない」
その内、芹香ちゃんや菊乃ちゃん達も私のクラスに集まってきて、きゃいきゃいと雪の話をみんなで楽しくしていた。
そこに同じグループの子が「大変ですわ、麗華様!高道さんがまた、鏑木様の車に同乗してきましたわ!」と飛び込んできた。
「えっ」
「鏑木様が?!」
私達に報告しに来てくれた子の話では、教室の前で鏑木と別れた若葉ちゃんは、すぐにみんなに取り囲まれ、どういうことか問い詰められたそうだ。そこで若葉ちゃんが言うには、雪で徒歩と電車通学は大変だろうからと、通りがかった鏑木が親切にも車に乗せてくれたらしい。
「これで何度目なの?あの子が鏑木様の車に乗せてもらうのって」
菊乃ちゃんが眉間にしわを寄せた。他の子達も口々に「図々しわよねぇ」と怒った。
しかしそれよりも私は、さっきの言葉が引っ掛かった。徒歩はともかく、電車通学が大変って、では若葉ちゃんが電車に乗る前から車に乗せたってこと?それってもしや家まで迎えに行ってまちぶせしたんじゃ…。怖っ!ストーカー、怖っ!
「吉祥院さん、ちょっといいかな」
私を呼ぶ男子の声と同時に、クラスの女子達の黄色い声が沸いた。教室のドアの前に、円城が立っていた。
「どうなさったのですか?」
円城に廊下に呼び出され、周りの好奇の視線を気にしながら問うと、「実は昨日、雪野が入院したんだ」と円城が困った笑顔で言った。
「ええっ、雪野君が?!」
「あ、でも念のために入院しただけだから、大したことはないだけどね」
「そんなこと。入院するなんて大変なことですわ」
「あ~、うん。それでね、申し訳ないんだけど、放課後までに雪野に励ましのメッセージを書いてくれないかな」
「メッセージですか?」
「うん。今回は軽い発作だから入院したくないって駄々をこねちゃって。それでずっと機嫌が悪いから、吉祥院さんの手紙でご機嫌を取りたいんだ」
「まぁ…」
入院っていうのは子供にとっては、きっととってもつらいものなのだろう。
「私の手紙くらいで、雪野君の気持ちが少しでも浮上するなら、いくらでも書きますわ!」
「本当にごめん、ありがとう。このお礼は必ずするから」
「いえ、私が雪野君のためにしたいのですから、お礼には及びません」
私はロッカーからレターセットを取り出し、さっそく手紙を書き始めた。
放課後、円城に手紙を渡すともう一度丁寧にお礼を言われた。今日はサロンに寄らず、そのまま病院にお見舞いに行くそうだ。
ついそのまま雪野君の容体を聞きながら、円城を駐車場まで送った。
「じゃあ、また明日。手紙、ありがとう」
「いいえ。ごきげんよう、円城様」
円城は私に手を振り、迎えの車に乗り込んだ。あれ…?
今、車の中に唯衣子さんらしき人が乗っていなかった?