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「ねぇ寛太君。お餅にヨーグルトをかけるってのはどうかな」
「やめとけば。ほらコロネ、チーズ明太食べろよ」
「ありがとう!わぁ、おいしいね!ねぇ寛太君。お餅にジャムを塗るってのはどうかな」
「不味そう。ほらコロネ、餅ピザ」
「うわぁ、お餅のピザって初めて食べた!おいしいね!」
私のアイデアは寛太君に悉く却下された。けど、寛太君が作ってくれたお餅は全部おいしかったので、まぁいいか。
お餅をスイーツにするのは難しそうだな。白玉だったらいいけど。う~ん。
「コロネさぁ、なんで普通に食べようと思わないの?」
「いつもは普通に食べてるわよ。でも個性的な食べ方を生み出そうと思って…」
「だからなんでさ。ヨーグルトやジャム塗ったお餅を、コロネは心からおいしく食べ切る自信があるのか?」
「うっ…」
「食べ物で遊ぶのはいけないんだぞ」
「ぐっ…」
それを言われちゃうと…。
「だいたいさ、この前のケーキの時もそうだけど、なんで妙なアレンジしようとすんだ?」
うっ、それは…。
「……ようと…たから」
「なに?」
「……なんでもない」
……バイトも出来ない私は、オリジナルレシピで一山当てようと思ったのだ。
そしてさらに大きな夢を見た。
レシピサイトに素敵レシピを載せる素人料理家。それが話題になり料理本出版。メディアにも取り上げられ、私は一躍有名人。そんな時、料理が趣味のイケメン若手俳優から対談のオファーが!意気投合する私達。やがてそれは恋に変わる。
しかし今をときめく若手俳優と日本屈指の令嬢との恋は、お互いの周囲が許さなかった。引き裂かれる若い恋人達。家に閉じ込められ泣き暮らす私の元に、政略結婚の話が!会いたい。でも会えない。私はとうとう決意する。家を捨てる決意を!
しかしそれは私だけではなく、彼の俳優としての前途も潰しかねない大きな賭け。それでも諦めきれないと夜中に家を抜け出した私は、追っ手から逃れようと道路に飛び出してトラックに轢かれてしまうのだ!
緊急手術で輸血が必要となった私。しかし私は世界でも珍しい血液型であった!私に献血できる該当者が見つからず、よもやこれまでかという時に、なんとあの恋人である若手俳優が同じ血液型の持ち主であると判明!彼は愛する私のために己の限界まで血を分け与える。涙ながらに感謝する私の家族。「いいえ、彼女のためなら、僕は自分の命を投げ打ってもかまわない!」
そして一命を取り留めた私は、特別室のテレビで彼の緊急記者会見を目にする。「僕には愛する女性がいます。僕は俳優である前に恋をするひとりの男なのです!」との。あぁっ!もう涙で彼の姿が見えない!
命の恩人に私の家族も折れ、彼の事務所も彼の覚悟を知って許してくれた。日本中が私と彼の純愛を祝福し、ヨーロッパの古城で行われた結婚式で、二重の虹が架かる下、私達は永遠の愛を誓い合った。あぁ、感動の大フィナーレ!!
──という、夢という名の誇大妄想をしました。
「コロネ、どうしたんだ?ニヤニヤして気持ち悪いぞ」
「えっ」
寛太君が胡散臭そうな目で私を見ていた。どうやら架空の恋人との大恋愛妄想を思い出して、にやついていたらしい。
人前での妄想は気を付けよう…。
しかし昔は憧れたなぁ、珍しい血液型に。よくマンガとかに出てくるRHマイナスABとかさぁ。私はほかの人とは違うという特別感?さすがに今はないけど。ちなみに私の実際の血液型は、日本人に2番目に多い平凡な血液型です。
「とにかく!コロネは料理もお菓子もレシピ通りに作ること!」
「はい…」
中1のくせに生意気なことを言う寛太君だけど、寛太君は働いている両親の代わりに家のことをやる若葉ちゃんの手伝いをして、小さい頃から料理も出来るらしい。偉いぞ、寛太君。磯辺焼きにつけてくれた砂糖醤油も絶妙の味加減です!
おいしいお餅をいただいた後は、若葉先生によるフォンダンショコラ教室。
今日は寛太君以外にも下の双子ちゃん達にも見られているのでちょっぴり緊張。わかってるよ、ちゃーんとレシピ通りに作りますとも。寛太君の監視の目が厳しいからさ。
「まずは薄力粉をふるいにかけてね」
「はい」
「コロネ、こういうところで手を抜くなよ」
「はい…」
「コロちゃん、がんばれ~」
「じゃあ次は湯せんしながらチョコとバターを溶かします」
「はい」
湯せんかぁ。
「昔ね、湯せんの重要性がわからなくて、溶かして固めるだけなんだからと、お鍋に直接チョコレートを入れて加熱したことがあったの」
「ええっ!」
「なにやってんだよ?!」
高道姉弟が信じられない物を見ような目で私を見た。
「それでどうなったの…?」
「お鍋は焦げるし、固まったチョコはジャリジャリして不味いしで、最悪でしたわ。湯せんって大事ですわよ」
「知ってるよ…」
場を和ませるためにちょっとした失敗談をしたら、それから寛太君の監視の目がさらに厳しくなってしまった。余計なことを言わなきゃ良かった…。この家にいると、つい気がゆるんじゃうんだよねぇ。この庶民な空気が前世の家族を思い出すからかな?
「出来た!」
外はサックリ、中はトロ~リのフォンダンショコラ、完成!
そんなに時間もかかっていないのに、なんておいしいんだ!若葉ちゃんのレシピは凄いぞ!
「粉砂糖が雪のようで目でも楽しめますわねぇ」
この前教えてもらったチョコレートチーズケーキもおいしかったけど、今日のフォンダンショコラの方がもっとおいしい!今年のバレンタインはこれに決定!今度桜ちゃんと葵ちゃんにもレシピを教えてあげよう。
「な!コロネが余計な物を入れないと、こんなにおいしく出来るんだぞ」
「寛太!」
肝に銘じます…。
夜も暗くなってきた帰り道、空を見上げるとちらちらと雪が降ってきた。
「大丈夫?傘貸しましょうか?」
「ううん、平気。私の家の駅に着いたら迎えの車を呼ぶから」
若葉ちゃんの家に行っていることは内緒なので、ここで呼ぶわけには行かない。それにこの程度の雪なら傘は必要ないしね。
「今日はありがとう。私の我がままで、高道さんにはすっかり迷惑かけちゃっているわね」
「全然!私こそ吉祥院さんには返せない恩がありますし!」
「それって制服や上靴のこと?大した物ではないから気にしなくていいのに」
「そうはいかないよ。あんな高い物。今でも少しお金を払ったほうがいいか悩んでいるくらい」
「ええっ!」
若葉ちゃんがお金を払おうと思っていたなんて知らなかった!あれは鳩の糞が付いて私が着られなくなった制服だからいいのに。
「高いと言っても、上下で10万程度ですし…」
「えっ、もっとするよ。吉祥院さん、自分が着ている制服の値段も知らないの?それと仮に10万だったとしても私の感覚では10万は大金だよ」
まぁ確かに。私も10万は大金だとは思うけど。
若葉ちゃんは真面目な顔になった。
「え~っとさ、もらった私がこんなこと言うのなんだけど、吉祥院さんはもっとご両親に買ってもらった物を大切にしたほうがいいんじゃないかな」
「え…」
「あの制服だって、吉祥院さんのお父さんが働いて買ってくれた物なんだよ。もっと大事にしてあげないと、悪いと思う…」
「……」
「ごめんなさい。失礼なことを言って。でも私は自分のお父さんとお母さんが一生懸命働いているのを知っているから、そのふたりがお金を出してくれたものは大事にしてるんだ。あのさ、人が10万円稼ぐのって大変なんだよ」
「そうね…」
お金のありがたみは前世でよくわかっていたはずなのに。いつの間にか私は金銭感覚が麻痺していた。私のお父様は若葉ちゃんのお父さんと違って、自営業で働いている姿が見えるわけじゃないから、そういう感謝の気持ちが曖昧になってた。
親に買ってもらった制服の値段すら確かめることをしなかった。当然のように受け取っていた。お父様達が働いて稼いだお金だったのに。
なにやってるんだ、私。全然堅実じゃないじゃないか。
「吉祥院さん、大丈夫?」
「ええ、大丈夫ですわ」
私が黙りこくってしまったので、若葉ちゃんが心配してくれた。
「ごめんね、変なこと言っちゃって。つい…」
「いいえ。私がいけないんですわ。ありがとう、目が覚めました。でもあの制服は遠慮せずにもらっておいてくださいね。私は予備がたくさんあるのですから」
私は電車の中でも若葉ちゃんに言われたことをずっと考えていた。
家に帰るとお父様がソファでのんびりくつろいでいた。
「お父様!」
「あぁ、おかえり麗華」
「ただいま」
私はお父様の隣に座り、ぺったりくっついた。
「おやおや、どうしたんだね。今日の麗華は甘えん坊だねぇ」
「…いつも、ありがとう。お父様」
「どうしたんだ、麗華」
お父様は不思議そうな顔をした。
「お父様が毎日頑張って働いてくれているから、私が毎日贅沢に暮らしていられるんだなって再認識したの。学費や私の着る物も全部お父様が働いて買ってくれた物なのよね。だから、ありがとう。お父様の苦労も知らず、いつも散財しちゃってごめんね…」
「麗華…。なんて父親思いのいい子なんだ!麗華、欲しいものはドンドン買いなさい!お父様がなんでも買ってあげよう!明日一緒に買い物に出かけよう!」
え、ちょっと違う。そういうことじゃないんだけど…。しかし狸は舞い上がって聞く耳持たず。物で娘の点数をさらに稼ごうとしていないか、狸よ?いやいや、お父様に感謝をせねば。感謝、感謝。
「お父様、私は今日バレンタインのケーキ作りを習いに行っていたんです。当日はお父様のためにおいしい手作りチョコを用意しますから、楽しみにしていてくださいね!」
今まではお兄様第一で、お父様へのバレンタインはおまけだった。でも今年は、ちゃんとお父様に心をこめて作ります!
「や、お父様、この前の人間ドッグにも引っかかっちゃって…」
「まぁ!それは大変ですわ!では私がお父様に毎日、健康的な手料理も作りましょう!」
耀美さんに健康食の作り方を教えてもらおう。健康食ってどんなのかな。豆腐バーグみたいなもの?難しそうだけど頑張るよ。お父様のためだもんね!
「麗華や、気持ちだけでお父様は…」
「遠慮なさらないで、お父様。私からの日頃の感謝の気持ちです。いつまでも元気で働いてもらえるように、お父様の健康管理は私にませかてくださいな!」
やだ、お父様ったら。愛娘の心遣いに涙ぐんじゃってる。
そうだ。将来は栄養士さんになるのもいいかもしれない。
次々に画期的な栄養指導法を生み出す、注目の美人管理栄養士、吉祥院麗華。そんな私の元に超一流スポーツ選手の栄養管理のオファーが。私の行き届いた栄養管理で記録を飛躍的に伸ばす彼。そして感謝がいつか愛に変わる…。to be continued