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謙虚、堅実をモットーに生きております! 作者:ひよこのケーキ
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 雪野君のお誕生日会の次の日に、ピヴォワーヌのサロンで円城に昨日のお礼を改めて言われた。


「昨日は、ありがとう。おかげさまで雪野はずいぶん楽しい誕生日を過ごせたみたいだ。吉祥院さんのプレゼントの加湿器も、自分の部屋でさっそく使ってたよ。電源を入れるとライトが点いて、より海っぽくなるって喜んでた」

「まぁ、喜んでもらえて良かったですわ。雪野君は冬休みに行った沖縄がとても楽しかったようで、海の生物がお気に入りのようでしたから」

「そうらしいね。今は熱帯魚が飼いたいとか言っているよ」

「そうなんですか」

「あの後、夜に父も帰ってきて、家族や親戚でまた雪野の誕生日を祝ったんだけどね、祖父母に熱帯魚が欲しいとねだってた」

「まぁ」


 親戚の集まりか…。だからあの時、唯衣子さんが来たんだな。円城の婚約者候補の唯衣子さん。淡く儚い印象は、学園祭の時と変わらなかったな。


「そういえば雅哉があれからもずっと知恵の輪が解けなくてさ、ムキになっちゃって大変だったよ。それで結局泊まっていったんだよ、あいつ。寝ないでずっと知恵の輪をやっていたらしくて、明け方近くまで起きてたらしい。だから今日の雅哉は寝不足でさ、朝から目が充血してて怖かったよ」

「それは…大変でしたわね。それで鏑木様は、あの難しい知恵の輪を解けたのかしら」

「解けたらしいよ。朝から清々しい笑顔で僕にバラバラになった知恵の輪を見せてきたからね。目は血走っていたけど」

「そうですか」


 鏑木…、もうなにも言うまい。ただ、ただ残念。


「それで今日は、鏑木様はサロンにいらっしゃらないのですか?睡眠不足でお疲れだから」

「いや、雅哉が今日いない理由は寝不足とは関係ないんだけどね。あいつは少しくらい寝ていなくたって平気だから。体力バカなんだよ」

「まぁ、ほほほ…」


 否定も肯定もできないな。


「それから、母がまたぜひ遊びに来て欲しいって、吉祥院さんに伝言」

「ありがとうございます。機会がありましたら…」


 あらっ、そろそろ手芸部に行く時間だわ。私はカバンを持つと円城とサロンのみなさんにおいとまの挨拶をして席を立った。

 くわばらくわばら。





 瑞鸞の女の子達の間では今、あちこちでバレンタインの話題だ。

 この時期だけの最高級の限定チョコが世界中の有名ショップから出されるので、その情報交換などで盛り上がっている。

 私も、若葉ちゃんにバレンタインのフォンダンショコラの作り方を教えてもらうために、もう一度家にお邪魔させてもらう約束をしている。

 そして手芸部の部員達には、お友達から編み物の相談などが寄せられているらしい。うん、私にはないんだけどね。しかしみんな楽しそうだなぁ。


「麗華様は今年はどなたに差し上げるのですか?」

「いつも通りですわ。家族やお世話になった方などに」

「まぁ、それだけ?麗華様はどうして毎年、鏑木様や円城様に渡さないんですか?」


 渡す理由がないからです。

 お昼休みに私が職員室に行く用事があると言うと、芹香ちゃんと菊乃ちゃんが付き合ってくれた。芹香ちゃんと菊乃ちゃんは違うクラスなのに、いつもありがたいなぁ。


「芹香さんと菊乃さんはどうするの?」

「私は、やっぱり皇帝に渡してしまいますわ」

「ねー。厳選したチョコだったら受け取ってもらえるんですもの。チョコ選びにも力が入るというものですわ」

「鏑木様の前では、ショコラって言わないとダメよ」

「そうでした」

「麗華様の貴重なアドバイスでしたわね」

「皇帝に受け取ってもらえるだけで、嬉しいの」

「私も。でも直に渡すのが大事だわ。予め用意された専用の袋に入れたり、皇帝の机に置くだけなんて絶対にイヤ」

「お供え物みたいですものね」

「やだ、麗華様。なんてことおっしゃるの」

「麗華様も一緒に渡しましょうよ。楽しいですよ。渡す時に指先が触れたりしようものなら…」

「きゃあっ。なにを言っているのよ、菊乃さんたら!」

「あら、芹香さんだって狙ってるって言ってたじゃない」

「ちょっと、内緒にしてって言ったでしょ!」


 3人でおしゃべりしながら廊下を歩いていると、蔓花さん達が向こうからやってきた。サッと芹香ちゃんと菊乃ちゃんが私の両脇を固める。


「ごきげんよう、麗華様」

「ごきげんよう、蔓花さん」


 笑顔で挨拶をし合うが、お互い目は全く笑っていない。

 蔓花さんの取り巻きのひとりが、バレンタイン特集の雑誌を持っていた。私の視線に気づいた蔓花さんが私に「麗華様のバレンタインのご予定は?」と聞いてきた。


「特別なことは、なにも」

「まぁ!麗華様ともあろう人が、ずいぶん寂しいバレンタインを過ごすのですねぇ!」


 こいつ!わざと周りに聞こえるように大きな声で言いやがった!


「ちょっと、蔓花さん、失礼じゃない?」


 芹香ちゃんが蔓花さんを睨みつけた。


「あら、ごめんなさい。私ったら正直なもので」


 クスクスと蔓花さんの取り巻き達が笑った。

 一緒になって笑っていた蔓花さんがスッと真顔になる。


「そうやっていつも取り澄ました顔で、高みの見物を決め込んでいるから、トンビに油揚げをさらわれるようなことになるのよ」

「なんですって!」


 トンビに油揚げ…。若葉ちゃんと鏑木のことか。


「自分より劣っている外部生に、その女王の座を取って代わられる日も近いんじゃありません?なんといってもあちらは、学院の実力者ふたりの心を掴んでいるようですし?」

「蔓花さん!口の利き方に気を付けなさい!」

「もしやすでに誰かさんの時代は終わってたりして…」

「蔓花さん!調子の乗ってるんじゃないわよ!」

「もう許せないっ!よくも麗華様にむかって!」


 芹香ちゃん達は今にも掴みかからんばかりだ。このままでは収拾がつかない。

 私は、ほほほほと高笑いをした。


「空き樽は音が高いとは、よく言ったものだわ。本当に蔓花さん達はよく響くこと」


 あ~、おかしいと私は笑った。


「よろしくてよ。そのケンカ、買いましょうか?」


 今ならまだ、瑤子様が卒業していないから大丈夫!…だと思う。虎の威をがんがん借りるぜ!

 ふたりの間にバチバチと火花が飛び散る。怖くても、絶対に目を逸らすな、私!


「ふんっ、行きましょう、みんな」


 先に蔓花さんが折れた。

 そのまま通り過ぎていく蔓花さん達に、芹香ちゃんと菊乃ちゃんは激怒していた。


「なんなの、あれ!絶対に許さない!」

「今年に入って、すっかり態度が大きくなって!こうなったら全面戦争よ!」


 怒髪天を衝く。怖いよ、ふたりとも。

 ギャラリーも多いので、早くこの場を去りたい。そこに「怖ぇ~。ゴルゴン三姉妹」という、お調子者の男子の声が聞こえた。

 ゴルゴン三姉妹?!

 3人で、声の主をギッと睨むと、その男子はひいっと怯えたように逃げて行った。逃げても無駄だ。顔は覚えたぞ。お前も石像にしてやろうかぁっ!


「麗華様!あの無礼な男子は私達が責任を持って成敗しておきます!」

「瑞鸞にいられなくしてやる!」

「およしになって、ふたりとも。ほんの軽口ではありませんか。でも、そうねぇ、私に考えがあります」


 私は女子全員にお触れを出した。あの男子には卒業するまで、バレンタインに本命チョコはおろか義理チョコひとつ渡してはならぬと。

 恋愛ぼっち村、強制入村決定。

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