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同志当て馬はモテるらしい。
容姿もさることながら、生徒会長として辣腕を振るい、相手がピヴォワーヌであっても一般生徒と同じ対応をする公平さ、その信頼できる人間性、ということで男女共に人気が高い。
君ドル作者の好きなタイプがそうなのかもしれないけど、皇帝と若干キャラが似ているんだよね。カリスマ性と求心力があって、甘さのない顔立ち。マンガではカラーイラストでのその髪の色で、ふたりは黒豹と銀狼に例えられていたし。普通はこういう場合、当て馬には真逆のタイプを持ってくると思うんだけどなぁ。だからほぼ確実に作者の好みが強引系なんだと、当時から思ってた。
ただ違うのは皇帝は人を寄せ付けない冷たく鋭いオーラを持っているのに対し、生徒会長はその役職もあって皇帝よりも近づきやすく、話しかけやすい。どんな相手にも一定の誠意を持って対応してくれるからだ。
ゆえに女子からの告白も多い。
「また生徒会長が告白されたんですって」
「今度は誰?」
「1年生らしいわよ。ほら、ちょっと可愛いって評判の」
新学期が始まってまだ間もないのに、もう告白なんてされちゃってるんだ。我が村の副村長であるはずなのに、村長とのこの差はなんだ。
同志当て馬は告白相手が可愛かろうが冴えなかろうが、邪険な扱いをせず同じ対応で断る。そこは偉い。なかには告白してきた相手の女の子によって、態度を変える男子もいるからねー。
だから同志当て馬に自分と付き合ってもらえなくても、気持ちだけは知って欲しいと告白する女子は後を絶たない。
あぁ、そういう意味では皇帝も同じか。優理絵様以外の女の子は、可愛かろうが冴えなかろうが、どうでもいいっていう対応。「興味ない」で冷たく一刀両断。おかげであれだけモテるのに、皇帝に告白する子って実はあまりいない。そういえば、舞浜さんは元気かなぁ~。
そんな同志当て馬が、若葉ちゃんと初詣に来ていたという噂が流れた。場所が有名な神社で同志当て馬も目立つので、目撃情報が多かったのだ。
女の子達が同志当て馬にそのことを問い質すと、ふたりきりではなく生徒会のメンバーみんなで行ったという答えが返ってきたそうだけど、参拝客で混雑する境内で、ふたりがずっと一緒に並んで親しげにしていたことには変わりはない。
そして皇帝鏑木も、去年同様若葉ちゃんを見かけると声を掛け、円城に会いにクラスに行けば話し掛ける。
生徒会長と皇帝という、瑞鸞でも特別な存在のふたりと親密な若葉ちゃんは、新年早々、嫉妬の視線に晒されまくっていた。
放課後、私が手芸部で楽しく部活動をした帰りに、今夜予習する教科書をロッカーに取りに行くため、人気のない廊下を歩いていると、トイレに入っていく若葉ちゃんらしき姿を見つけた。
誰もいなければ、今更だけど新年のご挨拶をしようかな~と若葉ちゃんの後を追ってみると、磨き抜かれた洗面台でブラウス姿の若葉ちゃんが制服のジャケットを洗っていた。
「……高道さん?」
私がそっと声を掛けると、若葉ちゃんは驚いたように振り返った。
「あぁ、吉祥院さんか。どうしたの?」
「どうしたのって、私が聞きたいんですけど…」
若葉ちゃんの手元に目を移すと、白いジャケットが広範囲に汚れていた。よく見ればスカートも。
「それって、絵の具の水…?」
「え、うん。さっきぶつかっちゃって」
「ぶつかったって誰に?」
「顔はよく見えなかったけど。ごめんなさいって言って、すぐにどっか行っちゃったから」
「どっか行っちゃったって、ひとの制服を汚しておいて逃げちゃったの?!」
「あ~、うん…」
それって、絶対わざとでしょう。美術部の生徒かどうかも怪しいもんだ。
「でも白い服は洗ったくらいじゃ全然落ちないや。クリーニングに出すしかないか…」
「酷いですわね。相手を見つけてクリーニング代を請求するべきですわ!それにこれ、クリーニングで落ちるかもわかりませんわよ!」
「クリーニング代は割引券があるから、まぁいいんですけどね。去年の期末テストの臨時奨学金も入ったし。シミ抜きはもう、ひたすらクリーニング屋さんに頑張ってもらって…。ただ明日からジャケットなしで登校がきついな~」
「えっ、予備の制服持っていないんですの?!」
「うん」
この真冬にコートを羽織るとはいえ、ジャケットなしで電車通学は寒すぎる。そもそも瑞鸞でジャケットを着ていないのは校則違反になるかはわからないけど、長靴なみに悪目立ちしてまずいかも。
「ジャケットがないのは問題になるかもしれませんわよ。主に前ピヴォワーヌ会長あたりから…」
「あ、やっぱり」
若葉ちゃんは困った顔をした。
「シミ抜きできれいに落ちるかどうかもわからないし、これは買うしかないのかなぁ。いやぁ、それはきつい…」
心底悩んでいる若葉ちゃんに、私は遠慮がちに声を掛けた。
「あの、私が持っている予備の制服、差し上げましょうか?」
「ええっ!さすがにそれは悪いよ!」
私は汚れた時などのために、制服は何着か持っているのだ。1着くらいあげたってどうってことない。白い制服は本当に汚れが気になるからね。
「制服は高いもの。そんなのもらえないよ!上靴とはわけが違うよ!」
「でもこのままじゃ高道さんが自腹を切らないといけないわよ?」
「う~ん…」
瑞鸞の制服は高い。私も詳しいことは知らないけど一式揃えるのに10万くらいはするはずだ。
「あっ!」
「え?」
あった!私が持っている制服で、もうたぶん一生着ないのが!
「1着、汚れて私が着ない制服がありますの。それなら差し上げてもなんの負担にもなりませんわ。むしろ清々しますけど」
「えっと…それはこの制服よりはきれいなんですか?」
「ええ。クリーニングに出してシミ抜きしましたからきれいなはずです。でも…元は鳩の糞が付いた制服なんですけど…」
「えっ!また?!」
「ええ」
私は重々しく頷いた。
あれは少し肌寒い昼下がりだった。お友達と食後のお散歩をしていたら、よそ見をしていた私に、上空を飛ぶ鳩が糞を落としてきたのだ!
頭に直撃は免れたものの、スカートに落ちた糞は、出したてホヤホヤだったため、スカートの上でワンバウンドして弾け、ジャケットにまで汚物が飛んだ。
「麗華様にまた鳩の糞が落ちたわ!」
「麗華様、しっかり!今日は制服だからまだセーフですわ!」
ショックで完全に現実逃避しそうになっている私を、みんなが保健室まで連れて行ってくれて、洗剤でなんとか落とした。その後すぐに家に連絡して替えの制服を持ってきてもらって、鳩の糞付きの制服はそのままクリーニングに出してもらったけれど、やっぱり気持ち悪くてそのまま1度も着ていないのだ。
なぜ私だけいつも鳩の糞の襲撃を受けるのだろう。きーっ、忌々しいっ!
しかし物は考えようだ。世界には鳥の糞で出来た島からリンが産出されて、一躍大金持ちの島になったなんていう話もあるくらいなのだから、私もこの鳩の糞でいつか一発逆転のチャンスがくるのかもしれない。
いや、絶対にないな…。
私は遠慮する若葉ちゃんを説得して、吉祥院家の車に乗せると、そのまま一緒に帰宅した。
「おっきい家ですね~」
若葉ちゃんは口をぽかーんと開けて、吉祥院家の大きさに驚いていた。良かった、お父様もお母様もまだ帰っていない。
私は自室に入ると、クローゼットにしまっておいた鳩の糞付きの制服を取り出して、若葉ちゃんに差し出した。
「これなんですけど、どうかしら?」
「わぁ、全然汚れてないしきれい!こんなにきれいな制服、本当にこれもらっちゃっていいのかな」
「私はこの先着る予定はありませんし、ほかにも予備が何着もありますから、遠慮なく持って帰ってくださいな」
「本当?ありがとう。助かります!あ、でもサイズ合うかな?身長は同じくらいだけど、私結構太いよ?吉祥院さんは細いから」
「そんなことありませんわよ~。きっと一緒くらいよ~」
そう言われて、私は機嫌よくオホホホと笑った。
若葉ちゃんは制服を試着した。
「あれ…?」
どうやら試着した私の制服のウエストが、若葉ちゃんにはゆるかったようだ──。
「…裁縫道具、貸しましょうか?」
「えっと、家で縫うから大丈夫!」
若葉ちゃんは私に気を使って笑ってごまかした。
言い訳をするわけじゃないけど、その制服を着てたのは市之倉さんと食べまくってた時期だから!今は違うから!
「本当にありがとう。お礼をしたいから、よかったらまたうちに遊びに来てください!家族も会いたがってるし!」
「ええ、ぜひ」
私は最寄駅まで若葉ちゃんを送って行った。若葉ちゃんは改札を抜け、こちらに元気よく手を振って帰って行った。
しかしあれをやったのは、皇帝ファンなのか、同志当て馬ファンなのか…。