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新年明けましておめでとうございます。私のおでこに白毫が生えました。
正確にいうと髪の生え際の右下あたりで、しかも直毛なので、白毫ではなく宝毛?
これを発見したのは年が明け、三が日も過ぎ、社会人は仕事始め、私達もそろそろ冬休みも終わるという頃。いつものように前髪をピンで留め、綿棒で抜けた眉毛に薬を塗っていた時、おでこにキラッと光る透明な糸のようなものを見つけたのだ。
なんということでしょう。私は菩薩の生まれ変わりのようです。
去年は後半に厄介事が目白押しで、円形脱毛症にまでなってしまったので、危機感を覚えて初詣には厄除けのお祓いを念入りにしてもらったのだ。祈祷料も自腹を切って大盤振る舞いをした。
その甲斐あってか、ハゲた眉毛は数本、パヤパヤと生えてきている。頑張ったな、私の毛根!まだスカスカ状態ではあるけれど。やっぱり一番のストレス原因が解消されたからかね。
そして白毫、若しくは宝毛まで生えてくるとは。今年こそ私にツキが訪れるんじゃないか?!金運、そして恋愛運。
しかし女の子として、おでこの生え際とはいえ顔に生えた長い毛を放置しておくのは、ちょっと悩む…。前髪で隠れているから大丈夫だよね?
年明けの瑞鸞は、久々の顔合わせに学院全体が浮ついていた。休み明けの学校はどこもこんな感じだと思うけどね。
「明けましておめでとう」
「おめでとうございます、麗華様!」
私は先に登校していた芹香ちゃん達の輪に入って、冬休み中の出来事をおしゃべりし合った。
「私はお正月に食べ過ぎて太っちゃったわ」
「やだ、菊乃さん。私もよ~」
「私も、私も」
これはどの女子グループも共通の、毎年交わされる会話。なんでお正月って太っちゃうんだろうねー。やっぱりお餅が原因かな。お雑煮、お汁粉、磯辺焼き。大量にストックされているお餅を消費しなければという、妙な使命感に駆られて、つい食べてしまうのかね。私はお雑煮はそれほどでもないけど、磯辺焼きは大好きだ。
「あら麗華様、素敵な時計ですね!」
「あぁ、これは両親からのクリスマスプレゼントですの」
「まぁ!」
「麗華様はどんなクリスマスを過ごしたんですか?」
「お友達とちょっとした集まりをしたくらいですわ。みなさんは?」
「私は家族と食事に出かけて、欲しかったバッグを買ってもらいました」
「私はお呼ばれしたパーティーに」
「私は冬休み中ずっと旅行に行っていました」
いいなぁ、海外で過ごすクリスマスやお正月。小さい頃は両親とお兄様と、クリスマスにハワイに行ったりしていた。町中に仮装をした人達がいてお祭り騒ぎで楽しかったな。初めて本物のドラァグクイーンを間近で見て、目が点になったのはいい思い出だ。あの時お兄様、ほっぺにキスされてたな…。
でも最近は、お兄様がなかなか一緒に旅行に行くことが出来なくなってしまったので、旅先で遊んでくれる人がいなくて前ほど旅行が楽しくなくなってしまった。ひとりでプールで泳いでてもつまらないんだもん。年の近い姉妹か、一緒に行ってくれる友達がいたらいいんだけどなぁ。
するとにわかに廊下が騒がしくなった。
「鏑木様と円城様よ!」
その声に、新年初の皇帝達の姿を一目見ようと、女子達がこぞって教室の外に出て行った。
「私達も行きましょうよ、麗華様!」
「ええ…」
面倒だけど、みんなが行くならしかたがない。よっこらしょ。
久しぶりの鏑木と円城は、気のせいか少し日焼けしているように見えた。どこかに行ったのかな。
取り巻きの女子達から新年の挨拶をされ、円城はにこやかに、鏑木は淡々と返事をしていた。
「かっこいい~!」
「私、ご挨拶しちゃったわ!」
「なんだか冬休み前より精悍になられたように思えません?」
芹香ちゃん達は両手を組んでうっとりとその後ろ姿を見つめていた。
「麗華様も冬休みの間中、おふたりとは会うことはなかったんですか?」
「ええ」
「それは残念でしたわねぇ」
いやぁ、別に…。
今日は始業式のみだったので、午前中で学校は終わり。でもピヴォワーヌのメンバーは新年の挨拶のために全員サロンに集合だ。
サロンでは初めに、新会長の鏑木が中心に立って年頭の挨拶をした。特に新会長としての抱負はないらしい。鏑木らしいけどさぁ。
それからみんなで和やかにお茶を飲みながら新年の挨拶をし合っていると、円城と鏑木がやってきたので、会釈をした。
「明けましておめでとうございます。円城様、鏑木様」
「明けましておめでとう、吉祥院さん」
「おめでとう」
近くで見るとやっぱり少し年末よりも黒くなっているような…。そう指摘してみると、鏑木と円城はカナダにスキー旅行に行っていたと言った。ほぉ、カナダで優雅にスキーとな。それはまた、去年とはずいぶん違う過ごし方ですね。行先は同じ寒い場所ですが。
「あ、これ吉祥院さんにお土産ね。メープルシロップ」
「一番美味いヤツだ」
「まぁ、ありがとうございます!」
去年の不吉なお土産とはこれまた違う、素敵なお土産。さっそくホットケーキを焼きましょう。そして鏑木、「一番美味いヤツ」ってあんたもしかして食べ比べたの?
でも円城が鏑木と旅行に行っちゃったら、弟の雪野君はどうしていたんだろう。体が弱いから一緒にスキーには行けないと思うし。
「雪野君はお兄様がいない間、ひとりでお留守番でしたの?」
「両親と沖縄に行ってたよ。暖かいところでのんびり過ごして、体調も良くなったみたい」
「それは良かったですわね!」
なんとなく雪野君と南国ってイメージが湧かないけど、沖縄もいいよね!
「でも雪野君って泳げるんですの?」
「一応ね。体力をつけるために習ってはいるんだ」
「そうなんですか」
「沖縄でも泳いだみたいだよ。両親と海やプールに入っている写真を見せてもらった」
「まぁ、楽しそうですわね。私もぜひその写真を見てみたいですわ」
「今度またプティに遊びに行ってやって」
「ええ」
でもさー、弟としてはお兄ちゃんと一緒に行きたかったんじゃないかな。鏑木め、雪野君からお兄ちゃんを取り上げるなんて。
つい鏑木を非難がましい目で見ると、鏑木は私を見返して「ミルク神」と言った。
は?ミルク神?
「いや、なんでもない。沖縄の話と今お前の顔を見たら、なぜかその単語が思い浮かんだ」
「はぁ」
「気にしないで、吉祥院さん」
「はぁ」
なんのこっちゃと思いつつ、家に帰ってミルク神を調べた。
鏑木ーーっ!私の顔を見てミルク神を思い浮かべたって、私が似てるとでも言うのか?!このふざけた顔に?!白毫の生えた菩薩の私になんたる暴言!許すまじ!
私はこの悔しい思いを、ホヤカーリーのホヤちゃんにぶつけまくった。植物は話しかけると成長が早いというからね!毎日話しかけてるんだ。
私はホットキーキを焼いてもらってカナダ土産のメープルシロップをかけてやけ食いをした。なにこれ、美味!
……今回に限り、この絶品メープルシロップに免じて許してやる。