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冬休みは塾の冬期講習だ。期末テストの成績が落ちてしまったので、気合を入れ直さないとね!
学生の本分は勉強なので、クリスマスももちろん返上だ。学生にクリスマスなど関係ないのだ。当然である。
そんな決意を胸に秘めた私に、同じ冬期講習に通う梅若君達が、せっかくだからクリスマスに1000円以内でプレゼント交換をしようと誘いをかけてきた。プレゼント交換ですと?!絶対やるともさ!
1000円以内のプレゼント交換って、昔を思い出して懐かしいなぁ。友達と集まって500円以内でプレゼント交換をしたなぁ。
でもこういう誰に渡るかわからない場合のプレゼント選びって、難しいなぁ。渡す相手が決まっていれば、その人の好きそうな物を選べばいいだけなんだけど…。それに今回は男女混合だし。女の子だけだったら、可愛いグロスとかネイルセットとか思いつくんだけど、男子がグロスをもらっても困るもんねぇ。あぁ、岩室君は喜ぶかもしれないが…。
うんうん悩んで私が用意したプレゼントは、全国有名温泉の素セット。消え物だし本人が使わなくても、家族が使うかもしれないもんね。可愛いバスボムだと香りが甘すぎて男子は使えないかもしれないし、無難な選択だと思うんだけど、どうかな?
クリスマスイブのお昼休み、私達は教室でお弁当を食べたあと歌に合わせてプレゼント交換をした。教室にはほかにも受講者がいたので恥ずかしかったけど、でもうきうきするね!私のは誰に当たるかなぁ。
赤鼻のトナカイの歌を歌い終わった瞬間に、私の手元にあったのは緑のリボンの付いた両手サイズの包み。これは誰のかな?
私のプレゼントは榊さんに当たった。あ~、女の子に当たるなら温泉の素じゃなくてバスボムやバスキューブにしておけばよかった!榊さんの反応やいかに!
「わっ、入浴剤だ。なんか凄いいっぱい入ってるんだけど。これって誰のだっけ?」
「はい、私です」
私が手を挙げると、みんなが意外そうな顔をした。
「これ吉祥院さんのプレゼントなんだ?!なんか想像してたのと違った」
「うん。吉祥院さんのプレゼントはもっとセレブっぽい物を選んでくると思ってた」
「う…、ご期待を裏切ってすみません…」
そうか。瑞鸞のお嬢様がまさかド庶民な品物を持ってくるとは思っていなかったか。ごめん。間違えた。
「ううん!ごめん!そんな意味じゃなくて!ただ意外だったっていうだけで!私、お風呂大好きだから凄く嬉しいよ。でも温泉の素って、渋いよね」
やっぱりおフランスの入浴剤にしておけばよかった~!別府に登別、有馬もあるよ!じゃなかったな…。
私がもらったプレゼントを開けると、中から出てきたのは小さな鉢植えにグサッと一枚刺さった緑のハート型の植物…?
「あ、それ俺の。可愛くない?ホヤカーリー。別名ラブラブハートとか、ラブリーハートとかいうんだって」
「ホヤカーリー」
鉢に付いていた説明書きに育て方が書いてあったので、読んでみる。寒さに弱く、冬は水を控えめに、か。毎日水やりをしなくていいなら、育てやすいかも。
「ありがとう、北澤君。頑張って枯らさないように育てますね!」
「おう!」
ハート型の植物か。男子のくせに侮れないおしゃれチョイスだわ。
ほかのみんなもそれぞれプレゼントを開けてわいわいはしゃいだ。プレゼントはハンドクリームやお菓子詰め合わせ、柑橘系の石鹸セット、クリスマスの絵のマグカップなどだった。
まずい、私の温泉の素が、一番可愛くない…。
でもクリスマス気分が味わえて楽しいな!私はプティに配って余っていたチョコをみんなにも渡して、クリスマスケーキ代わりに食べた。美味。
塾から帰るとお父様とお母様はパーティーに出掛けるところだった。やっぱり一緒に行かないかと誘われたけど、ごめんなさい。行ってらっしゃいませ。
私は部屋に戻ると、帰りにコンビニで買ってきたあたりめに、お醤油をかけてマヨネーズを付けたものを齧りながら、“ナイトメアビフォアクリスマス”のDVDを観た。この映画はつい毎年観ちゃうんだよね~。あたりめ、がじがじ。緑茶ぐびーっ。
お兄様も今日は仕事とパーティーで遅いみたいだし、いいんだ、いいんだ。私はひとり寂しくDVDを観て寝ちゃうんだ。次はなんの映画を観ようかな。
若葉ちゃんは今頃お店のお手伝いで忙しいんだろうなぁ。桜ちゃんは教会でハンドベルを演奏したら秋澤家でクリスマスパーティーだっけ。葵ちゃんはデート?…メールしてみようかな。いや、ダメだ。私が暇人なのがバレてしまう。我慢、我慢…。
梅若君からは赤鼻と角を付けたベアトリーチェの画像が送られてきた。絶対送ってくると思ってたけど、サンタじゃなくてトナカイの扮装とは思わなかったな。でもこれを、私の作ったニードルフェルトをケルベロス呼ばわりした鏑木がもし見たら、「バフォメットか?」とか言いそうだ。
“あーたんとクリスマスケーキを食べたよ!プレゼントはお花の首輪だよ。可愛い?麗華たん、メリークリスマス!”
メリークリスマス、ベアたん。
夜中、ふと何かの気配を感じて飛び起きた。暗闇に怪しい影が!
「お化けーーっっ!!」
私は取り憑かれないように、ベッドの上を必死で逃げた。悪霊退散!悪霊退散!死者が来るのはクリスマスじゃなくてハロウィンのはずなのに、なぜ!
「麗華、麗華!お父様だよ!お化けじゃないよ!」
「……お父様?」
私はベッドサイドのランプを点けた。ぼんやりとした明かりの中に、狸のお化けがいた。
「なにをやっているのですか、お父様!」
心臓が止まるかと思ったんだぞ!このバカ狸が!寝起きで大声出して、くらくらするわ!
「いや、麗華がひとりでお留守番していたから、お父様、枕元にプレゼントをね」
「プレゼント?」
周りをよく見ると、私の寝ていた近くに、包装の角が若干潰れたプレゼントがあった。お化けに驚いて、私が潰したらしい。
いい年してサンタ気取りか。ロマンチックの空回りだ、狸。
「それはどうも。では私はもう寝ますので、さっさと部屋から出て行ってください」
「はい…」
お父様がすごすごと部屋を出て行くと、ドアの向こうから「だから言ったでしょう」というお母様の声が聞こえた。お母様、止めるならしっかり止めないと。
朝起きて、昨夜の狸サンタのプレゼントを開けたら、文字盤の上をムービングダイヤが転がる腕時計だった。可愛い。これは絶対にお母様に選んでもらったな…。
朝の食卓には、お父様達とお兄様が買ってきた2つのクリスマスケーキがどーんと置いてあった。誰が食べるんだ、これ。塾に持っていったら、みんな食べてくれるかなぁ…。
桜ちゃんから、秋澤君にクリスマスプレゼントにファッションリングを買ってもらったというメールが届いた。なんだとーー!!
私はラブラブハートに祈りを込めて水をやった。