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一発屋芸人が一発屋芸人を取材するなんて、最初はちょっと嫌でした。

『一発屋芸人列伝』髭男爵・山田ルイ53世 インタビュー《前編》

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お笑いコンビ・髭男爵の山田ルイ53世。従者のような相方を連れた、貴族姿のお笑い芸人。ワイングラスを掲げながら、よく響く低音の美声で「ルネッサ〜ンス!」と高らかに叫ぶ姿を記憶している人も多いだろう。芸人としての仕事のみならず、文筆業でも活躍する彼が、6年間のひきこもり生活を含む波乱万丈の半生を描いて話題となった『ヒキコモリ漂流記』に続く、二冊目の単行本を上梓した。タイトルは『一発屋芸人列伝』。雑誌「新潮45」で同名の連載をしていた当時から大きな反響を巻き起こした作品で、第24回雑誌ジャーナリズム賞作品賞受賞に輝いた。レイザーラモンHGを始め、数々の“一発屋”たちの光と影を絶妙な距離感で描き出した本作はいかにして生まれたのかーー。その舞台裏に、ライター・前田久が、前・後編のロングインタビューで迫った。

――今回『一発屋芸人列伝』として本にまとまった連載の、大元のアイデアはいつ頃から温めておられたのでしょうか?

山田 新潮社さんをすでに辞めた、出来幸介という編集者がいましてね。連載の発端の話をするとこの男の名前を出さなければいけないのが、本当に癪に障るんですけど(笑)、そもそもは彼が持ってきた企画なんです。だから「温めていた」というようなものではないんですよ。出来君は、僕がほかの媒体で書かせていただいていた文章を読んで、「コイツ、書けるな」と思ったんでしょうね。そのこと自体はありがたいんですけど、持ってきた「一発屋芸人が一発屋芸人を取材する」という企画のアイデアは、正直、最初に聞いたときはちょっと嫌でした。

――なぜでしょう?

山田 そもそも「芸人が芸人に取材をする」という構図自体がどうなんだろうと思いましたし、さらにお互いに一発屋同士では、まかり間違うと傷の舐め合いになってしまうのではないかという意識がありました。だから最初に出来君にもはっきり、「それはどうなんかな?」と言いました。でも、彼の話を聞いていくうちに、まずは一回試しにやってみようという気持ちになったんです。それで、一発屋芸人仲間の中でも、とても尊敬しているレーザーラモンHGさんを取材させていただいたんです。

――『一発屋芸人列伝』の書籍版でも冒頭に置かれた回ですね。

山田 そう。実はあの回は、雑誌には連載の第一回として掲載されましたけど、自分の中では「プレ連載」のような位置づけだったんです。でも実際に書いてみたら、「これは面白くなったな」と。

――手応えがあった。

山田 はい。それで「出来君の言うてたこと、正しかったね」となって、そこから先も続けることになったんです。

――連載で取り上げる芸人さんたちは、どのような形で決めていったのでしょうか?

山田 どうも出来君の中では、最初から誰を取り上げたいか決まっていたようでしたが、実際には毎回打ち合わせをして、お互いに候補を挙げて、相談しながら決めていきました。

――取材に行く前から、ある程度は話していただく内容のあたりはつけていたのですか?

山田 今は下火になっていますが、数年前、一発屋括りでいろいろな芸人を集めてトークさせるテレビ番組の企画が多かった時期があったんです。各局でそういう番組を、タイトルをちょっとずつ変えてやっていたんですよね(笑)。その時期にムーディ勝山さんが、「一発屋のおもしろ悲しい自虐トーク」というスタイルを発明されたんですね。売れていた時期の最高月収についてのトークから一歩進んで、「休みの日には家族に黙って公園で鳩に餌をやっている」みたいな、ちょっと悲哀を感じる面白い話を披露し始めた。本でもそのあたりのお話は語っていただいていますが、そのスタイルを一発屋芸人みんなが真似して、色々なところでエピソードトークをしていたので、当然、そういう話は取材することを決める前から知っていました。でも、コスリ倒している(※芸人用語で「定番のネタとして何度も使っている」の意)エピソードをわざわざ取材の場を設けて、今さら聞いたところでなぁ……という考えは当然あるわけです。だから、なんとなく出るだろうと予想しているネタはありつつも、コスリ倒している話以外の、世の中にあまり出ていないことを聞ければいいなと思っていたので、取材に行くときはほぼノープラン状態でしたね。

――原稿から受ける印象では、取材前に資料による下調べも念入りにされているような。

山田 そうでもないですよ(笑)。もちろん、ほかのインタビューなどの資料をまったく調べなかったわけではないですし、出来君から資料を渡されることもありました。でも僕の中では、下調べはそんなに必要ないと思っていましたし、結局、書いてみてもそうでしたね。文章を構成する上で、まちがいを書かないようにするために資料はいるけれど、本質的なところでは要らないというか。ご本人に直接インタビューしたときの答えの中身そのものはもちろん、言い方や息づかいの方が面白いなと感じていたんです。文章の構成上、過去の発言が必要な場合には調べることもありましたが、正直に言えばそこまでリサーチに重きは置いていなかったです。本来であれば、インタビューする方のことを徹底的に調べてから取材に臨むことが礼儀なのでしょうが……その点で、ほかの方に比べて僕にアドバンテージがあるなと思ったのは、同じ一発屋同士としての付き合いがあることでしたね。だから、僕がもし他業種の方に取材をしていたら、同じぐらいの熱量で原稿を書けたかどうか分からないです。そこは本職の方と僕とでは、全然違うなと思っています。

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筆が進んだのはコウメさんの章。奇人としか言いようがありません。

――本書の中で特に盛り上がった、印象に残っておられる取材はありますか?

山田 そうですね……、現場は全部盛り上がっているんですよ。ただ、僕の中で予想以上に取材内容が膨らんだというか、筆が進んだのは、コウメ(太夫)さんの回ですかね。それから、別の意味で膨らんだと思うのはムーディ勝山と天津木村くんのバスジャック事件かな。あれ、シャレにならない話ですからね(笑)。

――コウメ太夫さんの原稿は衝撃的でした。山田さんの用意された質問に対する回答が、すべて横滑りする様子が原稿に活かされています。コウメさんの天然っぷりが強烈で……。

山田 そこがコウメさんのおもしろくて素敵なところでもあるんですよ。普通、お互いに芸人ですから「この話を振ったら、こう返ってきて、こういう風にトークが膨らむ」というシミュレーションは同時進行でできるものなんです。でもコウメさんはできないんですよ。リアクションが読めない。そこがコウメさんがコウメさんたる由縁です。奇人としか言いようがありません。

――そういった現場でのやり取りは映像であれば伝わりやすいですが、文章で残すのは至難の技では。コウメさんの回以外はきっちりとした構成になっているだけに、横滑りしていった取材の雰囲気をそのまま原稿に残すことは、怖くありませんでしたか? 「失敗した取材を取り繕いきれずにこういう原稿にしたのか」と思われる恐れもあったかと……。

山田 それは僕なんかよりよっぽど取材して書かれている人だからこそ、怖く感じることなんでしょうね(笑)。たしかにコウメさんとのやり取りを文章にするのはすごく難しいというか、面倒臭いですよ(笑)。話が噛み合わないことを表現するのが難しい。僕は書くのは素人みたいなものですし。でも、それはコウメさんのときだけではないんです。連載のすべての回で考えていたのは、やり取りの空気感を忠実に書くようにすることです。写生するわけではありませんが、なるべくきちんと残す。そのことには非常に心を砕きました。だからコウメさんのときはとても面倒だったわけですが(笑)、基本的な方針はすべての回で変わりません。

――ちなみに一回あたりの執筆時間はどの程度ですか?

山田 取材した内容を一回まとめるまでは、三日ぐらいですね。というのも、僕は締切りがいよいよになるまでやらないという悪癖がありましてね(笑)。余裕は全然与えてもらっていて、そのあいだに原稿の構想は何となく練ったりしているのですが、実際にカタカタと書き始めるのは、一回目の締切の三日前ぐらいです。ただそこからのやり取りがすごく多いんです。

――原稿修正のやり取りや、ゲラチェックに時間を目一杯使われるそうですね。

山田 そうなんです。僕は病気なのか分かりませんが、すごく細かいところがあるみたいなんです。語尾がどうだとか、このフリがちゃんとオチに効いているのかとか、オチとフリの距離が離れていないかとか、とても気になる。それは芸人ならではのことなのかもしれません。原稿を作業の途中で大幅に変えてしまうこともありました。本職の書き手や編集者にとってはありえないことをいろいろやっていたので、出来君はよく付き合ってくれたと思います。たとえば、送った原稿が1万字に削られて戻ってきたのを、2万字にして返すなんてことを平気でやりましたからね(笑)。出来君は辞める直前に「胃が千切れそうだ」と言っていましたよ(笑)。

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そこ、つっこみます?(笑)ムーディと木村君には気を遣って書きました。

――話を取材の件に戻すと、ムーディ勝山さんと天津木村さんの回は、怖かったです。

山田 いやぁ、あれは自分で書いといてなんですが、ホンマに怖い話ですけど……何が怖いと思いました?

――原稿でおふたりのあいだで起こった芸人ならではのトラブルについて書かれていて、おふたりは最終的には和解したということになっているのですが、よく読むと実は、和解していないのではないかと感じるところもありまして……。

山田 世間的に言う「完全和解」ではないですよ。お互いに芸人で、大人ですし、先輩方もうっすらと絡む話になっていますから、「シャンシャン(=手打ち)にしときましょう」みたいな形ですね。そこに反応しましたか。僕はあの回は、木村くんが根本的に恐ろしいですよ。原稿にも書きましたが、普通は後輩がやっているある種の芸人としてのギミックを、自分がそのままやろうとは思わないでしょう。ムーディが後輩とはいえ、そんな木村くんと折り合っているのもすごいですけどね。ムーディはこの春、地方のレギュラー番組が6本になったんです。さすが、そのぐらい一生懸命やっている男は違いますね。

――ええっと……こんな風に混ぜっ返すのもなんですが、今のお話ですと薄氷を踏むような和解状態ですから、山田さんの原稿の書きぶりによっては、再びおふたりの関係性がこじれてしまう可能性もありましたよね?

山田 そこ、つっこみます?(笑)ええ、そこにはとても気を遣いました。コウメさんのときとはまた違った形で、原稿にするのが難しかったですね。もちろん心情的には、ムーディ寄りなんですが、あそこまでの時間と労力をかけて免許を取りに行って、自分のネタにしようとする木村君の姿にも感じるところはある。
最終的には誰も悪者にはならないようにしたいという想いはありました。まあ読後感としては木村くんがやや悪者になっていると思いますけど(笑)。

――そのバランス取りは、どうやってやられていたんですか?

山田 連載を始める段階で、取材相手との距離感は大事にしようと思っていたんですね。最初にもちょっと言いましたが、同じ芸人で、一発屋同士で、距離感が近すぎると傷の舐め合いのようなみっともないことになる。かといって離れすぎるのもおかしい。褒めすぎず、貶しすぎずの、ちょうど良い距離感にしたいと考えていました。その上で、取材で話していただいたときの熱量や、僕が相手のことを尊敬していたり、すごいと思っている部分を、そのまま表現できればいいな、と。だからバスジャック事件の回も、なるべく取材そのままを書くようにしつつ、微妙な調整をするように心がけました。

――そんな連載の最終回を、ご自身のコンビである髭男爵で終わらせたのはなぜでしょうか?

山田 何回も名前を出して申し訳ないのですが、それも出来という男がですね……(苦笑)。僕は嫌だと言ったんですよ。ほかの人の場合でさえ距離感が難しいのに、最後に自分のことを書くなんて、こんなにお寒い話はないんだと。「大丈夫なのか。これは有り得ない提案だぜ?」と一年間ぐらい、連載が始まったときからずっと出来君に言っていたんですけど、最終的には僕が折れました。自分で自分のことを書いたらゼロ距離ですから、距離感を保つために相方のことを中心に書いて、なんとか寒くならないように逃げおおせたつもりですけどね。出来君としては、締めとして自分のことを書いてほしいという気持ちがあったんですって。その熱意に負けた感じですね。

――自分のことを書くのは、本当に難しいですよね。

山田 そうなんですよ。自分で自分のことを褒めるのも変な感じだし……。

――かといって自虐に走りすぎると、かえって嫌味な感じになったりして……。

山田 そう、異常に自虐的にならないようにするのが難しかったです。朝日新聞デジタルさんのwithnewsでやっているコラムは自虐的なノリで書いているんですけど、この連載だと、髭男爵の回だけ急に自虐的になってしまうと、他の回とのバランスが悪くなる。むしろ「自分に酔っているんじゃねえか」と思われてしまう恐れもあったんです。それが嫌だったこともあって、あの回はあの回で、また違う気遣いをしました。相方の悪口で何とか乗り切った回ですね(笑)。

 <「後編」に続く>

 (取材・執筆:前田久、撮影:鈴木まさみ)

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山田ルイ53世(やまだ・るいごじゅうさんせ)
本名:山田順三(やまだ・じゅんぞう)。お笑いコンビ・髭男爵のツッコミ担当。兵庫県出身。地元の名門・六甲学院中学に進学するも、引きこもりになり中途退学。大検合格を経て、愛媛大学法文学部に入学も、その後中退し上京、芸人の道へ。「新潮45」で連載した「一発屋芸人列伝」が、「編集部が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」作品賞を受賞し話題となる。その他の著書に『ヒキコモリ漂流記』(マガジンハウス)がある。

一発屋芸人列伝

一発屋芸人列伝 著者: 山田ルイ53世

出版社:新潮社

発行年:2018

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