ここはナザリック地下大墳墓の一室。
久々に居城に帰ってきた墳墓の主である魔導王アインズ・ウール・ゴウンは最近では珍しく予定のない今日をここで過ごそうと考えていた。
(やっぱりこっちの方が合っている……。これが帰巣本能とかいうやつなのかもしれないな)
エ・ランテルの部屋はナザリックに比べ遥かに見劣りする。それでも鈴木悟だった頃に比べれば十分に広く、ナザリックの寝室ほど広すぎもしないために最初はエ・ランテルの方が気後れせずに済むので良いとさえと思っていた。
しかし、ここ二週間ほどエ・ランテルでの業務が続いた後にはすっかり帰りたくなってしまった。そういう訳で今日は一日ナザリックで過ごすことに決めたのだ。
今日は仕事のない日ではあるが、何をするかは決まっている。
そう、ジルクニフ観察である。
ここ最近忙しかったためにすっかりほったらかしになってしまっていたのだ。
(……これから王として嫌でも他人の前に立つことが増えるだろうし、もう少し王の態度というものを学ばせてもらおう)
広い一室に一人、鏡の前の豪華な椅子に座る。そして鏡に向かって少し大げさに手を動かすと墳墓の外の景色が映る。この遠隔視の鏡ならば空からあらゆる場所を眺める事が出来、さらにスクロールを使えば室内を覗き見ることだって可能だ。
目的の人物を見るべく手を動かして覗く場所を変える。そうこうしているうちに、鏡面には帝都アーウィンタールに聳え立つ帝城が映った。
さらに近寄って執務室と思われる部屋を外からジルクニフを覗く。
「どれどれ……。ジルクニフのやつ今は何をしてるんだろうか……。──────む?」
そこでアインズが見たのは、今まで見たことがない清々しい笑顔で誰かと話しているジルクニフの姿であった。
(あいつ、あんなに笑うやつだったか?いったい誰と話してるんだ……)
ジルクニフの営業スマイルならばアインズも幾度か見たことがある。しかし、あのような心底幸せそうな満面の笑みは初めて見る。
相手が誰か知りたい気持ちを抑えられなくなったアインズはすぐさまスクロールを使用し、部屋の中を覗く。
「何……あれはクアゴアの王じゃないか……。確か名前は……リユロ?だったか。いつの間に……」
ジルクニフとリユロの間に交友関係があったとはアインズは思いもしなかった。確かに魔導国の方針に全種族平等を掲げたのはアインズ本人である。しかしアインズ自身この世界で種族の違いによる摩擦はよく見てきたので、種族を超えた信頼関係が築かれるのはもう少し先だろうと思っていた。
(どうしてあいつら仲良くなってんだ……。二人とも俺の前ではよそよそしいのに……)
友達になりたかったのに上手くいかなかった相手が新しい友達と楽しそうにしている。
そんな光景を目の当たりにしたアインズの心にはごく小さな嫉妬の炎が灯った。そしてそれはその小ささ故に抑制されることなく残り続ける。
彼らがいつ出会ったのか、どれほど仲が良いのかなど気になることはたくさんあったが、ふと気が付けば二人は揃って部屋から出てしまっていた。
彼らの関係が一体どういうものなのか気になって仕方がないアインズはそのまま彼らの後を追い続ける。
しばらくして、二人の足が扉の前で止まった。秘密の会談でもするのかと思っていたらそこにあったのは料理の数々。ナザリックの料理に比べれば見劣りするが、精いっぱいの礼を尽くしていると思える程には手の込んだものに見えた。
そして席に着き食べ始めた彼らは食事中も相も変わらず楽しそうに話している。
アインズは楽しそうにしている二人をこっそり覗いているという自分の状況がいかにも友達のいない人間のやることではないかと思い至り、鏡を見るのをやめる。
(何してるんだ俺……。まぁいい……今日の覗き見はこれくらいにしとこう。何か敗けた気がするが気にするのはやめだ。─────さて)
予定よりも早くジルクニフ観察を切り上げてしまったので、余った時間をどうしようかと考えだす。支配者の演技の練習をしてもいいのだが、今それをすると夜にやることがなくなってしまう。それに何を考えていてもついさっきのジルクニフとリユロの姿が頭にちらついて集中できない。
(ったく……どこで知り合ったんだあいつら。仲良すぎだろ……)
アインズは鏡の置かれた部屋を出て廊下を歩きながら今日の残りの時間をどう使うか考えるのであった。
☆
翌日、マーレと今後エ・ランテル郊外に建設予定の冒険者訓練用ダンジョン建設の打ち合わせをしていたところ、デミウルゴスが入室を願い出てきた。アインズは許可を出し、デミウルゴスと近況についてしばらく話し合っていた。
「────そういえばデミウルゴス。この前ジルクニフとクアゴアの王とが仲良くしているのを見かけてな」
「そ、それは……」
「余りにも仲がよさそうだったから人間とクアゴアで一緒に冒険者パーティを組ませてみるのも面白いかもしれないな」
その瞬間、本来窺い知ることのできないはずのデミウルゴスの眼が見開かれたように見えた。口を少し開けて驚いているようにも見える。アインズは自分が何か失言をしたかと焦りだす。
「……流石はアインズ様。今から私がお見せしようとした報告書の中身を言い当てられた上にその先の計画まで考えられているとは……。このデミウルゴスいつまでたってもアインズ様の叡智に驚かされるばかりです。もはや報告書も不要なのかもしれませんね」
(えっ……)
「ど、どういうことですか。アインズ様、ぼ、僕にも教えてください!」
問いかけてくるマーレに対して、アインズは表情の浮かばない自分の顔に感謝する。
(いやいや何のことかサッパリ分からんし報告書やめるとか勘弁してくれ……。なんて言えるわけもないし……)
アインズの中に罪悪感が募る。しかし真実を吐露するわけにもいかないことも重々承知だ。腹をくくってギルド長の証であるスタッフをデミウルゴスに向ける。
「……デミウルゴス、マーレに分かりやすく説明してあげなさい」
アインズは興味なさげに視線を逸らしつつも、今からデミウルゴスの話す内容を一言一句聞き逃すまいと全神経を集中してこっそり耳を傾ける。
「はい、畏まりました。……アインズ様は帝国の皇帝とクアゴアの王とが非常に仲がいいという情報を手に入れられた。なのでそれを利用して種族を越えた友好関係というものを国内外にアピールするため人間とクアゴアで冒険者パーティーを組ませようとお考えになった。ここまではいいね?」
「は、はい」
「そしてそれは正式に魔導国の冒険者組合が設立され活動を開始したこともついでに宣伝できるのだよ。加えてちょうどこの前試作品が出来上がったドワーフ製のルーン武具を支給して使い心地を聞き、評判が良ければ広めさせる。というように一度にいくつもの収穫を得る事が出来るという素晴らしい計画。流石はアインズ様、報告内容を事前に察知した上にそれを利用した策を既にご用意されているとは……。このデミウルゴスいつまでもアインズ様の叡智には驚かざるを得ません」
「な、なるほど……。さ、流石です。アインズ様。あ、あの、憧れちゃいます」
「う、うむ。デミウルゴスには即座に見抜かれてしまったようだな……」
アインズはそんなこと考えてないと言いたくなる気持ちをぐっとこらえる。真実を知った時の彼らの落胆が恐ろしく、立場もあって言えるわけがないからだ。それにデミウルゴスの話は確かに名案に思えたので実行に移して良いとも思えた。
しかし、何かに気付いた顔をしたマーレが問いかけてきた。
「えっと、あの、その、お姉ちゃんが言ってたんですけどクアゴアって日光で目が見えなくなるって……」
「あぁ、それは問題ない。この前頼んでいたモノが量産体制に入ったので今年中にほとんどのクアゴアが日中でもエ・ランテルの街を歩けるようになるだろう。そうだろう?デミウルゴス」
「はっ!その通りでございます」
少し前であれば人間とクアゴアを組ませて冒険者パーティーを作るなどというのは却下していただろう。というより不可能であった。その原因はクアゴアという種族の抱える特性がネックだったからだ。
クアゴアという種族は夜目がきく。一見便利そうに思えるそれは逆に日光などの強い光のある場所では盲目同然になるというデメリットを抱えていた。
エ・ランテルで挨拶がてら今後の統治について話そうとリユロを呼ぼうとした時に先方からどうか室内か日没後にしてほしいと懇願されたのはアインズの記憶に新しい。
これからエ・ランテルに用事のあるクアゴアは増えるだろうし、他にも光に弱い種族がいるかもしれない。したがって彼らが日中でもエ・ランテルの街を歩けるようにする必要があった。
マーレの力を借りてエ・ランテルの地下に街か何かを作ろうとも一度は考えたのだが、今は冒険者用の練習ダンジョン建造の仕事がある。それに一万ものクアゴアやその他の種族も暮らせるような空間を地下に作るとなると、上の街が沈んでしまわないかという心配がある。
そこで思いついたのが日光を遮断するサングラスの生産であった。しかし、この世界においてサングラスそのものをたくさん作るのは難しい。その結果パンドラズ・アクターの案で作られたのが動物の革製のアイマスクのようなものに横に細長い切れ目を入れた遮光器であった。
サングラスに比べ遥かに単純で作りやすい皮革製品であり、別件でナザリックに連れてきたクアゴアの子供に試したところ効果はてき面だったので量産を命じていたのである。
これを使えば日中で盲目同然になることもない。加えてもともと視力の良い種族であり、制限された視界でも十分に活動できると聞いている。もう既に1000個ほど製作され順次配布されており、評価も上々だ。
遮光器によって日中の活動が可能になったクアゴアと職を失った元帝国騎士を組ませれば、昼は騎士が前線に立ち夜はクアゴアが活躍するという適切な役割分担が可能になる。そして彼らにはルーンを刻んだ武具を支給して、使い心地を聞き今後に生かす。
この計画が上手くいけばあらゆるメリットがもたらされる。
全種族平等思想のもと種族を超えた友好関係のアピール、魔導国冒険者組合の旗揚げ、ルーン武具の宣伝。これらを一度に可能にしてしまう妙案だとアインズは表情の出ない骨の顔でほくそ笑む。
あらためて思い返してみてもさほど大きなデメリットがあるとは思えない。せいぜいドワーフ製の武具をクアゴアが拒絶するかもしれないぐらいのことだろう。
その後アインズはおおまかな計画の内容についてデミウルゴスと話し合い、と言ってもほとんど相槌を打っているだけだったが、今度アルベドも含めた会議で議題に取り上げようという結論に至る。
「……そこまで急ぎではないが、聖王国の件もある。今から着々と準備を進めていこう」
守護者二人の意気込む返答を受け、アインズも覚悟を決めた。
法界悋気(ほうかいりんき)・・・他人のことに嫉妬すること。
パンドラズ・アクター→ドッペルゲンガー→埴輪っぽい顔→土偶?→遮光器土偶!
てな感じで連想した挙句の案。
活動報告にも記載したように更新が遅くなるので書きあがった時は出来るだけ事前に告知しようと思います。