その戦いは見事と言う他なかった。
武王がその手に持つ大剣を信じられない速さで振り下ろすのを、魔獣が尻尾で跳ね返し体当たりを食らわせたところなど、興奮のあまり声が出るのも仕方ないというものだ。
はっきり言って楽しかった。会談の合間の余興というには見応えがあり過ぎたのだ。
かつて帝国の闘技場で魔導王と武王が戦った時は、とても試合を楽しめるような状況ではなかった。確かに今回も突然のことで動揺はしたが、あの時ほどではない。
結果は武王の惜敗ではあったものの、魔導王に蘇生されてからまだ月日がそう流れていないことから考えると十分なものだったと言える。
それに、果実水も非常に美味だった。以前来た時とはまた別のものではあったが、皇帝という立場上、日頃から己の所作には気を付けているジルクニフをして浴びるように飲みたいと思わせるほどの一品であった。
それらのことに気を囚われ、試合後の魔導王との会談でどう立ち回るか考えるのを忘れていたことに気付く。
(……もしかして、それも奴の狙いか?いや、考え過ぎか……)
「……さて、ジルクニフ殿。楽しんでいただけただろうか?」
「え、えぇ勿論です。このような試合はそう見れるものではないでしょう」
「それは良かった。で、この後なんだが、そもそも今日は会談という話だったが貴殿も知っての通り帝国の今後についてはすでにうちの部下から聞いていると思う。今回の件はこれから何かと二国間の関りが増えると思われるので互いの関係を良好に保つために催したものだと知っておいてほしい」
「……はい、私どもの為にここまで用意していただき誠にありがとうございます」
「まぁ、そう畏まらないでくれジルクニフ殿。今言った通り現状ここで早急に話し合わなければならないような議題など無いのだ。今日の催しは我々なりの歓迎。それならば最後までもてなすというのが筋。食事と宿泊の準備もしているのでゆっくりしていってくれ」
(これが狙いか!ここに滞在させその間に洗脳でもする気かっ……)
しかし、前回と状況は違う。ここまで言われては断るわけにもいかないのだ。属国になった手前、宗主国には従順であることを魔導王に示す必要がある。
それに今更何ができようか。
(……あの魔導王のことだ。本当に洗脳する気があるならこちらが気付かないようにだって出来るはずだろう。ここは受け入れるしかない……)
「身に余るご配慮に深謝申し上げます。ではお言葉に甘えさせて頂きたく……」
ジルクニフは覚悟を決め、申し出を受け入れた。
☆
幻のようなひと時であった、とジルクニフは思う。
出された食事はその暴力的な美味によって脳が痺れるかの如き錯覚を引き起こすほどのものであり、あてがわれた部屋はその豪華な調度品と内装ゆえ皇帝として贅を尽くしてきたという自覚を持つジルクニフ自身ですらそわそわと落ち着かず部屋を歩き回ってしまった程である。
供として連れてきた四騎士の二人が宿泊したのがどのような部屋だったかは定かではないが、翌朝顔を合わせたときの様子から見るに似たような経験をしたに違いない。
我々人間など魔法で洗脳するまでもないということなのだろう。あれほどのもてなしを受けてなお心が揺さぶられない者などいないに違いない。
帝城に戻り一人執務室にいるジルクニフは、色々あった墳墓での滞在を振り返り、時には恥じ、後悔し、情けなくなったりもしたが諦めの感情が大半であった。
一度諦めてしまえば気楽である。なにせ全ての不満や面倒ごとを魔導王に投げればいいのだ。既に一日にこなすべき業務の量もかなり減ってきており、その内かつての半分以下になる見込みだ。魔導王に感謝すべきとすら言えよう。
おそらくこの世界で誰も敵う存在がいないであろう神の域に達する圧倒的強者の庇護下にあると考えれば未来は明るいとすら思える。
皇太子として、皇帝として、苛烈な日々を送ってきたジルクニフにとって初めて抱く安心感というものがそこにはあった。
「───もう、いいか。全て魔導王陛下に任せよう……。抗うだけ無駄だし、おそらく最初の属国として当分の間はいい思いが出来るはずだ……」
椅子から立ち、窓を開けると涼やかな風が部屋に流れ込む。
窓から見える雲一つない快晴の空とあわさって、これからの未来はそう悪いものではないと励まされているかのように思われた。
一陽来復(いちようらいふく)・・・悪いことが続いたあと、ようやく物事がよい方に向かうこと
万里一空(ばんりいっくう)・・・目標や目指しているものを見失わずに努力し続けること
急ぎ足になって申し訳ありませんがいったんここで終わりです。
無謀にも新章突入の予定なのでタイトルを変えました。