せめて、皇帝らしく   作:亭々弧月
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嚆矢濫觴

「……面を上げてはくれないか?」

 

 悍ましき死の権化はジルクニフを見下しながらそう言った。

 かつて対面したときは墳墓の主とバハルス帝国の皇帝という関係だったが、今となっては宗主国の王と属国の皇帝。覆しようのない上下関係がそこにはあった。

 

「お招きにあずかりまして光栄です。至高なるアインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下」

 慣れない敬語、慣れない立場ではあるもののジルクニフはそつなくこなす。

 

「うむ……。今日はそういう堅苦しいのは抜きでいいだろう。君と私の仲ではないか」

 

(───「君と私の仲」だと?互いの仲は主従関係に等しいことを再確認させようとでもいうのか?)

 

「寛容なご配慮に感謝申し上げます。しかし……」

 

 ジルクニフは表に出せぬ思いを腹の底に押しとどめ、心から笑っているかのような笑顔で答えようとする。しかし、目の前の存在はそれを見越したかのように遮った。

 

「そうか?気軽にアインズと呼んでくれて構わないぞ?ジルクニフ殿」

 

 

 

 圧倒的上位者からの「気軽に」という言葉ほど怖いものはない。どの程度までが許されるのか推し量ることが求められるからだ。本来ならば普段の言動に加え相手の顔や目の動きなども考慮した上で立ち回るのだが、髑髏の顔を持つアンデッド相手にそれは通用しない。

 

(私を試している?───いや弄んでいるのか……)

 本来ならばゴウン陛下と答えるところだが、自分のことを「ジルクニフ」と呼んだことから此方も「アインズ」の方で答える方が適していると思われた。しかしだからといって「アインズ陛下」ではおかしい。

 

 

「承知しました。ではアインズ様と……」

「……あぁ、それで頼む」

 

 ジルクニフの眼に魔導王の佇まいがどこか物悲しそうに映ったのは気のせいだろう。機嫌を損ねたようには見えなかったので少し安堵する。

 

 アインズはジルクニフに椅子に座るよう勧め、ジルクニフが座った後に腰を降ろした。その仕草は支配者として過ごしてきた悠久の時を思わせる威厳あるものだった。

 

 

 

 

「さて、ジルクニフ殿。ここが何処だか分かるかね?」

 

「───闘技場のように見えますが、エ・ランテルにこのような立派なものがあったとは寡聞にして存じませんでした」

 

 

アインズはジルクニフの方を向くと不気味に笑いながら種を明かす。

「くっくっく……実はな、ここはエ・ランテルではないのだよ。ナザリック地下大墳墓の階層の一つなのだ」

 

「────は?」

 

 瞬間、思考に空白が生まれる。

 

(何を言ってるんだ。からかっているのか?嘘は言ってないように見えるが…)

 

「……いえ、あの……空が見えるのですが?───墳墓の階層とは地下のことではないのですか?」

 

 戸惑うジルクニフに更なる混乱を与えんと、アインズが答える。

 

「あの空は偽物だ。ジルクニフ殿の言う通りここは地下。地下と言っても森も湖もあるがな」

 

 肩越しに後ろに控えているバジウッドとニンブルを見ると、二人して目を見開いて呆けている。

 偽の空を作る魔法など聞いたことがあるはずもなく、もし実在するなら神の御業とも呼ぶべき行為だ。

 

(────本当にここが墳墓の地下なのか真偽の程は定かではないが、ここはとりあえず話に乗っかり少しでも情報を得るしかない……)

 

 

「……こ、ここはアインズ様がお創りになったのですか?」

 

「アインズ・ウール・ゴウンが創ったという意味ではそういうことになるな」

 

 なんとも引っ掛かる言い方だ。しかし掻き乱されたジルクニフの心はまだ落ち着きを取り戻していない。今の言葉の真意を紐解くより何故自分たちがここにいるかを明らかにすることの方が先だと判断するので精いっぱいだった。

 

「そ、それに会談はエ・ランテルで行うと……」

 

「……あぁ、虚偽の目的地を伝えたのは悪いと思っているが、ちょっとしたサプライズだと思ってくれ。闘技場に来てもらったのは試合を観戦するためでもあるからな」

 

 ジルクニフも最初はこの忌まわしき骸骨がまたしても荒唐無稽なことを言い出したと思った。しかし、この状況には経験がある。そう、帝国の闘技場での一件だ。

 

 法国との極秘会談を剔抉された上、アインズが人には殺せぬ存在であると思い知らされたあの日。そして、ジルクニフが自らの国を魔導王に差し出すと決めた日である。

 

(───もしかして私への意趣返しだというのか。あの時の私がいかに愚かであったかを何より私自身に痛感させるため、雪げぬ恥を首輪として私に嵌めるつもりかっ……なんということだ……)

 

「それに今回ここで戦うのはジルクニフ殿も応援していた武王だ。しかも相手はあのアダマンタイト級冒険者モモンの従える魔獣。これ以上ないスペシャルマッチだとは思わないかね?」

 

「……え、ええ、非常に楽しみです…」

(本当に闘技場での出来事を再現するつもりかっ……。その上あの配下に加えたという冒険者モモンの魔獣だと?───人類の英雄すらも己が下僕だと喧伝するのが目的か!)

 

 抵抗心を完膚なきまでに打ち砕くためであろう今回の催しの前では、ジルクニフも自身の矮小さに恥すら覚える気がした。

 帝国最強の武王を奪い、英雄の騎獣と戦わせる。それはまさに圧倒的強国の栄耀栄華の発揚に打って付けだと思われた。

 

 

 策が嵌まったと感慨に耽っているかの如く嬉しそうにアインズは笑う。

「ふふ、それは良かった。……もうすぐ始まる頃だ。飲み物も準備してあるので好きに頼んでくれ。果実水や紅茶にアイスマキャティアもあるぞ」

 

 

「恐れ入ります。では、果実水をいただきたく……」

 

「だそうだ。ユリ、持ってきなさい」

 

 しばらくしてメイドが果実水と思わしきものが入ったデキャンターとグラスを運んできた。中に入っているものが果実水であると確信できなかったのはその水が透き通った黄金色をしており、なにか高級な蒸留酒かのように見えたからである。

 メイドがグラスに注いだ時、辺りに芳醇な香りが漂う。そしてジルクニフの椅子に横付けされた小さなテーブルにグラスが置かれた。

 

「あぁ、すまない。ありがとう」

 軽くメイドに礼を言いながらグラスを一瞥する。その馥郁たる香りに今すぐにでも飲み干してしまいたい衝動に駆られるが、さすがにそのような浅ましい真似は出来ない。飲むのは試合が始まってからにしようと決めた。

 

 

 わずかの間をおいて、どこからか跳躍する影が一つ闘技場の中心に降り立つ。魔法を使ったようには見えず身体能力によってなされた技巧であるなら一体どれほどの存在なのかと思ったが、よく見るとあの時帝城にやってきた闇妖精(ダークエルフ)の一人だった。

 金の髪から突き出した耳をピクピクさせながらその整った顔には笑顔を浮かべている。

 

「────さあ、まずは帝国最強の武王、ゴ・ギンの入場だぁあ!」

 手に持つ棒か何かで増幅されたであろうまだ幼い声が闘技場にこだまする。その声に応えるように客席の無数の土くれが足を踏み鳴らす。

 

 

 鉄格子が持ち上がり、入場してきた武王はジルクニフの記憶にあるものと違う見た目をしていた。身に纏う鎧は帝国四騎士に与えているものより高価そうで魔法の光を宿していた。その手に持つ大きく無骨な大剣も同様に魔法の輝きを放っている。いわゆる魔化された装備とは少し輝きが違う気がしたが、その理由は分からない。

 

「そして対戦者はあのアダマンタイト級冒険者モモンの従える魔獣!森の賢王ことハムスケ!!」

 

 声が響き渡るとほぼ同時に武王が入ってきた門の反対側の鉄格子が持ち上がり、森の賢王が入場する。

 その美しい毛並みに威厳ある風貌や鋭い眼光はまさに森の賢王という名にふさわしく思われた。その身にはこちらも魔化された防具を着用しており、その実力が窺われる。

 どちらが勝つのか見当がつかない組み合わせに、正直楽しみにしている自分がいることをジルクニフは認めざるを得なかった。

 

 両者が対峙し、間に立った闇妖精(ダークエルフ)が試合開始の合図を告げる。

 

 

「……それでは両者位置について─────始めっっ!!!!」

 

 




嚆矢濫觴(こうしらんしょう)・・・物事の始まり・起こり。「嚆矢」はかぶら矢の意。転じて、物事の始まり。昔、戦いを始めるときに、かぶら矢を敵の陣に射かけたことからいう。

試合の戦闘描写はバッサリ行く予定です。








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