せめて、皇帝らしく   作:亭々弧月
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毛骨悚然

 着替えを済ませ、侍従に身だしなみを確かめさせた後、ジルクニフは外で待機していた帝国四騎士の二人──“雷光“と“激風”を連れ中庭に向かう。

 

 今回の会談においてはフールーダの高弟は引き連れないことに決めていた。何故なら、これ以上彼らを魔導王と接触させると自分たちも魔導国へ行きたいなどと言い兼ねないと思われた為だ。最大戦力であるフールーダが裏切った現状では今更かもしれないが、それでも人材流出というのは極力避けねばならない。

 

 程なくして中庭に到着する。今でもあの闇妖精(ダークエルフ)の姉妹が竜に乗ってここに降り立ち、手塩にかけて育てた騎士や近衛兵や魔法詠唱者(マジック・キャスター)たちを生き埋めにした光景が昨日のことのように思い出される。未だ消えることのない地割れが勢いよく塞がった跡がその凄惨さを物語っており、今から自分が向かう先が死地に等しい場所であることを改めて痛感させられる。

 そして中庭の中心の方に目を向けると、その闇妖精(ダークエルフ)の主人たる魔導王アインズ・ウール・ゴウンに仕える美しきメイドの二人が佇んでいるのが目に入った。

 

かつてあの墳墓に赴いた時、場違いなログハウスから最初に現れた二人。

(確か名前はユリ・アルファとルプスレギナ・ベータだったか?しかし究極の美貌というものは何度見ても言葉がでないな)

 

 こちらを視認したであろう二人のメイドは同時に一礼し、髪を結い上げた女の方が口を開く。

「お待ちしておりました。ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス皇帝陛下。ただ今より転移の準備を行いますので少々お待ちください」

 

そう言ってユリが後ろを向くと、突然まるで空間から取り出したかのように大きな木枠が現れた。よく見ると精緻な彫刻が施されており、額縁のようにも見える。それは絵を入れずとも飾れるのではないかと思えるほど立派なものであった。

「さぁ、どうぞ、お入りください。」

 

 そう言われて枠の中を直視すると、その向こうに見えるのは中庭ではなく、通路。それも磨き抜かれた大理石の床に絢爛たる絨毯が敷かれた荘厳な通路だった。

ユリに先導され枠を抜け、その通路に足を踏み入れる。

 ─── ここで違和感がジルクニフを襲う。

(おかしい、エ・ランテルにこんな広く立派な通路を持つ建物などあったか?いや、最近エ・ランテルで何か大きな建造物が出来上がったという話は聞いていない。それともあの魔導王ならあっという間に作れてしまうものなのだろうか。……それにしてもあの墳墓で通った通路に似ている……。いや、まさかな…)

 胸中に湧き上がる嫌な予感を持て余しながら先へと進む。

 

「この先でございます」

 言われるがままメイドについて行くと、突き当りの壁にさっきと同じような、それでいて遥かに大きい枠がかかっていた。その枠内には七色に光る膜のようなものが広がっているため、向こうの様子を窺い知ることは出来ない。

 

「では、先ほどと同じようにお進みください」

 てっきり会談を行う部屋への入り口へ案内されると思っていたジルクニフは面食らうが、それを表に出すことはない。しかし、転移を続けて2度行うというのは不思議に思われた。

 

(いや、そもそも何故2回転移を挟むのだ?魔導国の間諜対策なのか?)

 かのカッツェ平野での大虐殺の時、アインズ・ウール・ゴウンは転移魔法のようなもので兵を呼び寄せたと聞いている。魔導王が行使する転移魔法は、十三英雄に匹敵する魔法詠唱者(マジック・キャスター)であるフールーダの行使する魔法より上位のものと思われるため情報が無く、どのような魔法か詳しくは分からない。

(……もしかして何かデメリットのようなものでもあるのか?───しかし本当にそうだとしてもあの魔導王なら私に悟らせずに事を運ぶなど容易いはず。ならば何かしらの防衛策と見るのが妥当か)

 

 そんなことを考えながら歩を進め枠の前に立つ。

 ジルクニフの右にはバジウッドが、左にはニンブルが並ぶ。彼らを横目で見ると此方が笑いそうになるほど酷く緊張した面持ちだった。彼らの怖気づいた顔を見て逆に冷静さを少しばかり取り戻したジルクニフは意を決して枠の向こうへ足を踏み入れるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 その部屋に入った時に最初に抱いた印象は、気品に溢れ華美でそれでいて落ち着いた雰囲気を持つ貴賓室のような部屋、というものだった。しかし壁の一面が大きく開いていて、その向こうに広く横に長い立派なテラスが備わっており、そこには40はあろうかという豪奢な椅子が十分な間隔を持って外に向かって並べられていた。

 

「では皇帝陛下。こちらの席でお待ちください。」

そういってユリは先ほど見た豪奢な椅子───外を眺めるための特等席とも言えるであろう場所にジルクニフを案内する。

 

その席に近づくにれて目に入ってきた光景は驚愕を禁じ得なかった。

 

 眼下には何層にもなる客席が広がる。そしてそこに座る無数の動像(ゴーレム)達。それらが中央の空間を囲んでいて日の光が差し込む、まさに闘技場というべき場所であった。帝国の闘技場に自信を持っていたジルクニフだが、それに勝るとも劣らない光景が広がっていたのだ。

 

 ジルクニフは肩越しに後ろ─────ここまで付いてきた二人の配下を見る。

 バジウッド、ニンブルともにこの目の前に広がる光景に驚きを隠しきれていない。それもそのはず、エ・ランテルに闘技場があるなどと聞いた試しがないのだ。エ・ランテルで情報収集に当たらせてる部下からもそのような話は聞いたことがなく、この闘技場の外がどうなっているのか中から見えないのがもどかしい。

 

ジルクニフはバジウッドとニンブルに椅子の後ろに待機するよう命じ、腰を下ろす。

 

(一体、ここはどこなんだ?エ・ランテルとは別の場所に闘技場を作ったとでもいうのか。……しかしあのような大量の動像たちをどうやって…)

 動像(ゴーレム)を作るのは大変だ。かつて帝国でも労働力として動像(ゴーレム)を使用する研究を行っていたが、その余りにも膨大な費用故に研究が凍結されたことは記憶に新しい。

 

 ジルクニフは闘技場の上に覗く青空を眺めながら、これからこの身に起こる事が悲劇でないのを神に祈った。

 

 しばらくしてユリが、ジルクニフの余り望んでいない言葉を告げる。

「お待たせしました。アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下のご入室です。」

 

 

 

 

 

 

 メイドが主人の入室を告げたとき、ジルクニフの右の席から少し離れた辺りに先ほど通った木枠に広がっていた虹色の膜に似たものが浮かび上がる。そこから誰が現れるか悟ったジルクニフは席から立ち上がり、膝をついて首を垂れる。

 

 背後から控えていた二人の騎士が息を呑むような音がしたが、続いて耳にした金属音から彼らもひれ伏したことを察する。

 

 

 その刹那、周囲の気温が下がった。

 何か悍ましい寒気のようなものがジルクニフの背中を駆け上がる。先ほどの青空がまるで一瞬のうちに凍てつく暗夜になったかのようであった。

 そしてその寒気の中心にいるであろうその存在────無量の叡智を持ち、人智を超越した魔法詠唱者(マジック・キャスター)にしてアンデッド。

 今首を垂れたジルクニフ自身を空虚な眼窩に灯った灯火から見下しているであろうその人物。

 魔導王アインズ・ウール・ゴウン。

 この存在の前では人類の生み出すあらゆる策謀は児戯に、人類の持つあらゆる力は風の前の塵に等しい。

 その畏ろしき死の権化は、人の残滓を残すかのような声でジルクニフに語りかける。

 

「……面を上げてはくれないか?」

 

 

 

 




毛骨悚然(もうこつしょうぜん)・・・非常に恐れおののく。髪の毛や骨の中にまで、ひどく恐れを感じるということ。



本当はもう少し先まで入れたかったのですが、その後の展開が他作品と酷似していることが判明した為に大幅な軌道修正が必要となったので、しばらく更新が出来ないことをこの場を借りてお詫び申し上げます。







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