サバイバル・オブ・ザ・モモンガ   作:まつもり
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第十二話 介入

魔術師が《リーンフォース・アーマー/鎧強化》と《マジック・ウェポン/武器魔法化》の魔法を戦士へと飛ばす。

 

リーダーが着る革鎧が一瞬だけ光輝き、手斧にも青白い微光が宿ったことを確認すると、魔術師は盗賊が腰に下げている矢筒にも《マジック・ウェポン/武器魔法化》を掛けた。

 

鎧を強化する《リーンフォース・アーマー/鎧強化》と、武器の威力を上昇させる《マジック・ウェポン/武器魔法化》。

 

装備を強化するという面では似通った魔法と言えるが、その作用は実のところ大きな違いがある。

 

《リーンフォース・アーマー/鎧強化》は魔法により装備そのものの強度を多少ながら底上げするのに対し、《マジック・ウェポン/武器魔法化》はあくまで武器の表面を魔法の膜で覆い、切れ味や打撃の際の威力を上昇させるのみであり、弓そのものに使っても放たれる矢の威力を増してくれる訳ではない。

 

魔術師が目標としたのは盗賊が持つ矢。

一回の魔法発動により十本の矢が一時的に強化された。

 

この手順はこのチームの普段からの定石であり、普通ならば戦士が相手の攻撃を食い止め、野伏としての技能も持つ盗賊が弓矢で相手を削りつつ抜けてきた敵に対して応戦、魔術師が強化魔法や攻撃魔法、デバフなど多彩な手段を用いて仲間を援護し、神官が魔術師の盾となりつつ戦士や盗賊を必要に応じて回復という戦法を取ってきた。

 

だが、その神官は既にこの世にはいない。

回復役兼最終的な防衛ラインとして機能していた彼が抜けてしまった、ということは強固な陣形を取りながら少しずつ相手を削っていく持久戦は自然と不可能になる。

 

残された道の中で最も勝算がありそうな選択は戦士である自分が突出して、出来るだけ多くの敵を引きつけつつ、魔術師と盗賊による遠距離攻撃で敵を削っていく戦法か、とリーダーは会敵から僅かな時間の内に判断した。

 

「オーガ一匹とゴブリン数体が、恐らく俺が一度に相手に出来る限界だ。 接敵までにオーガを一体削っておきたいな……、あの矢を使え」

 

リーダーの言葉に盗賊も頷く。

 

「この状況なら……、それしか無いな」

 

盗賊は矢筒の中から一本だけ矢尻が白く塗られた矢を取り出し、愛用の合成弓につがえた。

 

彼らのような歴戦の冒険者チームともなると、依頼をこなす際に格上の相手と遭遇したことも一度や二度ではない。

故に聡明なチームならば、格上をも倒しうる切り札の一枚や二枚は隠し持っていることは常識だった。

 

今盗賊が取り出した矢は魔術師により雷の魔法付与を施されたものであり、効果を発揮するのは一回切りの使い捨てだが、一本で軽く金貨三枚はする品だった。

 

最近になって王女の働きかけによって定められた、依頼の他にもモンスターを討伐することで、その種類に応じた懸賞金を受け取ることが出来る制度を考慮しても、オーガ程度に使うには全く見合わない品ではあったが、この非常事態においてはそうも言っていられない。

 

その雷の力を秘めた矢には更に、毒蛙からの抽出液と複数の植物を錬金術師が調合して作り出した即効性の神経毒も塗られており、いかに一般の人間とは隔絶した生命力を持つオーガであっても一撃で戦闘不能に陥ることは確実。

 

盗賊は弓を滑らかな動作で引き絞ると、五十メートル程の距離にまで近づいているオーガの内一体に向かって、矢を放った。

 

黄色い光を曳きながら緩やかなカーブを描いた矢は狙い通りにオーガの胸へと突き刺さり、その瞬間に眩い雷光が迸る。

 

オーガは走っていた勢いのまま、着弾後も数歩前へと進んだが、やがて崩れ落ちるように地面へと伏せた。

 

「よし、もう一体のオーガは俺が確実に抑えるが、ゴブリンは恐らく何体か抜ける。 頼んだぞ」

 

「ああ……」

 

盗賊の返事に黙って頷くと、リーダーは迫り来るオーガ一体と十体程のゴブリンの群れへと向かって走り出した。

 

(矢による先制攻撃で怯えて退却してくれればと思ったが、却って興奮させてしまったか。 勢いは衰えていないな……)

 

銀級ながらも戦士として数多の敵と戦ってきた彼は、一般的なオーガが相手ならば一対一で十分に勝利出来る自信はあった。

 

亜人は単純な腕力や生命力など多くの面で人間を上回っているが、今回相手にするオーガやゴブリンは知能において人間を大きく下回る。

 

彼らの多くは、武器の扱い方や魔法の知識などの戦う為の技術を持ち合わせておらず、生まれ持った肉体を武器に本能のままに敵と戦うことが殆どだ。

 

ただ多くの戦闘経験を積むうちに人間や他種族の技術を盗み取った個体や、特に知能が優れている個体、生まれつき魔法の力を秘めている個体が出現することも稀にあり、そういった亜人は優れた身体能力と戦闘技術を併せ持つ危険な存在へと成長していく。

 

ただ平地に出現して人間を襲うオーガやゴブリンは、彼らの主な生活領域である森での縄張り争いに敗れた者達が大半であり、突出した能力を持つ個体は少ないと言われていた。

 

(しかしオーガと一対一ならともかく、ゴブリンも同時に相手するとなると流石にきついな。 最初の一撃でオーガに痛手を与えておけば、後の戦闘が楽になるか?)

 

リーダーは右手に持つ斧を軽く後ろに引くと、左手の人差し指に嵌めている透明な水晶が付けれらた指輪の感触を確かめる。

 

接敵まで後十メートル。

 

リーダーの後方から銀色の煌きが走り、ゴブリンの一体へと突き刺さる。

 

盗賊の援護射撃により、敵集団が動揺して動きが乱れた。

 

心の中で盗賊に礼を言いつつ、リーダーは目前に迫った敵達に向かい左手を突き出した。

たった一人で突進してくる彼へと集まっていた亜人達の目は、突如として指輪から溢れ出した眩い閃光をまともに見てしまう。

 

指輪の正体は一日一回だけ、《フラッシュ/閃光》の魔法と同様の効果を発動出来るマジックアイテム。

 

狙い通りに生まれた亜人達の隙を見逃さず、リーダーは武技を発動させた。

 

「《能力向上》《斬撃》」

 

後ろから前へと思い切り振り下ろされた手斧は、武技による強化も相まって必殺の威力を持つに至る。

 

オーガの鎖骨を断ち切り、肉体に深々と刃を食い込ませる。

リーダーはそんな未来を幻視したが、斧を振る動作の最中、不意に右手に感じていた持ち手の感触が消えてしまった。

 

(抜けた……? 馬鹿な!)

 

予想外の事態に混乱するリーダーの視界の端に、手から抜けてあらぬ方向へと飛んでいく斧が映るが、今更急に止まることは出来ない。

 

何も握っていない右手を振り下ろしながら、走ってきた勢いを殺しきれずに敵の群れへと突入したリーダーの肩が、オーガの巨大な手に掴まれてしまった。

 

「マジか……!」

 

盗賊が弓を射掛け援護しようと試みるが、必死で手を振りほどこうとするリーダーと彼を地面へと引き倒そうとするオーガとの動きが激しすぎてとても射撃など出来そうにない。

 

両者は暫く組み合いながら必死の攻防を続けていたが、身につけた技術を十分に発揮出来ない単純な力比べでは、体が大きく筋力に恵まれたオーガに軍配が上がった。

 

必死の抵抗も虚しく地面へと組み敷かれたリーダーに、周囲から攻防を見守っていたゴブリン達が、人間から奪ったらしい錆びた剣や先端が尖った石などを闇雲に叩きつける。

 

リーダーは意味を成さない叫び声を上げてもがいていたが、直ぐにその声は小さくなっていった。

 

「ここまで………か。 ジード、逃げるぞ!」

 

盗賊はその様子を見て下唇を噛み締めるが、リーダーに群がっていた亜人が後方に控えていた自分達を意識し始めた事を感じると、弾かれたように素早く動き出す。

野営地に向かい一直線に走ると、食料やギルドから借りた水を生み出すマジックアイテムが入った袋など、最低限の荷物を掴んでいく。

 

魔術師はその迅速な行動に躊躇うが、リーダーがいる方向と盗賊とを何度か見比べ、結局は盗賊と共に野営地へと戻った。

 

「時間がない、大きな荷物は置いていけ!」

 

「で、でも馬はどうします?」

 

「放っておけ。 今から馬具をつけている暇は無い。 むしろ馬と……、あの子供が居れば奴らを暫くここに引きつけておける」

 

時間にして僅か二十秒足らず。

亜人達が反応する間も無い程に素早く準備を整えた二人は全速力で、街道をエ・ランテルの方角へと走り出す。

 

非情な選択ではあるが、冒険者という自分の命を商売道具とする職業を選んだ以上、仲間が死ぬということは決して有り得ない事態ではない。

 

助けられる場合は助けるが、絶望的な状態に陥った者を見捨てられずに自分まで死ぬ訳にはいかない。

彼らの選択は冒険者としては至極真っ当な物だった。

 

 

この場に残されたのは、身動きの取れぬまま数の暴力により殺されたチームのリーダーだった男。

亜人達の気を引き付ける食料として残された馬達。

 

 

 

そしてもう一人、地面に横たわりながらも生きようともがき続ける少年が居た。

 

「《アンタイ・ノット/結び目解き》……、く!」

 

ンフィーレアはロープの結び目を解く魔法を先程から何度か唱えているが、未だに手と足は縛られたままだ。

 

もう一度解くことなど考えなかった為だろうか。

盗賊がロープを何重にも固く結んだせいで、単純な結び目を一つ解くだけの能力しかないこの魔法では束縛から抜け出すことは難しかった。

 

しかし何とか足を結んでいた縄を緩めることには成功し、右足を輪の間から引っこ抜く。

 

そしてンフィーレアは手を後ろで縛られたまま、覚束無い足取りで野営地から離れようとしたが、後ろから聞こえてきた甲高い笑い声に思わず振り向いてしまった。

 

「あ………」

 

薄汚い茶色の肌に、ぼさぼさの黒い髪。 

口を釣り上げ笑みを浮かべており、黄ばんだ歯がむき出しになっていた。

 

そのゴブリンの笑みはとても親しみを感じさせるような種類のものではなく、血の匂いと暴力に興奮した醜悪なもの。

まだ幼いンフィーレアでさえ、もし捕まれば自分がどうなるのかを、本能で理解した。

 

咄嗟に走ろうとするが、やはり手を縛られた状態では体のバランスが上手く取れない。

すぐに足を縺れさせたンフィーレアは顔から街道の踏み固められた土へと転び、唇からの出血による鉄の匂いが鼻を満たした。

 

頭の中で鐘がなっているように、やけに心臓の音ばかりが鮮明に聞こえる。

一夜の内に、モモンという男に連れ去れられ、唯一の肉親である祖母を失い、信頼していた冒険者達に殺されそうになり……、今からゴブリンに嬲り殺されようとしている。

 

「………何なんだよ、これ」

 

恨み、怒り、絶望、悲しみ。

様々な負の感情が篭った声が口から漏れるが、もうンフィーレアに生きるための抵抗を続ける気力は残っていなかった。

世界を認識することすら放棄し目を閉じると、目尻から温かい涙が溢れる。

 

 

そしてゴブリンと足音が間近に迫ったと思った瞬間、ンフィーレアは不思議な浮遊感を感じた。

 

ゆっくりと瞼を上げると自分の体は空中に浮いており、草原の上を全速力で走っているかのような速度で移動している。 そして自分の胸や腕に、やけに硬い感触を感じた。

 

「暫く暴れるなよ。 攻撃すると透明化が切れる」

 

「……っ!?」

 

聞こえてきた声をンフィーレアは鮮明に覚えていた。

それこそは昨日自分を拐い、全ての惨事の元凶となった男、モモンの声だったのだから。

 

頭の中で炎が弾けたように、一瞬でンフィーレアは激情に支配される。

 

「ぜ、全部おまえのせいで……!」

 

もはや怒り以外の全ての思考を放り捨てたンフィーレアが叫ぼうするが、その行為を実行に移す前にモモンガが先手を打った。

 

「《スリープ/睡眠》 ………この魔法はかなり便利だな。 マジックアイテムによって簡単に対策されるし、第一位階魔法だから少し強い敵には抵抗されるけど、弱い相手にはよく効く」

 

デバフを掛けたことで、モモンガの姿が中空から滲み出すように現れるが、すぐに再度透明化して再びオーガ達から距離を取るべく走り出す。

 

「しかし何が起こるかは、本当に分からないな………」

 

モモンガが感慨深げに呟く通り、ここまでの成り行きは全て彼の想定外の出来事だった。

 

モモンガがンフィーレアを野営地まで見送った後、何故か一番彼を心配していたであろう祖母が見当たらず、しかも何故かンフィーレアが冒険者達に縛られてしまう。  

 

ンフィーレアを野営地まで届けるという当初の目的は果たしたので、後は彼らの問題ということで帰ろうかとも思ったのだが、それよりもこの非常事態に対する好奇心が自分の中で上回った為に暫く彼らの様子を見ることにしたのだ。

 

そしてその内、ンフィーレアの話とユグドラシルの知識から判断するにゴブリンとオーガと思われる者達が、彼らを襲おうと接近してくる様子を目撃したモモンガは、この戦いを上手く利用すれば漁夫の利を掴めるかも知れないと思いついた。

 

あの亜人達と冒険者達を上手く戦わせ、両者が消耗しきった所に乱入すれば労せずして物資と経験値が手に入る。

人間の社会と敵対してしまう可能性を思い、昨日ならば絶対に避けたであろう行為だが今日は事情が違っていた。

 

(ンフィーレアの話によると冒険者は一種の傭兵のようなもの……、傭兵なんて柄の悪い奴が多そうだし、恐らくンフィーレアの祖母も悪質な冒険者に依頼してしまったんだな。 依頼人を人目のないところまで連れ出してから金銭を奪い殺すってところか……。 そういう奴らなら例え自分達が襲われて命からがら都市まで逃げたとしても、誰かに訴える訳にもいかないだろう。 下手に警察みたいな組織に関わると自分達のやってきたこともバレる危険があるしな)

 

即ちモモンガにとって彼らは手を出すと多くの人間を敵に回す可能性がある存在から、比較的安全な獲物へと変化した。

 

ただそれはあくまでも事後についてのことであり、下手に戦いに介入すれば両陣営から敵と見なされて、逆に殺される場合も考えられる。

 

そこでモモンガはあくまでも透明化を維持しつつ戦うことにした。

現在のモモンガが使える第一位階の《インヴィジビリティ/透明化》は、攻撃や相手にデバフをかける魔法の使用など、他者への直接的な加害行動を取ることで解除される。

 

だが弓をもった男が放った雷の弓を見る限り、装備に優れた冒険者側がやや有利か……、と判断したモモンガは何らかの方法で冒険者の戦闘を妨害する必要があると考えた。

 

モモンガが選んだ魔法はレベルが上がった際に覚えた《グリース/潤滑脂》という第一位階魔法。

この魔法は、マジックアイテム以外の物体の表面を非常に滑りやすくする効果を持ち、ユグドラシルでは石畳や大理石の床に使用して相手を転ばせる使い方が主流だった。

 

魔法が掛けられていない装備に使用して手から取り落とさせるという使い方も出来るのだが、ゲームを始めて間もない初心者でさえ、質は悪くてもマジックアイテムで全身を固めていることが常識のユグドラシルでは後者の使い方はほぼ不可能。

 

他にも状況によって色々な使い方が出来るのだが、この魔法には直接相手にデバフをかける訳では無い為に、透明化は解除されないという利点がある。

 

昨日ンフィーレアから聞いたマジックアイテムは貴重品であるという情報を参考にして、戦士が装備する斧を対象に魔法を掛けた結果、モモンガの狙い通り戦士は武器を取り落とした。

 

………その後、思いのほかあっさりと戦士が倒された上に残りの冒険者も逃げ出し、両陣営を消耗させ横から全てを奪うというモモンガの意図は失敗に終わったのだが。

 

(行けると思ったんだけど……、戦力の見極めが甘かったか? ぷにっと萌えさんとかなら上手くやれたのかもな……)

 

その後せめて何かしらの収穫は掠め取りたいと野営地を探した時、モモンガの目に入ったものが、まだ情報を全て引き出せているとは言えないンフィーレアだった。

 

ゴブリンに襲われそうになっているンフィーレアを見て、咄嗟に透明化をかけてから、抱えて走り出したモモンガだったが、この後どうするのかはまだ具体的には考えていない。

 

(情報を引き出して……、その後どうする? ………まあ、後から考えればいいか)

 

眠るンフィーレアとそれを抱えて走るモモンガ。

奇しくも昨日の再現のような状況が、今再び展開されていた。







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