大阪の震度6弱の震災では大阪市の吉村市長が迅速な対応をしていることで注目されていますが、吉村市長の「休校ツイート」に対してこのような指摘があります。
果たして吉村市長の当該ツイートは「違法」なのでしょうか?
原則から順を追ってみていきましょう。
- 執行機関の多元性
- 学校教育法施行規則の非常変災時の権限
- 大阪市地域防災計画の「原則」
- ツイート時、吉村市長は災害対策本部長の立場
- 「平時たる非常変災時」と「災害対策本部設置時」の区別
- 現場の混乱はなぜ生じるのか?
- まとめ:「吉村市長は違法」は違うのでは
執行機関の多元性
普通地方公共団体には「執行機関の多元性」の体制が敷かれています。
「長」「委員会」「委員」の3種類があります(地方自治法138条の4第一項)
委員会・委員は、長から独立して職務権限を行使する執行機関として位置づけられます。委員会と委員の違いは、デフォルメして言えば人が複数かどうかです。
地方自治法は、選挙によって直接住民に対する責任を負っている長に権限を集中させています。他方で、長への行き過ぎた権限集中を排除するために委員会・委員の制度が設けられているのです。これが執行機関の多元性の機能です。
つまり、基本的には長と委員会は互いの判断に干渉しない制度設計になっているのです。したがって、休校判断は通常、教育委員会の事務であり、それが通常は学校長に委任されていることになります。
学校教育法施行規則の非常変災時の権限
震災時の休校判断については定めがあります。
第六十三条 非常変災その他急迫の事情があるときは、校長は、臨時に
授業を行わないことができる。この場合において、公立小学校について
はこの旨を当該学校を設置する地方公共団体の教育委員会(公立大学法
人の設置する小学校にあつては、当該公立大学法人の理事長)に報告し
なければならない。
非常変災とは自然災害をはじめとする緊急事態全般を指す用語です。
ここでは「校長」が臨時休校の権限を持つとされています。
これが平時の通常の扱いです。
大阪市地域防災計画の「原則」
大阪市地域防災計画 <震災対策編>(平成29年11月)第2部 災害予防・応急対策の6章(143頁以下)でも、非常変災時の臨時休業=休校措置の判断は校園長にあるとしています。臨時休業とは、俗にいう学級閉鎖・学年閉鎖・学校閉鎖を指します。
「非常変災時の措置基準」とは、各自治体の教育委員会が定めている基準のことであり、自治体によって異なります。例えば枚方市の措置基準はこちらです。大阪市の措置基準は現時点ではネットで公開していません。ただ、各学校が独自の基準をWEB上に公開しているところもあります。たとえばこちらです。
原則的に、このような判断基準に従って臨時休業=休校措置の決定がなされることになっています。しかし、「原則」ということは「例外」があるのであり、それがまさに今回の吉村市長のツイートの件でした。
ツイート時、吉村市長は災害対策本部長の立場
大阪市地域防災計画 <震災対策編>(平成29年11月)第2部 災害予防・応急対策の1章、組織体制について見ていきましょう。
教育委員会は災害対策本部長=大阪市長の指揮監督下
まず、気象庁発表で震度5弱以上で「災害対策本部」が設置されることになっています(34ページ)。市の本部長は市長が担います。市本部長の職務は、市本部の事務を総括し、市本部の職員を指揮監督するということがわかります(35ページ)。市本部の職員は、市本部長の命を受け、市本部の事務に従事するとあります。
市本部長が指揮監督する市本部の職員の中には「教育長」が含まれています。教育長とは、教育委員会の構成員であり、教育委員会の事務執行責任者です。現実にも吉村市長が「休校ツイート」をしたときには災害対策本部が設置されており、既に教育委員会に指示済みでした。
勤務時間外であっても、今回は震度6弱の地震のため、市本部の職員が全員動員されます(53ページ)。
市本部の分掌事務として教育部(教育長)が行う事務は以下の図(49ページ)にあります。
休校措置は明示されていませんが、児童生徒の避難や安全確保のために必要な行為の一つであると考えられることから、この中に入っていないとは考えにくいです。「本部長の特命事項に関すること」として扱うことも可能でしょう。
実は、この大阪市地域防災計画は災害対策基本法に根拠があります。
災害対策基本法の規定
第二十三条の二 市町村の地域について災害が発生し、又は災害が発生するおそれがある場合において、防災の推進を図るため必要があると認めるときは、市町村長は、市町村地域防災計画の定めるところにより、市町村災害対策本部を設置することができる。
ー中略ー
6 市町村災害対策本部長は、当該市町村の教育委員会に対し、当該市町村の地域に係る災害予防又は災害応急対策を実施するため必要な限度において、必要な指示をすることができる。
23条の2第6項においても、災害対策本部長は教育委員会に対して「必要な指示」をすることができるとあります。
では、この必要な指示に休校措置は含まれるのでしょうか?
一義的には決まらないと言えますが、休校措置が敢えて除外される合理的な理由はないと考えられるので、災害対策基本法のいう「必要な指示」には休校措置が含まれるとするのが筋でしょう。
※追記:「必要な限度において」を超えるか
随時更新
「平時たる非常変災時」と「災害対策本部設置時」の区別
- 非常変災時の休校措置の判断は学校長が原則
- 災害対策本部設置時には災害対策本部長が休校を教育委員会に指揮できる。
この2つの関係はどうなるでしょうか?吉村市長は、災害対策本部設置時の休校の判断権者は災害対策本部長=市長であると言いますが、それでは大阪市地域防災計画のマニュアルが意味をなさなくなるのではないか?というのが毎日新聞の指摘です。
しかし、「非常変災時」と「災害対策本部が設置される事態」はイコールではないということが重要です。先に、非常変災時としてどのような基準で休校の判断がされるかは各自治体によって異なるということを指摘しました。ここで、休校に関する大阪市の非常変災時の措置基準を見ていきます。
- 朝7時の時点で大阪市に暴風警報・暴風雪警報・特別警報が発令している
- 朝7時の時点でJR大阪環状線と市営地下鉄の両方が運行停止している
- 地震に係る警戒宣言が発令している
- 警報等がなくても気象状況や通学路の状況等を鑑みて学校長が判断する
災害対策本部の設置基準は以下です。
たとえば暴風警報・暴風雪警報であっても直ちに災害対策本部が設置されるとは限りません。このようにして、そもそも規定の対象にズレがあるのであって、災害対策本部設置下において災害対策本部長たる吉村市長が休校の指示を出したからといって、大阪市地域防災計画の内容が無駄になっただとか、越権行為であるなどということにはなりません。
したがって、今回、吉村市長が指示を出すまで大阪市教育委員会が臨時休業=休校措置をしていなかったとしても、それは違法でもなんでもないということになります。逆に学校が休校判断をしていたらどうかはわかりません。
ただ、私は災害対策基本法23条の2第6項で「災害対策本部長は教育委員会に対して「必要な指示」をすることができる」という規定ぶりと、原則として休校判断は学校長にあるということから、災害対策本部設置時においても一次的な判断権者としては校長が存在し、最終的・最上級の判断権者として市長が居るということになるのではないかと疑問に思っています。
現場の混乱はなぜ生じるのか?
これは法体系の複雑さと現場の認識の不備という側面があると思います。
法体系の複雑さ
大阪市立学校管理規則はこちらにあります。
また、学校保健安全法については出席停止の権限者は校長にあり、臨時休業の権限者は「学校の設置者」が規定されています。
これを受けて、学校保健安全法施行規則の21条では校長は感染症による出席停止が可能とされ、18条に感染症の種類の列挙がなされています。
「学校の設置者」とは国や地方自治体、学校法人など様々ですが、地方自治体周りで言えば大学は首長、それ以外は教育委員会が管理を行うこととなっています。教育委員会から学校長に判断が委任されている例がほとんどです。
とはいえ、校長や教育委員会のみならず、都道府県の保健部局等の外部から休校等の要請が来ることもあります。それを受けて校長等が休校を決定しても、越権行為などとはなりません。
平時、災害時、疾病、有事。これらの場合について別々の法律が定められており、さらに規則や例規のレベルでも規定されていることから、種々の混乱が起きていると思われます。これはもうちょっと上手くできないものか。
この辺りは足立康史さんが書くのでしょうか?
現場の認識の不備
今回、「ツイートなんて見てられるか」という声が出てきています。後に正式ルートで情報が伝わりますが、保護者の方が学校現場よりも先に内容を認識して電話してくるということがあり、問題視されています。
これは登校途中や登校を迷っている児童生徒やその親にとってはありがたいものだったと思います。しかし、既に投稿している児童生徒の親にとっては送り迎えがある方などは気をもんだと思います。SNSを使った情報発信の功罪があると思うので、今後の肥やしにすればいいと思います。
災害対策本部が設置されているという前提認識があれば、吉村市長がツイートした内容は災害対策本部長としての命令なんだろうという推測が強く働きます。その命令は教育長に対するものなので、後に教育長から各校園長に伝えられることになります。
今回は震度6弱なので、災害対策本部は必ず設置されることになります。そのため、現場が市長の発信を目にしたなら、それは災害対策本部長としての指示だろうと思えばよい。このような心の準備があれば、教育現場の混乱はあまりないはずです。
なお、家庭レベルでの混乱の要因として「非常変災時の措置基準が分かりにくい」というものがあります。これについては別稿を書きます。
まとめ:「吉村市長は違法」は違うのでは
結局のところ、吉村市長の判断は違法ではないどころか災害対策基本法に則った正当な手続きであったということが明らかになりました濃厚でしょう。報道では市長が「超法規的措置」と言っているとありますが、それでも休校措置が可罰的な違法性を帯びているとは決して言えないことは明らかです。
毎日新聞も災害対策本部が設置されたことでの休校判断権限者の変化を無視しており(気づいていないだけ?)、いたづらに批判の矛先を向けているだけになっています。
行動した者を非難し、行動していない者は非難しないという風潮ではいけないと思うのです。
御礼
..izawa ..yuki@kosaizenji 様
木星3@tetsulovebird 様
金桜のイージス@TakahiroGoi1 様
バレット@Barrettm95sp 様
以上