キャノボ達成に必要な出力
キャノボ達成のために必要な練習は何かを考えるのが本カテゴリの趣旨。ですが、その前に「どの程度の能力があればキャノボを達成できるのか」を考えてみます。
自転車乗りの能力を定量的に表現する際に用いられるのが「パワー(出力)」です。キャノボを目指す人の界隈でも「達成に必要なパワーはどのくらいか?」という内容が定期的に話題となります。
昨今はパワーメーターも一般化し、自分で自分の能力を測定することが可能になっています。目標とした出力を目指すためのトレーニング方法も確立されつつあります。
そこで、本記事では「キャノボ達成に必要な出力」について考えてみます。
まず実績から必要な出力を求めてみます。
私がキャノボを達成した2010年にはパワーメーターはあまり一般的ではなく、まだ使っていませんでした。2014年のFlecheで5人チームで大阪→東京を23時間45分で走った際には、チームメイトのAzeさん(当時体重60kg)がパワーメーターを付けていました。その際の数値は、
平均出力(NP): 151W (出力体重比: 2.5W/kg)
実走行時間: 20時間55分
ネット平均速度: 25.2km/h
でした。この平均出力はパワトレ用語で言うところのNP(*1)になります。信号停止や休憩を含めた停止時間は2時間50分。
風向きとしては序盤150kmほどが弱い向かい風、中盤180kmほどが強い追い風、ラスト190kmは横風という風向きでした。平均すると「やや追い風」なコンディションだったと思います。ちなみに上記の画像は「Epic Ride Weather」というアプリで出力しています。
チームで走ったので風よけが得られる分、平均出力は多少下がるでしょうし、山では体重が重ければ重いほど要求される出力は上がるので正確な数字とは言えませんが、一つの目安となる数字です。
*1: Normalized Power。パワーの上げ下げ分を補正し、一定の出力を出し続けた場合のパワーに換算したもの。
なお、知人に募集をかけたところ、キャノボ時にパワーメーターを付けていた方から複数のデータが得られました。データをご提供頂いたAZEさん、Junpeiさん、のっちさん、ありがとうございます。どのデータも走行時間は24時間から±30分以内です。
NPの値を比較すると、比較的近い値に落ち着いているのが分かります。いずれも条件の良い追い風の日にチャレンジしているため、多少低めに出ていますね。そして、停止時間もおよそ3時間前後に落ち着くことが分かります。
次に計算から出力を求めてみます。
まず、コースの長さを一旦523kmと置きます。これは伊賀ルート(R25~R163)を使い、箱根を旧道で越えた場合の距離です。
次に、実走行時間(走っている時間の合計)を一旦21時間と置きます。これは24時間を目いっぱい使い、かつ停止時間が3時間だったと仮定した数字です。
コースの長さを実走行時間で割れば、走っている時に必要なスピード(ネット平均速度)が求められます。計算してみると、
523[km] ÷ 21[h] = 24.9[km/h]
となります。「意外と遅くて大丈夫なんだな」と思う方は多いかもしれません。それは、この数字が「加減速なく、ずっと等速度で走った場合」の数値だからです。実際に道路を走る際には、信号停止が発生します。停止する際には徐々にスピードが0km/hに近づきますし、発進する際には0km/hから徐々にスピードを上げていくことになります。単純に24.9km/hを維持していただけでは、ネット平均速度は24.9km/hよりも低い数字となってしまいます。
キャノボルートは信号が多いルートです。経験からの導出になりますが、サイクルコンピュータに表示されるネット平均速度と、巡航速度の間には約5km/hの開きが出ます。ネット平均速度を24.9km/hにしたければ、実際の巡航速度は30km/hは出ている必要があります。つまり、信号停止から徐々に加速し、30km/hでの巡航を維持する、それを21時間繰り返すということですね。これがキャノボをギリギリ達成できる巡航速度と言うことになります。
では、無風で30km/h巡航をするのに必要な出力はどれくらいでしょうか。以下のサイトで計算してみます。
巡航出力計算
入力値は以下のように置きました。キャノボルートの獲得標高は2500m程度ですが、ルート全体で見れば平坦が大半を占めるので一旦「平坦」と置いています。箱根も金谷も無視してます。ちょっと乱暴ですが。
・斜度: 0% (平坦)
・巡航速度: 30km/h
・向かい風: 0m/s (無風想定)
・気温: 20℃ (春秋を想定)
・体重: 60kg (一般的なロード乗りを想定)
・自転車+装備: 9.9kg (ウェアやその他装備含む)
・転がり抵抗: 0.005 (ロードバイク標準)
・CdA: 0.4m2 (ロードバイクのブラケットポジションを想定)
この結果、必要とされる出力は以下となりました。
平均出力: 168W (出力体重比: 2.7W/kg)
割と実績の数値151Wと近しい値になりました。計算の数値はあくまで無風条件下かつ単独走の場合の数字です。追い風かつ、チーム走の実績よりも高い出力が必要になるのは納得出来ます。
ちなみに、風向きの数値をいじって計算してみると……
・追い風2m/s: 138W (無風比: -30W)
・追い風1m/s: 155W (無風比: -12W)
・向い風1m/s: 203W (無風比: +35W)
・向い風2m/s: 239W (無風比: +71W)
向かい風の場合に必要な出力がえげつないですね。もし向かい風1m/sでキャノボしようと思った場合、無風時に比べて35Wも多く出力を出す必要があるわけです。それも1分2分ではなく、21時間の間です。いかに風向きが大事か、このデータからも良く分かります。
少しでも楽に走るために、必要とされる出力を下げる方法を考えてみます。各方法と対応する参考記事も併せてお読みください。
(1) 追い風の日を選ぶ
一番効果的です。前述の通り、1m/sの追い風ならば無風と比べて-12Wも低い平均出力で済みます。
【参考記事】
・西向き?東向き?
(2) 走行距離を減らす
ルートを精査し、少しでも短い距離を走ることで求められる平均速度を下げます。ただし、距離は短くても信号が多くて結局遅いルートもあるので注意してください。
【参考記事】
・「ルート(東京→大阪)」カテゴリについて
(3) 停止時間を減らす
ここまでは「実走行21時間」「停止3時間」の想定で話をしてきました。無駄な停止時間を減らせば、その分、実走行時間を増やしても良いことになります。実走行時間が増えれば、平均速度は下がります。その分、実走行時間は増えますが……。
【参考記事】
・キャノボにおける時短テクニック
(4) 空気抵抗を減らす
エアロ装備やポジション改善で空気抵抗を減らす方法です。エアロヘルメットは暑くてパフォーマンスが落ちることがありますし、エアロポジションや疲労が大きくなることもあります。なお、気温によっても結構空気抵抗は変わります。温度が高いほど空気抵抗は小さく、温度が低いほど空気抵抗は大きくなります。
【参考記事】
・機材考察(自転車本体編)
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これらの方法を試せば、求められる出力は結構減るはずです。それでも150W前後は必要とされるであろうと思います。少なくとも150Wを21時間維持できない場合、残念ながら出力が足りていません。出力を上げるトレーニングが必要となるでしょう。逆に、150Wを21時間維持できるならば、条件次第で達成の目はあると言えます。相当ギリギリですが。
おおまかにまとめると、キャノボ達成に必要な出力(NP)は、
150W~180W
の範囲になるのではないかと思います。これを21時間維持するわけです。実際には疲れてくるので、
序盤: 200W
中盤: 160W
終盤: 120W
みたいに低下していく可能性が高いですが。
なお、「パワーメーター持ってないからさっぱり分からん!」という方もいるかもしれませんが、要は休憩をしすぎなければ、
「平地で巡航速度30km/hを最初から最後まで維持する」
事が出来れば良いということです。これも実際には疲れてくるので、
序盤: 32km/h
中盤: 30km/h
終盤: 28km/h
のようなイメージでしょうか。ただ、これはあくまで達成ギリギリの値。パンク等のアクシデント一回で達成が不可能となるラインです。余裕を持って達成したければ、ここから更に1~2km/h高い巡航速度が要求されるでしょう。
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150~180Wは、普段から乗りこんでいる自転車乗りからすれば高い出力ではありません。しかし、問題は「21時間維持」という部分です。パワートレーニングで指標とされる「FTP(functional threshold power)」は「1時間維持できる最大パワー」です。1時間程度なら外乱による数値のブレは無視できる範囲ですが、21時間となると補給の取り方や回復力、体の痛みの発生等々の外乱が無視できなくなります。
つまり、単純に出力を上げるためのトレーニングだけではなく、こうした外乱の影響を小さくするようなテクニック面でのトレーニングも必要になると私は考えています。
次以降の記事では、キャノボに向けたトレーニングについて考えていきます。
(完)
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自転車乗りの能力を定量的に表現する際に用いられるのが「パワー(出力)」です。キャノボを目指す人の界隈でも「達成に必要なパワーはどのくらいか?」という内容が定期的に話題となります。
昨今はパワーメーターも一般化し、自分で自分の能力を測定することが可能になっています。目標とした出力を目指すためのトレーニング方法も確立されつつあります。
そこで、本記事では「キャノボ達成に必要な出力」について考えてみます。
実績からの考察
まず実績から必要な出力を求めてみます。
私がキャノボを達成した2010年にはパワーメーターはあまり一般的ではなく、まだ使っていませんでした。2014年のFlecheで5人チームで大阪→東京を23時間45分で走った際には、チームメイトのAzeさん(当時体重60kg)がパワーメーターを付けていました。その際の数値は、
平均出力(NP): 151W (出力体重比: 2.5W/kg)
実走行時間: 20時間55分
ネット平均速度: 25.2km/h
でした。この平均出力はパワトレ用語で言うところのNP(*1)になります。信号停止や休憩を含めた停止時間は2時間50分。
風向きとしては序盤150kmほどが弱い向かい風、中盤180kmほどが強い追い風、ラスト190kmは横風という風向きでした。平均すると「やや追い風」なコンディションだったと思います。ちなみに上記の画像は「Epic Ride Weather」というアプリで出力しています。
チームで走ったので風よけが得られる分、平均出力は多少下がるでしょうし、山では体重が重ければ重いほど要求される出力は上がるので正確な数字とは言えませんが、一つの目安となる数字です。
*1: Normalized Power。パワーの上げ下げ分を補正し、一定の出力を出し続けた場合のパワーに換算したもの。
なお、知人に募集をかけたところ、キャノボ時にパワーメーターを付けていた方から複数のデータが得られました。データをご提供頂いたAZEさん、Junpeiさん、のっちさん、ありがとうございます。どのデータも走行時間は24時間から±30分以内です。
NPの値を比較すると、比較的近い値に落ち着いているのが分かります。いずれも条件の良い追い風の日にチャレンジしているため、多少低めに出ていますね。そして、停止時間もおよそ3時間前後に落ち着くことが分かります。
計算からの考察
次に計算から出力を求めてみます。
まず、コースの長さを一旦523kmと置きます。これは伊賀ルート(R25~R163)を使い、箱根を旧道で越えた場合の距離です。
次に、実走行時間(走っている時間の合計)を一旦21時間と置きます。これは24時間を目いっぱい使い、かつ停止時間が3時間だったと仮定した数字です。
コースの長さを実走行時間で割れば、走っている時に必要なスピード(ネット平均速度)が求められます。計算してみると、
523[km] ÷ 21[h] = 24.9[km/h]
となります。「意外と遅くて大丈夫なんだな」と思う方は多いかもしれません。それは、この数字が「加減速なく、ずっと等速度で走った場合」の数値だからです。実際に道路を走る際には、信号停止が発生します。停止する際には徐々にスピードが0km/hに近づきますし、発進する際には0km/hから徐々にスピードを上げていくことになります。単純に24.9km/hを維持していただけでは、ネット平均速度は24.9km/hよりも低い数字となってしまいます。
キャノボルートは信号が多いルートです。経験からの導出になりますが、サイクルコンピュータに表示されるネット平均速度と、巡航速度の間には約5km/hの開きが出ます。ネット平均速度を24.9km/hにしたければ、実際の巡航速度は30km/hは出ている必要があります。つまり、信号停止から徐々に加速し、30km/hでの巡航を維持する、それを21時間繰り返すということですね。これがキャノボをギリギリ達成できる巡航速度と言うことになります。
では、無風で30km/h巡航をするのに必要な出力はどれくらいでしょうか。以下のサイトで計算してみます。
巡航出力計算
入力値は以下のように置きました。キャノボルートの獲得標高は2500m程度ですが、ルート全体で見れば平坦が大半を占めるので一旦「平坦」と置いています。箱根も金谷も無視してます。ちょっと乱暴ですが。
・斜度: 0% (平坦)
・巡航速度: 30km/h
・向かい風: 0m/s (無風想定)
・気温: 20℃ (春秋を想定)
・体重: 60kg (一般的なロード乗りを想定)
・自転車+装備: 9.9kg (ウェアやその他装備含む)
・転がり抵抗: 0.005 (ロードバイク標準)
・CdA: 0.4m2 (ロードバイクのブラケットポジションを想定)
この結果、必要とされる出力は以下となりました。
平均出力: 168W (出力体重比: 2.7W/kg)
割と実績の数値151Wと近しい値になりました。計算の数値はあくまで無風条件下かつ単独走の場合の数字です。追い風かつ、チーム走の実績よりも高い出力が必要になるのは納得出来ます。
ちなみに、風向きの数値をいじって計算してみると……
・追い風2m/s: 138W (無風比: -30W)
・追い風1m/s: 155W (無風比: -12W)
・向い風1m/s: 203W (無風比: +35W)
・向い風2m/s: 239W (無風比: +71W)
向かい風の場合に必要な出力がえげつないですね。もし向かい風1m/sでキャノボしようと思った場合、無風時に比べて35Wも多く出力を出す必要があるわけです。それも1分2分ではなく、21時間の間です。いかに風向きが大事か、このデータからも良く分かります。
必要とされる出力を下げる
少しでも楽に走るために、必要とされる出力を下げる方法を考えてみます。各方法と対応する参考記事も併せてお読みください。
(1) 追い風の日を選ぶ
一番効果的です。前述の通り、1m/sの追い風ならば無風と比べて-12Wも低い平均出力で済みます。
【参考記事】
・西向き?東向き?
(2) 走行距離を減らす
ルートを精査し、少しでも短い距離を走ることで求められる平均速度を下げます。ただし、距離は短くても信号が多くて結局遅いルートもあるので注意してください。
【参考記事】
・「ルート(東京→大阪)」カテゴリについて
(3) 停止時間を減らす
ここまでは「実走行21時間」「停止3時間」の想定で話をしてきました。無駄な停止時間を減らせば、その分、実走行時間を増やしても良いことになります。実走行時間が増えれば、平均速度は下がります。その分、実走行時間は増えますが……。
【参考記事】
・キャノボにおける時短テクニック
(4) 空気抵抗を減らす
エアロ装備やポジション改善で空気抵抗を減らす方法です。エアロヘルメットは暑くてパフォーマンスが落ちることがありますし、エアロポジションや疲労が大きくなることもあります。なお、気温によっても結構空気抵抗は変わります。温度が高いほど空気抵抗は小さく、温度が低いほど空気抵抗は大きくなります。
【参考記事】
・機材考察(自転車本体編)
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これらの方法を試せば、求められる出力は結構減るはずです。それでも150W前後は必要とされるであろうと思います。少なくとも150Wを21時間維持できない場合、残念ながら出力が足りていません。出力を上げるトレーニングが必要となるでしょう。逆に、150Wを21時間維持できるならば、条件次第で達成の目はあると言えます。相当ギリギリですが。
まとめ
おおまかにまとめると、キャノボ達成に必要な出力(NP)は、
150W~180W
の範囲になるのではないかと思います。これを21時間維持するわけです。実際には疲れてくるので、
序盤: 200W
中盤: 160W
終盤: 120W
みたいに低下していく可能性が高いですが。
なお、「パワーメーター持ってないからさっぱり分からん!」という方もいるかもしれませんが、要は休憩をしすぎなければ、
「平地で巡航速度30km/hを最初から最後まで維持する」
事が出来れば良いということです。これも実際には疲れてくるので、
序盤: 32km/h
中盤: 30km/h
終盤: 28km/h
のようなイメージでしょうか。ただ、これはあくまで達成ギリギリの値。パンク等のアクシデント一回で達成が不可能となるラインです。余裕を持って達成したければ、ここから更に1~2km/h高い巡航速度が要求されるでしょう。
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150~180Wは、普段から乗りこんでいる自転車乗りからすれば高い出力ではありません。しかし、問題は「21時間維持」という部分です。パワートレーニングで指標とされる「FTP(functional threshold power)」は「1時間維持できる最大パワー」です。1時間程度なら外乱による数値のブレは無視できる範囲ですが、21時間となると補給の取り方や回復力、体の痛みの発生等々の外乱が無視できなくなります。
つまり、単純に出力を上げるためのトレーニングだけではなく、こうした外乱の影響を小さくするようなテクニック面でのトレーニングも必要になると私は考えています。
次以降の記事では、キャノボに向けたトレーニングについて考えていきます。
(完)
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ジャンル : スポーツ