オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川
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今回は多少バトル展開もあります
残酷な描写もあるかも
原作でも似たような展開はあったので大丈夫だとは思いますが、苦手な方は注意して下さい


第45話 最強最高の戦力

「さて最終確認だ。我々は少数しかいない。もちろんゴウン殿の護衛としての力は信用しているが、万が一があっては困る。あくまで私は悪魔達から離れたところで指示を出す。その現場を見せれば良い、民はそれで納得する。その際ゴウン殿にはこちらに抜けてきた悪魔共を頼みたいが良いか?」

 アインズが戻る前に作った転移ポイントの一つである帝城近くの軍事施設──兵達の詰め所らしい──の一室で、ジルクニフは地図を広げこれからの行動について説明しながら、アインズに告げる。

 帝城の直ぐ近くまで行かずとも、もう少しすると突入部隊が帝城に進入し、帝城内の兵と合流したら外に討って出てくる手はずになっており、ジルクニフはそちらに指示を出す予定なので、それまでは目立たずにここに待機する。という計画でそれを確認しているのだ。

 

「畏まりました。ご安心を、いざという時も城に近づかなければ転移で離脱が出来ますので、私の側を離れないようにお願いします」

 自信に満ちた態度でアインズが頷く。ここにいるのはジルクニフとアインズ、ニンブルに加えフールーダの高弟三名だけであり、マーレとフォーサイトは人数制限を理由に結局外の野営地に置いてきている。

 

「ああ。その時はよろしく頼む……」

 椅子に腰掛けたジルクニフはちらりと窓の外に目を向ける。

 やや遠巻きながら、ここからでも帝城の城壁、そして奥に聳える雄大な城の姿を窺える。

 普段ジルクニフはあそこで暮らしていることを考えると、色々と思うところがあるのだろう。

 

「ん?」

 そうして窓を見ていたジルクニフが何か見つけたように立ち上がり、体ごと窓に向けて目を凝らす。

 

「なんだあれは。ゴウン殿!」

 

「む?」

 叫ぶように呼ばれ、ジルクニフに近づき並んで窓から外を見る。

 そこには城の奥、城壁よりも高く天を焦がすかの如く燃え上がる巨大な炎の壁が見える。

 ジルクニフは驚愕に顔を歪めているが、その正体をアインズは知っている。

 ゲヘナの炎。

 ここからでは全ては見えないが城を中心にして円柱状に広がった幻影の炎であり、内部にいる召喚された悪魔達にいくつかの効果をもたらすとされるものだが、今回はそれが目的ではなく、あくまで人間達に対する視覚的な効果とアインズへの合図が目的だ。

 つまり、デミウルゴスが今回の首魁となっているヤルダバオトと名付けられた魔将を召喚したことを知らせている。

 いよいよ計画は佳境に入った。

 ここからはアインズの演技が重要になってくる。

 

(よし。頑張れ、俺)

 自分に喝を入れアインズは、少しの間自分の手を見つめ、さも何かに気づきました。という演技をしてからジルクニフに目を向ける。

 

「陛下。面倒なことになりました。あの炎の壁、あれが何かは不明ですが転移が発動出来ません。恐らくはあれがパラダイン殿の転移を阻害していたものかと」

 

「何だと! しかしここには普通に転移出来ていたではないか。それに最初にフールーダが転移しようとして失敗した際はあのようなものは無かったはずだ」

 

「よく見るとあの炎は円を描いています。恐らく初めから城だけではなく、あの炎の壁の内側全てが転移阻害の効果範囲に入っていたのでしょう。景色を誤魔化し見えなくする魔法もあります。そうなるとあの炎は本物では無く幻のような物で、今までは隠蔽しつつある程度経ったのち、一度魔法を解除して陛下が帝都内に入って来るのを待ち、再度発動させた可能性があります」

 

「つまり、私は罠に誘い込まれたと? では」

 

「そう、ここにいては危険です。転移が使えない以上、<飛行(フライ)>の魔法であの炎の壁を突破し、外に出て転移するのが良策かと」

 ここまでは計画通り。ここでの皇帝の選択は関係ない、どちらを選んでも筋書きは同じだ。

 ジルクニフが何か言おうとした時、窓の外、帝城とこの建物の中間付近に炎柱が立ち上る。

 そこに魔将が現れましたとアインズに教えるための合図だ。

 

「あれは」

 

「遅かったか。恐らくはあそこに敵の首魁が現れたのでしょう。逃げるのは少々困難になったかと」

 どうするか。と無言の内に尋ねるとジルクニフは<焼夷(ナパーム)>により発生した炎柱を忌々しげに見つめた後告げた。

 

「──ゴウン殿、敵の首魁。貴公ならば勝てるか?」

 ジルクニフの問いにアインズは悩むような間を空けてから答える。

 

「まだ姿も見たわけではなく、あの魔法は私も知らないもの。確実に勝てるとは言えません」

 

「良い答えだ。敵の戦力も分からない内に絶対に勝てるなどとほざく輩を私は信じない──その上で答えよう。私は逃げない、何故なら未だ城の奪還に成功していないからだ。あれが敵の罠であり、ここに敵の首魁が現れるというのなら是非もない、その間城側が手薄になるだろう。私が囮をしている間にフールーダ達に城を奪還させ、その後に合流し敵の首魁を討って貰いたい。つまりは防御を重点に置いて時間を稼いで欲しい。私を守りつつ、それが出来るか?」

 

「陛下!」

 ジルクニフの発言に、今まで黙っていたニンブルが鋭い声を出す。

 込められた意味はジルクニフの意見に反対し、逃げるべきだというものだろう。

 アインズはそれを無視し、自信ありげに頷いた。

 

「そちらに関しては問題ありません。如何に強大な相手であろうと、時間を稼ぐのならば容易です」

 

「ゴウン殿! 何を仰るのですか。陛下は国の宝、いえ、国そのもの。ここは退くべきです」

 

「ニンブル! 貴様には聞いていない、黙っていろ! 我が部下が失礼したゴウン殿、では聞こう。私はどうすればいい? この建物の中の方が良いか、それとも外の方が守りやすいなら移動しよう」

 ニンブルに強い口調で命じた後、ジルクニフはアインズを向き直り、余裕たっぷりの笑みを浮かべる。

 ジルクニフは窮地にあってもこうした態度を見せている。

 常に余裕を持った支配者としての態度だ。

 アインズは精神抑圧の効果で同様のことが出来るが──完全とは言いがたいが──ただの人間がここまで出来るとは。これが本当の支配者なのかと素直な気持ちで感心してしまう。

 

「では外の広場まで行きましょう。遮蔽物がない方が守りやすい」

 軍の施設であり訓練をする為、施設の前には広い空き地が存在し、そこならよく目立つ。

 

「分かった。ニンブル、お前は先に出向き広場を空けさせ残っている兵も下がらせろ。時間稼ぎにもならん。死体の山が増えてはゴウン殿も戦いづらいだろう。それと、お前達は城に向かいフールーダ達に今の作戦を伝え、その後戻れ。急げ、時間との勝負になる」

 ニンブルと護衛である魔法詠唱者(マジック・キャスター)全員この場から遠ざける命令を出す。

 

「……ッ! 畏まりました陛下、直ちに」

 長い葛藤を入れた後、ニンブル達は頷き即座に命令を実行する。

 全ての護衛をあっさりと下がらせるところをみるに、ジルクニフはアインズの演技を疑ってはいないだろう。

 作戦自体はデミウルゴスが考えたものだからバレる危険は少ないと思っていたが、アインズの演技を見抜いてくる可能性は疑っていただけに、正直ほっとした。

 

 

 ニンブル達が出ていき、ジルクニフと二人だけとなってから、しばらく時間が空く。

 

「ゴウン殿」

 どちらも口を開くことなく漂っていた無言の緊迫感を打ち破ったのはジルクニフの方だった。

 

「如何しましたか陛下」

 

「この場には貴公しかいない、これから言うことは貴公の胸の内に留めておいてくれるか?」

 窓の外に向けていた目をこちらに動かし、ジルクニフは探るような視線と共に言う。

 

「無論です陛下」

 間髪入れないアインズの返答にグッと頷き、ジルクニフはこちらに一歩近づきアインズと正面から向き合う。

 

「帝位に就いて以来、私は自分が間違った手を打ったことは無いと断言出来る」

 強い意志を感じさせる瞳は虚勢や嘘偽りではなく本心からそう言っているようだ。

 自分に自信が無いアインズから見れば羨ましい程だ。

 

「だが、今回のことでほとほと実感させられた。人間とは弱小種族だ。完璧な手を打ち続けたとしても、それ以上の暴力によって簡単に吹き飛ぶほどにな。その事を十分理解しているつもりだったが、どうやら私の認識は甘かったらしい」

 余計な口を挟まず、アインズは黙って話に耳を傾けた。

 

「私はな。生まれた時から本当の意味で誰のことも信頼したことはない……無論、信用の置ける者達はいる、代表はフールーダだ。奴にはそれこそ生まれた時から面倒を見てもらっているからな。だが信頼と信用は違う。私が爺、フールーダを信用しているのはその実力を知っているからだ。何が出来て、何が出来ないか、使える魔法、知識、どんな性格をしているのか、そうしたものを全て理解しているからこそ信用している。逆に言えば実力の分からない者を信用はしない、当然信頼もな」

 ここでチラリとアインズに挑戦的な視線を向けてくるジルクニフ。

 

「つまりは私の実力が分からないので信じることは出来ないと?」

 

「ふっ。分かりきっていることをわざわざ問うな。そうではない。そうであれば初めから私は貴公にこの仕事を頼みはしなかった。寧ろ逆だ」

 

(いやさっぱり分からないんですが。こいつの中でも俺の評価が高くなっているということか?)

 

「ゴウン殿、私は生まれて初めて実力の程も分からない貴公を信頼しようというのだ。その信頼、裏切ってくれるなよ?」

 ああなるほど。とようやくアインズはジルクニフが何を言いたいのか理解する。

 要するにこれは激励だ。

 確かにこの場面でアインズが負けたらそれこそ自分の命と帝都の運命が終わってしまう。

 だからアインズに手を抜いたり実力の出し惜しみをさせないようにしようというのだろう。

 鈴木悟の生きていた世界で、よく使われる手ではあるが、皇帝からそう言われれば確かに誰でもやる気を出すことだろう。

 アインズとて、これが自分達の自作自演でなければ今の言葉で多少やる気を出したかも知れない。

 

 しかしアインズの場合は言葉というよりその目が理由だ。

 明確な意志を感じさせる瞳は、種類こそ違えどかつてガゼフに見たものと同じ強い瞳だったからだ。

 店を繁盛させるためのカモとしてしか見ていなかったが、こうなると少しばかり情が移ってしまう。

 しかし、だからと言って計画は変えられない。

 ナザリックの為にとデミウルゴスが考えてくれた計画はアインズの感情云々で破棄して良いものではないからだ。

 

「陛下のご信頼に報いられるよう、全力を尽くしましょう」

 

「頼んだぞ──兵達も下がった、行くとしようか」

 そうジルクニフが言った時だった。

 ミシミシと耳に障る音がどこからか響き出した。

 直ぐに察する。

 これは対象が室内にいる時のプラン、少し時間を掛けすぎたらしい。外の方がより目立って良いかと思ったが仕方ない。アインズの行動が決定する。

 

「陛下。私の後ろに」

 腕を掴み、放り投げるようにジルクニフを移動させる。

 

「何を!」

 未だ状況の掴めていないジルクニフに即座に魔法を三つ重ね掛けすると半径三メートル程の微光を放つドームが作り出される。

 先ほどアルシェの妹達に掛けてやった魔法に加えて、これから魔法合戦になることを計算し対魔法用の防御魔法も掛けてある。

 これでジルクニフには特等席でアインズ達の戦いを目撃して貰うことになる。

 

「敵が来る、そこを動かないように!」

 

「何!?」

 ジルクニフがそう言った瞬間、天井に接する壁に亀裂が走り、それは瞬く間に放射状に広がり轟音と共に壁が砕け、瓦礫が散弾のように散らばった。

 同時に壁と天井に取り付けられたランプが一斉に破壊され、室内は暗闇に包まれる。

 アインズにに暗闇は意味が無いが舞い上がった塵と砂埃が視界を奪う。

 そうして開けられた大穴から巨大な体躯を持った悪魔がゆっくりと顔を覗かせ中へと入ってきた。

 怒りを堪えた顔に紅蓮の翼。そして燃え上がる手には何かが握られている。

 姿形は間違いなく憤怒の魔将(イビルロード・ラース)だ。しかし召喚時には特に武器など持っていない設定のはずだが、はて。と心の中で首を傾げていると、ようやく魔将が完全に中に入った。

 燃える体のおかげでジルクニフからも姿形はハッキリ見えるだろう。

 

 そしてその後ろから、ヒョロリと延びた体格のもう一体の悪魔が姿を現した。

 枯れ木のような細い体と手足、頭は無く代わりに肩から一直線に細い首が枝のように伸びてその上に二つの実がなっている。

 デミウルゴスが言っていたヤルダバオトという名を名乗らせる為の側近の悪魔だろう。その姿と頭部の数を見て、アインズはこの悪魔の正体に気づく。

 頭冠の悪魔(サークレット)だ。

 他者の首級を飾ることで、その首級の持ち主が使える魔法を代わりに使用出来るタイプの悪魔。

 その頭部が誰のものか確認しようとするが、その前にアインズの背後から声が響く。

 

「貴様が悪魔共の首魁か」

 魔法壁の中で立ち上がったジルクニフが堂々たる態度で魔将に問いかける。

 暗闇のせいか頭冠の悪魔(サークレット)には気づいていないらしい。

 

「如何にも。如何にも。如何にも。この御方こそ我ら悪魔を統べし者、魔皇ヤルダバオト様──そこの人間、頭が高い」

 アインズではなく、ジルクニフに向かって頭冠の悪魔(サークレット)が手を伸ばす。

 魔将の炎に照らされて、ジルクニフは初めてその存在を認識したとばかりに視線をチラリと横に移すが顔はあくまで魔将に向けたままだ。

 人間のトップとして敵の首魁にだけ用があるという態度を示しているのだろう。

 

「ヤルダバオト。それがお前の名か、良かろう。礼儀知らずの侵略者には過ぎた対応だが、名乗られたからには応えねばなるまい。私はバハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。この国を治める者だ」

 防御魔法の中からとはいえ、見るからに強者という外見の魔将を前に堂々たる態度を見せるジルクニフ。

 そんなジルクニフに魔将はチラリと目線を動かすと顔を歪ませる。威嚇しているように見えるが笑みを浮かべたのかも知れない。

 

「ほう。皇帝自ら出迎えとは、感謝しよう人間」

 重く太い声はこの外見に良く似合う。

 運営か製作がイメージした声なのかも知れないが、今回ばかりは良い仕事をしてくれた。と言いたくなる。

 さてそろそろアインズが前に出て戦いを始めよう。と動き出そうとしたアインズにだけ見えるようにジルクニフが無言で手を動かしていることに気づく。動くなという合図だろう。

 

「お前達の目的は何だ? 何の為に我が国、我が城を狙う。答えろ、ヤルダバオト」

 再度ジルクニフに感心させられる。

 恐らく魔将が会話が成立し、かつ問答無用で襲いかかってくるタイプでないと察し、情報を得ようとしているのだ。

 これは戦いの中でアインズが聞き出した。ということにするつもりだったのだが、アインズとしても今後の支配者ロールの参考に、ジルクニフがどんな対応をするのか気になったため、黙って事の成り行きを見守ることにした。

 

「おお。これは失礼をした。皇帝陛下の前だというのに、こんな物を持ったままでは不敬と言うものだな、許してほしい」

 そんなジルクニフに対し魔将は質問は無視して、更に悪魔めいたというべきか、言葉の端々から相手を挑発するかのような態度を滲ませながら、手に持っていた物を放り投げた。

 ボロ布の巻かれた何か。としか認識していなかったが、それが投げ出された衝撃で布がめくれ、しわがれた細長い手足が投げ出されて初めて、アインズはそれが人の死体であることに気がつく。

 同時に頭冠の悪魔(サークレット)に飾り付けられた首級を見て、その正体に気が付いた。

 一つは知らない顔だが、人間の魔法詠唱者(マジック・キャスター)でナザリックの手持ちとなるといつかの法国の特殊部隊、陽光聖典の生き残りの誰かだろうか。

 だがもう一つはつい先ほども見た知っている顔だ。

 何があったのか知らないが、ユリ達の方で何か予定外の出来事でも起きたのだろうか。

 そんなことを考えながら、ジルクニフが会話を再開するのを待つがいつまで経ってもジルクニフが口を開くことはなかった。

 

 

 ・

 

 

 巨大で強大な力を感じさせる悪魔を前に、ジルクニフは意志の力で自分の体が震えるのを押さえ込む。

 ジルクニフとて強大な力を持つ魔獣や戦士、魔法詠唱者(マジック・キャスター)などと対峙したことはあるが──もちろん完璧な安全が確保された状態であったが──見ただけで力の桁が違うと理解出来る程の相手と対峙するのは初めてだ。

 しかし、アインズ程の魔法詠唱者(マジック・キャスター)が掛けたこの魔法の守りと、そのアインズ自身が側にいることでジルクニフは自分を保つことが出来た。

 ランプが破壊されて暗くなった室内だが、悪魔の体が燃えている為に姿を確認するのは容易だった。

 しかし、隣に立つ別の悪魔の姿はよく見えない、細く縦に長い頼りない体つきだが、だからといって油断は出来ない。

 ここまで連れてきたところを見ると、側近のような存在、先日ジルクニフが襲われた鱗の悪魔より格上かも知れないのだ。

 そうなるといくらアインズでも、一人では勝ち目はないだろう。

 やはりフールーダが戻ってくるまで時間を稼ぐしかない。

 これだけ派手な登場をしたのだ、フールーダなら伝令に出した高弟を待つまでもなく状況を理解し即座にここに現れるだろう、転移が使えないので多少時間は掛かるかも知れないが、その時間くらいはアインズが稼いでくれるはずだ。

 

 となればジルクニフの仕事は一つ。

 話術を用いて時間を稼ぎ、あわよくば敵の情報を得ることだ。

 幸いこの悪魔は会話が成立し、なおかつ完全にこちらを見下しているのが分かる。

 この種の者は自分が優位であると確信しているからこそ、隙が多くなる。

 自分が格下と見られているようで癪だが今は好都合だ。

 外に出ていったニンブル達が慌てて戻ろうにも時間がかかる。それまでに出来るだけの情報を集め、アインズに聞かせる。

 奴ほどの頭脳があれば、少しの会話からでも多くの情報を得ることだろう。

 その中には弱点になるようなものもあるかも知れない。

 

(しかし、私がろくに情報もない他人に命運を託すことになるとは)

 先ほど話したのは当然アインズに対する分かりやすい激励であり、実際にアインズのことを信頼したわけではない。アインズもそのことは承知だろう。

 皇帝の信頼という鎖で奴を縛り、手を抜けない状況を作り出したかっただけだ。

 だが事実が混ざっていたことも確か。

 そもそもジルクニフにとって自分と対等に渡り合える存在はいなかった。

 例外としてラナーという知性の化け物と呼ぶべき者がいるが、あれは単に頭が良いだけでありそれを活かす手段は殆ど持ち合わせていない。

 損得を無視してジルクニフが本気で殺そうと思えば簡単に暗殺出来るだろう。

 他にもある特定の分野においてジルクニフを上回る一芸を持つ者はいるだろうが、国を背負った皇帝ジルクニフと渡り合える者などそうはいない。

 

 そこに現れたアインズは、ただの個人でありながらその才覚と知能、魔法を駆使してジルクニフと渡り合う──現状では一歩劣っているかも知れない──そんな相手だ。

 多少不満はあるが信じるには足るだろう。

 どちらにせよ、どう見てもこの悪魔からは知性は感じない。

 適当に話しているだけでいくらでも失言してくれそうだ。

 そんなジルクニフの思いを嘲るように、それは投げ出された。

 皇帝陛下の前でこんな物を持っているのは不敬だとか何とか言っていたが、ようは自分の力を見せつける為の物に過ぎない。

 こちらに投げつけてきたが、当たる位置ではないし仮にこちらに飛んできてもここにはアインズの守りがある。

 下手に避けようとする方が侮られるだろうと、ジルクニフは口元に薄く笑みを浮かべたまま、それを避けようともせず見送った。

 

 だが完全に無視はせず、ジルクニフの横に転がったそれにチラリと目を落とす。落ちた際の妙な水音、もっと言うなら血の滴る肉が潰れるような音がしたことが気になったのだ。

 ここに来るまでに捕まえた民か兵でも投げつけてきたのだろうか。

 場合によっては民を傷つけられたことで激高した振りをして奴の油断を誘うのも悪くないか。

 そんなことを考えながらそれが何であるかを確認する。

 ボロ切れだと思われた物はどうやら元はそれなりに高価なローブであったようだ。

 生地の厚さと密度、光沢から判別出来る。

 地位のある人物か。貴族にしては服装が大人しすぎるから、役人や魔法詠唱者(マジック・キャスター)の線もある。

 そうなるとそれなりの損失だ。

 役立たずの貴族の方が余程マシだった。

 光源がヤルダバオトしかなく、轟々と燃え盛る炎では揺らめきが起こって確認し辛いがようやくこの暗闇にも目が慣れつつある。

 投げ出された手足は細く、枯れ木のようだ。

 子供ではない。潤いがなく皺が刻まれ、皮の余った皮膚は老人のそれ。

 何故だか息と唾を飲み込んでしまう。

 まるでそれが何であるか、本能が理解することを拒むかのように。

 

「おや。おや。おや。どうした皇帝陛下。暗くて目が見えぬか、ならば<永続光(コンティニュアル・ライト)>」

 枯れ木のような悪魔が耳に障る声で笑いながら魔法を唱える。

 <永続光(コンティニュアル・ライト)>はジルクニフでも知っている、白い明かりを生み出す魔法で、これを付与したマジックアイテムが生活の一部になっているほど有り触れた魔法だ。その明かりが地面に転がるそのローブの者をはっきりと浮かび上がらせる。

 ローブも、指に嵌められた無骨な指輪も、全て見覚えがある。

 

(まさか、そんなはずはない! 爺が、フールーダが殺されたなど……いや、ジルクニフ、目を逸らすな。あの装備はどこにでもあるような物じゃない。分かりきっている事じゃないか。だが……)

 幼き頃よりフールーダに世話になった一人の人間としてのジルクニフと、皇帝としてのジルクニフが頭の中でせめぎあう。

 否定する材料を求めるように地面から目を離し、ヤルダバオトともう一人の悪魔を見上げる。

 そこに、見知った顔がいた。

 半眼の瞳は白目を向き、顔は土色に変わり、切断面は今切り取られたばかりかと思う程に生々しい。

 長く豊かだった髭は首の位置で切り落とされ多少印象が異なるが、その顔をジルクニフが見間違うはずがない。

 

「き、さま。それは──」

 

「ほう。御目が高い。つい先ほどヤルダバオト様に逆らった愚か者の首を私が頂戴したのだ。知り合いか?」

 悪魔の嘲笑もジルクニフには届かない。

 その時、魔法の効果が切れたのか明かりが消え周囲に暗闇が戻った。同時にジルクニフの脳裏にあらゆる情報が一気に流れ込む。

 その中で唯一、今即座にしなくてはならないことを選び出し、声を張り上げる。

 

「ゴウン! 私を連れて逃げろ、勝てるはずが無い!」

 敬称を付けている余裕もなく端的に言う。

 フールーダと二人掛かりでなら、という前提の元でアインズに戦ってもらおうとしていたのだ。

 そのフールーダが殺された今、敵の戦力はアインズ一人でどうにか出来る相手では無いと判断するべきだ。

 逃げ切れるかは不明だが、生き残ることを諦めるつもりはない。

 

「なかなか冷静な判断だ。だが帝国の皇帝ともあろう者が、民を置いて逃げ出すのか? 何の為に今まで手を出さなかったと思っている」

 ヤルダバオトの言葉にジルクニフは唇を噛みしめる。

 先ほどアインズが推測した通り、ヤルダバオトの目的はジルクニフだ。

 恐らく最初の襲撃時にジルクニフが帝都に居ないことを悟り、城のみを狙うことでジルクニフではなく城に目的があるのだと思いこませた。

 その上でここに誘い込ませ、逃がさないようにしたのだ。

 アインズが居れば確かに逃げ出せるかも知れないが──フールーダが容易く討ち取られたところを見るに望み薄だろうが──それをさせないために今度は民を人質に取った。

 この状況でジルクニフが助かる為に民を犠牲にすれば、民だけではなく帝国内の貴族達から責め立てられるだろう。

 待つのは帝国の分裂。今王国が直面し、愚かだと笑っていた問題を今度はこちらが被ることになる。

 これほど緻密な計画を立てるとは、外見で判断するべきではなかったか。

 

(だが、それでもダメだ。私は死ぬわけにはいかない。ここで私が死ねば帝国はどうなる? 王国が調子づき、アインズの店がそちらに付けば逆に併合される可能性すらある。そんなことは許されない。ここは逃げるしか──)

 再度アインズに逃げ出すように命じようとするが、その前にアインズが一歩前に出る。

 バサリとローブをはためかせ、悠然とジルクニフの前に立つ様は、まるで英雄のそれだ。

 現実にいる、出来ることと出来ないことがはっきりしている区分としての英雄の領域にいる者ではなく、物語の中にだけ住んでいる、あらゆる不可能を可能にする本物の英雄。

 

「そろそろ私も混ぜてもらおうか、ヤルダバオト」

 落ち着いたアインズの声にジルクニフは言葉を失う。

 あまりにも普通過ぎたからだ。

 帝国の力を見せつける為に、フールーダの実力は敢えて隠してはない。

 どんな魔法が使えるかなどの情報はともかく、三系統の魔法に加え、第六位階まで行使する実力は間違いなく現在存在する人間の魔法詠唱者(マジック・キャスター)の頂点と言って良い存在だ。

 そんな魔法詠唱者(マジック・キャスター)の死体を見せつけられてなお余裕を崩さないアインズ。

 この状況を覆すような奥の手があるというのか。

 

「……何者だ貴様は」

 

「魔導王の宝石箱、いや、こう名乗ろうか。私こそが魔導王アインズ・ウール・ゴウン。ヤルダバオト、お前もよくよく運がない。ここに、帝国に私が居る時に現れたのだからな」

 これぞ絶対者。といわんばかりの堂々たる名乗り上げ。やはりこの男の本質は人に使われる者ではなく人の上に立ち、人を使う人間なのだと改めて実感する。

 だが、この強大な悪魔を前にしてその言葉はあまりにもちっぽけだ。

 人間という弱小種族では結局如何に強さを極めても勝てないのだと今目の前で証明されたばかりだというのに。

 そんなジルクニフの思いを無視してアインズはどこからか杖を取り出した。

 臨戦態勢を整えているのだ。

 つまりは戦うつもりということだ。あの恐ろしい悪魔達と、たった一人で。

 しかし、そんなアインズに対し大悪魔ヤルダバオトは今までの余裕を解いて身構えた。

 フールーダの頭部を付けた悪魔も同様に、アインズを警戒しているのが分かる。

 あれほどの悪魔達が何故、たった一人の人間を警戒するというのか。

 アインズの方がよほど無警戒で、杖を取り出してはいるものの構えも無くただ持っているだけだ。

 これではまるで逆ではないか。

 

「なんと。なんと。なんと。こんなちっぽけな国に貴公のような者がいるとは、恐ろしい、実に恐ろしい」

 一見するとアインズを褒めながらも小馬鹿にしたような口調だが、幼い頃から他者を疑い、欺き、偽ることで磨いてきたジルクニフの観察眼が本当にアインズのことを恐れ、警戒していることが分かる。そして敬意に近いものも感じ取れるのは何故なのか。

 そんなジルクニフの疑問を余所に、枯れ木の悪魔が先手を取って動き出す。

 

「ではこちらから行こう。<第六位階死者召喚(サモン・アンデッド・6th)>」

 悪魔に取り付けられたフールーダの口が動き、地面から複数のアンデッドが召喚される。

 

(まさか、こいつはフールーダの魔法を使うことが出来るのか?)

 第六位階魔法。フールーダの使える最高位階の魔法であり、その力を使えるとするならこの悪魔もまたやはり規格外の存在。

 第六位階で召喚出来る強力な一体のアンデッドではなく、下位のアンデッドを複数召喚したということは足止めが理由か、いつかフールーダが口にしていた魔法の内容が勝手に思い出される。

 やはり勝てない。勝てるはずがない。

 フールーダの魔法を自在に操る悪魔と、そのフールーダを殺した更に強力な悪魔、二体が相手ではアインズがどれほど強大な魔法詠唱者(マジック・キャスター)であろうとも勝てるはずがない。

 襲いかかるアンデッドはジルクニフではなく、真っ直ぐにアインズを狙う。

 相手にされていない。ということにジルクニフは恥辱ではなく安堵を覚えてしまった。

 そんな中、アインズは慌てた様子もなく杖を掲げる。

 

「この場に弱者は不要。<現断(リアリティ・スラッシュ)>」

 その言葉と共に見えない何かが襲い来るアンデッドを一掃し、同時にヤルダバオトがその場から飛び上がる。

 

「な!」

 枯れ枝の悪魔の反応が遅れ、そのままその見えない何かは悪魔の体を両断した。

 同時に召喚されたアンデッド達が消滅していく、召喚者が死亡したことにより魔法を維持出来なくなったのだ。

 つまりは──

 

「死んだ? たった、たった一撃で?」

 フールーダの頭部を奪い、その魔法を自在に操る大悪魔。

 そんな存在を弱者と呼び、ただの一撃で殺すとは。

 

「なんと。我が配下の中で最も強く優秀な頭冠の悪魔(サークレット)を一撃とは。思った通りだ魔導王、貴様は強い、恐ろしいほどに。この私ですら今の一撃を食らえばただでは済むまい」

 燃えさかる翼を用いて飛び上がっていたヤルダバオトはそのまま天井を完全に吹き飛ばし、月明かりの下に出ると天に向かって手を伸ばした。

 

「だからこそ。このような手段を使わせて貰おう。<隕石落下(メテオフォール)>」

 空に突如として巨大な岩の塊が現れ、それが地面に向かって落下していく。

 落下地点はこちらではなく、都市の一角。

 城や自分達を狙うのならばともかく、何故そんなところに。

 とそこまで考えて気がつく。

 都市全体を狙った無差別攻撃だ。

 

「くっ! <飛行(フライ)>」

 飛び上がったアインズが上空で何らかの魔法を発動させ、あっさりと岩石を砕いた。

 しかし完全には消滅せずに細かく砕かれた岩の破片が様々な場所に落ちていき帝都を破壊する、だがあの巨大な岩石が落ちるよりは被害は軽微なはずだ。アインズもそう考えたからこそあれを破壊したに違いない。

 そんな状況を見ていることしか出来ない自分の無力さに歯がみする。

 

「陛下! ご無事ですか?」

 聞き慣れた声がジルクニフの元に届く。ニンブルがようやく戻ってきたのだ。

 

「ニンブルか。こちらだ!」

 天井が崩れ、もはや建物としての役割を果たせていないが、今ここから動くことは出来ない。

 あれだけ広範囲に渡って攻撃が可能な力を前にしてはどこに逃げても同じだ。

 アインズが掛けてくれたこの魔法の中にいるのが一番安全だろう。

 

「陛下! 良かった、遅くなってしまい申し訳──」

 瓦礫と化した扉をよじ登り顔を見せたニンブルの言葉を遮りジルクニフは叫ぶように命じた。

 

「構わん! それよりもお前もこちらに、そこの悪魔から頭を回収せよ」

 

「頭?」

 地面に転がっているのは悪魔の死体。

 死んでいても召喚者が消えなければ死体もなくなることはないらしい。となれば今しか機会はない。

 あの悪魔によって奪われたフールーダの頭部と、ヤルダバオトが投げ捨てた体。

 その二つがあればもしかしたら復活は可能かも知れない。

 ニンブルもまた地面に打ち捨てられた体と悪魔の体と繋がっているフールーダの頭部を見て事態を察したらしい。

 すぐに行動を開始した。

 地面に転がったフールーダの遺体を恭しく集め、一つに纏めて元はテーブルクロスとして使われていた白い布で包み込む。

 

「陛下。完了、しました」

 

「ご苦労」

 

「……ゴウン、殿は?」

 憔悴し、覇気の消えた声で問うニンブルに、空を見上げて指し示す。

 もはやその姿を視認することも出来ないほどの速さで上空を移動しながら、時折ぶつかり合う強大な魔法の輝きが見て取れる。

 

「何という! あんな、あんな力、人間じゃない」

 喘ぐように呟くニンブルにジルクニフは心の中で同意する。

 あれだけの悪魔と互角に戦う人間などいるはずがない。

 だが、ふと。かつて報告書で上がってきた眉唾物の情報を思い出す。

 

「……神人と呼ばれる神の血を覚醒させた人間がいる、と聞いたことがある」

 法国で六大神の血を受け継いだ、英雄や逸脱者すら超えたまさしく神の如き力を生まれながらに持っているとされる人物。

 帝国の情報網を駆使してもその存在を確認出来ず、噂話しか入ってこなかったため、てっきり法国が自分達の神へ信仰を集めるための情報戦術の一つかと思っていた。だがあのような力を持つアインズの存在を見ると、もしかしたら本当に神は居て、神の力を受け継いだ人間もまた存在するのかも知れないと思わざるを得ない。

 

「神人。神の力、ですか……」

 呆然と空を見上げるニンブルの瞳に憧れや尊敬をも超えた、それこそ信仰と呼んで良い輝きを見つけ、そして同時に自分もまたそれに引きずられそうになっている事実に気づき、ジルクニフは自分の頬を強く張り、痛みで己を覚醒させる。

 

「陛下?!」

 

「ニンブル、今はそんな場合ではない。あの戦いに巻き込まれては人間などひとたまりもない。兵に命じて民達が逃げ出せるように準備を整えよ。フールーダが居なくなった今手が足りない。お前はその後城に向かいバジウッド達を連れて帝都内に残存する悪魔達を討伐しつつ帝都の入り口を開放し、外に逃げられるようにしろ」

 

「しかし、陛下を置いていくわけには」

 

「見て分からないか? この魔法はアインズが私を守るために掛けた物だ。ニンブル、ここは良いからさっさと行け! 直に城に行ったフールーダの高弟達も戻ってくる。心配はいらない」

 暗にニンブルよりもアインズを信用すると言っているに等しいがアインズのあの力を見た後なら納得するだろう。

 何より危険だと知りつつもジルクニフは少しだけ一人になりたかった。

 心の内から沸いて出る感情を吐き出して、冷静にならなくては。ここから先、一つの失敗が帝国の存亡にも繋がりかねないのだから。

 部下が居てはそれも出来ない。

 短く、けれど濃密な熟考の末、ニンブルは騎士の礼を取りジルクニフに頭を下げる。

 

「直ぐに兵を寄越させます。それまでどうぞご無事で、私も陛下に与えられた任を速やかに完遂し、戻って参ります」

 

「頼んだぞ、我が騎士よ」

 再度礼を取って離れて行くニンブルの背を見送ってから、ジルクニフは改めて周囲を見回す、誰も近くに居ないことを確認しジルクニフは両手を組んで空を見上げた。

 

「頑張れゴウン、いやアインズ! ……頼む、神様!」

 今まで本心から信じたことのなど無い神、その力を持っているかも知れないアインズを前に、ジルクニフは生まれて初めて見たこともない神に対し祈り縋った。




多分次で帝国編は取りあえず終わるはず
その後で一話くらい後始末というかエピローグが入るかも知れませんが






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