ここに大きな変化が生まれるのは、2001年にアップルが「iPod」を発売した後のことである。1990年代末には、CDから楽曲をリッピングし、MP3などのファイルにして保存することが可能になっていた。そのため海賊版の問題も出ていたが、音楽市場に、本当に大きな変化を与えるのはiPod登場以降のことになる。
iPodは「CD100枚を同時に持ち運べる」というキャッチフレーズとともに生まれた。その後いろいろな容量・本体サイズのものが出てきたが、本質は最初から変わっていない。
それまで、聞く楽曲と「ライブラリー」はイコールではなかった。聞くたびにメディアを取り出し、それをプレイヤーにかけて再生したので、特定の楽曲が再生される率が高い傾向にあった。毎回メディアを変更するのが面倒だからだ。
しかしiPodでは、ライブラリーのほとんどをそのまま持ち歩けるようになった。PCで再生する場合には、ライブラリーそのものがPCの中にある。結果的に、音楽再生から「アルバム単位」という概念が消えていく。iTunes Storeで楽曲の単品販売が始まったことを「アルバムの解体」と呼ぶことが多いが、筆者はその前に、iPodやPCのような機器を使って再生するようになった段階で、「アルバムの解体」は始まっていた、と考えている。メディア単位で聞く必要がなくなったことが、アルバムという単位の解体の基礎になっている、と考えるからだ。
iPodの中ではアルバム単位でも聞けたが、ランダム再生もできたし、自分が好きな曲だけを集めたプレイリストを聞くこともできる。こうなると、「最近買った曲」の力は以前ほど強くなくなる。好きな曲をいつでも呼びだせるし、ランダム再生のセレンディピティを楽しむことも増える。「もっている楽曲全体の回転率」は上がり、よく聞く曲とそうでない曲の再生回数のばらつきは小さくなっていく。
iPodやPCによって「全ライブラリーが再生対象である」時代になって、音楽の楽しみ方は大きく変わった。だがこの段階においても、音楽のビジネス構造は大きく変わっていない。CDであろううがダウンロード販売であろうが、「買い切り」であることに違いはないからだ。買った楽曲を何回聞いても、アーティストの収入に変化はない。「消費者に売ること」が収益であり、再生回数は問題にならなかった。
そこに明確な変化が生まれる。
「Spotifyのようなストリーミング・ミュージックですね」と言いたくなるだろうが、その前がある。YouTubeの登場だ。
登場の初期から中期、要はほんの数年前まで、YouTubeはアーティストにとって「敵」だった。海賊版の温床だったからだ。今も状況は完全にはかわっていない。しかし、特に新しい楽曲にとって、YouTubeは大きな収益源になっていった。再生されるたびに広告料収入を得ることができるようになったからだ。額はもちろん、微々たるものだ。概ね、1再生0.1円と言われている。実際には再生時間あたりの広告料など複雑な計算があり、こんなにシンプルではない。だが、「そんなに多額ではない」ということだけ分かってもらえばいい。
確かに多額ではない。しかし、「売るところまで」がビジネスである時代とは異なり、YouTubeでは「再生回数」が収益に直結する。どれだけ再生させるかが収益にとって重要であり、さらに大量に再生された楽曲は人々に周知され、ディスクやダウンロードでの販売につながる。
ここで音楽ビジネスに、「いかに楽曲を回転させるか」という要素が生まれる。「ヘビーローテーション」とは、過去には広告のために重要な要素だったが、YouTube以降は、収益のためのヘビーローテーションが大切になる。
ここでも、新しい楽曲が優位であることに変わりはない。しかし、ディスク販売・ダウンロード販売を「めんどくさい」「お金がもったいない」と思う若者は、過去の楽曲をYouTubeから発見するようになった。そこからの再生も、一応は、音楽出版社とアーティストにとっての収益になる。
「販売」ビジネスの時代、ベストアルバムや再発売版、低価格版が多数出た。その理由は、「店頭に流す」ことが古い楽曲の再発見につながり、実ビジネスとなったからだ。
だが、「回転数」がものをいう時代になると、話が変わってくる。良い楽曲は検索やバイラルによって「再発見」され、収益につながるようになるので、ベストアルバムや再発売版だけが重要ではなくなるのだ。
ダウンロード販売の場合、在庫量に制限は(基本的には)存在せず、うまくバイラルできれば、「YouTubeでバズった曲が、再発見されて売れる」形も出てくる。
ただし、YouTubeから収益を得るには、Googleと権利者がきちんと契約を結び、YouTubeの広告の仕組みを理解して活用する必要がある。そうでないと、「勝手にアップロードされた海賊版」の広告収入は、正当な権利者の元には回らない。日本の場合、エイベックスなどはこの方法を知悉し、きちんと活用している。だが、そうでない音楽出版社も多く、古い楽曲からの広告収益が、適切に権利者に還元されているとは言い難い。いい方は悪いが「知らない方が悪い」ビジネスモデルとも言える。
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