2017年をもってプロのロードレーサーを引退した西薗良太さんが、現役時代から折りに触れて訪ねていたのが、ロードサイクルのウェアブランド「ラファ」の拠点である八ヶ岳バイシクルスタジオ。雄大な野辺山高原が広がるこの場所で、ラファ・ジャパン代表の矢野大介さんと共にライドを楽しみ、意見を交換し合い、お互いにインスピレーションを得てきたのだそう。そんな野辺山の地に再び集ったお二人によるトーク・セッションが実現。それぞれの自転車ヒストリーや、自転車とサイエンス、ビジネスの関係などさまざまなお話が繰り広げられました。
――前編で、矢野さんから「ロードレースは最終的には根性のスポーツ」という話がありました。
矢野大介(以下、矢野) 高校でサッカーをやっていたとき、プロ級のコーチがついたんです。彼は「こうしなさい」じゃなくて、「この目標のためにこれをこのくらいせよ」っていう、スポーツ科学的な指導をする。アメリカでのスポーツはビジネスですからね。僕はそういうアプローチに興味があるんですが、同時に、どのスポーツも最後は根性だとも思っています。あきらめない人が勝つんですよ。肉体的にも、精神的にも。
西薗良太(以下、西薗)最後はガッツですよね。
矢野 ビジネスも同じですが「倒れるまでやれ」ではなく「諦めない、可能性をゼロにしない」という意味での根性論は必要だと思います。なぜなら、スポーツもビジネスも、人間がやるものだから。物理の世界とは違うんです。僕は光の研究をしてたことがあるんですが、光は計算通りに動きます。でも、人間は読めない部分があるから、そうはいきません。
西薗 そうですよね。僕が大学院に入り直して思うのは、サイエンスやエンジニアリングって、勉強すればするほど、その限界も見えてくるということです。ロケットは打ち上げられるけど、人体の構造にはわからないことも多いとか。勉強した人ほど、分からないことが多いということも理解できる。
矢野 そういう複雑な人間が勝利する確率を、ほんの少し上げるのが科学だと思う。僕らがチーム・スカイ※ に関わっていたときに、「1秒でもタイムを短縮できることがあれば必ずやれ」という意味で「マージナル・ゲイン」という標語を作りましたが、これも、科学によって勝利の確率を上げるという考え方です。
※イギリスに拠点を置く、世界最強と称されるロードレースのチーム
西薗 科学がどれだけがんばっても、勝利の可能性を30%から32%に引き上げられるだけかもしれないですよね。誠実に1%を積み重ねるのがサイエンスで、残りの70%や68%は人間だということを自覚しないといけない。
矢野 そう。科学で得られるパーセンテージは微々たるものでしかないんです。あとは運や精神力、そして経験です。
――それらとは別に、才能やセンスの差もあるのではないでしょうか?
矢野 うーん、レースやビジネスでは、なんといっても経験が重要だと思いますね。科学とは違って誰がどう動くかを予想できませんから、目と筋肉の直結というか、体が瞬時に動かなければならない。そのためには経験を積むことが必要で、それが「センス」の正体だと思います。
西薗 ええ。強い選手は体がオートマティックに適応的に動く。それは似た状況を繰り返し経験したからなんですが、はたから見ると、「センスある」ってことになってしまうんですよね。
矢野 センスって、何百、何千時間をその環境で過ごしたということでしかないんですよ。
西薗 そうそう。「センスが……」って言う人は、そういう経験を見積もっていないでしょう、って思いますね。
矢野 だから、「センスある」で片づけるべきじゃないと思いますね。どれだけタレントを持ってる人も、勝つためには時間をかけたはずです。ビジネスも同じで、僕にのラファもよく「もってるね!」なんて言われますが、違う。今お話しした経験によるんです。あちこちに行って、色んな人と色んな会話をしているから、何かが起こる確率は非常に大きくなる。そして、確率が大きいということは、経験の量が増して、適切な判断ができるようになるということです。レースでいうなら、チャンスに瞬時に動けるようになる。
西薗 もちろん、ヨーロッパでは才能の壁を感じたことはあります。「ツール・ド・フランス」を勝てるかどうかは、結局は遺伝だと思いましたね(笑)。
矢野 ははは。
西薗 でも、僕よりもフィジオロジー(生理)的に優れている選手よりも結果を出せることもあって、それなりに上手くやっているなと自信が持てました。
矢野 結局、強くなるのというのは、辛いことなんですよ。仕事でよく考えるんですが、効率を上げることと、ショートカットをすることは違います。単に楽をすることが効率化だと思ってる人が多いんですが、効率を上げるということは、結果を出すことが前提なんです。そして、結果を出すためには、絶対に避けられない部分はあります。
――ビジネスとスポーツの共通点は多そうですね。
矢野 お話ししてきたように、共通点はすごく多いですね。逆に違いを挙げると、スポーツのほうが生活の隅々までリーチアウトする。例えばアップルやトヨタの製品を使う人にとって、アップルやトヨタという企業はさほど重要ではないですよね。でも、野球好きの人にとっては、阪神タイガースの存在はすごく大きいかもしれない。スポーツは、ビジネスではあり得ない影響力を持っているんです。特に自転車はあちこちの地域を知ることができるので、日本を知ることもできます。もっとスポーツを発展させるべきです。
西薗 元プロ選手の僕から見ると、ルールが決まっているのがスポーツですが、ビジネスや研究は、ルールを決めることが本質。問題を解くのではなく、問題を作るんです。そこがおもしろい。
一方でスポーツのいいところを挙げるなら、ある種の謙虚さが身につくところですかね。僕は引退して半年くらいですが、トレーニングをしなくなったので一気に弱くなったわけです。企業では、偉い人は偉いままですが、スポーツでは鍛錬を怠ると一瞬で弱くなりますから、そこで努力が必要だと自覚できるんです。
矢野 スポーツって、やりはじめた瞬間に、人生に新たなミッションが生まれるんですよ。別にレースじゃなくてもいいんです。はじめて100㎞走ってみるとか、なんでもいい。人生が変わりますよ。特に自転車は、人生を豊かにする力が強いと思います。ただ、こういうことは自分で気づいてもらわないと意味がないから、声高に言おうとは思わない。あくまでイメージ作りに留めたいですね。
西薗 スポーツって、すごいフィジカルですよね。今の僕みたいに大学院でコンピューターの研究をやっていると、日々情報の海に埋もれちゃって、自分が血と肉を持つ人間であることを忘れがちなんですが(笑)、自転車に乗ると、自分の心身をグリップしている感じがつかめる。自転車は、自分が人間であることを思い出させてくれる乗り物なんですよ。
西薗良太 Profile
1987年生まれ。東京大学工学部に在学中の2009年、全日本学生選手権の個人ロードレースと個人タイムトライアルで優勝し、学生ロード2冠を達成。大学卒業後の2011年、シマノレーシングに加入し、プロのロードレーサーとなる。2013年に一度引退したが、2015年にブリヂストン・アンカー・サイクリングチームにてプロ復帰。2017年末をもって現役引退を表明した。2012年、2016年、2017年に全日本選手権個人タイムトライアル優勝。2018年4月、東京大学大学院に再入学した。
矢野大介 Profile
1972年生まれ。半導体メーカー、自転車部品メーカーの勤務を経て2007年、ロードサイクルウェア・ブランド「ラファ」の日本支社を設立し、代表に就任。シクロクロスのレーサーとしても活躍し、2010年にスタートした国際レースの「ラファ・スーパークロス野辺山」を主催する。
https://www.rapha.cc/jp/ja
取材・文/佐藤喬、撮影/平澤清司
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