東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 社説・コラム > 私説・論説室から > 記事

ここから本文

【私説・論説室から】

「花ばぁば」が伝える戦争

 東京・赤羽の小さな出版社「ころから」から出された絵本「花ばぁば」は、旧日本軍の慰安婦とされた韓国人のシム・ダリョンさんの証言に基づき、韓国の作家クォン・ユンドクさんが描いた物語だ。

 日本が朝鮮半島を植民地としていたころのこと。突然連れ去られた少女は軍の施設に閉じ込められ、その部屋の前には兵隊たちが毎日列を作った…。水彩の絵の美しさが、軍隊の暴力性をより鮮烈に伝えるようだ。

 二〇一○年に韓国でオリジナル版が出版された後、日本での出版は、シムさんの証言が慰安婦設置に関する公文書記録と一致しないという理由で見送られた。一度お蔵入りしたこの作品を日本で出そうと奔走したのは、絵本作家の田島征三さんら日本の有志だった。

 実は私も〇五年、大邱(テグ)市にあったシムさんの自宅を訪ね、被害の体験を聞いたことがある。けれども連行された時期や場所など分からない点が多く、証言を記事にできなかった。彼女は「私は頭がおかしくなった。覚えていないんだ」と涙ぐみながら、日本からきた記者の私に語ろうとしたのに。あの日、私がするべきだったのは、「埋められない記憶」を問うことではなく、彼女が経験した痛みの重さにもっと心を寄せることだった。

 シムさんは日本版の出版を待たず一〇年に八十三歳で他界したが、彼女が残した絵本は戦争の真実を静かに語り続ける。(佐藤直子)

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】