サバイバル・オブ・ザ・モモンガ   作:まつもり
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第九話 想定外

(もう少し……だな)

 

既に草原には夜の帳が降り、モモンガが追跡していた者達は焚き火を囲んで何事かを話しているようだった。

 

透明化を維持し続けるには、三分間につき一MPを消費しなければならない。

幸い草原という見晴らしのいい場所であったので近距離で相手を追尾し続ける必要は無く、地形の起伏に時々隠れて休憩しMPを温存していた為、MPは二十ポイント程残っている。

 

今回の作戦は相手が眠っている最中に透明化を使って忍び寄り、荷物を持ち逃げするというもの。

 

戦闘を前提とした作戦では無い為にそこまでMPを消費する予定は無く、モモンガは現在のMPでも決行は可能だと見ていた。

 

(警戒すべきはまずトラップか。 あの野営地の四隅に建てられた杭、何かの細工をしていたように見えたし罠を仕掛けた可能性があるな。 あり得るとしたらワイヤートラップあたりか。 杭の間に鋭い金属糸を張り巡らせて外敵の侵入を防ぐとか、又は音が鳴る仕掛けがあるか……)

 

だが罠は看破さえ出来ればどうという事もない。

あのように知恵のある存在が見ればすぐに不自然さを感じるような仕掛け方では、せいぜい引っかかるのは獣程度のものだろう。

他に懸念すべきは視覚的な発見が難しい場合が多い魔法的な罠だが、新しく覚えた《ディテクト・マジック/魔法探知》という魔法を使えば発見することは可能だ。

しかし魔法探知を防ぐ魔法を併用されている場合かなり厄介だが、モモンガは例え魔法の罠を作動させてしまったとしても、それだけで命に関わる可能性は低いと考えていた。

 

ユグドラシルにおいて罠系の魔法は大きく分けて二種類ある。

 

一つ目は特定のメンバーのみが使用する宝箱や扉を守るための魔法。

このタイプの魔法は予め合言葉か特定の行動を設定しておき、それを満たせない者にのみ罠が作動するようになっている。 主に多数のメンバーが利用する拠点の防衛に使用される魔法だ。

 

もう一つはもっと単純に接触や特定範囲内への侵入など、ある条件を満たすことで発動する魔法。

一つ目の魔法がセキュリティの強化を目的とするなら、こちらのタイプは警戒や戦闘に利用されることが多く、基本的には仕掛けた本人とパーティーメンバー以外には無差別に発動する。

 

しかし、この世界はユグドラシルとは違いフレンドリーファイアが禁止されていないと思われる。

周辺警戒が目的なら使用されるのは後者の魔法だろうが、下手をすると仲間にも効果を発揮してしまう可能性があり、それを考慮すると攻撃系の魔法は使いにくい筈だ。

特に子供が一人混じっている様子の彼らでは尚更だろう。 

だとすれば、殺傷力のある魔法が仕掛けられている可能性は低いとモモンガはみていた。

 

(あるとすればサウンドトラップ系か、眠りや麻痺などの状態異常付与系、一番厄介なのが落とし穴や自動で巻き付くロープなどの捕獲系だな。 ………でも、ここまで来たんだし今更引き下がれないか)

 

だがモモンガが最も警戒しているのは罠ではなく、むしろ人間の方だった。

野営の準備をしたのだから眠りはするだろうが、こんな人里離れた草原の中では全員で熟睡するということは考えにくい。

 

間違いなく誰か見張りを立てると思っていいだろう。

それが一人ならばいいが、二人以上になれば恐らくモモンガの手には余ることになる。

 

(一行の規模は六人だけだし三人以上はまずないだろうが、二人なら朝までに三交代ってことで十分にあり得る。 いや、でも全員が見張りをするとは限らないな。 馬車に座っていたあの老婆と子供は、設営作業にも参加していなかったし立場が違うのかも知れない。 他の四人だけで朝まで見張りをするなら、二人で二交代も厳しいだろうし一人で見張るのが一番妥当だとは思うが……)

 

そして逸る気持ちを抑え地形の起伏に潜伏し続け暫く経った頃、一行は杖を持ったローブ姿の男を焚き火の前に残し、三つあるテントに分かれて入っていった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

草原のあちこちから虫の鳴く音が響いてくる。

 

これなら草を踏みしめる音はそう響かないだろうと思いながらも、透明化したモモンガは普通に歩く半分程の速度でゆっくりと野営地へと接近していった。

 

(あるとすれば、この辺りか)

 

野営地の四隅に建てられた杭から二十メートル程の距離にまで来た時、モモンガは小声で魔法を詠唱した。

 

「《ディテクト・マジック/魔法探知》」

 

この魔法は自分から一定範囲内に存在するマジックアイテムや、発動中の魔法が放つ魔力をオーラとして可視化する魔法だ。

マジックアイテムを見れば大体のデータ量を推測する事が可能であり、発動中の幻術や付与魔法、魔法的な罠の存在を見抜くことも出来る。

 

この魔法でモモンガは野営地の周囲を注意深く観察した。

 

すると杭で囲まれた領域の外側に、幾つか魔力のオーラが漂っている場所があった。

 

(全部で五か所……、罠だと仮定すればこの見え方は特定範囲内への侵入をトリガーとして発動するタイプの魔法だな。 周囲を全てカバーしている訳では無いから、侵入箇所を選べば発動させずに入ることが出来る)

 

そして魔法の罠があると思われる場所を避けて更に近づくと、案の定杭と杭の間に細い糸が張り巡らされており、その間には鈴が取り付けられていた。

 

僅かでも糸に触れれば鈴の音が鳴る仕掛け。 

糸はモモンガの足首の高さと腰の高さに一本ずつ取り付けられており、跨いで越えることは難しそうだ。

 

(《サイレンス/静寂》の魔法があれば安全に解除出来そうだが、普通に糸をいじれば絶対に音が鳴るな。 二つの糸の間を潜るしかないか)

 

荷物も服もない今の状態なら、糸に引っかからずに通ることも容易だろう。

侵入場所は見張り番から見てテントの影となる箇所を選んでいるので、音にさえ気を付ければ少し草が動いたとしても問題は無い。

 

まずは両手を前方に伸ばして二つの糸の間に通し、続いて上半身と下半身の順番に罠を潜っていく。

 

足や背中が少しでも鈴に触れれば察知されてしまうという緊張感の中、モモンガは遂に野営地の中へと侵入することに成功した。

 

しかし問題はまだまだこれからだ、とモモンガは緩みそうになった気を引き締める。

 

その問題とは荷物の置き場所だった。

全ての荷物を馬車の中に置きっぱなしにしてくれれば都合が良かったのだが、全員自分の荷物を手元に置き、寝ている者達はテントの中に仕舞い込んでしまっているのだ。

 

自分の物は自分で守るというルールがあるのかも知れないが、おかげで盗む方には災難だとモモンガは苦々しく思う。

しかし泥棒がやりにくいと感じているなら、防犯対策としては成功している事に気が付き心の中だけで苦笑した。

 

(まあ、テントの中に入るのは論外だな。 そんな派手な事をすれば気付かれない筈は無い。 だとすれば狙うのは、見張り番をしているローブを着た男が椅子代わりにしている荷物袋、それと出来ればあの男が身に着けている服も欲しいな)

 

当然あの男が見張っている前でそんなことが出来る筈も無いが、《スリープ/睡眠》の魔法で眠らせてしまえば堂々と盗むことが可能になる。

問題はあの男がモモンガの想定以上に強い場合、低レベルの相手にしか効果が無い《スリープ/睡眠》の魔法に抵抗されるかも知れない事だが、《ディテクト・マジック/魔法探知》で調べた限りではマジックアイテムの存在も確認できないし、森に来ていた者達と同じような強さならば十分に眠らせることが出来るとモモンガは考えていた。

 

だがそれでも、いざ男に接近して魔法を使おうとすると尻込みしてまいそうになる。

 

もしも失敗すればこの一行に囲まれ袋叩きに会うのでは?

この世界のモンスターに《スリープ/睡眠》が通用するのは試したが、もしも人間には通用しなかったら?

あの男の強さはあくまで推測でしかなく、実は思っていたよりもずっと格上だったら?

 

そんなもしもが頭の中を駆け巡り、警戒心が再び頭をもたげ始めた。

 

だが……、とモモンガは拳を握りしめる。

 

(ここで逃げてどうなる? この世界の事は未だ殆ど分かっていないし、もし何かの拍子に少し強いモンスターに出くわせばそれだけで簡単に死んでしまう。 ユグドラシルを始めたばかりの頃を思い出せ。 情報も何もなくあちこちのフィールドやダンジョンに行って、想定外の強さを持つ敵にあっという間にやられたことが何度あったか……)

 

今までは過剰なほどに慎重を期して事を進めてきたが、それでも様々な幸運に恵まれなければとっくの昔に死んでいた、とモモンガは思う。

 

そもそも初めに入った森に弱いモンスターしか生息していなかったのが既に幸運だったのだ。

もしいきなり百レベルのモンスターが闊歩するような場所に送られていれば、数分で命を失っていたことだろう。

 

この世界はモモンガにとって未知の脅威に満ち溢れており、それに比べればローブ服姿の男という目に見える危険は大した事ではないように思える。

 

それにここで行けなければ、もうこんなチャンスは巡ってこないかも知れないのだ。

 

モモンガは遂に、前へと進む決意を固めた。

 

極力音を立てないように足を慎重に進め、一歩、また一歩と背後から近づいていく。

そして相手との距離が五メートル程にまで縮まった時、モモンガは魔法を詠唱した。

 

「《スリープ/睡眠》」

 

呪文が発動した手応えがモモンガに伝わったが、男は荷物袋に座ったまま微動だにしない。

失敗したか、とモモンガの心にさざ波が立つが、その時男の体がゆっくりと傾いていった。

 

音を立てられるのはまずい、そう思い咄嗟に男の体を受け止めたモモンガの耳に、男の寝息が入って来た。

 

(や、やった!)

 

賭けに勝った興奮に逸りそうになる心を抑え、まずはゆっくりと男を地面に横たえた後に、荷物袋をアイテムボックスの中へと収納する。

そして次に、あまり刺激を与えないようにしながら男のローブを脱がしに掛かったが、それは簡単には行かなかった

 

鈴木悟として生きてきた人生の中では経験が無かったが、意識の無い相手の服を脱がせることは予想以上に難しい。

体のあちこちにローブが引っかかるが、起してしまう危険を考えると手荒に引きはがすことも出来ない。

 

それでも数十秒程続けている内に何とかコツをつかみ始め、袖から腕を抜くことに成功した。

 

(よし、後は簡単だな。 ブーツも貰って……っ!)

 

モモンガの背後からテントの布が擦れる音が響く。

そして、モモンガが音がした方向を振り向くとテントの中から一人の少年が出てきた。

 

(子供だけ? 何故? 気づかれた……、いや偶然出てきただけか?)

 

様々な想定が頭の中を巡るが、幸い《インヴィジビリティ/透明化》の呪文は攻撃をするまで解除されない為、《スリープ/睡眠》の魔法を使った後も効果は持続している。

 

しかしながら地面に倒れている男は傍目から見て明らかな異常事態を告げている筈であり、子供に感づかれ大声を上げられれば、かなりまずい。

 

だが子供は倒れている男の方を一瞥した後に早足で野営地の隅に駆けていくと、皮のズボンを降ろして用を足し始める。

 

モモンガはその間、僅かではあるが取るべき行動を考えることが出来た。

 

実は子供……、ンフィーレアは強い尿意を感じてテントから抜け出した為に、倒れている男に多少の違和感を感じたものの、それよりも差し迫った尿意の方を優先したのだ。

もしンフィーレアの旅の経験が豊富なら、見張りをしている冒険者が倒れているという光景に直ぐに異常事態を察することが出来ただろうが、まだ十歳程の少年であるンフィーレアは危機察知能力に優れているとは言い難かった。

 

恐らく居眠りか、疲れて横になっているのかな……、と考えたンフィーレアが用が済んだら起こそうと、冒険者の確認を後回しにしたことはモモンガにとって幸運だった。

 

だが、このことは必ずしも好ましいだけの事態ではない。

 

(不味いな。 トイレに起きたのが子供だけだとしても、同じテントに入っていった老婆が物音で目が覚めた可能性もある。 あの子供も眠らせたとしても、帰りが遅ければ心配して老婆がテントから出るかも知れないし……、もう物色している暇は無いな。 あの子供も眠らせて怪しまれない内に逃げるか………いや)

 

逃走方法について考えていたモモンガは、ある事に気が付いてしまう。

それは物資の調達の他、もう一つの課題も同時に満たすことが出来る方法だった。

 

やがてンフィーレアが用を終えて、テントへと戻ろうとした時、モモンガは再び魔法を詠唱する。

 

「《スリープ/睡眠》」

 

まだ幼さが色濃く残っているような年齢の少年に、当然抵抗など出来る筈は無くンフィーレアは力なく崩れ落ちた。

 

モモンガはそれを抱きとめるとンフィーレアを両腕で抱えたまま野営地の境界へと走り、ンフィーレアの体が糸に触れないように慎重に罠の向こう側へ置いた後、自分もそれに続く。

 

眠らせた男からローブは回収したが、ブーツや他の衣服は回収出来なかったことが唯一の心残りではあるが、今は一秒でも早く野営地から離れるべきだとローブだけで妥協することにした。

 

疲労しないというアンデッドの特性を活かしてンフィーレアを抱えたまま夜の草原を全速力で疾走しながら、モモンガは心の中でほくそ笑んだ。

 

子供は大人よりも扱いやすいだろうし、この年齢ならば全く無知という訳でもないだろう。

即ち、情報を得る為の相手としてはかなり向いている。

 

それに今回の作戦では誰にも姿を見られておらず、この行為によりモモンガが手配されたり、彼らの恨みを向けられることも無いだろう。

彼らにしてみれば、いきなり子供が消えたという事しか分からないのだから。

 

唯一懸念すべき事態は、情報系魔法でこの子供の居場所を探知されることだが、その時はその時で子供を人質にすれば逃げられる可能性はある。

 

何よりこのような行為を何度も繰り返せば、流石に人間達に警戒されてしまうだろうし、一度の作戦で出来るだけ多くの利益を求めるべきだ。

 

リスクとメリットを天秤に掛けた結果、現時点で取り得る方法の中ではそれなりに良い選択だとモモンガは思う。

 

やがて透明化の持続時間が切れると、草原の中を走る骸骨とその腕の中で眠る少年が月の光に照らし出された。

 








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