サバイバル・オブ・ザ・モモンガ   作:まつもり
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プロローグ

今まで見たことの無い澄み渡った青い空。

スモッグで覆われた地球には、もはやこんな場所は存在していないだろう。

 

それだけではない。

地面に座り込むモモンガの体を支える柔らかな草。 さらさらと草原を渡る清々しい風。

全てリアルでは有り得ないもの。 

 

「でも、ユグドラシル2とかでは無さそうなんだよな……」

 

ユグドラシルの最後の瞬間に視界が暗転し、意識が失われた。

そして少し前に意識を取り戻した時には、モモンガはこの場所にいたのだ。

 

始めは運営のサプライズという可能性を考え、コンソールからGMコールを行おうとしたが、コンソール自体が開かなかった。

また、段々と身の回りを確認する余裕が出てくると、自分が今いるこの場所は既存のどんなコンピュータでも再現出来ない程に現実に近い……、というか現実そのものにしか見えなくなってくる。

 

「それに、この体ってやっぱり……」

 

周囲の環境の変化に匹敵する、いや、それ以上の衝撃をモモンガに与えた変化。

 

自分の身体がどう見ても、ユグドラシルのプレイヤーキャラクターにしか見えない姿に変化していたのだ。

しかし、それはモモンガが長年慣れ親しんだ死の支配者(オーバーロード)のものではない。

 

今、傍から誰かが彼を見ればこう言うだろう。

普通のスケルトンが草原に座り込んでいる、と。

 

身に纏う衣服も、強大な力を秘めた杖も、かつてアインズ・ウール・ゴウンを戦争の勝利へと導いたアイテムも無い。

ただ一つだけ身につけた指輪以外、何も身に纏わぬ骸骨が見た目通りの脆弱な肉体で地面に座り込んでいる。

 

装備はたった一つ、無数のアイテムが収納されていたインベントリは殆ど空。

そして身体はレベル1の骸骨の魔法使い(スケルトンメイジ)

 

モモンガは、ただ一人見知らぬ世界へと投げ出されていた。

 

あまりのことに呆然としながらも、モモンガはここに来る前の事を回想し始めた。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

ユグドラシル最終日。

ナザリック地下大墳墓の円卓の間で、自分の席に座っているモモンガは愕然としていた。

 

余りにも受け入れがたい現実に。

 

「分かっていたんだ。 いくら最終日でもギルドメンバー全員が集まるなんて可能性は低いと。 もう何年もログインしていない人ばかりだし、皆で集まれるなんてことは、そうそうあるものじゃない。 分かってはいた」

 

だが、現実はモモンガの想定する最低を遥かに超えていた。

 

彼は振り上げた拳を、激情のままに卓に向けて振り下ろす。

 

「ふざけるな!! いくら何でも、この最終日に誰一人戻ってこないなんて有りか!? しかも送ったメールに対して帰って来た唯一のリアクションがヘロヘロさんからの、"その日は残業があるので行けません"のメールだけって……、皆で作ったギルドなんだから、せめて来れないにしてもメールの返信くらい寄越せぇっ!」

 

その後もモモンガの口からは積み重なった不満が止めどなく溢れる。

 

自分の青春そのものだったといっても良い、ユグドラシルの最後の日。

 

上司からの言外の圧力を感じながらも一ヶ月程前から申請し、やっと取った有休で今日は朝からずっとこの場所で待っていた。

 

しかし時刻は既に午後十時になろうというのに、未だ誰一人として、かつての仲間は帰って来ていなかった。

 

今まで何年間も、孤独にギルドを守り続けた結果がこれか。

 

繁忙期の今、一日だけとは言え有休を取ることがどれほど大変だったか。

 

心の中に溜まったあらん限りの鬱憤をぶちまけるようにモモンガは叫び続け、やがて風船が萎むように押し黙った。

 

「ゲームよりもリアルが優先、それは分かっていたんだけどな。 でも今日だけは、最終日くらいは……」

 

その先はモモンガは口には出さなかった。

声に出すと余計に惨めな気持ちになるような予感がして、心の中だけで呟く。

 

昔みたく、皆で過ごしたかった。

 

くだらない話に興じたり、どうでもいいことで言い争ったり。

 

例え一日だけの、花火のように儚い時間だったとしても、一人でギルドを守り続けていたことは無駄では無かったと、最後に思いたかった。

 

「楽しかったんだよな、皆との時間は」

 

怒りの後の脱力感に身を任せるように、背もたれに寄りかかり、天井を仰ぎ見る。

 

そして暫くの間、仲間との思い出に浸っていたが、ふとあることを思いつき姿勢を起こした。

 

(最終日だし、このまま終わるって言うのはあんまりだな。 せめて最終日らしいことはしておくか)

 

まだ希望は捨てきれていないが、それでも仲間がやって来てくれる可能性がかなり低いであろうことは自覚していた。 

朝から待ち続けているというのに、誰一人来ていないのだから。

 

もしこのまま誰も来なかった場合、自分は誰もいない円卓の間で孤独にサービス終了を迎えることになる。

十二年間続けたゲームの最後がそれでは余りにも虚しいのではないか。

 

そう思ったモモンガの心の中に、円卓の間から出ようという発想が浮かんでいた。

 

「ギルドの中を見て回るってのも悪くはない、けど折角の最終日だしな。 まだ時間もあるし、やはり普段しないことで………そうだ、久しぶりにあれをやってみるか」

 

モモンガの中で、ある閃きが生まれた。

 

久しぶりに他のプレイヤーとの戦いであるPVPを行ってみようかと。

 

アインズ・ウール・ゴウンが最盛期を誇っていた頃は、様々なギルドとの戦いや、拠点への襲撃者との戦闘で頻繁にPVPを行っていたが、あの大侵攻を退けてから他のプレイヤーとの戦いは殆ど起こらなくなっていた。

 

また普段拠点を維持する為の資金を稼ぐ際も、悪い意味での有名人であるモモンガは、人目を避けるようにしながら単独で狩りを行っていた為、ここ数年は争いらしい争いを経験していない。

 

だがユグドラシル最後の今日くらいは、久しぶりに他のプレイヤーと争うのも良いのではないか。

かつて悪名を轟かせたPKギルド、アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターとして最後を戦いで締めるというのも悪くない。

 

仲間との思い出が詰まったこのギルドへの、餞にもなるだろうとモモンガは思った。

 

「最後だし奇襲や騙し討ちはな……、だとすると、やはり闘技場か」

 

各世界に一つづつある、PVP好きのプレイヤーが集まる場所、闘技場。

 

レベルダウンとドロップ無しでの試合や、金貨、アイテムを賭けたアンティマッチ。

多人数でのバトルロワイヤルや、一定期間ごとの成績を競い合うポイントレースなど多種多様なサービスが運営から提供されている施設だ。

モモンガも昔はPVPの腕を磨く為に良く使っていたが、アインズ・ウール・ゴウンのメンバーが減ってからは、他のプレイヤーと会わないようにプレイしていた為、最後に街に行ったのもいつになるか覚えていない。

 

モモンガは街へと転移する前に、アイテムボックスから羊皮紙とペン、そして伝言の魔法が込められた短杖を取り出すと、自分は一時外出するので、もし誰かがこのメッセージを読んだ場合、《メッセージ/伝言》を送って欲しい旨を羊皮紙に書き、杖と共に円卓に置いた。

 

そして少し見ただけでも羊皮紙の存在に気が付くように、アイテムを使って光る矢印を空中に浮かべておく。

 

可能性は低いとは分かっていたが、まだ誰かがくる可能性はゼロではない。

モモンガはもし仲間から連絡が来た場合は、直ぐにここへと戻ってくるつもりだった。

 

「さて……、行くか」

 

円卓の間から離れることに躊躇いを感じながらも、モモンガはそれを振り切って闘技場がある街への転移を発動させた。

 

 

 

 








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