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 「(ディープラーニングを専門とした)学生が新卒で大企業に就職したものの、1~2年で辞めて大学に戻ってくるケースが多い」。東京大学の松尾豊特任准教授は、AI(人工知能)人材をテーマとするパネルディスカッションでこのように語った。

 製造業など日本の伝統的な大企業は、新卒に対して専門性を生かした仕事を与えず、一律のプロセスで育てようとする。それなら大学に戻って論文を発表しながら別のチャンスを待った方がいいとの判断だという。

 ディープラーニング(深層学習)普及啓蒙団体の日本ディープラーニング協会(JDLA)は2018年6月6日、人工知能学会全国大会で企画セッション「『AI人材』にいま求められることと教育環境の理想と現実」を開催した。セッション冒頭のパネルディスカッションでは、司会のほか6人のパネリストが登壇し、企業が求める人材と学生の期待との間にある「埋まらぬ溝」が語られた。

パネルディスカッションの様子。左から司会を務めたIGPIビジネスアナリティクス&インテリジェンスCEOの川上登福氏、安川電機 開発研究所の関山友之氏、早稲田大学基幹理工学部表現工学科 教授の尾形哲也氏、東京大学大学院工学系研究科 特任准教授の松尾豊氏、ABEJA社長の岡田陽介氏、エヌビディア日本法人 エンタープライズ事業部長の井﨑武士氏、クロスコンパス元社長の佐藤聡氏
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企業はAI人材活用の「出島」を作れ

 ディープラーニングをロボットに応用する研究に取り組む早稲田大学基幹理工学部の尾形哲也教授も、大企業に新卒で入社した元学生から「早く辞めて大学に戻りたい」との声をよく聞くと語った。

 日本の大企業は、新入社員に数か月にわたって同じ社内研修を課すのが一般的。「その間はディープラーニングの最新の論文を読むこともできない」(尾形教授)。研究の先端に追従できなくなるうえ、企業内で専門を生かした研究開発が本当にできるのか先が見通せず、モチベーションが続かなくなるという。

 では、米国など海外では大学発のディープラーニング人材はどう処遇されているのか。エヌビディア日本法人の井﨑武士エンタープライズ事業部長は「ディープラーニング人材は海外でもひっぱりだこ」と語る。北米では新卒でも年収3000万~4000万円、国際学会に論文を投稿できる学生なら5000万~6000万円ほどが相場だという。

 「米国の大手IT企業は、こうした人材をばーっと集めてプロジェクトをいくつも作る」(井﨑氏)。例えば米グーグル(Google)は社内でディープラーニングのプロジェクトをここ3、4年で急速に増やし、現在は約2000ほどあるとされる。「北米では大学の研究者が企業に入って新技術を開発し、論文を書いてアカデミアに還元するといったサイクルが機能している」(井﨑氏)。一方で日本企業は、給与体系の問題から北米での人材獲得で苦戦しているという。

 AI導入スタートアップのクロスコンパス元社長の佐藤聡氏は「企業内でジェネラリストを育てる視点も大事」としつつ、ことディープラーニングを含むAI技術においては「それをとっぱらってもいいのでは」と提案する。クロスコンパスの提携先である安川電機が2018年3月、AI開発の子会社としてエイアイキューブを設立したことに触れ、「こうした『出島』を作り、柔軟に人材を採用する企業が増えている」(佐藤氏)とした。

 松尾氏は「ディープラーニングの革新性について、企業の認識はまだ甘い」と語った。「インターネット、トランジスタ、エンジンなど、数十年に一度のイノベーション。その認識に立てば、社内にディープラーニング専門の部署を作る、人材を育成する、給与体系を変える、といった会話が自然と出てくるはず」(松尾氏)。

 同氏は「ディープラーニングにできるのは、簡単な関数の組み合わせで表現力の高い関数を作ること。それだけだ」とした上で、「シンプルなだけにパワフルで、あらゆる領域に適用できる。トランジスタも信号増幅というシンプルな機能しかないが、組み合わせることでスマートフォンのような高度な端末が生まれた」(松尾氏)と語った。