会社員である限り、誰しも1日8時間は労働に使うことになります。休日があるとはいえ、ざっくり人生の3分の1。そこに納得感がないと、人生は明るいものにはなりにくいのではないでしょうか。
エンジニアの多様な生き様をお伝えする「Forkwellエンジニア成分研究所」、第1回はGitHub Japan社のソリューションズ・エンジニアである池田尚史さんに、働き方のこだわりなどについて伺いました。
僕が書いたほうが早いんじゃないか、と思って。
――池田さんはGitHub Japan社のソリューションズ・エンジニアという職位ですが、どのようなお仕事なのですか?
池田 ソリューションズ・エンジニアは、一般には「セールスエンジニア」と言われます。日本だと「プリセールス」「技術営業」と呼ばれることが多いと思います。
GitHubは主にOSSで使う無償Webサービスしかないと思っているユーザーも多いのですが、GitHub Enterpriseという企業向け製品も販売しています。僕はGitHub Enterpriseの導入支援としてデモをお見せしたり、ご質問にお答えしたり、お客様によってはセキュリティ質問表をお送りしたり、ROIの計算支援をしたり。購入いただいたらトレーニングなど定着支援をしたり、ということもあります。
セールスとマーケティングサイクルの中で、セールスがやることをテクニカルな部分で支援して行くイメージです。こういう風に取材を受けることも、その一環です。
――これまでの経歴を伺いますと、最初はITコンサルタントとして就職されたのですね。
池田 僕の世代は就職氷河期だったので、そもそも選択の自由が存在しなかったんです(笑)。早稲田の哲学科出身なのでそもそも就職先がないうえ、就職する気があったらそんなところに入らない(笑)。
卒業してから、「仕事しないとお金が入ってこないな」と気づいて。なんとか小さなところに拾ってもらったんですけど、正直やりたいことじゃないかった。1日8時間、1/3を取られることに気がついて「仕事はちゃんと選ばないといけないんだな」と思ったんですね。
だけど学科が学科なのでどこも採用してくれないし、こっちも働く気はない。それで、できるだけ効率よくお金が沢山もらえるところを探しました。
――それがITコンサルタントだったと。
池田 当時はもうITバブルがはじけてましたけど、まだ残り香はあって。コンサルは、まだ人をたくさん取っていたんですね。それで、PWCが第二新卒を募集していたんです。
「これだったら経験なくても採ってくれるし、お金もたくさんもらえそうだな」と。それに、就職すると最初の研修でアメリカに2ヶ月滞在できると書いてある。「こんな美味しい話はないな」と思って(笑)。それで採用された感じです。
――(笑)とはいえ、当時まだ大量採用だったとはいえ、ITコンサルタントはまったく適性がない人は採用されないと思います。何か下地となるご経験があったのでは。
池田 学生時代から、コンピュータはずっと触っていたんです。WEBサイトと出版物を作っていました。当時は紙のメディアが強く、情報発信するなら紙も必要だなと思っていたので。当時の東京で「コンピュータに強くて、出版物を作れて、しかも実際に刷って出している」という人間はそんなにいなかったんです。下敷きは確かにあるにはありました。
当時はeコマースが流行っていて、Amazonが出たか出ないかぐらいの頃。コンサルタントも全員Javaを習って、eコマースサイトを作る研修を受けました。たまたま、そこですごく成績が良かったんです。課題をやってもすぐに終わっちゃうので、余った時間で課題と関係ないものをずっと作っていました。
――どういうものを作られてたんですか?
池田 単純にカートで物を買うだけだったので、認証の仕組みを入れ、サイトを離れてもカートの中身を覚えているようにしたりですね。まあ、普通のことです。ただ、それで「これは自分に向いてるな」と思ってコンサルタントを始めました。
――そのあとにプログラマーになられたのは、「手を動かせるうちに、モノを作る方向にシフトしたい」といった考えがあったんですか?
池田 そうです。コンサルって、基本的にエクセルを触る仕事なんですね。実際にプログラムを書く人は、4次受け5次受け。時間がかかるし、品質も悪い。「僕が書いたほうが早いんじゃないか」と思って。
でも、コンサルには書かせてくれないんですよ。当時は上流・下流がすごくはっきりしてて、単価が高い人はプログラムを書いてはいけなかった。「自分が書いた方が早いのに、そうしたらミーティング全部いらなくなるし、エクセルを書いて渡すのに2ヶ月なんてこともないのに」といつも思ってました。
ただ、コンサルとして勤める中でその構図を変えるのはほぼ無理だと思って。それで、プログラマーとして働けてお金がちゃんともらえるところに移ろうと思ったんです。
――なるほど。そこからパッケージソフト開発に行かれた理由は何ですか?
池田 誰かに頼まれてシステムインテグレーションする構造から離れられないなら、自分たちで作って売る方が楽しいなと思って。そこでは、作る人が主役なので。
当時そういうことをやっているのはアメリカ資本の会社だけだったんですけど、そういう会社は日本でエンジニアを採用しないんです。そうなったら日本企業しかないとなって、そういうことをやっている会社に入りました。
WEBの開発に行った理由も一緒です。パッケージソフトを作っている中でも、インターネットサービスの勃興は凄まじくて。セールスフォースが業務システムの分野に進出したのが2007年ぐらい、あとはAWS(アマゾンウェブサービス)も入ってきて。横で見ていて「これは、パッケージソフトの時代ではないな」と思って。何でもインターネットで物が作れるようになったので、そちらの世界に入りたいと思ったんです。
日本には、エンジニアリングへの敬意が少ない
――池田さんの著書「チーム開発実践入門」は、2014年の出版ですが現在でもAmazonのカスタマーレビューや他サイトでも非常に評価の高い名著です。読んでいない層に向けて、この書がどういう内容か再度ご説明いただけますか?
池田 書いた時期でいうと6年前なんで今読んでどう捉えられるかはわからないんですけど、テーマはソフトウェア開発で起こりうる問題についてです。
ソフトウェア開発はチームでやるものなんですけど、チームで1つのものを作るといろいろな問題が起こるんですね。バージョン管理できてなくてどのファイルが最新かわからない、テストしたものと本番環境で動いてるものが違う、バグを直したら別のバグが出てくる……ちゃんとできていない現場だとそういうことが頻繁に起こります。
解決する方法はいっぱいあって、ほとんどのケースではツールがちゃんとあります。そのプロセスを踏めば、解決するんです。でも、そういうことを知らない現場がすごく多い。そういう人たちのために書いた本ですね。
――日本の開発現場に、どのような問題意識を持っていますか?
池田 エンジニアリングそのものに対する無知、敬意のなさが根底にあると思います。背景にはいろいろあるんですけど、言語障壁があるからではないかと。とにかく、日本に情報が入ってきていない。20年ぐらい前から変わっていない現場がたくさんあります。
世代交代がうまくいっていないというのもあるし、昔旺盛だった翻訳文化がないに等しくなっているので情報が入って来なくなっています。現場の情報が全然アップデートされない、セキュリティやコンプライアンス意識が過剰で会社の中からも情報にアクセスできない。
いろいろな意味で情報がブロックされて、現場がアップデートされていない。結果としてツールがモダンじゃないとか、エンジニアの能力がなかなか上がっていかないとか、ソフトウェア部門にちゃんと予算がつぎ込まれてないとか。根本は、情報がないゆえの無知が原因だと思います。
――内向きという言葉を安易に使いたくないですが、使わざるを得ない状況なのですね。
池田 昔は翻訳を一生懸命やっていた人たちがたくさんいたんですが、減ってるんです。ビジネスとして成り立たないからだと思いますけど、スピード感が変わった部分もあるでしょう。昔は1年かけて出してもタイムラグがなかったんですが、今はインターネットで直接情報が入ってくる。翻訳してる間に、情報の価値が変わってしまう。WEBでは常に更新されるのに、翻訳本は2年遅れ。といってみんな英語を読むわけじゃない。そういう問題があると思います。
あらゆることが自由であってほしい
――ここからは、池田さんの働き方に関するこだわりを6項目に分け、計20点満点として振り分けていただきました。上記は、それをレーダーチャートにまとめたものです。一つずつ、数字の理由を伺います。
・働き方自由度 5
基本的にはあらゆることが自由であって欲しいですね。出社時間とか細かいこともそうですけど、何をやるにしても、現場のチームや個人の裁量が大きく任されているほうがいいですね。
考えると、「自由じゃなくて良い」と思った瞬間は人生においてないですね。人に決められるのか、自分で決めるのか。裁量の大小よりも、納得できているかどうか。もちろんチームとして働く以上、やらないといけないことはあります。けど、それが納得できるプロセスで渡されているかどうかは非常に重要。マネージャーをやってる時も意識していましたね、納得しないでやっても絶対パフォーマンスは出ませんから。
・事業内容 5
事業内容は賛同できない会社で働くのは辛いですね。1日8時間使うので。
・仲間 5
仲間にどういう意味を込めるかは人によって違うんですけど、周りの人は重要です。賢い人か、自分と話が合うか、レベルが合う人と働いてないと辛いと思います。あまりに相手がレベルが高くても、つらいでしょう。逆に相手の方が自分から見てあんまり、と思う人と仕事するといちいち説明しないといけなかったり何やるにもブロックされたりする。どちらも大変ですよね。
・専門性向上 3
・お金 2
これは両天秤です。まず専門性、これで食べている以上、先が見込めない仕事は辛いですよね。そしてお金はやっぱり重要で、自分の時間を切り売りしている以上、専門性とお金は天秤です。
安くても専門性が上がって先で収穫が得られるならやるし、逆に専門性向上が見込めなくてもお金が高ければいい。時間あたりの投資効率なので、お金がよければつまらない仕事でもやるし、面白ければお金が多少よくなくてもやるということですね。
・社畜度 0
この中で20点を振り分けるならゼロになります。会社は究極的には自分のものではなく、他人のものですから。会社のために自己を犠牲にして尽くしても、会社がそれに見合ったものを返してくれる保証はどこにもありません。もちろん、GitHubという会社自体は好きですよ。好きじゃなきゃ在籍していません。「会社愛」という尺度で測るなら、今まで所属していたすべての会社に会社愛を感じています。そうでなければ一緒に働いていませんから。でも、これは「社畜度」と書いてありますし、またこの質問は自分の人生設計に対する質問だと思っているので。そう考えると社畜度としてはゼロということです。
「影響を受けたい」と思う人がいる会社を。
――転職を希望される方は、どのような基準で会社を選べば良いでしょうか?
池田 まあ、僕が人様に対して何か言えないですけどね。皆さんビジョンが違うと思うので。ただ、1日8時間は拘束されるので、つまり人生の1/3を取られるわけじゃないですか。だから、一緒に働く仲間は大事だと思いますね。
ただ仲良くという意味ではなく。もちろん仲良いに越したことはないですけど、その人たちと8時間毎日過ごすことになるので、お互いに影響を受けるわけです。だから「影響を受けたい」と思う人がいるところで働くようにしたいですね。
そうじゃないと大変じゃないですか。毎日ストレス溜めながら仕事しないといけないとか。良くも悪くも自分が変わりますから。周りの人はどういう人か、必ず意識した方が良いと思います。
<了>
ライター:澤山 大輔