国際社会の枠組みが揺らぐ中での日ロ首脳会談だった。朝鮮半島情勢の変化もめまぐるしい。両国は東アジアの平和と安定に協力する必要がある。
首脳会談に先立ちサンクトペテルブルクで開かれた国際経済フォーラムで、安倍晋三首相は「私たちは今、歴史の潮目に立っている。向かうべき道ははっきりしている。日本とロシアの未来の世代のために働くことだ」と力説した。
◆歴史の潮目が変わった
首相の言う歴史の潮目は大きく変わった。トランプ米大統領は国際社会での指導的役割を放棄する姿勢をとる。戦後長らく続いた「パックス・アメリカーナ(米国の平和)」は過去のものになりつつある。
日本にとっても米国をあてにできない時代が到来した。外交の選択肢を増やす必要がある。
自由主義陣営にとってロシアは異質の国だ。欧米はロシアのサイバー攻撃に身構える。社会の分断を図り、選挙に干渉することを強く警戒している。
それでも最近、メルケル独首相、マクロン仏大統領が相次いで訪ロした。トランプ氏が踏み切ったイラン核合意からの離脱は、欧州のロシア接近を促した。
日本の場合、韓国とはしっくりせず、中国とは関係改善の基調にあるもののまだ低調だ。対ロ関係を深めれば選択肢が広がることになる。
輸入原油の八割以上を中東に頼る日本が、資源大国のロシアと結びつきを強めることは、エネルギー安全保障の上からもプラスだ。
他方、ロシアは米国の後退で生じた空白を埋めようとしている。とりわけ中東では存在感を増した。と言っても、米国の後退が高じて手に負えなくなる事態はロシアも望んではいまい。無秩序はロシアが最も嫌うところだ。
◆ロシアの東方シフト
プーチン政権は欧州からアジアへ軸足を移す東方シフトを国家戦略に定める。国家発展の活路を、世界の成長センターであるアジアに見いだそうとしている。
ところが、東への玄関口の極東は、面積が日本の約十六倍もあるのに人口減少が止まらず六百二十万人ほどしかいない。
プーチン氏が日本を重視するのは、この国家戦略に沿う。とりわけ極東への投資を希求している。
首脳会談後の共同記者発表では、昨年の両国の貿易高が前年比14%増の百八十億ドルに達したと数字を挙げた上で「両国の協力関係は発展している」と評価した。
日本との関係進展は、中国に傾斜しすぎた体勢を直し、近隣諸国とバランスのとれた関係を築くことにもつながる。
いったんは中止となった米朝首脳会談を再び軌道に乗せるため、南北朝鮮の両首脳が会談し、半島情勢をめぐる動きは慌ただしさを増している。
日ロ首脳会談では北朝鮮の非核化へ緊密に連携することを確認し、米朝首脳会談実現を後押しすることで一致した。
半島問題では日ロともに出遅れた。東アジアの秩序形成に手をこまねいていることは許されない。両国は積極的に関与してほしい。
日ロ関係をさらなる高みに引き上げるには、平和条約締結による関係の完全正常化が不可欠だ。安倍首相は国際経済フォーラムで、日ロ関係強化がロシアの経済発展に寄与するとして「平和条約は大きなビジョンを実現するためにこそ必要だ」と述べた。
さらに北極海航路の発展により「対立の原因だった島々は物流の拠点として新たな可能性を見いだす」と指摘した。「島々」とは北方四島であることは明らかだ。
東アジアと欧州を結ぶ既存のスエズ運河ルートより距離を短縮できるため、北極海航路が注目を浴びるようになった。
だが、航路開拓が進めば四島周辺の海域は船舶の往来が増えることも予想される。それなのに、四島の帰属が決まらず国境線が定まっていない状況が続くのはロシアにも不都合だ。
プーチン氏も平和条約締結には意欲を見せるが「ロ日双方の戦略的利益にかない、両国民に受け入れられる解決策」を主張する。
◆終わらない戦後処理
六千人ほどに減った北方四島の元住民の平均年齢は八十三歳を超えた。国後島出身の宮谷内亮一さん(75)は「もう時間がない。領土問題解決への道筋だけはつけてほしい」と安倍首相に注文する。
平和条約の不在は第二次大戦の戦後処理が済んでいないことを意味する。加えて、冷戦時に米ソ対立のはざまで翻弄(ほんろう)されたのも領土問題だった。
一方、朝鮮半島の南北分断も冷戦の落とし子である。東アジアに残る二つの冷戦の遺物を一掃するために、日ロ首脳は力を傾けてほしい。
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