過日、ある山里を訪ねました。ちょっと大仰に言えば、そこには「明日」へのヒントがあるように思えたからです。キーワードは、「循環」です。
日本三大民踊の一つ、郡上おどりで知られる岐阜県郡上市の中心部から車でさらに一時間ほど。つづら折りの峠道を福井県方向へと越えていくと、ようやく石徹白(いとしろ)地区の集落が見えてきました。
見事な五月晴れの日で、邪気のない並雲が青い空にぽっかり。遠くの山肌にはなお雪形が見えますが、近くの山は、圧倒的な新緑。フジが所々に薄紫の花を咲かせています。
◆ほぼ全世帯出資の発電所
この素晴らしい環境と山深いゆえの不便さは裏腹なのでしょう。住民の数は、この半世紀で四分の一に。今は百十世帯、二百五十人ほどが暮らします。
この地で、稼働しているのが「石徹白番場清流発電所」。古い農業用水路から山肌の落差を利用して最大百二十五キロワットを発電する、いわゆる小水力発電所ですが、石徹白地区のほぼ全世帯が出資しての事業というから驚きます。
岐阜市から移住した平野彰秀さん(42)らが地元NPOと語らって二〇〇八年から一つ、二つと、もっと小規模でシンプルな水力発電を手掛けてきました。それが土台となって、二〇一四年に地区で発電所建設のための農業協同組合を結成、二年後から運転が始まりました。
生み出した電気は北陸電力に売電、その収入を地区振興に使っていますが、地区消費量をゆうに超える電力を地元で生産しているのは確かです。同農協参事の平野さんは「地域の資源を地域が享受する。『自治』を取り戻すという思いもありました」と語ります。
福島の事故や、地球温暖化防止の国際ルール、パリ協定の発効を経て、原子力や火力は、控えめに言っても、時代遅れになりつつあります。
◆「かえる」から「かりる」へ
今後を担うのは、風力や太陽光などの再生可能エネルギーであり、小水力もその一つです。
集落の奥山にある番場清流発電所を平野さんに案内してもらいながら、至極当然なことに感じ入りました。石徹白川支流の朝日添(わさびぞ)川から取水された水は、百十一メートル下まで落ちてイタリア製発電機の水車を回した後、そのままの量で、また川へと戻っていくのです。
自然を改変し、地球の一部を枯渇へと向かって費消し、ごみを出し続けるのでは、いずれ行き止まりになるのは必定。そうではなく、あるものをあるがまま、自然の循環を邪魔せずに、その力を借りて人間が必要とするものを得る。自然を「かえる」から「かりる」へ。私たちは、そう変わっていくほかない。小水力は、日本の電力消費をまかなうにはいかにも非力ですが、そうした生き方の身近な象徴のように思えます。
地区で使う量の電気を地区が地区で生み出す。しかも自然な循環の中で。「暮らしの“素(もと)”が目に見える」(平野さん)ことが人を惹(ひ)きつけるのかもしれません。石徹白地区には近年、移住者が相次ぎ、ここ十年で移住者の家庭に八人の子が生まれたといいます。小水力発電は、地域の活性化の核にもなっているようです。
この地には白山中居神社があり、古来、白山信仰の重要な拠点でした。白山は岐阜や北陸の大河川の水源であり、水分神(みくまりのかみ)とも。平野さんは、中居神社の人からこう言われたそうです。「神様で発電しているんやな」
これも神様の分配がもたらすもう一つの、素敵(すてき)な「循環」です。
集落を流れる石徹白川支流の峠川は、今や全国の特に毛針釣りファンに大人気の川。訪ねた日、峠川にいた兵庫県姫路市の男性(53)は「年一回は必ず、有休を三日間取って同僚と二人で来ます。この川は本当、ありがたい」。
ここでは遊漁規則でキャッチ・アンド・リリース、すなわち釣った魚を持ち帰らずに逃がす、というルールが徹底されています。
二十年ほど前、在来渓魚を殖やす会の代表斉藤彰一さん(65)らが地元漁協に持ちかけ、その理解を得て、スタートしました。
多くの川では、養殖魚を放流→ほとんどが釣られ持ち帰られる→魚が消える→また放流…という繰り返し。そういう“循環”に疑問を持ったと斉藤さんは言います。
◆自力で命をつなぐ魚たち
「魚たちが自力で命をつないでいく、本来の仕組み、生態系を取り戻したかったんです」
もう長年、養殖魚の放流は一切されていないのに、魚影はすこぶる濃い。イワナなどの渓魚が自家再生している、つまり本来の自然の循環がそこにあるからです。
その強さを、あらためて思います。考えてみれば、循環するものに行き止まりはありません。
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